とちめんぼう改

とちめんぼう改

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

とちめんぼう7770

とちめんぼう7770

Calendar

Favorite Blog

Cat Tail RAY_catさん
怪鳥の【ちょ~『鈍… 白い怪鳥さん
風に吹かれて 唯我独尊7さん
ねこ島の戯言 ねこ島さん
とちめんぼう とちめんぼうさん

Comments

シャネル 財布@ xaupho@gmail.com 今日は~^^またブログ覗かせていただき…
いのかみ@ Re:種子島旅行(3)~打ち上げ後の観光編~(02/11) 種子島見聞録、お疲れさまどす〜 相変わら…
とちめんぼう7770 @ Re[1]:年越しに何をしていたか2013年正月版(01/01) 唯我独尊7さん >思念おめでとう。 信念…

Freepage List

2016.08.29
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
シン・ゴジラに「王道」と「覇道」という言葉が登場したので、
参考資料として出典を載せておきますね。

一般には「王道」は「オーソドックスなやり方・まっとうなやり方」という意味で使われることが多いのですが、
映画の中の「王道」は中国の「儒家」の思想(孔子を源流とする)からきています。
(物語の中ではまあ一種の味付けとして使われているにすぎないとは思いますが。)

てもとに原文がなかったので訳の載っている本から引用しておきます。


平凡社『中国古典文学大系3論語・孟子・荀子・礼記(抄)』より
(原文では覇者の「覇」は「霸」と表記されていますが、「覇」に改めました。)

公孫丑章句上


「実際は力で威圧しておりながら、うわべだけ仁者の仮面をかぶって諸侯に君臨するのが覇者である。それゆえ覇者となるためには、ぜひとも大国でなければならない。その人徳からして、おのずと人生を行って初校に君臨するのが王者である。それゆえ王者となるには、何も大国をもつ必要はない。殷の湯王は七十里(訳二八キロ)四方の小国から、また周の文王は百里(訳四○キロ)四方の小国から天下の王者となった。力によって強いられた服従は、心からの服従ではない。自分の力が足りないので、仕方なく服従しているに過ぎない。ところが、特に感じてなつくのは心の底から喜んで服従するのである。たとえば七十人の弟子達が孔子に心服したのなどがそれである。『詩経』(大雅、文王有声篇)の
西より東より来たり
南より北より集まりて
思いて服せざる者なかりき
という詩句は、王者に心服するさまを歌ったものである。

荀子 王覇篇 第十一
国家というものは天下の最もすぐれた道具であり、君主は天下における最もすぐれた権勢である。君主は正しい道によって国家を保持しておれば、大いに安泰であり、大いに繁栄し、うるわしき徳をつむ基礎となるが、正しい道によるのでなければ、非常な危険であり、非常な災厄であって、国家を保有するよりもむしろしない方がましであり、最悪の場合には、庶民となって生きのびたいと願ってもそれすらできないこととなる。斉の?王や宋の献王がその例である。
だから君主は天下における最もすぐれた権勢であるが、自分自身で安定することはできず、安定するには必ず正しい道によらねばならない。それゆえ国家を治める者は、仁義の道を確立すれば王者となり、信頼を重んずれば覇者となり、権謀に頼れば滅亡する。この三者は聡明な君主の身長に選択するところであり、仁徳ある人のはっきり弁別するところである。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2016.08.29 12:20:42
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: