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街の通りのあちこちで、イスラム教徒達が道路に品物を並べて売っている。どれも皆、同じような品物。きっと、元締めは同じ人物よね。彼らをやりすごし、通りを歩いて、私は銀細工のお店に入った。アクセサリーや置物等、様々な銀細工の商品が並んでいるお店。その中に、不思議なものがあった。一体これは何なのだろう、と手にとって見たが、皆目見当がつかなかった。オブジェとしか言いようのない奇妙で不気味な物体・・・。暫らく、その奇妙な物を眺めていたら、それが何か判ったような気がした。それと共に、急に、嫌悪感が込み上げてきて、私はそのお店から出た。それは医療器具のオブジェ・・・???バリ・ウッド & ジャック・ギースランドの小説『ツインズ』をクローネンバーグが映画化した『Dead Ringers (戦慄の絆)』。ジェレミー・アイアンズが一卵性双生児の婦人科医師を演じていた。狂気の診察器具が映し出される・・・。私は、アレと重ね合わせてしまった。 本当は、全く違った用途なのかもしれないが、 その時の私は、アレを連想した。ちなみに、この映画では、ジェレミー・アイアンズとジュヌヴィエーブ・ビュジョルドが、お互いの体をベッドにゴムで縛り付けて、SMめいたセックスをしているシーンがあったと思う。砂漠近郊のホテルの部屋で淫靡な映画のシーンを思い出す・・・、。愛の形というより、エッチな体位の話になっちゃった !!
2007年01月31日
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タクラマカン砂漠 ( 約 330,000 km2 ) の西中国最西端 の 喀什 ( カシュガル ) 近郊にて南には パキスタン インド西には アフガニスタン タジキスタン北には キルギス カザフスタン ロシア モンゴル中国の新疆ウイグル自治区は 8ヵ国と接している面積は 1,660,000 km2 の 中国一広大な行政区約 47の民族が 居住している特に 最西端の喀什 ( カシュガル ) 近郊はイスラム教を信仰する民族が 大多数居住している街は 北アフリカ諸国と どこか似ている感じがした・・・事前の連絡・確認等の 事前準備をしっかりしていたので阿克蘇に続き 喀什でも やるべき仕事は 順調に終える事ができたので私は ( 勝手に 自分へのご褒美として ) 遊ぶ事にしたはっきり言うと これは 私の定番スタンス・・・私が 中国の揚子江 ( 長江 ) 以北を ラウンドする時に必ず サポートしてくれる中国人実業家Sも 私と 同様のスタンスSは 遊びの中にも 何らかのビジネスチャンスを伺っている 抜け目ない男性でも 男は これくらいじゃないと・・・ ね !!私は 以前から楽しみにしていた事があるフタコブラクダに乗る事北アフリカでは ヒトコブラクダに乗った事があるがフタコブラクダには まだ乗った事が無かった『 シェルタリング・スカイ 』 の デボラ・ウィンガーを想い嗚呼 私 この人達に浚われていくのね・・・不謹慎なほど マゾっぽい遊び心を抱くキリッと 彫りの深い顔立ちの 可愛い少年が私の乗ったラクダの手綱を握っているローレン・ハットンが演じた 『 ヘカテ 』 のような少年愛はないけど・・・砂漠の街で 少々臭いラクダの背で 不埒な幻想が揺れる
2007年01月30日
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中国の最西端の喀什 ( カシュガル ) 近郊にて・・・イスラム教圏の砂漠近郊の都市に行くと私は決まって ある作家の本を思い出すPaul Morand 『 Hecate et Ses Chiens 』砂漠の 昼間の日差しは 強いでも 日暮れと 共に 急速に 気温は 下がっていく愛しい人の 指先を 思い出すシャワーの水が 硬く感じる私の肌も 髪の毛も 痛んでいるだろう時折 風が 羊の串焼きの匂いを 運んでくる
2007年01月29日
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良質の綿花の代名詞は 『 ( エジプトの ) ギザ種 』最上級は ギザではなく 海島綿らしいが収穫量と 品質のバランスが 取れている良質種は ギザらしい( GIZA 45 etc...)しかし 近年 日本向けの 綿花の原料として 中国綿が増加している特に シャツやブラウス向けの場合は 新疆 ( 超長 ) 綿 が主流らしいその主力産地は タクラマカン砂漠の 北に位置するここ・阿克蘇私は 阿克蘇での自分の仕事・目的を 運良く2日で 済ませる事ができたそれで 中国人の友人男性Sの勧めに従って後学の為に 綿花栽培地を 見学させてもらう事にした綿花は その品種の繊維長が 重要らしい風や 昆虫達による異種花粉の交配を避ける為栽培地域を 隔離しているらしい更に 『 楊 』 という樹木を 隔離壁代わりに植えていた綿花を荒らす害虫を駆除する農薬の使用はせず綿花畑に必ず 「 とうもろこし 」 を植えて害虫が とうもろこしに集中するように工夫していた綿花栽培地を見学し終えると私と Sと 現地ガイドの3人は 更に 西 ( 中国最西部 ) の喀什 ( カシュガル ) に向かった砂漠を移動中 ラクダだけが3頭いた 毛並みのよい フタコブラクダ望遠レンズで辺りに誰かいるのか 捜したが 周りには 誰もいない土砂で出来たイスラム教徒のお墓があった名士のお墓は 土砂のお墓 ( 本体 ) を 土砂の塀垣や門で 装飾していた喀什 ( カシュガル ) 付近は キルギスや タジキスタンアフガニスタンや パキスタンとの国境に接している中国の中でも 最も イスラム教徒の多い街だ
2007年01月28日
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タクラマカン砂漠の北の街・阿克蘇。ホテルは、想像していた通り・・・。バスルームにバスタブは無い。シャワーだけ。シャワーのお湯の出は、良くないが、一応、出たから良かった。ホテルで待つ事30分ぐらいで、中国人(漢民族)の友人男性Sがホテルに到着した。Sは心優しい男性。そして、多方面に人脈を持つ実業家。私が中国の揚子江より北をラウンドする時に、常に力になってくれる。Sは、ちょうど、某日本企業(紡績メーカー)から新疆(超長)綿の綿花畑の視察アテンドを依頼されていたらしい。私の滞在期間の後にそれを計画して、クライアントが来る前に事前準備を兼ねて、新疆いりしてくれた。私は現地ガイドを雇っているが、Sが傍にいるのといないのでは、精神的に雲泥の差がある。「新疆は、中国の中でも危ない場所なんだよ」「ウイグル族はナイフを持っている奴が多いんだよ !! 」「相変わらず、キミにはヒヤヒヤさせられるよ」私はSからお説教を受けながら、その日の夕食を楽しんだ。中国料理の一番最後に出されるデザート果実の定番と言えば、スイカ、そして、シャリシャリしたメロン(哈蜜瓜:ハミクワ)。それは文字通り、新疆ウイグル自治区の哈蜜(ハミ)地区の特産果実。私の訪問時期(10月)がシーズン。日本のメロンとは違って、シャリシャリしている。美味しかった。ホテルの私の部屋は1階。窓のカギも、ドアのカギも頼りない感じだった。女1人が安心して眠るには、一工夫必要なホテルだった。一応、念の為、「ドアには椅子を・・・、窓の内側にはガラスの破片を・・・」そんな、Sのアドバイスに従って、その日は眠りについた。
2007年01月27日
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彼と一緒に 北アフリカを旅した事があるその時の思い出は 後で 別に書こうと思う今回は 2004年 10月の事私は 仕事で タクラマカン砂漠に 向かった中国の 新疆ウイグル自治区の タクラマカン砂漠サハラ砂漠に 次ぐ 世界で 2番目に大きい砂漠上海虹橋 ( ホンチャオ ) 空港から 烏魯木斉 ( ウルムチ ) 空港まで飛行機 ( FM 219便 ) で 約 5時間更に 烏魯木斉空港から 阿克蘇 ( アクス ) 空港まで飛行機 ( CZ 998便 ) で 約 2時間 合計 7時間阿克蘇は タクラマカン砂漠の 北に位置する街ちょっと不思議な感じがした 以前 来た事が あるみたい・・・北アフリカを旅した事がある私は そんな感覚になったイスラム教徒達が多い街は