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さん: 雪降り前の忙しいのと、震災案件が重なって現場は猫の手も借りたいほどの忙しさだ。そこに助け舟を出してくれたのが写真の二人ほか二名の助っ人である。その山梨市からの応援団と市内居酒屋で大いに飲んだ。やっぱり酒が入らねばダメだ。融雪技術がよほど珍しいのか仕事の話で大いに盛り上がった。
2004年11月30日
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さん: NPO法人支援センターあんしんへジャンプ 震災1ヶ月がすぎトイレットペーパー工場もようやく落ち着きが出てきた。メンバーにも笑顔が出るようになり軽い冗談に笑いが起きていい雰囲気となってきた。ただただありがたい。 雪降り前のどうにもならない忙しい中、山梨市より応援部隊が来てくれた。。当社の工事部門長の同級生の富士商工の平山社長さんである。友達というのは本当にありがたい心より感謝いたします。現場の仕事にあたる横田さん、内堀さん、三枝さん、小高さん、ありがとうございます。昼間はワ-クセンターとして使っている民家が夜は応援部隊の宿舎となる。8月にこの民家を改造して共同生活が出来る施設にしておいてよかった。これも感謝です。富士商工へジャンプ
2004年11月29日
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さん: 東京の蕎麦屋の叔父さんが突然震災見舞いに来てくれた。カレーセットのお土産と見舞金を10件近い親戚全部に2・3日かけて配って回ると言っていた。叔父さんは18歳で十日町を後にして苦労して東京で蕎麦屋を開いて成功したのだ。「こうして75歳まで元気に楽しく暮らせるのもみんなのおかげだから」とようやく余震も落ち着いた頃を見計らって着てくれたのだ。ありがとう叔父さん。私も叔父さんのような人生をしたいと思います。
2004年11月28日
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さん: 朝3時、突然携帯が鳴り慌てて出てみると、会社のプレハブの倉庫の屋根が突風で吹き飛ばされたとの連絡で、すぐさま予定を変えて、米子よりANAでとんぼ返りでした。 今年はいろいろあるなあー。14時に現場について確認、まあ、よくこれくらいで済んでくれた。午前3時に出社してくれた社員にねぎらいたい。正直ホットした。うちの悪猫は地震の後ようやく落ち着いてきたのかよく寝るようになったようだ。
2004年11月27日
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さん: 米子市のウチダレックさんの平成17年度経営計画発表会に行ってきた。内田社長は一倉定先生の同門同期で山陰地域でも超優良不動産サービス会社の経営者として知られている方である。社員45名を前に「お客さま第一」「環境整備」「クレーム最優先」の一倉イズムの経営方針を約1時間の渡り発表し、一丸となり目標達成を誓っていた。われわれ15名の来賓は内田社長の応援団としてエールを送りかつ一倉先生の経営哲学を改めて再認識した。今回、私は震災の影響も有り、出席辞退も考えたがこういうときこそ力を頂いて来ようと出席した。内田社長はじめ社員のみなさま、来賓のシンクタンク一倉会の皆様より心温まる励ましを頂き、感激で私にとっては一生忘れられない発表会となった。内田さんありがとうございます。ウチダレックへジャンプ
2004年11月26日
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震災一ヶ月が過ぎた小千谷市に行ってみた。まだかたずけも進まないところも多い、復興に時間がかかっているのは被害が大きいからだ。小千谷市総合体育館は市民の避難所になっている。「なかなか避難の人は減らない、健康が心配だ」と係りは話していた。この巨大体育館の屋根は積雪加重を1mしかみていない。この豪雪地では一晩で1mの積雪はしばしばあることだ。降雪時期に確実に稼動させなければならない。震災による融雪装置の特別点検をしっかり行って積雪リスクに備えなければならない、責任ある仕事だ。約6500平米の屋根融雪装置の点検を終えるのに一週間程かかる見通しだ。冬将軍はもうそこまで来ている。
2004年11月25日
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さん: 平成元年(16年前)にわれわれうしとら会(約30年前に結成:昭和24年25年生まれの丑年寅年の十日町生まれの同窓生が親睦と地域活性化の目的で自然発生的に始まった会現在会員20名)が馬鹿が出来なくなる40歳を前に自分たちの集まる場を作ろうと、約1年がかりで自分たちだけの手で造った山小屋がある。この山小屋がこのたびの震災で大きく傾き全体で北に約30センチずれてしまった。この修復に23日、7人の仲間が集まり汗を流した。「これでよく倒壊しなかった。」「奇跡だ!」と集まった誰もが目をむいた。昨日一日では作業は終わるはずもないが何とか柱を全部替えて補強を終えることが出来た。まさに、思い入れだけでわれらの城を守ったのだ。夕方くたくたとなり一杯飲む元気もなく家路についた。本当につぶれなくて良かった。運はまだ味方しているただただ感謝したい。
