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今朝、カンちゃんが引っ越して行ってしまいました。寂しいけど、あまり実感がないかな?!又、いつかどこかで会うし、ね~♪なんて思っていたら、いろいろ思い出してきた。。。。いい人だったな。たった3年、少しでもいっしょに過ごしたら、人には情が湧くんだね。
2005.05.31
あるヨーガの先生が、『ながく生きていると、平々凡々であることの難しさを痛感します。』と、言っていた。私はまだ人生半分くらいしか(も?)生きていないので、まだ痛感した事はないのかもしれない?でも、最近、ちょっとだけ、わかるような気がする。。。なんだか、『自分らしく生きたい』とガムシャラに焦って生きてきた。でもよ~く考えてみると、やっぱり、無理してはみ出してはみ出して生きて来たような気がする。どうしてだろう?母親に『お願いだから、普通にして!』と言われる事が、何よりも苦痛で仕方なかった。『普通って何よ?』って。やっぱり、青かったな~(笑)今も、あまり変わらないか?!(笑)
2005.05.30
今日は、お買い物がてら、ボンダイ・ビーチへドライブ...(車で走る事約30分)お天気が良い日は、まだまだ半袖もOK。ありがたや~。。。ビーチ近くまで行くとかなり人も多く、車も混雑気味でノロノロ運転。ボードを持った人や、裸足の人が、これ又ノロノロと車の間を抜けていく。「えっ轢かれる!」っと思うこともシバシバ、けれど全然焦らない。...ノロノロ...ノロノロ...およ~?!(な~んかこの感じ、ちょ~っと違和感あるんだけど。。。ん~。。。何?)通り過ぎる人々が、かなりダラダラの~んびり♪♪♪着ているものがだらしない。。。車がボロい。。。(ドアの色が4枚とも違う?とか、コウウンキ?みたいな音がする)家が開放的。。。(通りに面した窓から洗濯ものとか?!吊るしてる。。。)なんとなく忘れていた光景。そう、来た当時は街中もこんな感じだったのだ。私が、いつの間にか早くなってきた生活ペースに慣れてしまっただけだ。(な~んて、まだ10年しか経ってないけど。)2000年のシドニー・オリンピック?!その辺りから?!市内とその関連地域の様子は変わった。もちろん、相当きれいに、便利になった。うれしい事もたくさんあるが、もうあの頃のようなボロ車は市内では見かけない。けれど、あの「TAKE IT EASY,MITE!」に象徴されるどこよりもEASY GOINGなシドニーは、どんどん遠くへ押されていくように感じる。ちょっと寂しいな~。。。な~んて思っているうちに到着。ビーチの裏通りに車を駐車すると、小さいお店がたくさん並んでいる。おお~いい感じ~。。。だんだんと自分たちも「のんびりモード」。ワクワクしながら一軒一軒見て周る。そして、フレッド・ペリーのポロシャツも偶然発見!(↑密かな再ブーム?で「な」が欲しがっていた。)オーストラリアには入っていないはずではなかったの?しかも日本より少し安い。「お買い得じゃ~ん」:ニコッ♪(←メチャうれしそう)「な」は、ルックス・ヤングな服や靴など、数点を衝動買い。私は手作りの洋服やさんなどをじっくり見て周り、自分のお買い物もチャッカリ。彼は「買い過ぎたかな~。無駄遣いした?」と、ちょっと反省していたけれど、私は、「な」が最近特に忙しく、ストレス値(大)だったことも知っているし、普段はめったに服を買う目的で出かけたりはしないので、「いいんじゃない、たまには!」と、強調して言ってみた。+「いつも私ばかり好き勝手しててごめんね~。」と言う気持ちもあったので、こんな近くで、こんなに2人共ワクワクできるなら、もっと頻繁に来ればよかったね♪とも思った。次に、超かわいいオーガニック・ショップも発見。(おNEWらしい!!)野菜類・Milk・タマゴ・コーヒー豆など、日常の品を買い込む。そこの人がまた、驚くほど「自然に」楽しそうに働いている。レジの辺りに行くと、変テコリンな形(ドーナツ型)のポテトらしきもの?がチョコンと置いてあった。「これ何?」と思って見ていると、「それ変わってて面白いからとって置いたの。どこから来たの?」と、彼女。「オリジナルは日本だけど今は、市内...~~~。」「ズッキーニ、一本だけ欲しいんだけど、いいかな?少な過ぎ?」「もちろん!一本でも、全部でも、好きなだけとってOKよ。」などなど、日常会話が弾む。こちらもなんだか楽しい気分。「又、来るね~。バ~イ。」なんて言いながら店を出る。思いがけず素敵な時を過ごした。(暖かい気持ちまでお持ち帰り♪)ちなみに、普段買い物に使っているCOLES EXPRESS というスーパーでは、エクスプレスという名の通り、かなり素早く、次々に機械的に処理される。野菜も最近では機械的なパック詰めが多くなり、バラ売りが減りつつある。それが当たり前になってきたこの頃の私たち。(↑それはそれで便利ではあるのだが、)。。。なんか無機質な感じじゃな~い???しか~し、こんなところに見つけてしまった。おお~、憧れのスロウ・ライフ!うんうん。これぞ、「有機的関り合いのある生活」だ!!。♪♪♪ エナジー補給満タン ♪♪♪ 大満足 ♪♪♪次こそは、次こそは、「こんな街で暮らすぞ~!!」 っと、固く自分自身に誓った日曜の午後でした。
2005.05.29
昨夜は、King Street Wharfに行って参りました♪そこは、レストラン、Bar、クラブなどが並んでいる、ウォーター・フロント・トレンディー・エリア。またもや、ワクワク「GIRLS NIGHT!!」(今回は女7人)の予定でしたが、食事の後、Barに移動し、9時を回った頃からそれぞれのパートナーたちがなんとなく加わって来たので、最終的にはかなりの大人数になり、又違った感じの楽しい夜になりました。(それは、それでね♪)話は、その9時を回るくらいまでのGirls・Talkに戻りますが、関西人が多い集まりのせいか、かなりのレベルの『突っ込み&本音トーク』で、又も、笑い過ぎでお腹が痛くなる。この女子たち、本当に面白い!な・の・に、真剣な恋には、とても真面目で臆病なところもあったりして、結構純粋だったりする。30代も半ば、未だ独身となると、皆いろいろな経験してるのね~なんて、人ごとのように感心するやら、また笑えるやら、、、そんな流れの中で、突然、【シリアス問題提議】がありました。お付き合いを始めて1年くらいの直子ちゃん(34)には、最近、ちょっとマジメな悩みがあり、皆でその話題を掘り下げる。そして、この女子たちの話の中で、『今までに5年以上のお付き合いをした外国人パートナーがいた人が殆ど』で、それぞれ、真剣に結婚するつもり?!であったことが判りました。しかし、その過去の真剣なリレイションシップに、最終的には、「結婚」でなく「別れ」を決めた理由は、「どうしても信頼できなくなった出来事があったから」だという。。。その直子ちゃんは、まだ過去のボーイフレンドへの怒りが癒えていないらしく、『100回は許したけれど、101回目にど~しても、許せなかった!!』とも、相当酷い目に遭ったのでしょう。(又は、それ以前に酷い目に遭ったことがないのかも?)私にも、そんな似たような想いをした記憶が多少あるので、彼女の気持ちも分かります。しかし、私は最近になって、ようやく自分自身の過去を振り返り、思うことがあるのです。許せないって思って離れてしまったなら、やっぱり、その関係に純粋な愛はなかったんじゃないかな~なんてね。お母さんは、どんなに子供が悪いことをしたり、嘘をついたり、また言う事を聞かなかったりしても、怒ったり、叱ったりはするけど、絶対、捨てたりしないでしょう!!その子がどんなにアホなことを繰り返しても、忍耐強く受け入れ続けるし、その子の幸せを願い続ける...見返りを求めず、ね~。まさに、無償の愛。永遠に、Give Give 又、Give Give Give し続ける。世間ではよく「結婚」=「忍耐」だ!とか「育児」=「育自」だ!とか言われる。「結婚」=「本気で誰か(他人)と共に生きると決めるお互いの契約」ではあるけれど、私は、それ(相手を縛るため)だけではなく、「どんな事があっても、関り(絆)を育てていくことを絶対諦めないと、自分に宣言すること」でもあり、「自分の成長と真剣に向き合うこと」なのではないかと、最近、やっと...(↑えっ、すでに皆さんご存知でした!)今までは、お互いの行動がどうか?で、関係(=契約)続行か、否かを常に判定して来ていた。(契約社員みたい!) 愛/尊重すること(Give)& 愛/尊重されること(Recieve) つまり、 愛情の預け入れ と 愛情の引き出し の バランスを常に計って、 (↑情の部分にかなり焦点があった) この人は、もう愛情の引き出しをし過ぎて残高不足。 利息も払う気もないみたいなので、 It’s OVER!!!No,More!!! 関係破断!!(←判決)なんか、ゲームの勝負みたいだった(笑) (私は、情け容赦ない「取り立てや」か?!)真面目過ぎる人は、(もちろん私を含めてですが!結構、自分でも気付かずに無理をしていて、)自分は、出来る限りがんばって『非の打ち所』を作らない=悪い子にならないから、相手は、(関係が長くなると無理をしないから=自然にしてるだけで、)自分では、『普通によい子で、普通に悪い子なのに!!』と思っているから、(そんなダメな所も含めて)『そのまんまの自分』を受け入れられず、=責められると、辛くなるみたいです。(悪循環パターン)(それに『普通』と言う概念は、かなり主観的で曖昧な基準ですよね~ホントに。)だから、お互いが、『そのまんまの自分を受け入れてくれない』と、意地を張り合っていたら、良好な関係なんてつくれないし、『見えない絆』なんて築けない。(←当たり前だ!)(だから、国同士でも、戦争は起こったのでしょう?!)そして、私にとっても、今でも相変わらず、パートナーとして『許せない』と感じるような酷い事はあるけれど、今は、なるべく、「相手の酷い行いを責める」よりも、(まずは、深呼吸して...)とりあえず、反応で出てくる自分の『責めたい気持ち』をグッと抑えてみてから、「その出来事を自分がどう受け止め、どれだけ愛を示す行いができるのか」に、焦点を持っていく・変えていくようにしています。(簡単ではないけれど!!)それから、よく言われる言葉ですが、「相手を変えることよりも、まず自分を変えること」の、その「変える」とは、つまり、「それまでの自分の限界を越えること」人との関り合いの中で、愛によって人間の幅を広げる=開くこと(成長すること)なのだ。と、思うことにしています。「愛だけは~越~えられる~全てのもの~を~♪♪♪」とは、そういうことでしょう?!(と、勝手に解釈。)まあ、世の中には、薬物依存患者とか、犯罪を繰り返すとか、その他のかなりのレベルの限界もあり、どうしても離れたい理由というのもあるので、一概に「その関係の続行」だけが「越える事ではない」とも思うのですが、一般に、初めに愛で始まって一緒に生きていくことを決めた関係なら、性格の不一致などと片付けずに、「お互いの違いを認めて、それぞれが、愛によって何か?を超えること」に、その意義があるのではないかと。。。「これ以上、お互い共に生きる意味がない」、または、「お互いの幸せのために、これ以上改善できることはない」と判断し、情の深まったその関係を、きっぱり絶つことも、もちろん、容易な事ではないし、ある意味では、相当の苦痛・悲痛を伴う勇気がいるものです。しかし、何かの縁で奇跡的に(偶然ではなく)出会っていて、その結果、結ばれたその人との関係について、何度も、縁を切る?とか、許せる?とかで悩むことよりも、いっその事腹を決めて、どうしたら、今までの「そんな風に考えてしまう自分」を越えられるか?に、焦点をあてることの方が、とっても、とっても、重要だったのだと、やっと今思えるようになったのです。(私には、ね!)どんな存在同士の関係についても、ポイントは「育自」!そして、「自分の成長を感じる(愛で広がる事ができる)=幸せ♪」なのだ。 「ピンチがチャンス」とは、まさにそんなこと?!などと想いながら...(それだけ分かってても、満足してるだけじゃ何にもならない、けど...ね~。)そして、そんなふうに、何でもさらけ出してしまう真面目なシンデレラたちも、しだいに「嘘も方便という術」を身に着け、(少しは大人になりながら?)12時を回る頃には、それぞれの王子様?といっしょにお城に帰っていくのでした♪めでたし、めでたし...
2005.05.28
なんかいい感じ。自分の学生時代って、どんなんだったかな~?!なんて思い出しながら観た。今は亡き大正時代生まれの伯母が、私のことをよく羨ましい~って言っていた、その気持ちが、なんとなくわかる気がした。今、もし学生の頃、仮に18歳に戻れたら?!もう一度やる?かな~???どうだろ???う~ん、あれはあれでよかった。かな。。。もちろん、これはドラマだから「友情ごっこ」みたいに感じるけど、実際そんなこともしてた気もするし。。。(笑)おお、青春よ。もう一度。
2005.05.27
今日は、美容院に行って参りました。結果は、大満足♪「生け花のように髪を創るひと」←実はこれ、わたし的美容師さんへの最高評価!自然な素材(クセやボリュームなど)を出来る限り活かしながらも極限までムダを削る、かつ、流行を取り入れながらも、その存在の魅力を最大に美しく引き出す技術+「又、この人に会いたい!」と思わせる「粋な人柄」=これぞ「カリスマ」だ!と、私は勝手に決めている。自称カリスマ美容師さん?!は、結構存在するけれど、、、私は、経歴や広告などのラベル「外側・表面」に騙されず、本当にその人の「本質」+(引き出しの中身)を知りたいし、できれば私自身も本物で在りたいな。。。彼女は、本当に素晴らしい。腕はもちろんのこと、その人間性もとても魅力的♪たくさんいろんなことを越えてきた人の逞しさと深みのある明るさがある感じ。その影の努力と謙虚さに、頭が下がります。ありがとう。あなたに会えて良かった♪
2005.05.26
「開き直る」の本当の意味って、開いて(=広がって)、真っ直ぐになることなんですって。。。へ~。私、ちょっとニュアンス間違えて記憶してた。
2005.05.25
ってことは、 得ること=失うこと なのかな?!
2005.05.24
もし、生きるのが辛くなったり、どうして私の人生こんななの~?!なんて思ってしまったり、そんな自分が限りなく嫌になってしまった時には、なるべく力を抜いてホヨホヨ~ンとした感じで、口に出して、言ってみてしまって下さい。 「全部=OK!」驚くほどの「受容効果」が、期待できますよ~♪
2005.05.23
今日は、さわ・や・か~な・ニチヨウ~♪「BEAUTIFUL・SUNDAY」ということで、私は、おっ洒落~なパディントンにお買い物に行きました♪(と言いましても急に誘われたもので、)ただ、ただ、友達に付き合うつもりで、もちろん、CAFEでお茶してウィンドウ・ショッピング~♪♪♪の、はず!!だったのですが、、、やってしまいました。うふっ♪ ちょっぴりフリフリ・ボトムの、しかも!!ピンクのミニ・スカート。(おお~。)言うほど派手ではありませんが、(さすがの聖子様の様にはとてもとても。。。)それでも裾が膝から8~10cm位上になる?!ので、なにげに店員さんに、「オフィシャルではちょっと~?!よね~?!」なんて同意を求めて言ってみたりして、、、すると彼女、「ストッキングを履けば、全~然問題ないわ!」な~んて言ってくれる。そういう展開じゃなくって...無言...「こんなわたしを止めて~。」と、叫んだところで誰も止めてはくれなかった。皆、ニコニコしながら、「No Problem ! Suit you!! Why not ♪♪♪」...しばし考える...(が、試着してる時点ですでにその気なわけでしょう?!)「OK~.I’ll take it...」(ハイお買い上げ~♪ドンドンッ!!)しか~し、、、ですよ。素直になって気付いてみれば、、、楽しいですよね~。こんなことって。また、コーディネイトを考えたり、どちらにお披露目に行こうかと女友達と相談したりしているうちに、さらに、広がる・つながる・またまた楽しくなる~♪♪♪(やっぱりヤンチャは、止められまへんな~。)と、いう感じ。ハイ~♪メチャメチャ楽しいです~。こんな瞬間を、ありがとう♪
2005.05.22
昨夜は、久々の「Girls night」でした♪それは、旦那様やステディな彼がいる人も含めて(←注:年齢に関係なく)「女だけの時間」を自由に過ごす夜のこと。うふっ♪(↑本来は、ウェディングを控えた花嫁/花婿のためにある独身最後の遊び納めPARTYのこと)例えば、当然女だけのグループ(5,6人)がお洒落なBARなどに居りますと、何処からともなくBOYS(←注:これまた年齢に関係なく)が群がって来たりして、次第に即席合コン?!のような感じになり、「楽しいひと時」を共有するのですが、、、とにかく、年齢など気にもせず、皆さん、かなり積極的です!!その様子はまるで、公園などで見かける「鳥の求婚シーン」そのもの!(笑)オスは一生懸命アテンションを惹こうとがんばるのです。いくつになってもかわいいですよね♪ダンスに誘ったり、面白い話で盛り上げたり、、、最近では、PUBでカラオケ・タイムなども「あり」なのですが、その場合、大概、全員で大合唱になり、当人は、マイクを持つ権利だけが与えられます。(※もちろん、個室などはありません!!)そして、どんな事があろうとも、その夜の出来事は、固い固い女(男)同士の友情として、「永遠に秘密は守られる」というシステム。。。おお~、なんと大人チック~。もちろん、BOYS NIGHTもあります。(=公平でないと!ね♪)わたしは、こんな風にいくつになっても「少年や少女の心=ワクワク」を味わいながら、ノウティー・ガールで、生きてゆきたいですね~。でも、時々は思います。というよりも、最近まで、ちょっとだけ悩んでもおりました。30代も後半になり、(この前まで日本の田舎にしばらくいた影響もあって、)同年代の友達の状況などを聞くと、子供の受験だとか、病気の義父母の世話だとか?!それぞれの状況があって「自分の遊び」どころではない!!というのに、「いつまでもこんな私でよいのだろうか?」な~んて...いわゆる「罪悪感」とか「人と比べる気持ち」が、少し強くなっていたみたいなのです。しかし、今は、選んだ状況=与えられた情況がこんな感じなので、今できることを精一杯楽しもう!と...改めて思いました~。いつの間にか「私らしさ」や「自分が選んだこと」を忘れていたのかも?!それに、こちらの文化だと思うのですが、皆、毎日遅くまで飲み歩くというような事を致しません。ウィーク・デイは、なるべく早めにお家に帰って、ジムに行ったり、リラックスしたりして体調を整えながら大人しく過ごす=家庭や仕事に専念し(←主に義務を優先しているのかな?)そして、ウィーク・エンド「のみ」、思いっきり時間も気にせずに、食事に行ったり、飲みに出かけたりして、自分を解放します。なので、メリハリもあって、かなりバランスの方も良いかと。。。大人だって、たまには「自分のための自由な時間」=好き勝手羽目をはずす時間が、絶対必要!!そんな「切り替え」も、と~っても大事ですよ。ね♪私の場合、もちろん浮気などを目的に行くわけではないのです(←それはそれでいいかな?!とも思います。)が、最近、特に彼氏にさえ「女として見られる時間」がだいぶ少なくなったような実感もありますし、、、自分自身、あえて「女っけ」を忘れるような「怠惰な生活」に慣れつつあったような?!(お~、これでは、イケナイ・イケナイ!!)と、言うことで、いつまでも若々しく、できる限り女であることを意識して居ようと思うので、こんな「GIRLS NIGHT!」を、め~いっぱいエンジョイして、「若々しい女性ホルモンをせっせと体内生産して行こう!!」と、深~く、心に決めたのでした!!(^^)vそして昨夜は、そんな風に「楽しく上手に遊ぶイケテル女友達」が周りに存在していてくれることに、「大感謝した夜」なのでした...♪つづく。。。(以下転写)「円熟」草と花の違いは、自分がブッダであることを知らないあなたと、自分がブッダであることを知った瞬間との違いと同じだ。実際、それより他に違いはない。ブッダは、完全に花開いている、すっかり開いている。