どこか共通の何かが あるのだろうか経度だけで言えば 阿克蘇と北京には 2時間くらい時差が あるハズでも 中国国内には 時差がない 北京時間に 統一されている阿克蘇に到着したのは 中国時間で 午後7時すぎ ( 10月 )上海ならば 日が暮れている頃でも 上海から 遥か西の阿克蘇は まだ明るい私は 前の晩に 食べた雲南料理のせいかおなかの調子が 良くなかった事もあり阿克蘇に到着すると 早々に ホテルのバスルームを目指したホテルのバスルームの中で映画 『 The English Patient 』 を思い出した映画の中で Kristin Scott Thomas 扮する キャサリンが好きなものを挙げるシーンで 「 水 」を挙げていたやっぱり 砂漠近辺では 水が一番潤いこそ 安らぎなんだ・・・ と 共感しながらも安心して ウンチ 出来る事も 重要よ・・・と 独り言を・・・ (笑)
2007年01月26日
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Georges Bataille ( ジョルジュ・バタイユ )『 Histoire de l’oeil ( 眼球譚 ) 』『 Madame Edwarda ( マダム・エドワルダ ) 』『 Le Bleu du ciel ( 青空 ) 』私は 翻訳の件で 彼と喧嘩して彼からの謝罪の連絡を待っていた彼から謝りの連絡が 来るまでは絶対に 自分から 彼に連絡しないと 意地をはっていた1週間経っても 彼から連絡がなかったそのせいで 私は イライラした日々を過したしまいに私は 怒りと 不安と 悲しみが 入り混じり勉強も うわの空になりぎみだった私は パリ在住の パリ・コレ・スタッフに連絡して日本での 彼の近況を知ろうとした私は ダグ ( 仮名・男性 ) に連絡したダグは 恋人のアル ( 仮名・男性 ) と住んでいる私は ダグと アルの2人に 自分の心境を正直に打ち明けた今でも 理解し難いその時 ダグは 本棚から バタイユの本を 3冊 取り出して私に手渡した『 それなら この本を読むといいよ・・・ きっと判るから・・・ 』私は まわりくどいのは 嫌だったでも その意味を理解しようと 三冊読んだ・・・読み出して 余計 判らなくなった今でも ダグが 言いたかった事が 全く理解できない実は 1冊目を読み始めてすぐに 日本にいる彼から 謝りの連絡があった私は 彼への怒りと 不安と 悲しみから解放され心に ゆとりを取り戻せていただから 三冊全部読めたのだと思うダグにとって バタイユは 『 聖なる神 』 らしい・・・
2007年01月25日
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桃から生まれた桃太郎・・・吉備団子と共に 有名な桃太郎は 岡山県の桃太郎私のお話は 歴史から消された 大阪の桃太郎のお話彼の 悲しみと憤り・・・大阪にも 桃から生まれた桃太郎がいた 勿論 岡山の桃太郎と同時期義侠心に厚い ナニワの桃太郎彼の義侠心は 岡山の桃太郎を凌ぐ程だったらしい・・・岡山の桃太郎が お婆さんに 吉備団子を持たさけて 出かけた頃大阪の桃太郎も お婆さんに たこ焼きを持たされ 鬼ヶ島を目指した大阪の桃太郎が 鬼ヶ島を目指して すぐの事たこ焼きの匂いにつられて 大阪の犬が やってきた大阪犬『 桃太郎さん たこ焼き おくれ !! 』大阪桃『 鬼ヶ島まで鬼退治に行くんやけど ついてくるなら やるで !! 』そう言うと 桃太郎は 犬に たこ焼きをあげた大阪犬『 なんやこれ タコが 入ってへんやん !! アカンでぇ こんなタコ焼き !! 帰るわ・・・ 』そう言うと 犬は 去ってしまった・・・桃太郎は 『 なんぼのもんじゃぁ~ !! 』 と言って気を取り直し 独り とぼとぼ 歩き始めたそれから 暫らくして 大阪のキジが やって来た大阪キジ『 桃太郎さん たこ焼き おくれ !! 』大阪桃『 鬼ヶ島まで 鬼退治に行くんやけど ついてくるなら やるで !! 』そう言うと 桃太郎は キジに たこ焼きをあげたでも 大阪のキジは たこ焼きを 口に入れると すぐに食い逃げして 飛んで行ってしまった・・・『 こらぁぁ~ 食い逃げすなぁぁ~ !! 