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今、私が ギリギリ所属している 合気道部の主将は、主将としてとても立派である。 合気道というものが、どういうものなのか分からず、とりあえず格好いい、そして取っつきやすい武道らしい、と聞いていた 私は、大学に入った去年の春、合気道部の部室に、説明を聞きに行った。 「合気道部と少林寺拳法部は、お酒をたくさん(大きな杯で)飲めないと入れない。」と聞いて ビビっていたので、それはもう遅い時期だった。 そこで説明をしてくれたのが、今の主将 Y先輩だった。先輩は学校のトレーニングルームか何かで 筋トレかなんかをしていたらしく、体育着姿で、爽やかな汗をかいていた。とても格好いい人で、とても熱く合気道部のことを語ってくれた。 「普通、合気道は昇級昇段するのに時間がかかるが、合気道部は破格なので 1年間で三級まで、2年間で初段まで取れる。その分 辛いけど、やり甲斐がある。初段まで行くと履歴書にも書けて、就職にも有利だし。」 そして、私は次の稽古の時に 見学に行った。見学の席に一番近いところで Y先輩はとても楽しそうに合気道をしていた。爽やかな笑顔で。受け身の時などは「パーン!」と音がして痛そうだし、恐いように見えるけど、この人が あまりにも楽しそうにやっているから、よっぽど面白いのだろうなあーと思った。 そして、新入生歓迎合宿まで 時間がないので、と言うことで、その日のうちに私は合気道部に入った。 五月の歓迎合宿は、代々の合気道部にしては生ぬるいものらしいけれども、私たち一年生にとっては、地獄絵図のような 辛い辛い合宿であった。東京に帰ったら絶対即退部してやるーー!と思っていた。 Y先輩は 練習の時も、夜中の(怒り)ミーティングの時も、熱く熱く、「四年の先輩の気持ちが伝わらないのカー!」と、叫んでいた。 「Y先輩は格好いいので好きです。」と言ったら、照れながらもチョコレートをくれた。(でも、格好いいとか言い過ぎて、後々 嫌われるのであった。) そして、夏休み前に Y先輩は合気道部の主将になった。とても熱く厳しい主将である。 同輩達は Y先輩の 主将である面と、面白おかしいY先輩な面を知っていて、とても仲良くしていた。厳しく怒られても、私のように 恐れて縮こまるのではなく ますます尊敬していくようであった。 飲み会とか納会でも、みんなは 人懐っこくY先輩に寄っていって 冗談とかをかわしている。悩み事を打ち明けたりしている。しかし、私は怖くてあまり近寄れなかった。 私は、苦手な人ほど、自分から近づいていってなついて、良い面を見つけて 好きになっちゃうのだけど、Y先輩だけは、こっちがなついていっても 受け入れてくれなくて、いつまでも怖いだけの存在だった。 寧ろ、寄って行くから 警戒されて嫌われて、ますます怖くなるのであった。 だから今でも、主将である一面しか知らない。どうやら厳しいだけじゃなく、面白くて気のいい先輩なのだ、と言うことは噂で きいて、そうなのだろうなあーとは思うけど、私には、そんな一面を見せてくれない。 だけど、「部活の主将と 一年生」の間には それだけでも充分だ。より良い関係を築くには、内面まで踏み込む必要があるかも知れないけど、ある程度の関係でよいのなら 「主将」の面を知っているだけで充分なのである。 内面の部分の 波長が合わないのは 前世で何かあったとかであり、どうにかしようとしてどうにかなるものでもないし、どうしようもないものだ。そしてどうでもいいのである、きっと。 私にとって、合気道部主将であるY先輩は、主将としてはとても尊敬できる存在であるが、先輩としては ちょっと近づきにくい存在である。 だから退部のこととかを、話し合うとなると、お互いとてもやりにくいのであった。
2003/02/28
合気道部の先輩方も、訪れて くださる ので書きにくいのですが、自分の中で現状を整理し、把握するためにも、ちょっと、出来事を綴ろうかと思います。 まず、退部動機は、「部活の稽古が辛いから」です。突き詰めるとそれな様です。大学の合気道部は、みんなで一緒に 厳しい稽古をこなして 上達し、後輩にも受け継いで、部活を成り立たせる物、です、たぶん。 私は、合気道の格好良さに憧れて、あと自分の身を守りたくて、入部しました。しかし、稽古が厳しく辛いものでした。それでも、みんなはこなしているけど、根性無しの私には、合気道で精一杯で、全力を注がないと付いていけません。前日から心の準備をするので、学業も疎かになりがちでした。 学生として基本である学業ですら 上の空になってしまうのに、ましてや習い事など、大学生活に付随する物には、全然 力を注げません。更に、私には 理想の大学生像がボンヤリとあって、その為にはもっと心にも身体にも時間にも 余裕が必要なのです。私のような不器用な人に、合気道と他のことを上手く両立させることは無理なのです。 それで、夏頃から 部活が億劫になってきました。新しい技を教えて貰ったり、受け身とかになれてきて出来るようになってきたりと、勿論楽しさも多かったのですが、それを上回るほど、辛い・怖い!!と思うようになりました。 稽古に行くのも「上手くなりたいから!」じゃなく、「行かないと 遅れをとって きつくなるから。」と言う、義務感のような物になってしまいました。楽しさもいくらかはあるけど、それを上回るほどの 畏怖。 でも、それを認識してしまうと、ますます続けられなくなります。だから自分を騙して、勿論 誰にも言わないで続けてきました。 しかし、更衣室などで、同輩が「あの技はこうだよねー??」とか、楽しそうに話していたり、授業を嬉々としてサボタージュしていたり するのを見て、「ああーー、好きとはこう言うことだ、私のはやっぱ違う」。と実感。だって私は 部活の時以外は部活のことを考えたくもないもの。 それで、とりあえず、3月からの 合宿に行かないことにしました。その前に2週間ほど強化練があるのですが、私は風邪をひいて、あまり参加できませんでした。 しかし、自分の中の区切りとして、ちゃんと強化練には参加したかったのです。辛いから辞めるけど、「一時の感情」とか「逃げ」ではない、と、自分で確認するために。 しかし、私が勝手にそんな期限を作っていても、主将に伝えなくては 何も始まりません。合宿所のキャンセル 云々もあるだろうから、今更ですが 主将に「合宿に行きません」とメールをしました。 返事がなかったので「退部を考えているのですが。」と送ったら、「意味が分かりません。」と返ってきました。メールでは失礼だし、埒が明かない、と思い、電話してみましたが繋がらず、「翌朝、部活の前に話をさせて下さい。」とメールして、翌朝、早めに部室に行きました。 しかし、主将はギリギリに現れて、5分ほど「一時の思いつきで言うな、どうせ 大して考えてないくせに。辞めていく奴は 『合気道は好きなんですけど』、って言うけど、じゃあ部活のせいにするのかよ!俺らが一年間指導してきたことは無駄だったのか??」みたいなことを言われました。 全てに答えは用意していたのですけれど、緊張で、私はろくに返答できないで、感情的にならないように 言葉を選んで 少しずつ言おうとしました。しかし、「もう稽古の時間だから。」と言うことで打ち切られ、帰らされました。 そして、昨晩 改めて、今度はメールに想いを綴ってみました。しかし、途中で「お前は全然分かってない!もっと考えろ。とりあえず二年生と話をしろ。主将は社長のような物だから、突然話しに来ないで、まずは部長の様な二年生が承諾してからにするのが筋だろ。」「勉強の邪魔なので勘弁して下さい。」と返されてしまいました。 私は、一年生数名と、二年生一名に 前々から相談していました。相談というか、もう 自分で決めたことなので「報告」と言うか「確認」というか・・・。 それなのに何故、二年生に言わなければならないんだろう?? 二年生の先輩も「心配してるからみんなに事情を話して。」とメールしてきました。 私のキャラが悪いんですけど、あまりにも 信頼されて無さ過ぎる。「エリコ一人では、何も決められないだろう」、と思われているのだなあーー、と感じました。 私が退部か否かで迷っているのなら、相談にのって下さるのは 有り難いし、有効だけど、もう決心している今、広めてそれが何になるのだろう??報告は 最後の退部式だけで充分なのでは?主将に話が行く前に、全部員の承諾が必要な物なの?????? それにしても、主将は何故、自分で話をしてくれないで、二年生を通すのだろう。私は確かに説明下手だけど、だからといって通訳が必要なんですか?? 私の 意味わかんない言葉を理解してくれよう、と言う気もないんですか?? だからもう、部活に行くのは辞めて、連絡も一切絶って、破門にして貰おうと考えました。だって、話を聞いてくれないで、辞めさせてもくれない なんて 馬鹿らしい話はないもの。 しかし、副主将の先輩に、「とりあえず、二年生と話し合ってみなさい。」といわれ、もう ドーでもいいや、好きにして。私の気持ちとかなんてどうでも良いのね、私ももうどうでも良くなってきた・・・・・。 という感じで、本日の朝、また稽古前に話し合いに行ってきました。 二年の先輩は、本当に心配してくれて、私の 意味分からない言葉を理解して、人間の言葉に通訳してくれて、「それを このように言えば主将も納得するはず!」と言うような、具体的なアドバイスをくれました。昨晩は錯乱して 不振に陥っていたけど、やっぱ、二年の先輩に話してよかったー・・・・・。 でも、主将は今日も忙しいと言うことで、お帰りになられてしまいました。話は土曜日に延期となりました。 長々と書いてしまいましたが、私はこれで なんか 現状が把握できました。書いて良かった。こんなの自分の日記(手書き)に書けよって話ですね。書いて居るんですけどね・・・。思考に追いつかなくって・・・。 とりあえず、今日は、心配してくれる 同輩達と また「デザート王国」へ行きました。渋谷のケーキ食べ放題です。ケーキって気分じゃなかったんですけどね。 気遣いが嬉しくて・・・・・。まあ普通に美味しかったです。 それにしても、みんなケーキ好きだなあ。
2003/02/27
私の趣味ではない。でも、趣味のものばかり見ると、知識とか思考が偏ってしまうから、幅広いものを見聞したい、と常々思っているので、おとなしく鑑賞してみました。 「ミラ・ジョボビッチは、大作・駄作 など、自分の出たいものなら何でも出る、から、女優としてだけだったらやっていけない。だけど、彼女はモデルとしての収入が安定しているので、損得考えずに 好きなものに挑戦していく事が出来るのだ。」と、以前何かで読んだ気がします。 「フィフス・エレメント」にしても「ジャンヌ・ダルク」にしても、[戦う女]みたいのが好きなようですね。でも、まんまとイチコロ☆でした。 格好いいーー 凄い富士額だけど。犬ゾンビと戦って、壁とか走るの、格好いいーー。 あと、シャワー室で目覚める時の目が凄くきれい!! いいなあーー水色灰色の眼!其の時に、目だけしか写っていないのに、不安とか疑問とか 伝わってきて、凄いなあーーと思いました。 あと、ミニスカートに ブーツって言う格好も好き。あ、あと皮ジャンも。ブーツの高さより 深い水の中をバシャバシャ入って行くのは、気持ち悪そうだったけど、格好いい。 話自体は、ゲーム??とか知らないし、別に好きじゃない。ゾンビもあまり怖くないし。日本のおどろおどろしい土着的な怖さは、とても苦手だけど、外国の「ただ驚かせばいい!」みたいなのは、怖くありません。 そんな感じの映画でした。
2003/02/26
私は携帯電話を持っていない。それまでの手続きが面倒なのが一番の理由。そして、そこまでして 人と連絡を取りたくない。そもそも、電話が嫌いである。嫌いな物を、何も携帯しなくても・・・・・。と思う。 携帯電話が普及しはじめた中学生の頃、お嬢様学校の同級生達は、過保護な親にねだって、高価なおもちゃ「携帯電話」を持ち始めた。持っているのが格好いい、みたいな風潮が厭で、私は 敢えて持たないことにした。おもちゃのために親にお金を払わせるのも厭だし。 とはいえ、最近では、殆どの人(ってか日本中の、私以外の総ての人)が携帯電話ネットワークを持っていて、大学の部活の連絡網なども、私には廻ってこない。待ち合わせなどにも不便である。 だから、じゃあそろそろ、世間に負けて私も持とうかなあ・・・・・鬱。 なんて、気弱になっていた。しかし、やっぱり携帯電話は格好悪い!便利不便とかの問題じゃなくて、嫌い!! 電車で通話する人、人と話してるのにメール打つ人、歩きながらメール打ったり読んだりしてる人・・・・・もう!迷惑!前見てよ!なんで 私があなた達をよけなきゃいけないの!??!! 私も凡人だから、携帯電話なんか持ったら、例に漏れず、そういう 馬鹿みたいな人になってしまうだろう。ギャルだし、所詮ギャルだし。だから、電話を携帯したくない!常識が分からなくなるくらいなら、不便な生活を選びたい。
2003/02/25
「暇がないという人程、暇を作るのが難しい」とは、よく言われる言葉ですよね。よく 志半ばの退部者などににそういいますよね。他人事な時は私もそう思っていました。 しかし、余裕というものは「時間」だけでないと思うのです。時間だけなら、何とかやりくりして 他のことと両立することもできる。そうやって、資格を取ったりバイトをこなしたりする人がたくさんいます。 でも余裕というのは「時間」だけじゃなく「心」とか「身体」とかもあってこそ、ではないでしょうか。そのバランスがうまく成り立って、同輩達は 合気道部に充実感を感じているはず。 私は 他のことに気を取られ過ぎて、「心」が付いていかない。昇段とか無しで良いのなら続けたいけど、みんなと足並み揃えて部活を受け継ぎ、創造する、という余裕がないのです。 合気道は好きだし、合気道部も好きだけど、今は違うことをやりたい。そして、強くなるため、じゃなくて合気道を楽しむため に、いつか街の道場とかで 合気道を習いたいなあーー。こんなの甘えなのかしら。今まで付いて来れたのだから、これからも自分を殺して付いて来いよって?? だけど、私にだって、退部か否かは究極の選択なのです。同輩はまだしも、先輩や OBたちとの繋がりが プッツリ切れてしまうのです。四年間を捧げる気で入部したわけだし・・・。 自分のやろうとしていることが 正しいのか間違っているのか、分からない。人生経験が乏しすぎて、的確な判断を下せません。でも、入部の時と同じように 急を要する、というか「善は急げ」な気がします。
2003/02/24
私は、去年の辛い辛い受験勉強中(勉強はしなかったので、辛いのは精神だけ っていうかプレッシャー)、いつか始まる大学生活に想いを馳せていた。 やりたい勉強には、勿論全力を尽くしたい。バイトしまくって 整形手術をする約束をしたし(モリーゴと)、今は控えているお茶のお稽古に 熱心に通いたい。買い物をしたい。車の免許を取りたい。ピアスを明けて、マニキュアを毎日のように塗り替えて、高校で 友達と作っていた[IMI]みたいな、趣味の小冊子を作りたい。富市(愛犬)に、熊の耳付きモコモコ帽子を作りたい。 お父さんが買ったまま 放置しているチェロを習いたい。お菓子を毎日作って 上達させたい。本をたくさん読みたい。合気道をしてみたい・・・・。 たくさんの希望を胸に、私は大学に入った。そして、「入るなら早く」と言われて、漠然と憧れていた 合気道部に入った。マニキュアは禁止で、週の半分は落とさねばならない。合宿が時々あるから、整形手術は勿論、ピアスの穴も空けられない。習い事を始めることは勿論、お茶を続けることもちょっと難しい。授業も恋愛も疎かになりがち。 合気道部はとても楽しいのだけど、あまりにも他のことを犠牲にしている。このままでよいのだろうか?? 合気道部の先輩や、OBの先輩は、四年間 武道をやった(っている)と言う自信やらなにやらでとても立派である。「大変だよーー」とか言いながらも、やはり輝いている。 同輩はそれを目指して、辛いけれども充実した稽古を 日々行っている。 しかし、私はあまり素直に「楽しい!」と言いきることが出来ない。合気道に潰されている 数々の「やりたいこと」が惜しくてたまらない。あまりにも辛い稽古から逃げる甘えなのかも知れない。 でも、それじゃあ駄目かしら。 楽しさより辛さばかり感じる部活よりも、くだらない小さな事を優先していたら、堕落した大学生になってしまうかしら・・・。よく分からなくて、即決することが出来ない。
2003/02/23
村治 佳織 って御存知ですか?今 話題っぽいギタリストです。私は全然知りませんでしたが、先日その人のコンサートに行きました。 場所はうちの市の市民ホール。12月頃にお父さんに付いていって、市民オペラを観た際に、「村治佳織コンサート」と言うポスターが貼ってありました。偶然 一緒に行った人が 村治佳織オタクで、大喜びで 私の分まで券を予約してくれました。 そうして意識してみたところ、我が家にも村治 佳織のCDがあったので、予習ということで よく聴いておきました。 当日、開場まで時間があったので、素敵な喫茶店でホットオレンジを飲み(風邪気味だったので)、時間になったら市民ホールに入りました。村治佳織のCDとかビデオが売られていました。そして大きなホールが満員でした。 幕が開くと、バイオリン・ビオラ・チェロを持った 外国人四人(フォーグラーカルテット)が現れ、演奏が始まりました。もうすぐ休憩時間、という頃やっと村治さんは出てきました。「かおりチャーン☆」と、太い歓声が飛んでいました。 休憩時間を挟んで、バイオリン一人と村治さんの共演があり、またその後は四人の演奏で、コンサートは終わりました。(それぞれアンコールはあったけど)。 ポスターには思いっきり「村治佳織コンサート」と書いてあったのに、彼女の出番は少しでした。確かに「フォーグラーカルテットとの共演」とは書いてあったけど小さくでした。写真も 村治佳織 一人だし。 一緒に行った村治オタクをはじめ、観客の皆さんも「あれれれ??」という感じでした。私のような 非・村治オタクは「良い演奏が聴けたなアー。」と満足ですけれども、村治佳織の演奏を期待して遠くから来た人などは可哀想・・・・・。 話題の村治 佳織を前面に押し出して広告すれば 確かに集客は容易だろうけど、広告には真実を書くべきですよね。この場合「カルテットは村治さんのオマケ」と言う書き方でなく「カルテットのゲストが村治さん」と書くべきなのでは?? ファンだったらそれでも来るだろうし、ガッカリしないと思うのですよね。
2003/02/22
本日は、私の通っている大学の体育会系の部活、合同卒業生送別会でしたの。 それで、私は憧れの 少林寺拳法部のT橋先輩にアタック!!学ランのボタンをもらう事になりました。しかし彼はモテモてで、その時、少林寺拳法部一年の子と、我が合気道部三年のS沢先輩が一緒に居たのです。 私が提案したのに、第二ボタン争奪戦となってしまいました。T橋先輩は 中学生のときも全部のボタンをもぎ取られたそうで、手馴れたものでした。 「まあまあ、君たち、ジャンケンして勝った人に上げるから。負けた二人には この袖口の第二ボタンをそれぞれ 上げる。」 (ってユーか全部私が提案) そしてじゃんけんし、見事私が、心臓に一番近い第二ボタンを奪取いたしましたーーー!!やったぁぁぁーーー☆☆ ちゃんと保存して家宝にしよーーー。第二ボタンって憧れていたんです。小学生くらいの頃から。そもそも私は学ランが大好きで、「第二ボタンをもらう」と言う行為そのものに憧れていました。しかも、憧れのT橋先輩。うれちーな☆るんるん。
2003/02/21
合気道部の強化練に、今日初めて参加しました。筋トレなど肉体改造をする辛い辛い稽古週間です。 あーーーーー筋肉痛い。やだなあ、太股の前側とかに筋肉憑くの。ふくらはぎとか。男の人はどんどん筋肉ついても良いのだろうけど、女の人がモリモリって・・・ねえ。 今はそういうのが流行っているからか、「男の人に頼りたくない」とか「女の人だからと言って 男の人に負けたくない」とか、そういう風に言い切って 女の人が強くなって行く風潮がありますが、なんだかなんだか 私はそういうの嫌なんですよね。うちの姉とかそう言うのですけど。 男の人より私の方が優れてるから、絶対に出世する、とか息巻いてこの春 就職するのです。社会的にはエリートで人生の成功者なのかも知れないけど、私は女の人としてああいう人になりたくないなあ。 凄い時代錯誤っ娘。なので、男尊女卑でいいじゃん。って思うのです。だって、力仕事とか危険な仕事は全部、男の人にやってもらえて、自分は綺麗に着飾ったり、好きな事やったり、していればいいなんて・・・・・ああああああ・・・・・すごくよい。 女の人は なよっちろくてよわっちろくていいの。男の人に守って貰うの。襲われたら食べられちゃえばよいの。モリモリになって自衛しようとなんて思わないの。 「亭主関白」なんて女性を馬鹿にしている、とか言われがちだけど、好きな男の人のためならば 別に 女性も苦じゃなく、家事とかも寧ろ楽しいだろうし、それに、結果的には女性にとってとても おいちい 環境なのですよ。私は「亭主関白」「男尊女卑」で結構☆
2003/02/20
私はすぐに泣いてしまう。涙腺とか其のあたりの仕組み、全然わからないけど、小さい頃から 駄々をこねて よく泣いていたから、きっと泣き癖がついているんだろう。 中学生になった頃、人前で泣くのは格好悪いなあ、と思って自粛するようになった。でも小中学生の頃は、泣くような機会もあまりなかったから、自粛も何もない。部活で先輩に怒られて、みんな泣いていても 私はケロリとしていた。 大学生になって もうすぐ一年。よく人前で泣いている気がする。そしてほとんど(全部かも)部活において、である。今日も泣いてしまった。こないだの卒業生送別会の席でも大泣きしてしまった。 とても恥ずかしい。弱みを見せている気がする。や、本当はそんな事どうでもいい。女の人は弱くてもいいの。 泣くと言うのは最終手段で、ズルイ行為にもなりうるからだ。 たとえば、今日の場合。私は風邪をひいていて、部活(しかも今は強化錬←とても辛い)に参加できるような状態ではない。でももう 家で寝ているほどでもない。家に居ると部活では今ごろ何やってるんだろう・・・・・・と、心配ばかりしてしまう。だから、どうせなら見に行こう!と、学校に行ってみた。 主将にそんな感じの旨を伝えると、「見てても上達しないから 家に帰って早く風邪治してこい!!!!!」と言われた。まさに其のとおりである。正論。 だけどだけど、家に居ると 気になってしまうんだもの。見ていたいんだもの!!と言うこの、この・・・・・・むーーーーーーーーー・・・・。モヤモヤ感がうまく説明できなくて 感極まって(ってこういう使い方でいいのかなあーー????)いつの間にか大泣きしていた。言葉より涙が先に出る。 なんかこういう場合、主将に同情して欲しくて、とか、頑張ってるところをアピールしたくて、とか、そういう裏の気持ちがあって泣いているみたいでいやらしい。なんかズルイ。そういう効果があったかは知らないけど、とにかく自分が卑怯な奴に思えてとても嫌だ。 涙を交えないで、言葉のやり取りだけで交渉してみたい、何事でも。 それが出来ないから悔しい。悔しくて泣くのが悔し泣きなら、泣いて悔しいのはなんだろう??
2003/02/19
12月・1月・2月ともう三ヶ月連続、症状の異なる風邪をひいています。なんで?????? 12月のは明らかに人からうつったのだけど、ここふた月のは 心当たりもありません。 昨日から始まった 部活の強化練・・・・・辛いからこそ 後々キツくならないように 初日から出たかったなあ・・・。 おそるおそる こわぁぁぁぁーーい部長に電話してみたら、「お、インフルエンザかー」と言われました。どうやらインフルエンザで欠席している人が他に何人か居るそうです。 そこで、今し方 今年のインフルエンザの症状について検索してみたところ、それは私が先月ひいていた風邪にピッタリと当てはまるのでした。 何しろ咳が長引くのだそうです。私はもう前回の風邪は治った(と思う)のですが、咳だけは今でも続いているのです。更に今の風邪をひきました。身体が弱い人の典型のようですね。 高校三年間、何も運動をしてこなかったから 体力を付けよう!と、大学から合気道部に入ったというのに、ちょっと急激に鍛えられすぎて 却ってよわっちろくなりました。 乾布摩擦でもしようかしらん。あ、でも皮膚も弱いから駄目だ。道場の畳でかぶれるんですもの。全くもって現代人ですね、私は。
2003/02/18
中高一環の女子校を卒業し、大学に入って そろそろ一年です。住む場所は変わってないからまだしも、住み慣れたT朋(母校)から放り出されて、よくやって来られたなあーーーと感心します。 世の中には存在しなくて、意外に不便なのは「学年色」です。母校には学年色がありました。私は「赤」でした。卒業したら次の中一がその色を継ぎます。同時に、応援歌や応援(なんて言ったらいいんだろう??)なども継ぐのです。ついでに先生なども多く継ぎます。 此の学校は学年の結束が強く、他の学年に対して敵対心、というか闘志を持っています(そんな物騒なものではないのですが)。制服を着て街を歩いていると卒業生に呼び止められ、「何色の学年?」 「赤・・・ですけど・・・」とかいうと、喜ばれたり 「あっそ。」とか言われたりする程です。 大学の部活には、OBやらOGの先輩が多くいらっしゃいますが、「@@@先輩が一年の時、四年だった代の先輩」とか、そういうややこしい呼び方ですので、全く覚えられません。 そういう時に学年色があればなあーと思うんですけど。色で言われれば「二代前の黄色の先輩」とかで、把握できるのに。
2003/02/17
私は、プロのカメラマンになるつもりは 勿論ないけれど、写真を撮るのは好きである。実は合気道部だけでなく、写真部にも入っている。(A宮先輩も) 合気道部の行事で、何か係を割り振られるときには率先してカメラ係をやる。幸い、今の幹部の 写真など庶務??を担当しているS沢先輩は理解のある人で、写真好きみたいなので 私が写真を撮りまくっても怒られない。頑張り甲斐のある良い仕事である。 先日の行事の時に、私がつい、いつもの調子で シャッターチャンスを狙っていたら「体(育)連(合会)の写真の取り方は 『お写真失礼します 3・2・1・カシャ!』だよ!」と注意されてしまった。 普段も 写真撮影の際に前置きがない、と よく言われる。それは私が、対象の「素」の部分を撮りたいからで、身構えられると 途端に俗っぽくなってしまうのが嫌なのである。 「いぇ~~!」とかいってピースとかされると、こっちが恥ずかしくなって撮る気が(少)なくなる。そういうおめかし顔なら鏡でも見られるのに・・・・・・。 しかし、合気道部に於ける私の役割は、「素」を撮ることではない。作品でなく、記念写真を撮るためにいるのだ。やはり「お写真失礼します。」といって数を数えるのが礼儀であるのに、趣味に走ってしまったのであった・・・・・。公私混同である。 と、反省しつつ、でも結構 酔っぱらったフリしてどさくさに紛れて、前置き無しにその日は写真を撮って終わった。 これが社会のルール?というか、社会そのものなのだ、そのものなのだろう・・・・・、とは思うけど、何とも味気ないものだ。撮るように言われて撮るカメラマンなんてプリクラじゃん。 それなら院友会館にもっと質のいいプリクラの機械を置いて、少人数で撮ればいい。失敗したら撮り直せるし、嫌なら写らなければいいのだもの。
2003/02/16
男に生まれなくて良かった。私が男に生まれていたら絶対にモテモテで困っちゃうくらいだったことだろう。 根拠はないけど、絶対にモテる気がする。背は凄く高くなってるはずだし、男だったら此の顔は格好いいはずだし、姉が二人もいるし(お姉さんが居る男の子って、垢抜けていて格好いい人が多いと思う)。 クラスの女の子達は勿論、近所のことか、後輩とか、毎朝電車で一緒になる知らない女子高生とか、あらゆる女の子が、ドキドキしながらチョコを持ってくるはず。 でもチョコ嫌いな枝里子は、きっと格好良く こう言う。「チョコなんていらねーよ。」 あーーモテてみたい。ウンザリするほどモテてみたい。男に生まれれば良かったかニャーー。
2003/02/13
割と漫画おたくな 友人(N山さん)に薦められて、中学生くらいの時、萩尾望都の「11人いる!」を読んだ。 宇宙の話かなんかなんだけど、副主人公が強く印象に残った。その人は人間じゃなくて、宇宙人である。(みんな宇宙人で地球人も混ざっている、と言う設定) その 種族は、生まれたときに性別を持たない。15歳くらいになったとき、本人の意思で性別を確定する。副主人公は男になるつもりでいたのだけど、主人公の素敵な男の子に出逢ったので、女性になることにしたのであった。 私は、女性か男性か、しかない「人間」に生まれて、それが当然だと思っていたので、性に対するそんな見方は 目から鱗であった。鱗は取れても性別を捨てることは出来ない。だから、羨ましく思うことしか出来なかった。 とは言っても別に男に生まれたかったわけではない。私は、性別を持ちたくない。男性でも女性でもなく、両性でもない、「無性」に生まれたかった。 生憎 女性に生まれてしまったので、なんだか最近、身体が女の人らしくなってきた。何かなんか、いやらしい感じがして、とても嫌だ。女性にしては、色気とか無い方なのだろうとは思うけど、それでも 皆無というわけにはいかなくて、やはりどことなく女の人らしいのである。 男の人も汚らわしいけど、女の人も汚らわしい。人間をそういう風に見たくない。どうして人間は、男か女かなのでしょうね。何かいやらしくて嫌ですね。 人類が繁殖して、此の世の中を循環させてゆく為には、性別というものが必要なのだろうが、やっぱ 汚らわしい。自分はその輪の中に組み込まれたくない。そういう人間くささみたいなものを持ちたくないものである。 しかし、嫌だとか言っていても 人間に生まれてきてしまったわけだし、そうもいかない。やはり 自分も汚らわしい女性の一人となってゆく。やだなあー。ああああーもうもう、嫌だなあー。
