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カテゴリ: フットボール
2009年7月3日、すべてのリバプールサポーターに激震が走るニュースが報じられた。

『マイケル・オーウェン、マンチェスター・ユナイテッドと合意』

リバプールを離れて久しい選手だとはいえ、一部のリバプールサポーターから見放されていたとはいえ、すべてのリバプールサポーターが決して許さないタブーを、レジェンドの一人が犯してしまったのだ。しかも彼は、こともあろうか、ユナイテッドにおいて『伝説』といわれる7番の系譜を担うことになった。

チャンピオンズリーグ制覇を夢見て、育ったクラブを裏切るような形で巣立ったオーウェンを恨んでいたレッズサポーターや、今なお彼の凱旋を願って止まなかったレッズサポーター、すべての人がこの事実を受け入れられただろうか。

私は受け入れることができなかった。つい先日までは。

事実、家にあるオーウェンのグッズは処分しようと決めていた。ポスターは破り捨て、胸にライバーバードが描かれている彼のレプリカシャツはクローゼットからごみ箱へと所在を移した。

いくつかのクラブからのオファーがオーウェンの元に届き、その中にはファーガソンから“朝食を共に”という誘いのメッセージがあった。おそらくオーウェンに届いたオファーの中で最も大きなクラブからの誘いだったろうし、しかもファーガソン直々のラブコール。そして、オーウェンは赤鬼の元へ行く決意をした。

しかし、事実は本当にこれだけなのだろうか。

「叶うならばリバプールに戻りたい」と言っていた彼がユナイテッドに活躍の場を求めた理由が、彼にしか分からない本当の理由があるのではないだろうか。

オーウェン自身がユナイテッド加入に関して、リバプールのことについてまったくコメントを残していないので、視点は自ずと一方に偏るが、少なくともラファエル・ベニテスはオーウェンがユナイテッドに加入した経緯、というよりリバプールに加入しなかった経緯を語っている。


しかし、それはサポーターに今なお愛され続け、別れを告げる機会が与えられないままクラブを去ったレジェンド、ロビー・ファウラーのときとは状況が異なることを強調していた。

「我々は様々な人達と接触を持って、状況を分析していた。ただ、トーレス、ジェラードとプレーをしたいと思うならば、多くの出場機会は与えられないだろう。我々がロビー・ファウラーを買い戻したときと状況は大きく異なる。彼は我々が当時探し求めていたタイプに合致していたし、しかも彼は素晴らしいフィニッシャーだった。ワールドカップが近付いていて、すべてのトッププレイヤーたちがそこでプレーしたがっている。彼のポジションでは、毎週オーウェンがリバプールでプレーをすることは難しいだろう。来シーズン我々は、カイト、バベル、エンゴグ、そしてボローニンに自信を持っている。我々にはクオリティの高い選手が既に揃っている。」
(参考: RAFAEL BENITEZ CONSIDERED MICHAEL OWEN SIGNIG FOR LIVERPOOL )

つまりベニテスはオーウェンを呼び戻したとしても、彼に活躍の場は確約されていないどころか、おそらくトーレスにトラブルが起きない限りその場は与えられない。そうなればオーウェン自身のプライドを傷付け、そしておそらく彼自身最後になるであろうワールドカップ出場の機会を奪うことになる、という考えが少なからずあったのだろう。しかも、オーウェンは1トップでは機能しないことはニューカッスルでのプレーや、イングランド代表の試合で実証されている。トーレスと2トップを組ませるにはタイプが重なり過ぎ、オーウェンの良さ、トーレスの良さ、それぞれを相殺してしまうだけでなく、ジェラードのためのスペースを消してしまいかねない。数年前ならまだしも、もはやリバプールはオーウェンと心中するつもりなど毛頭なかったわけだ。

しかし、これだけがベニテスの考えとも言えないのだ。ある記事で、オーウェンとベニテスの関係を記したものがあった。そこにはお互いが持つリバプールというフットボールクラブへの愛着、自身のプライド、そしてビジョンを含めた価値観といった、フットボールの枠に収まらないもっと人間臭い感情がそこにはあったのだ。

オーウェンがリバプールを離れ、レアル・マドリーに活躍の場を求めたのが2004年の夏。バレンシアで指揮を取っていたベニテスがフロントとの確執でクラブを離れ、リバプールのマネージャーの任に就いたシーズンだ。当時のリバプールは、GKにデュデク、左からキャラガー、ヒーピア、エンチョズ、フィナンのバックライン、同じくリーセ、ハマン、マーフィー、ジェラードという中盤に、オーウェン、ヘスキーのコンビが前線を務める布陣が主だった。戦術的には完全に堅守速攻に頼るのみで、奪ったボールをジェラードらが前線へロングフィードで蹴りこみ、ヘスキーがそのボールを競って、オーウェンがフィニッシュするという見ていてつまらないと揶揄されても仕方のない、クラシックなスタイルで試合に挑んでいた。つまり当時のリバプールはオーウェンありきのチームで、ベニテスはリバプールを任されたとき、そのスタイルからの脱却を図ろうと努めた。しかしそれはオーウェン不要説を説くわけではなく、ベニテスは“オーウェンを中心にする”というスタンスは変えるつもりがなかったという。しかし指揮官の“クラブを常勝軍団へ”という改革案は、エースの誤解を生み、残ったのは前任者ウリエが熱望したジブリル・シセ獲得に要した多額の負債のみとなった。かくしてベニテスは、2007年にフェルナンド・トーレスを得るまで絶対的なエース不在に悩まされ続け、オーウェンはというと輝きを失うこととなる路程の第一歩を辿った。