』桃太郎の声が 空しく 響いた再び 桃太郎は とぼとぼ 歩き始めた小腹がすいた桃太郎は たこ焼きを1つ取り出して食べようとしたすると その様子を こっそりと 陰から伺っていた大阪のサルが桃太郎の手から たこ焼きを ひったくって 逃げていった『 こらぁ、待てぇぇぇ !! 』大阪の桃太郎は しばらく追いかけたが如何せん 大阪のサルは 手癖が悪く すばしこい大阪の桃太郎は 追いかけるのを諦めて 大阪南港に向かったすると・・・再び あの引ったくりサルが やって来て『 桃太郎さん たこ焼き おくれ !! 』大阪の桃太郎は ムカッァァ~となって『 も~、も~たろ~ !! 』そう怒鳴ると同時に 卒中をおこして倒れてしまった・・・ああ あわれ 大阪の桃太郎
2007年01月24日
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映画 『 ゲーム ( The Game ) 』監督 : デヴィッド・フィンチャー主演 : マイケル・ダグラスこの映画はジョン・ファウルズの小説 『 魔術師 ( The Magus ) 』をベースにして現代的に完全リニューアルしたのでは・・・??私は 絶対そうだと 疑っているけど・・・。いろいろ検索しても、(誰も興味がないのか)、該当記事がない。ジョン・ファウルズ( John Fowles )という作家の幾つかの小説は映画化されている。『 魔術師 』 『 コレクター 』 『 フランス軍中尉の女 』誰か 知っている人がいないかなぁ~ ???
2007年01月23日
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『 The Raven (大鴉)』Edgar Allan Poe ( 翻訳 : 日夏 耿之介、 挿絵 : Gustave Dore )彼と逢えない日々詩を翻訳して欲しいと彼から頼まれた事がある。彼は日夏耿之介的な翻訳で詩を読みたかったらしい。当時小娘の私は、彼を喜ばそうと頑張った。でも、彼は『全然、雰囲気が伝わらない !! 』とか・・・。ファッションデザイナーの大先生がアトリエでアシスタントに言うみたいな台詞を私に言った。私は、『じゃあ、自分でやってよ !! 』と言って電話を切った。詩の翻訳は難しい。この件で、私は彼と初めての口論をした。ワンワン泣いた。
2007年01月21日
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『 Diva 』 Jean-Jacquues Beineix彼が帰国前の最後の夜、私達2人は、チュイルリー庭園 ~ コンコルド広場を歩いた。私は伯母さんのアパートに住んでいた。彼が私を伯母のアパートに送る時にそのコースを通っただけ・・・。私は、この時点では、『 Diva 』という映画を見ていなかった。彼が帰国してから約10日後、私は5日間のトルコ旅行に行き、パリに戻って、初めて『 Diva 』という映画を友達と一緒に見た。映画『 Diva 』の中でエリック・サティ の『 Gymnopedies (#3) 』が流れているシーンを見た時・・・、そう、あの晩の私達が歩いたコースチュイルリー庭園 ~ コンコルド広場を主人公とディーバが歩いている。抑えていたはずの、彼に対する想いが溢れ出して、胸が熱くなった。そして、どうしようもない程、彼への想いが込み上げてきた。映画『 Diva 』に関する事を記載した雑誌・本を買って、Wilhelmenia Wiggins Fernandez ( Diva役 )という歌手を知り、Alfredo Catalaniの『 La Wally 』( 第一幕アリア )を知り・・・、オペラや戯曲に関して、少しの知識を得て、2人で初めて入ったあのカフェの名は、戯曲名から・・・・。彼と話したくて、話したくてたまらなかった。今でもその時の事を覚えている。
2007年01月20日