2004年11月24日
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さん: 震災発生からちょうど一ヶ月になりました。十日町はようやく落ち着きが出てきたのかな?と感じています。本日、「日本を美しくする会 」関東ブロックの約35名の方々が『新潟県中越地震被災者を励ます会』を企画してくださり今なお避難生活を送られている2つの施設の便所掃除に関東圏各地より駆けつけていただいた。午前中十日町公民館・コロス10のトイレ便器の数約120個を3時間半かけて徹底的に掃除をして各施設の管理者から大変喜ばれました。途中、日本を美しくする会有志一同様(代理人 十日町掃除に学ぶ会 代表世話人村山廣祐様)より非営利活動法人支援センターあんしん本田会長に多額の災害見舞金を送っていただきました。ありがたくてお礼の申し様もありません。 日本を美しくする会へジャンプ
2004年11月23日
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さん: 11月7日に震災見舞いを幹部社員さんとともに来て頂いたさいたま市のSPD警備保障の早朝勉強会に行ってきました。「今回の震災の話を社員の危機管理教育にしたいので、記憶が新しいうちに是非してほしい」との警備会社ならでわの樋口社長さまのたっての依頼がありましたので出かけてきました。SPD警備保障会社は、地元埼玉県ではナンバーワンの警備会社でワールドカップ決勝の埼玉スタジアム警備や、冬季長野オリンピックの警備の実績のある素晴らしい会社です。SPD警備保障へジャンプ
2004年11月22日
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さん: 新潟日報社より11月25日発売予定の特別報道写真集「新潟県中越地震」2004・10・23地震に負けずがんばろう が入手できたので紹介したい。地元新聞社ならではの地震発生直後の惨状を生々しく激写しており88約200枚のカラー版は永久保存版として価値がある。書店によっては販売直後に即完売のところもあるとの情報で一人で10部以上購入して県外の親戚・知人などに送る人もいるようだ。その写真の一部を紹介しよう。 新潟日報社へジャンプ 発売新潟日報事業社 電話025-233-2100まで 定価税込み1,000円
2004年11月21日
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さん: NPO法人支援センターあんしんの「障害者デイサービス」が土曜日の余暇支援プログラム『自立のための料理教室』が行われた。料理の先生は公民館活動で料理の講師をしているNPO法人いきいき応援団の山田先生である。6人の生徒さんと補助の職員が楽しそうにキャーキャーいいながら楽しく学んだ。ホットケーキを焼きおやつまで作りいい週末体験となった。このサービスは人手が必要で骨も折れるがみんなの喜ぶ顔を見ると月一回ぐらいのペースで続けたいと思う。。 いま、この料理教室の生徒を募集しています。詳しい案内は支援センターあんしんまでごれんらくください非営利活動法人支援センターあんしんへジャンプ
2004年11月20日
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さん: >新潟県中越地震の震源地のひとつ堀之内町新道島地区のお客様をお見舞いに訪ねた。その村は目を覆うばかりの 惨状でありこの震災で最も大きい被害を受けた。いま自衛隊が家の解体を行っている。お客様は「生きているのが不思議だ!」と話していた。 IMG SRC="http://plaza.rakuten.co.jp/img/user/30/15/3793015/207.jpg" width="320" height="240" alt="芋川の下流の村では土石流の備え">
2004年11月19日
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さん: 愛知県の安城市で「白だし醤油日本一の会社」を経営されている七福醸造株式会社の専務さん犬塚貴統さんがわざわざ義援金を届けてくださいました。犬塚さんは会社ぐるみで毎年秋に「三河湾チャリティ100キロ歩け歩け大会」を開催しており、今回は参加者の約300名の方々に呼びかけて、私どもNPO法人のために義援金を集めてくださった。多くの皆様本当にありがとうございます。嬉しくて言葉もありません。 味とこころへジャンプ 七福醸造へジャンプ
2004年11月18日
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さん: 村の鎮守のお宮さまも鳥居は落ち、神殿も傾いてしまった。冬を前に修繕はすぐに出来ないと村の人は肩を落としていた。 手前の駐車場も大きく陥没して車は入ることが出来ない。建物はもちろん壊すしかない地域がまたさびしくなる。
2004年11月17日
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十日町市のS様、5年前私どもの屋根融雪工事を数百万円かけて改造されたばかりだ。この震災で家全体が傾き隣の家に倒れる恐れが出ている。生まれ育ち70年近くを過ごしたこの町を離れ、息子さんが住んでいる関西に移住をきめたS様ご夫婦の胸中察するに余りある。また十日町の人口が減る、この震災でこの中越地域を離れる人はどれくらいになるのだろう。
2004年11月16日
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さん: 今日はうちのカミさんのウンのいい地震体験記を読んでください。グラグラ、ミシミシ、グラグラ、ミシミシ本当によく揺れました。そのとき私は、夕食の支度を済ませこれから家族で夕食をと思っていたときでした。強い揺れの合間を縫って、テーブルの下に家族ひとかたまりになってもぐりこみました。その揺れが続く中どうゆう理由か,私はトイレに行きたくなったのです。家は揺れるは我慢は出来ないはと、迷っている私に長女が「我慢しないで、出すものは出してきた方がいいよ」と励まされてなんと私は余震のさなかなんと3回もトイレに行ったのであります。地震の揺れが私の腸に刺激を与えたのか中越地震で宿便退治をしたようでした。余震の続く毎日、自分の体調の変化に気がつきました。緊張しているのに疲れを感じないのです。三年間苦しんだ更年期障害が体の中から抜けていったのです。不思議です、長いトンネルをようやく抜け切ることが出来て嬉しさで一杯となりました。 そしてこの震災で壊滅的な被害を受けたNPO法人支援センターあんしんのトイレットペーパーの福祉小規模作業所。19歳から65歳までの障害者11名が再生紙を利用して毎日生産に勤しんでおります。幸い震災発生が土曜日でしたので利用者やスタッフ、ボランテアに災害は及びませんでしたが工場は大きく破壊されて雨漏りがする状態になってしまいました。機械は間一髪無事なことがわかり11月一日より臨時工場で作業を開始しています。余震の続く中、作業所職員をはじめ多くのボランテアさんに助けられながらようやくの仮宿再開です。私もそんな中少しでも役に立てればと毎日作業所にボランテアの一員として汗を流しております。地震のあった翌日から、全国の方々から励ましの言葉、応援を頂き世の中にはこんなにもいい人が大勢いる、震災になど負けないで頑張って生きなければと大きな希望を持つことが出来ました。十日町はこれから雪のシーズンを迎えますが,全国から寄せられたたくさんの応援を胸に一生懸命復興に向け働きたいと思います。運は必ず開かれるのです。 平成16年11月15日 ワークセンターの再建にご支援をお願いいたします。 NPO法人支援センターあんしん http://mx51.et.tiki.ne.jp/~ansin/index.htmlご支援振込先口座 北越銀行十日町支店 普通預金 671297 郵便払込(こちらは連絡先がわかりますのでこちらでお願いできればと思います) 口座番号 00570-2-93907加入社名 特定非営利活動法人支援センターあんしん特定非営利活動法人支援センターあんしん 会長 本田欣二郎
2004年11月15日
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さん: 今日は悲しいこととうれしいことがあった。悲しいのは同級生のお父さん79歳が震災の非難生活の疲れから亡くなってその葬儀があったこと、昨日に続きご冥福をお祈りいたします。うれしいことは沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学総合文化学部人間福祉学科社会福祉専攻 保良ゼミの大嶺さん,伊良波さんがワークセンターあんしんを訪れて「沖縄国際大学で集めた義援金を作業所の再建に使ってください」と言って届けてくれました。本当にありがとうございます。大嶺さんと伊良波さんは4日前より大学の代表でわざわざ十日町までボランテアにきてくださっていたのです。「明日朝帰る前に福祉関係の困っているところに直接義援金を届けたくてボランテアセンターに聞いてここを知りきました」と夜7時に訪ねてくださったのです。このような立派な学生さんがいる大学の学長はどんな人なのでしょうか?宜野湾市といえば、あの米軍のヘリが落ちて問題になっているところではないか。 沖縄国際大学へジャンプ全国から集まったきょうされんの方々も4日間の救援情報収集活動を終えて今日引き上げました。昨日の打ち上げではいろんな情報と刺激を受けることが出来さすが福祉作業所の全国区と思いました。あんしんもきょうされん加入を決め、これから指導を頂くことにしました。おかげさまで人脈の大収穫がありました。手弁当で駆けつけたきょうされんの皆さんご苦労様です。あの狭いまごころの家に35人も入っていたとは驚きです。何も出来ずに申し訳ありませんでした。 きょうされんへジャンプ
2004年11月14日
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さん: 悲しいかな今日、34歳の前途洋々の青年の葬儀に出席してきた。23日の地震でビルの外壁の直撃を受けて即死であったそうだ。言葉もない。故人のご冥福を祈るばかりだ。 本日、東京のNHKがあんしんの臨時作業所に福祉活動の取材で訪れた。いま全国の”きょうされん”(共同作業所連合会)が新潟県中越地震の支援拠点をここ十日町の臨時あんしん作業所に設置して、約28名のスタッフが全国から集まり寝泊りしながら中越各地の震災を受けた障害者施設や障害者の家庭などに訪問して情報活動をしているのだ。その活動に少しでも役立てられればいいと思う。 いま、非営利活動法人支援センターあんしんでは義援金を募集しています。詳しくはあんしんホームペイジをご覧ください。あんしんへジャンプ震災義援金払込先郵便払込口座番号 00570-2-93907加入社名 特定非営利活動法人支援センターあんしん
2004年11月13日
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今日は雨となった。静岡では季節外れの豪雨となり死者が出ている。今年の日本はどうなってしまったのだろう。新潟も昨夜から雨となっている、震災後の雨は雨漏りが心配だトイレットペーパー工場はぬれるとダメになるから怖い、雪はもっと怖い、壊れた家を湿った重い雪の加重が屋根にかかるからだ。降雪が遅くなるのをひたすら願うのみだ。 私の近所の自転車やさんの星名さんは23日の3回の地震で店舗兼住宅が大きく道路側に傾いてしまった。一時は写真右の電信柱に二階の壁ががあと30センチくらいまで傾いて倒壊寸前となり一時はあきらめかけたがご主人が「この家は絶対俺が守る!」との信念でワイヤージャッキを柱に掛けその後の余震が来るたびに奥さんと一緒にジャキを回して引っ張って何とか写真の状態まで元に戻したと言うのだ。信じられないようなことが現場では起きている。地震で壊れた家を余震で直すなんて有りますか?信念畏るべしだ。
2004年11月12日
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さん: 福祉のの仕事をしていると毎日が感動の出会いです。このごほうびがあればこそ頑張れるのです。 義父は4年前交通事故で足を骨折して入院しその間に痴呆症が進みしばらく大きな施設に入っていました。ちょうど10ヶ月前に私の支援ルームに入所したときは私の家内(実の娘)の顔もわからず、呼びかけても無表情で返事も 出来ないほど重度になってしまいました。毎日のデイサービスのスタッフによるケアのかいあって見違えるほどの豊かな表情になりました。私の呼びかけに「ありがとう」といわれたときは思わす涙がでました。 伯母さんは私の8年前に亡くなった母の姉です。今年の夏少し痴呆が出てきましたので当所に入所しました。地震のとき心配で駆けつけたら「無理するなや,家はだいじゅうぶか?」ときずかってくれました。毎日「死にたい死にたい」といっていた半年前の伯母はもういません。
2004年11月11日
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大事にしていたものが壊れるのはつらい。20年愛用した思い出のギターとお別れだ修理にこんなにかかるのだったら買ったほうが早いと言われた。もったいないもったいないもったいない。23日の3回目の余震で台から落ちたのだ。
2004年11月10日
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さん: 今日はしっかり仕事をした。リゾートマンションの融雪工事現場視察をした。16階の屋上に立つと越後湯沢の前景が見える。岩原の山は紅葉真っ盛りだ。 スポーツメント湯沢へジャンプ途中、中里村の清津峡のドライブイン峠の茶屋にて昼食を摂る。昼時と言うのに客は私一人、震災の報道が秋の紅葉シーズンの書き入れ時の観光産業を直撃している。二次災害が始まっているのだ。
2004年11月09日
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さん: 残念な話がありました。本日、十日町新聞社に次のような匿名投書があり私に知らせていただきましたので十日町新聞社代表取締役山内正胤氏のご了解を得ましたので公開いたします。投書内容『災害ボランティアにトイレットペーパー巻きを手伝わせている。』 それに対しての私のコメントを申し上げます。「私たちNPO活動で十日町市ボランテアセンターにお願いして災害ボランテアを派遣いただき働いていただいたことは公に明らかになっても問題とされることではありません。まして非難されるべきことでもありません。先週私はワークセンターあんしんの臨時作業所に2名づつ二日間ボランテアをお願いしました。それは次の様な理由からです。作業所が震災のため使えなくなり2箇所に分散して作業をせざるを得ないことと、職員が家の片付けのために休まねばならず指導員の手が足りなかった事からです、利用者の家族からは日中障害者を一人家に置けないので早く通所させてもらいたいとの要望が強く余震も続いていた11月1日より何とか開所にこぎつけたのです。