しかしこの話にはまだまだ驚くべき続きがあった。オーウェンがスペインへ旅立って半年後、ベニテスと会談を持ったというのだ。そしてベニテスは自身のプランを大きく揺らがされた、離脱したエースから発せられた言葉に喜んだという。

「リバプールに戻る」

きっとこの言葉の真意は、今すぐ、ということではなかっただろう。レアル・マドリーから要求される移籍金が高額になるのは火を見るよりも明らかで、リバプールは経済的に潤っているとは決して言えないクラブだったからだ。とはいえ、ベニテスはこの言葉に一筋の光明を見出したはずだ。

しかしこの約束がついに守られることはなかった。オーウェン獲得には移籍金だけではない問題が常に付きまとったからだ。オーウェンは、ベニテスに判断を急がせ、そして毎週の出場を約束させようとしたのだ。当時のリバプールのストライカーといえば、バロシュ、シセ、モリエンテス。オーウェンが仮に戻ってきたとして、コンディションさえ万全ならば、スタメンは当確だろう。しかし、ベニテスはこれに対して首を縦に振らなかった。ベニテスが誰に対しても決して譲ることのないポリシーがそこにはあったからだ。



お互いが出した答えは、言うまでもない。そしてまもなく次の機会が訪れる。2006-07シーズン終了後、ニューカッスル・ユナイテッドとオーウェンの契約が残り1年となったとき、そうニューカッスルのフレディ・シェパード会長が、問題発言をしたとされるあの時期だ。

「900万ポンド払えば、私が車でアンフィールドまで連れて行ってやるよ。」

このとき、ベニテスはストライカー探しに奔走していた。その前年、ディルク・カイト、クレイグ・ベラミーを獲得し、チャンピオンズリーグ決勝まで駒を進めてなお、ベニテスは得点力不足に頭を抱えていた。その当時を振り返り、ベニテスはこのようなコメントを残している。

「マイケルがレアル・マドリーを退団する時には、すでに直接話をしていた。ただその時、話がまとまらなかった。その次は、昨シーズン(2006-07シーズン)終了後だ。ストライカーを補強すべく、10人くらいの獲得候補を挙げていたが、その中にマイケルの名前もあった。コンディションさえ万全なら、彼は世界でも最高クラスのフィニッシャーだからね。バレンシア時代にリバプールと対戦したことがあったが、その時はマイケルをいかに止めるかという話ばかりしていた記憶がある。ただ、マイケルはペナルティボックス内で仕事をするタイプの選手だが、トーレスは低めの位置でもプレーできるし、ディフェンダーを背負っても問題ない。しかも、彼はまだ23歳だ。彼のスピードとパワーこそ、我々が必要としているクオリティだと判断したんだ。トーレスを獲得したのは、正しい判断だった。」

ベニテスのコメントでは出ていないが、得点力不足に悩まされ続け、一部のサポーターからは復帰を待望されている状況を見たオーウェン自身が、俺ならこのチームを救える、とまだ信じていたのだろう。だから彼がベニテスに要求するものは何も変わらなかったのではないだろうか。



“リバプールは前に進むべきときを迎えている。もはやレジェンドに頼りきる時代ではない。”

そしてベニテスの本心はきっとこうだ。

“私はマイケルに(復帰のチャンスを)二度与えた。三度も彼にそっぽを向かれるのはご免だ。私はそんなに辛抱強い人間ではない。それに、クラブより代表を重んじるエースは不要だ。”

オーウェンが赤い悪魔に魂を売ったのか。

それは違うと私は思うし、そう信じたい。オーウェンは今尚、リバプールを愛している。その証拠にニューカッスルに移った後、年棒減額を受け入れ、リバプール復帰を毎年打診していたというのだから。ただ、彼は今のままではリバプールで活躍できないし、トーレスからポジションを奪うことなど不可能だということを悟ったのだと思う。彼自身、自身の力を大舞台で証明する必要性を感じたからこそのユナイテッド移籍という決断をしたのではないだろうか。

では、ベニテスがオーウェンを冷遇したのか。

それも違うだろう。ベニテスはオーウェンに幾度とチャンスを与えてきたのだから。

お互いがお互いを理解できぬまますれ違い、二人の関係は修復する日を迎えることなく、最大のライバルとして来シーズン戦うことになる。一つだけ言っておかなければならないのは、二人の間にはリバプールとユナイテッドの関係のような敵対心はきっとない。私はオーウェンもベニテスも信じることにした。そしてオーウェンがアンフィールドのピッチに足を踏み入れるとき、今まで同様拍手を送ろうと思う。私とフットボールを出会わせてくれたのがオーウェンだという事実は変わらないし、オーウェンに対して声援を送り続けることこそ、私がフットボールを愛している証なのだから。


YNWA
liverpool_emblem


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Last updated  2009/07/16 05:31:55 PM
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