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『 テレビの海をクルージング 』(加藤和彦・安井かずみ) ( アルバムタイトル 「あの頃、マリー・ローランサン」 ) シャイヨ宮で行われたパリコレは、無事に終了した。ショーの後の打ち上げパーティーは、とても楽しかった。でも、パリコレが終われば、彼は日本に帰国する。彼がパリに来るのは、半年後。その夜、打ち上げパーティーを終えて・・・、私はホテルの彼の部屋にいた。今でも、はっきりと覚えている。ホテルのテレビは、カリブ海クルーズを放送していた。私は、ソファーに座ってテレビを眺めながら、彼のリードを待っていた。彼は、部屋の照明を落として・・・、ふいに歌い出した。灯り消して、テレビつければ、船の旅は、もう始まっていた。僕は白いタキシードで・・・、キミはフィルハーモニーの指揮者の恋人で・・・、気取っている。いい男が近づいて来たら、君は気をつけて、奴はジゴロ。デッキチェアーでまどろむ真珠のネックレスは、暇を持て余している未亡人。テレビの海を見つめてる都会の片隅で、今、君は目を潤ませて、「 いつか、 きっとよ、 行きましょう 」 と体すり寄せて、見慣れたソファで愛を囁く。「何、それっ ?! 」って思った。でも、彼が歌い終えて私の隣に腰掛けるのを笑いを堪えて待っていた。テレビの海を見つめてる都会の片隅で、今、君は目を潤ませて、「 いつか、 きっとよ、 行きましょう 」 と体すり寄せて、見慣れたソファで愛を囁く・・・。 今もこのフレーズが大好き
2007年01月19日
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独身を続けていた友人(男)が、ついに結婚を決めた。来月、フィリピン・マニラで挙式する。20才年下の花嫁。花嫁はフィリピン国籍で、11人兄弟の下から2番目。結婚に必要な書類を揃えるのに、とても苦労したらしい。2人の会話は、英語に限定される。(以下、友人の事をNと表記する。)Nは、海とサーフィンが好き。好奇心旺盛で、とってもユーモラスな人だった。Nは彼の友人で、彼の会社がパリコレをする時に、アメリカから応援・手伝いでパリにやって来る。仕事の合間には、ファッションモデルを口説いていた。(笑)Nは、魅力的な男性だった。私はパリで彼にNを紹介された。当時のNは、『Naked Lunch』William S. Burroughsや『Up Above the World』Paul Bowlesが好きだった。それで、Nは、モロッコに興味津々だった。Nは、年2回のパリコレが終わると、いつも北アフリカを旅行して、アメリカに帰って行った。でも、Nは、急にアメリカを離れ、アジアを旅し始めた。当時のNは、法に触れる物を嗜好していた。William S. Burroughs(の小説の登場人物)のように・・・。そして、南アジア諸国を放浪した後、放浪先は東南アジア諸国になった。Nは徐々に変わっていった。その変わり方が(特に彼は)心配だった。Nは、「俗に言う社会」との折り合いが掴めなくなっていた。彼には度々、Nの母親から相談の電話があった。勿論、誰よりもN自身が深く悩み苦しんでいた。私は何もしてあげられなかった。でも、フィリピンの海は、Nの心を癒した。そしてついに、Nは、フィリピンの海で離れたくない相手を見いだしたらしい。婚前交渉もなく、プラトニックなまま、2人は来月(2月)挙式する。17日にNからの電話を切った後、いろいろな事を回想した。涙がでてきた。Nは大切な友人だと改めて自覚した。
2007年01月18日
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窗外的麻雀在電線桿上多嘴(ni)説這一句很有夏天的感覚手中的鉛筆在紙上來來回回我用幾行字形容(ni)是我的誰秋刀魚的滋味猫跟(ni)都想了解初戀的香味就這(yang)被我們尋回那温暖的陽光像剛摘的鮮(he)草莓(ni)説(ni)捨不得吃掉這一種感覚雨下整夜我的愛溢出就像雨水院子落葉跟我的思念厚厚一疊幾句是非也無法將我的熱情冷却(ni)出現在我詩的毎一頁雨下整夜我的愛溢出就像雨水窗台蝴蝶像詩裡紛飛的美麗章節我接著寫把永遠愛(ni)寫進詩的結尾(ni)是我唯一想要的了解雨下整夜我的愛溢出就像雨水院子落葉跟我的思念厚厚一疊幾句是非也無法將我的熱情冷却(ni)出現在我詩的毎一頁 那飽滿的稻穗幸福了這個季節而(ni)的臉頬像田裡熟透的蕃茄(ni)突然對我説七里香的名字很美我此刻却只想親吻(ni)倔強的嘴雨下整夜我的愛溢出就像雨水院子落葉跟我的思念厚厚一疊幾句是非也無法將我的熱情冷却(ni)出現在我詩的毎一頁雨下整夜我的愛溢出就像雨水窗台蝴蝶像詩裡紛飛的美麗章節我接著寫把永遠愛(ni)寫進詩的結尾(ni)是我唯一想要的了解『蘭の吐息』さんへのスペシャルサービスよ !!でも、どうしても入力できない字だけは、ピンイン入力しちゃたけど・・・、許してね。また次の小休止の時は、小剛の歌にするわね。楽しみにしててね。
2007年01月17日
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『 Il Nome della Rosa ( 薔薇の名前 ) 』Umberto Eco ( ウンベルト・エーコ )薔薇の名前(上)薔薇の名前(下)「 Secretum finis Africae... 」 ( 『 薔薇の名前 』 の 謎解き キーワード。 )誰が言い出したのかは、覚えていないけど、アトリエ内スタッフの中だけで、この言葉が流行っていた。カフェのコーヒーをひとくち飲んで、「 Secretum finis Africae... 」 ( う~ん、美味しいのゼスチャー付きで )補正を終えたショーサンプルのチェックをお願いすると、「 Secretum finis Africae !! 」 ( ウンウンと頷きながら、手で Good ! の合図付き )もうなんでもかんでも「 Secretum finis Africae !! 」パリコレが近づいて緊迫していた。緊迫し過ぎて、ビンビンに張りつめた糸が、プッって切れたんだと思う。 (笑)人の 1/3 の 速度で 釦付けを終えた彼も 調子に乗って、( 思いっきりカタカナで )「 セェクレトゥム・フィニ・アーフリカェ !! 」たまたま それを見ていたデザイナーの大先生が、「 のん気な君は、『 アフリカの果て 』 にでも飛んで行きなさい!! 」その日の仕事が終わって、彼が呟いた。「 アフリカの果てって、どこなんだろう..... 」そう、この日にちょっとした出来事が、この先、私と彼をアフリカへといざなう事になった。「 Secretum finis Africae... 」薔薇の名前 特別版(期間限定)(DVD) ◆20%OFF!
2007年01月16日
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『 Lunes de fiel ( 苦い月 ) 』 Pascal Brucknerロマン・ポランスキーで映画化されて、『 苦い月 』は、日本では『 赤い航路 』なんてタイトルになっちゃった。パリコレが迫ってくると、デザイナーは、とてもナーバスになるらしい。●衣装のボタンをすべて違う釦に変更●モデル変更→フィッティングのやり直し●その他いろいろ彼は釦付けが苦手だった。遅くて、なんか穢い。彼が1着分を終える時間で、私は3着仕上げた。(笑)その事で彼は、みんなからからかわれていた。夜遅くまで、衣装(ショーサンプル)の修正・補正作業が続いた。その結果、ショーに関係するスタッフと少しずつ団結し合い、ファミリー感覚も強くなった。私達は、毎晩、ショーのスタッフの中の同じメンバーで食事した。 (毎晩ご馳走して頂いた。)メンバーは、フランス2人と、アメリカ人1人、日本人4人 (勿論、日本人の中に私と彼が・・・)ある夜の食事中、彼がフランス人スタッフ(A)に、「パスカル・ブルックナーという作家は、どういう人?」フランス人スタッフ(A)が「流行の事象・キーワードを上手く加味するエンターテイメント作家だと思う。」彼は、「・・・。」(A) 「なぜ? パスカル・ブルックナーの本、何か読んだ?」彼 「『Lunes de fiel』。1冊だけ・・・。」(A) 「質問した理由がわかったよ。(笑) 彼は変態ではないよ。」彼 「だとしたら、すごい力量を持った作家なんだね・・・。 読んでて、吐きそうになった。 少なくとも3回以上、完読を放棄しそうになったよ。」(A) 「(笑) わかるよ。特に、排泄物のくだりだろう ! 」彼 「うん・・・。あっ、ゴメン。今はマズイよね、食事中だった!! 」私 「えっ、なに ?? 」私以外 「(苦笑)」私は、彼やスタッフの人の会話に全くついていけない事が度々あった。私が一番若いから知識が浅く足りない事は仕方なかったけど、ジャンルの幅が無い事を痛感する事が度々あった。釦付けがメチャクチャ下手で、みんなの足を引っ張ってる彼だけど、やっぱりパリコレまでするブランドの人達は、どこかちょっと違うんだなぁって、乙女心は感心した。