彼の蓮(ロータス) 、彼の花びらは、完成の域に達している……。確かに、自分自身が春で満たされていることは、蓮の葉に降りる秋の露よりもはるかに美しい。それは、見守るにはもっとも美しいもののひとつだ。秋の露が蓮の葉に降り、朝日に照らされて本物の真珠のように輝く。だが、もちろん、それは一時的な体験だ。陽が昇るにつれて、秋の露は蒸発しはじめる……。この束の間の美は、確かに、あなたの実存のなかの永遠の春とは比べものにならない。できる限り遠くまで後ろを振り返っても、それは、常にそこに在り続けていた。できる限り前に目を向けても、あなたは驚くだろう。それは、あなたの実存そのものだ。あなたがどこにいようとも、それはそこにあり、花々がたえずあなたに降り注ぐ。これはスピリチュアルな春なのだ。*解説:この人物は他に類がなく、静かで、それでいて油断がありません。その内なる実存は、花で満たされています。どこに行こうとも、それらの「花」が春の質を運び、そこに生命の息吹をよみがえらせます。彼が感じているこの内なる開花と全体性には、どんな制限もなく動いてゆくだけのゆとりがあります。彼は、どの方向にも動いて行けます。喜びと円熟が外側のもので、すり減ってしまうことなどありえませんから、その動きが内へ向かうものであろうと外へ向かうものであろうと、まったく関係ありません。彼は、中心に定まり、「さらに広がってゆく時期」を迎えているのです。まわりの白い輝きは、彼の守りであり、彼の光です。生での体験すべてが、完成というこの時に彼を導いてきたのです。このカードを引いたときは、この瞬間が贈りもの。つらい仕事をよくこなしたことへの贈りものをたずさえていることをよく知っておきましょう。今や、あなたの基礎はしっかりと固まり、「成功と幸運」は、あなたのものです。なぜなら、それらはすでに内側で体験してきたものの結果だからです。
2005.05.21

夕べ、遅くに携帯がなった。(ゲッ!!!もしやもしや~。。。やっぱり。)「今から行ってもいいか?聞いて欲しいことがある。感情のコントロールがきかないから、どうにかしてくれ!」とのこと。大体予想が付いたし、出来れば聞きたくはなかった。しかし、前回断ったしな~。すぐ近くまで来ているという様子。う~ん、かなり微妙なんだけど~、断る理由も見当たらず、結局、OK。インターフォンを覗くと、そこには悲壮感で歪んだ彼女の顔。ひえ~...またまた、彼女の「友達以上恋人未満男」が、何かしでかしたのだろうか?!部屋に上がった彼女は、その後30分ほど勝手にしゃべりまくって泣き出した。シクシクシク...ヒック!悲劇のヒロイン願望が強い彼女は、その絶好の状況に酔ってしまう傾向がある。少しの間、ほおって置いた。そして、もう充分と感じた頃、というよりも、素人の私の場合、それ以上同情してしまうと、ネガ・エナジーが移って来て、自分の波動も下がってしまうのだ。嫉妬、不信、被害妄想、悲しみ、自信喪失、怒り、などなど...出来れば味わいたくないレベルの波動たち。私の平和な時間と空間に、これ以上「乱れ」を入れてもらっては困るもの。正気に返る作戦開始!!!すると、彼女は固まって、置き物のように一点を見つめていた。我を忘れていた事にやっと気付いた様子。で、Calm down 成功!平常心を取り戻すやいなや、もう笑い話で盛り上がっている?!本当に人間は(もちろん私も含めて)不思議な生き物だ?!だから、人生は面白いのかもしれないけれど。。。「どうしてこんな時に人に会いたいんだ!!!あんた、おかしいよ~。」とも、思う。しかし、どうしても?!こういう役回りが辞められない。「神様に与えられた任務だ」と思うしかない...のかな?!ところで、これは「人助け」なのだろうか?! ねぇ?!それとも、わたしの将来の役に立つ重要な経験だったりするかも?!それとも、私が退屈しないように提供して頂いた、ただの「おまけ」かしら??そこが微妙かな~?!