そのようなことで体勢がままならずボランテアセンターにお願いしたものです。二名のボランテアの方々も障害と一緒に作業をしながら同じ目線で話しかけや手話でコミニケーションをとったりしておかげさまでけっこう利用者も楽しく落ち着いてしごとができたようです。その日はちょうど〇〇新聞の〇〇支局長も取材に来ていてその雰囲気を取材していかれました。このような活動にボランテアをおねがいするのは非難されるべきことなのでしょうか?震災前もご近所のお年寄りや主婦がほとんど毎日ボランテアに来て頂いておりました。われわれも街中にある地域に開かれた障害者就労支援活動と自負もあります。まだまだNPO活動に理解をいただける地域ではないことはわかっておりましたが、おそらく事情を知らずに中傷されたものと思います。残念と思います。一日も早くノーマライゼーションの精神が地域に広がること、また、そのような活動を市民が理解し、応援団が出てくれることを望みます。」平成16年11月8日特定非営利活動法人支援センターあんしん 副会長 障害者就労支援:ワークセンターあんしん 所長 樋口功 特定非営利活動法人支援センターあんしんへジャンプ 十日町新聞社へジャンプ
2004年11月08日
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さん: 道路が開通したと聞いて被害の大きい小千谷、長岡、川口を駆け足で回ってきた。小千谷はまだ給水車が走っていた震災半月になってもまだ水が使えないのだ。市内は危険の赤紙が張られている家が多い。道路もズタズタだ。やはり震源地に近いところはまだまだ復旧には 程遠い「生きてるだけでありがたい」の言葉が実感である。 浦和のSPD警備保障会社の樋口社長は幹部社員を5名も連れてきていただきあんしんワークセンターの後片付けのボランテアにわざわざ来ていただいた。本当に涙が出るほどありがたい。樋口さんは経営の勉強会のせんぱいである。友情に感謝したい。 残念なニュースが入ってきた。たった今見てきた妙見堰現場より女の子の遺体が収容された。以下はYAHOO!より新潟県災害対策本部は7日午後、長岡市妙見町の土砂崩れ現場のワゴン車内に取り残されていた魚沼市(旧小出町)の会社員、皆川学さん(37)の長女真優ちゃん(3)の遺体を収容した。同日早朝から県警機動隊と民間建設会社などの約60人が収容作業を再開し、午後3時24分、崩落事故から15日ぶりに真優ちゃんを搬出した。県警は遺体を長岡署に搬送し、死因を確認する。(毎日新聞)
2004年11月07日
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さん: まだ余震が続く。今朝3時ごろ震度3強、お昼過ぎは震度2強、回数は少なくなってはいるが揺れると怖い。町の中にもあちこちで震災の爪あとが目立ち始めた。友人の家も全壊状態で仮設住宅暮らしをしなければならない。降雪時期を前に本当に気の毒だ、それでも「命があっただけでももうけもんだ」と笑っていたが言葉もない。 「やすらぎの家」も心配だ。裏の土留め壁が開いてきているからだ。ここは昨年11月に借家としてNPO法人で使っていて今2名の障害者と93歳を筆頭に7名の高齢者、2名の世話人さんが共同生活を続けている。非難指示でも出たら行き先はないのである。
2004年11月06日
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さん: 震災の爪あとがじわじわと広がっている。震災ショックが精神的な負担となって疲労感が感じられるようになっている。心配している。 一方、こちらは震災2週間となりだいぶ落ち着いてきた。家の片付けなどでご家族の要望もあり近くの民家を改造した高齢者支援ルームを急遽空けてワークセンターを再開した。メンバーも何事もなかったように来てくれたので安堵した。
2004年11月05日
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さん: > >
2004年11月03日
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さん: > >
2004年11月02日
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さん: 市街地が車が多くなり普段渋滞などない道路が車であふれてきている。今日は月曜日で仕事が始まってきているし災害復旧の車、マスコミ報道車、工事用車両、ごみをつんだトラックが数珠つながりとなり二日前とはまるで違ってきている。 ライフラインが回復してきて当社デイサービスも平常業務に戻ることが出来た。支援ルームもようやく落ち着いてきた。この大地震の中一人のけが人もなく十日間よくしのいでくれた利用者の皆様もよく協力頂き何とかできた。社員もよくやった。感謝したい。 >
2004年11月01日
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