2007年01月15日
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『 Le Livre Blanc (白書) 』 Jean Cocteau ( ジャン・コクトー )それは 彼がパリの本屋で探していた本。彼が購入したのは ジャン・コクトーのデッサン画集。とってもエグイやつ。彼は、「 凄い本を見つけた!! 」と言って興奮していた。ジャン・ジュネ『 ブレストの乱暴者 』の挿絵として描かれたデッサンらしい。男の人のあの部分とか、男同士のSEXが、凄くグロテスクに描かれていて・・・。そのデッサン画に目を輝かせた彼に、私はちょっぴり失望。私の小さな失望感を、彼は嫌悪感と思ったみたい。彼は、「 僕はホモじゃないよ !! 」とか「 この本は日本じゃ出版できる訳ないでしょう。だから貴重なんだ。」 ( 確かに、1994年以前には日本では入手不可だった。 )私の気を惹こうと、ああだ・こうだと彼は釈明を続けた。私「 大丈夫よ、私、ホモの人に偏見もってないから・・・」彼「 ち、違うよ、ホントに・・・。この本に価値があるんだ。」私「 ホモの人にとっては、特別な価値があるんでしょ?! 」彼「 違うよ。ジャン・コクトーのファンにとって価値があるんだよ。」そんなやりとりをしながら、私達2人はサンジェルマン・デ・プレまで歩いた後、「ここでお茶しようよ。」と彼が指差したカフェに入った。Aux Deux Magots : サルトルとボーボワールがよく行ったカフェらしい2人で初めて一緒に入ったカフェ。「 何にする? 僕はカプチーノ。」「 私も同じの・・・。 ギャルソン! 」「 待って、僕に言わせて! ドゥ・カプチーノ・シィルブプレ ・・・ 」彼は、(思いっきり、カタカナで)オーダーを伝えた後、私を見て、にっこり微笑んだ。 ( 僕だって、このぐらい喋れるよ!! )でも、ギャルソンが持って来たのは、紅茶の入ったポットと2つのティーカップ。 ( ドゥ・カップ・ティー )落ち込んだ彼が、すごく可愛いと感じた。そう感じたのは、この時すでに、彼に恋していたからだと思う。
2007年01月14日
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彼と出逢ったのは、もう10年以上前。PARIS。私は、伯母と共にパリで暮していた。 ( 私は伯母に育ててもらった・・・。)Turkey旅行のお金を工面しようとアルバイト先を探していた。PARISには僅かな知り合いしかいなかったけど、その知り合いから、『日本のメンズ・ファッションデザイナーが、ファッションショーをする為にPARISに来る。2週間ぐらいの期間、彼らの雑用をしてみないか?』曖昧だけど、そんな感じ・・・。雑用と聞いていたけど、モデル達の衣装合わせの手伝いとか、その衣装の補正(裾上げ、袖丈出し・詰め、ボタン付け直し・・・。針と糸、アイロンあて(プレス直し?)・・・、つまり、お針子さん。彼は、日本(東京)から来たメンバーの1人。ファッションデザイナーのアシスタントで、パタンナーもしていた。彼は、メンバーの中では、一番下っ端。他のメンバーと比較して、黙々と仕事を進めていた。私より年上だったけど、シャイな感じで、可愛かった。日本から来たメンバーの中に1人だけ女性(広報担当)がいて、彼女から、照明器具(電気スタンド)を3~4台、急いで買って来て欲しいと言われ・・・。女の子1人じゃ持ち帰るのが大変だから、一番下っ端の彼が一緒に行って持ち運ぶ事になった。彼と2人で、(たしか、雨の中)・・・。彼との始まりは、その時からだった
2007年01月13日
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