2003/02/12
「SPA!」?とかいうおじさん雑誌の広告が電車にかかっていた。 「@@@似と のたまう女達」みたいな見出し。駅についてコンビニに入ったら、「SPA!」があったのでそれを読んでみた。 インターネットとかで自分を紹介するときに、芸能人の誰々に似ている、とか言うそうなのである。それの対象になる芸能人は、決して美人ではないが、言っている本人達よりは上、と言う微妙なチョイスなのだそうである。 多用される芸能人 一位が松嶋ナナコ、二位がELTの人・・・となっていた。えええええーーーーー!松嶋ナナコって凄く美人じゃん!ELTの人って、人間じゃないじゃん!!!!!此の差はいったい何なのだろう?? ELTの人に似てる人は、ゴロゴロ居るだろうけど、松嶋ナナコに似てる人なんているの????? 私だったら 松嶋ナナコに似てるなんて そんな大嘘はつこうとも思わないけど、ELTの人に似てるなんて そこまでへりくだりたくない。そこまで言ったら それこそ自分が哀れである。「SPA!」の締めくくりは、「とにかく芸能人に似てるだなんて 下手なことは言うものではない」 とのことだったけど、ELTの人に似てる、くらいなら別に 言ってもいいと思う。その人に得はないけど。
2003/02/11
を読んでみた。ブスか美人かで人間を判断しているところが潔く、共感できた。 しかし なんだか、あまり良い印象は受けなかった。この人の文章を(たぶん)他に読んでいないから、一概に嫌い!とは言い切れないけれど、言っていることが間違っている気がした。 あと、体験談とかも下品だった。下品なのを隠そうとする人も嫌だけど、ここまであからさまに下品な人も嫌だと思った。 何かの雑誌に連載していたエッセイなようで、それぞれ題名があって、短文である。しかし、題名、と言うか最初に自分で挙げたテーマに 全く沿っていない内容だったりする。 頓珍漢な結末になってしまったら 「だってバカンス中で頭が溶けきっているのだもん。」とか言い訳をしていて、放置している。下書きも読み直しもしていなさそうな手抜きな文章である。 全くの駄作で、小説「トパーズ」だっけ??を いつか読もうと思っていたのだけど、期待できなくなったのであった。 村上 龍は 芥川賞作家で、いい暮らしをしていると自分で書いているけど、本屋さんで見た限り、どの小説も似たようなタッチで似たような流れの話っぽい。一冊読んだら飽きそうだ。まさに「村上龍は 消耗品である」のではないだろうか。
2003/02/10
「クラシック」を御存知ですか??というか、名曲喫茶って行ったこと有りますか??私は、渋谷「ライオン」、西荻窪「ミニヨン」、そして 今日行った「クラシック」で、やっとこ三つ目です。 何せ経験が少ないもので、偉そうに語れないのですが、名曲喫茶というものは 薄暗く、クラシックのレコードが流れている、静かな喫茶店です。 何故「クラシック」が念願かといいますとね・・・その前に、私が初めて行った名曲喫茶は渋谷の「ライオン」でした。 高校三年生になった頃だったかしら、「ライオン」を雑誌で見た、という友人にいざなわれて、二人で道玄坂あたりを探検したんです。なんだか、そのへんは お城だらけで 恐かったです。 しかし、やっと見つけだした「ライオン」は、古いけれども綺麗な処でした。「帝都随一を誇る」だけあって音響も素晴らしく、店員さんが レコードを掛ける毎にボソボソと「ショパン @@番 変ロ長調 云々かんぬん・・・」と、紹介してくれます。 これに感動し、私は東京中の名曲喫茶を巡ってみたい!と思ったのでした。そしてHPで色々と見つけだしました。 その中でもひときわ目立つ存在だったのが 中野「クラシック」。「存在しているのが不思議!」「怪しさ此処に極まれり!」などの コメントがとても気になっていて、いつしかそこは 私の憧れの地となりました。 夏休みに行ってみた 西荻の「ミニヨン」は、嶽元 野ばらの「カフェー小品集」とかいう短編集にも載っています。ここは、最近になって改築されたようで 小綺麗で趣はないが好感の持てる喫茶店でした。 そしてそして「クラシック」!!HPの紹介文に「わかりにくい処に在る。」と書いてあったとおり、ここは公道なのですか??って感じの路地を入ったところに、うちのお父さんだったら あからさまに顔をしかめそうな位 小汚い・・・というか、至極きっっっっっったない 喫茶店「クラシック」がありました。 ここの良いところは 飲み物が安いところ(「ライオン」などの半額)と、持ち込み可なところです。今朝作った、失敗作第二弾のパウンドケーキを持って 私は小汚い館へ脚を踏み入れました。 注文して二階へ上がると、そこは 壁も天井も床すらも傾いた 異次元空間でした。背もたれも座席も破れっぱなしの椅子に腰掛けて内装をよくよく見ると こりゃーーーしどいっっ! なんというか・・・全体的に、「古びていて趣がある」を通り越して、とにかく汚かったです。「古びていて趣がある」というのは「ライオン」を見る限り、何処の名曲喫茶にも共通していることなのだろうと思います。名曲喫茶なんてのに惹かれる人は誰しも「趣」を求めているのでしょうから。 しかし「クラシック」は、「趣」がどうのこうのの問題じゃありません!汚い!!掃除しろ!!置物や、どうやら昔は換気扇だったものまで 埃だらけ。開店以来一度も掃除していないのでは?? とにかく座席自体、需要に応じて建て増しした、って感じの心許ないもので、しかも周りを見ると埃だらけ。アレルギーのある人とかは絶対入店できませんね。 しかも、名曲喫茶の要である 音楽もかなりの音割れ。「ライオン」が凄すぎるだけで、「ライオン」が平均だと思っちゃいけないのですね。 や、別に趣もあるのでいいんですけどーーー・・・・・紅茶も普通に美味しかったし、お客さんの入りは大変 よかとでした。 また行きたいとは思いますが、もうとにかく不衛生だったのが気になるところでした。
2003/02/09
なんだか、ここ最近、漠然と、しかしとってもとっても不安である。 私の好きな人は(クラスメートの我孫子さんじゃなく、リアルに異性として好きな人。)とても格好良くて、私はメロメロである。 私の思うその人の「格好よさ」というのは、容姿が大変優れていて、外身も中身も強くて、優しい。此の三点がバランス良く絡み合って彼の格好良さは形成されている。人間としてとても優れた人である。 一方、私は、容姿は平均的(おそらく)(あまり極端にへりくだる気もないので)に過ぎず、根暗で、意地悪で、我が儘な性格をしている。中身も外身も弱っちろい。 普通の人とならそれでも釣り合うだろうけど、私が好きな その人とはあまりにも釣りあわなすぎる。 彼にはもっと 素敵な女の子が合うはず。彼ほどに素敵な男の子が現実世界に存在しているのだから、世の中には同じくらい素敵な女の子も絶対居る。 凄く凄く大好きだから、だからこそ 私にとどまらず もっと自分の魅力に見合った人を見つけて欲しい。 と思うと、その素敵っぷりに届かない自分がとても嫌になる。私が、その「魅力に見合った人」だったらいいのになアー。せめて自信たっぷりになって、今だけでも「私たちは釣り合っている」っていう妄想を抱きたいなああああああ。
2003/02/08
とは言っても、私には受験をとやかく語る権利はありません。 今までに、中学受験と大学受験をしたのですけど、受験勉強といわれるものを大してやっていないのです。いちおう、塾には通いましたが、本人に「受験!!!!!」っていう危機感がなかったため、習い事みたいな感覚でした。 去年(受験真っ最中)の私は、大学に入りたくありませんでした。大学に通って勉強したいことはあるけれど、その為に役立たない学問をどうして今付け焼き刃で身に付けねばならないのだろう??と思って。受験というひとときのために、「受験勉強」という科目を勉強するなんて凄く嫌だったのです。 頑張って暗記すれば、名門とか難関とか言われる学校にも入れるのだろうけど、そんなの 役に立たないはずです。そんなので受験生の価値を計るような 馬鹿な大学なんてこっちからお断りだいー!お尻ペンペン☆ しかし、だからといって、高校を卒業してすぐに働くような勇気や硬い意志はなく、将来何をするにも「大学卒業」という箔が付いていた方が、無いよりはいいかな??と思い 大学を受験してみました。 それにしても、願書だの受験料は高いものですね。しかも面倒なので、結局私は今、通っている大学ともう一つしか受験しませんでした。そして二つとも落ちました。 もう一つの方はまだしも、今の大学なんて馬鹿でも入れると思っていたのに・・・・・・・・。非受験戦争の現代、この大学にすら入れてもらえないなんて・・・・・。 そこで、英語も日本史もない「漢文100点満点/現代文・古文100点満点」 という一教科受験で 受験し、見事合格したのでした。あーーよかった。ひやひや。 これは 受験シーズンも終わり、ということもあり倍率が馬鹿高く、難関校並みでしたが さすがの枝里子も、漢文を毎日勉強しまくりました。 そして、その時に入れていただいた学科で、今は 楽しく学んでいる次第であります。もしも 受験勉強として英語や日本史を詰め込んで、一発で受かっていたとしても、それらは やはり役立たなかったことでしょう。無駄だ、という事です。 本当に、受験制度って馬鹿ですよね。馬鹿だけど、やりたいことを学ぶためには その馬鹿制度を 突破しなくてはならない。本当、ウンザリする程バカバカです。 そんなどうしようもない馬鹿制度を、偶然 回避できた枝里子は幸せ者だったと自負しております。
2003/02/07
高2の時に、横浜から四日市に引っ越した友達が、受験のため 川崎のホテルに泊まっている。そのぽっかり空いた中日に 枝里子と遊んでくれることになったので、横浜に集った。 横浜は何度か行ったこと有る、って程度で、全然分からない。ハマっ子な彼女にいざなわれて 我々は 桜木町やら関内やらを歩いたのであった。 彼女は大食いガールである。私の知る限り一番である。食い意地の張った人は私の周りに多いが、彼女ほど量をこなす人を知らない。何しろ、中学の修学旅行で 岩手県に行った際、わんこそばを100杯食べた。 出席番号が前後なので、その時向かい側の席で、ようやく50杯目くらいの蕎麦を食べていた枝里子は、彼女が嬉々として99杯目を飲み込み、目を見開いて100目を食べる瞬間を、そして空になったお椀を高々と掲げる瞬間を、一部始終見ていたのであった。 この度の横浜ツアーで、再び彼女の大食いっぷりを拝見出来ることを、私は楽しみにしていた。そこで、中華街の食べ放題のお店に入った。炒飯・ピータンと鶏卵炒め・大根と貝柱のスープ・シチューっちいもの・杏仁豆腐・・・・・。 しかし彼女は、人並み+α 程度しか食べなかったのである。大変吃驚であった。受験を人の胃袋をここまで変えてしまうものなのか!!食費で身上?(シンショ?)潰す とまでいわれたあの千代ちゃんが!!あーーーーびっくり。 早く受験を終わらせて、またあの底力を見せて貰いたいものである。
2003/02/05
前日の夜10時頃に、ふと思い立って、鼠ーランドに行くことにした。 早く行けば行く程、開いているものだと思って 七時に新宿で待ち合わせ、8時半には券売所に並んでいた。とても寒かった。 周りは明らかにディズニーオタクの群。キャラクター類も、遊園地も好きではない枝里子に、鼠ーランドは 特に魅力的でもないのだけど、何故来てしまったのだろう?? とはいえ、その日の夜は、ワクワクしすぎて 眠れなかったのである。 10時に門が開くと、人々は何処かに向かって突進していった。その様子は将に鼠であった。我々は、敢えて、商店街の中の古くさいゲームセンターに入った。ゲームセンターといっても¥10単位の、電動でないゲーム機ばかり。アンクルサムと握手をして人間性を見て貰う、とか 鉄板をくり抜かれただけの猫に発砲するとか。ディズニーに関係ないけど、ディズニーランドだからこそ経験できるものである。 今回の鼠ーランドのテーマは「シンデレラの戴冠式」である。シンデレラ城前の広場にアーチと、ガラスの靴を掲げた噴水があった。 六年振りの 鼠ーランドは、もう遊園地を純粋に楽しめる年でもないことを実感させてくれた。シンデレラ城やホーンテッドマンションやミクロキッズの案内人の演技って、こんなにも寒いものだったかしら?? 鴨に餌をやりつつ ベンチでおにぎりを食べた。 パレードでは、少林寺拳法部の憧れのT橋先輩を捜したけど、運転手って見えなくなっているのですね、分かりませんでした。野宮マキや、遠藤栄江の扮する妖精が踊っていた。 高三の遠足で行った 鼠ーシー では活用できなかった「ファストパス」を異様に上手く使いこなし、巨雷山とスプラッシュ山に乗った。 気付くと 戴冠式の時間。シンデレラ城前の広場にはもう鼠達が集まっていた。(実に多くの人々がミッキーかミニーの耳を付けていた。) しかし背が低くて見えないとかで、鼠達はピョンコピョンコ跳び回り、後ずさっていた。背の高い我々はどんどん前へ行き、かなりしっかりと戴冠式の始終を見守った。白雪姫やアラジン、本物のミッキー・ミニーが 招待されて、馬車でシンデレラとチャーミング王子が登場。やーーとても綺麗だった☆☆ 冠が頭に載せられた瞬間、先程のアーチに光がともされ、歓声が上がった。何も見えなかった鼠達もご満悦。よかったよかった。 メインの戴冠式が終わると、鼠ーランドから 親子鼠が減り、子供向けアトラクションがガラ空きになったので梯子した。 熱意とか下準備のなかった我々であったが、大変楽しい一日だった。アッという間だったけど、朝の待ち合わせとかアメリカンなゲームセンターなんて何年も昔の事な気がする。園内を歩きまくったのに、舞浜駅に着くまで、ちっとも疲れを感じなかった。本当に鼠ーランドは夢と魔法の国である。 鼠ーランドは私と同じ 1983年4月生まれ。いつまで経っても人々は、毎年 私の誕生日を祝ってくれる。とても有り難い存在である。
2003/02/03
私のお父さんは、父親の鏡である。と私は思う。少なくとも私のお父さんがこういう人であって良かった。 お父さんは 煙草を吸わない。昔、父親(私のおじいちゃん)の吸っている煙草をこっそり吸ってみたら、とても不味かったからだという。 お父さんは 嗜む程度にしかお酒を飲まない。当然ベベレケに酔っぱらうことはなく、いつも理性的である。 お父さんは清潔である。潔癖性に近い。いつも石鹸の匂いがする。部屋や車の中は、日曜大工や自動車の部品類でいっぱいだけど、きちんと整理されている。 お父さんは賭け事をしない。競馬・競輪には手を出したことが無さそうだし、麻雀のやり方もしらなそう。パチンコも、若い頃一度行ったけどつまらなかった、らしい。 お父さんは子供の面倒見がよい。会社が休みの時には幼稚園に迎えに来てくれたし、小金井公園や井の頭公園や山登りに連れていって貰った。夏休みには毎年キャンプに行った。 中高で朝練がある時には、毎朝 車で送ってくれたし、帰りが遅くなるときや雨の時も、駅まで迎えに来てくれた。 お父さんはお母さんと仲むつまじい。クールで社交的なお母さんを、寛容に見守っていて、 毎週 土日には、二人で八ヶ岳や沼津などへドライブし、温泉に入って帰ってくる。 お父さんは責任感があり、甘党・お菓子大好きで、富市大好きで、親の面倒見も良い。背が高いので、若干 太めでも気にならない。 枝里子はお父さんが大好きである。
2003/02/02
小学生の頃、近所に工事しに来ていたお兄さん(20歳くらい)に声を掛けてみた。 えりこ「なんで働いてるのーーーー?」 お兄さん「遊ぶにはねーお金がかかるから」 えりこ「えりこたちみたいに公園で遊べばお金かからないのに」 お兄さん「うーん、大人になったら、遊ぶのにもお金がかかるよ うになるんだよ」 枝里子は納得して、また公園で遊び始めた。今はわからないけど、きっとこれから 遊ぶのにもお金がかかるようになるンだなーーと。 そして今、そのお兄さんと同じくらいの年齢になった枝里子。遊ぶのに0円 と言うわけにはいかなくなった。街に出るための交通費、ご飯代・・・・・。 街に遊びに行くのはお金がかかるから、家の中にいたい。と言う人が枝里子の周りにはいるけど、枝里子はやっぱ外に出たいと思う。といっても別に お金のかかるようなことはしたくない。 他の人にとって遊ぶ、とはどういうことなのか分からないのだけど、たぶんカラオケとか映画とか そういうことなのだと思う。確かにそれらはお金がかかる。 しかし 枝里子はお金を使わなくても外で楽しむことが出来る。まず通学定期で、新宿・原宿・渋谷 に行けるのが大きい。新宿は中高の通学路だったのでだいたい 何処が面白いのか把握している。 まず都庁が面白い。展望台は北も南も素晴らしいし、一階の健康広場もなかなか。他にも新宿副都心には展望台を提供している高層ビルがたくさんある。また、小田急ハルクの向こうにある、新宿エルタワーには、ニコンのショールームがあって、常に無料で写真展を見ることが出来る。 日曜日はアルタや伊勢丹前を通る 新宿通りが歩行者天国になったりして、ペルーの音楽隊が演奏していたり、各種手品、風船で犬とか作る奴、ジョニー君を売る奴・色々なショーを見ることが出来る。 そして、新宿御苑。入るのに¥200の切符が必要だけど、有料なだけあって、手入れが素晴らしい。お客さんの行儀も良い。広すぎて 1・2時間では見て回れないほどである。 暖かいところで座りたかったらカフェーなどに入るのも手だけど、高島屋は エスカレーター脇など、至る所にフカフカのソファーが設置されている。一流の呉服や文房具をみて、疲れたらぼけーっと座っていたらよい。 私だったら、こう言うような街の徘徊で、充分楽しむことが出来る。あまりお金はかからない。人それぞれだとは思うけど、カラオケで3時間 歌って帰るより、御苑の芝生で昼寝した方が 断然楽しい。
2003/02/01
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