2005.05.20
数日前のこと、ワライ・カワセミこと「クッカバラ」がウチに来ました!!(^^)v(キョトンッとバルコニーの手摺に乗っていたのでした♪かわいい~。)が、あの独特の笑い声のような泣き声がしない!どうしたの???私には、初めてのことだったのでかなり興奮し、早速こっそりと証拠写真まで撮って、うれしそうに待機。帰宅した「な」に、そのことを告げると、なっなんと、もうすでに何度かそんなことがあったと... _| ̄|○「なんでその時言わなかったのよ!!」と私。「いや~。逃げてまうやろ~。。。」とのこと。「な・る・ほ・ど!」と、妙に納得しながら、なぜか?「クッカバラくんは、そこで、何が言いたかったのかな~???」と、一人で考えてみた。「道に迷った!?」とか、「都会に越してきたら、最近、声が出なくなったでよ~。。。」とか、と、勝手に解釈。と、そのとき、そうだ!「わたし、最近、思いっきり、笑ってないかも?!?!」と、いうことで、このことでの私の教訓...「常に、笑える環境と、笑える自分をつくろう!」
2005.05.19
朝一のニュースでこんなことを伝えていた。「芸能人は、たいへんだ~...」癌でショック受けてるのが分かってるなら、ニュースなんかでゴタゴタ騒がずにそ~っとしといてやればいいのに。幸か不幸か?!世界的に顔が売れている人は、本当に心が休まるなんてことがないんじゃないかな~?!こんな病気になってまで、個人の微妙な気持ちまで尊重してもらえないなんて、そりゃ~、癌にもなるよ。。。それを続けられる人って、「運がよい」以上にやっぱり、「人並み以上の強豪な精神力がないと、無理だわ~。。。」なんて余計なお世話ですけど、かなり、尊敬してしまいます。そんな人だから、癌くらいじゃへこたれないでしょ~。ところで、そんな告知をもし自分が受けたとしたら、まず、1.受け入れて、残された時間を出来るだけ有意義に過ごすことを考える。2.受け入れて、病気を克服して、健康に戻った自分を鮮明にイメージする。どうだろう?どうかな?どうしてもやらなければならないこととか、残していけない課題みたいなものがあるとか、絶対諦めないなら、どんなことをしても、乗り越える=軌跡を起こせる!と思うな~。「癌にさえ、自分を支配させないぞ!!!!!絶対絶対絶対、私は負けない!!!!」って、信じられれば負けないことも可能かと。。。 言うのは簡単。 だけど、 たいへんだよな~。 生きてるって...しかし、乗り越えて欲しいな~。人生の大事件...
2005.05.18
実はわたくし「呼吸」については、本当に恐ろしいほど「∞の奇跡のような力」を感じた体験があります。おそらくそれは「火の呼吸」とか、クンダリーニ○○?とかに、なるのかな?!その体験した事が、最初から理屈も分からずに、ただ誘導にしたがってさせられていただけに、起こった結果や、感じたことの認識はあるのですが、いったい何なのか?未だによく分かっていないみたいで。。。それが起こった直後の感想は、「すみません。+ありがとう。」しかし、そのレベルは、今まで感じた事がないくらい深い深~いものでした。あの感動よ、もう一度!!!っということで、まず、呼吸方の練習を再開。と、感覚を鍛えることかな?!最近、全然退化しているようにも思うので、1からやり直し。(反省)「鍛えられるもの」って逆に、し続けないと勝手に維持はしてくれないんだよね。ほんと「生き物」だ。。。今日から、大切に、大切に致します♪ということで、帰宅後、「な」に実験開始。第一回目。45分ほどの施術。修了後、、、「どう?」...?!「な」の一言:「普通にいつもみたいなの、お願いします。。。」反応薄~。しかし、続けます。ハイ。まず、害はないと思うし。。。めげるな~。「ローマは一日にして成らず?!」
2005.05.17
う~む。これは、またまた、すごいかも?!これが出来るようになったら、まさに子供の頃に憧れた「魔法使い」そのものだ!しかし、世間の頭の固い大人の常識でいうと、ばかばかしいようだ。が、ある意味、とても理論的でもある。自分で体験して実感がないと信じられない。というのは、悲しいことだな~。とりあえず、やってみよう...まずは、「な」で、実験開始!
2005.05.16

「おにぎり」は、大大大盛況でした♪BBQなのに???って思いますよね~(笑)それがですね、「日本の味」+「手作りのもの」(例え、おにぎりでも!)に飢えてる若者?!が、信じられないほどたくさんいるんですよ~。なんせ「コンビニ」などでも手軽にGETできないということもあるけれど、自分で作るほどの手間と時間の余裕がないのでは?と思います。もちろん私も、誰かが握ってくれた、そんな「手作りおにぎり」に、涙を流すほど感動した経験があるから、分かるんです!!な~んてね。「私のおにぎり」には、そんな誰かがくれた「愛のおにぎり感動体験」という具が詰まっております。だから、おいしい!!(はず?!なんだけどな~。)ここでは、殆どの人たちが「旅の途中」です。(皆さんもすべてそうだとも言えますが...)現在の私の環境は、とくにそれを短期間に繰り返す事が多く、又、再会の楽しみもあるのですが、「自分は、今、ここで、独りで生きているんだな~。」と実感する出来事も多いように感じます。家族もいない、付き合いの長い親友もいない寂しさからか?!全くの通りすがりのような、同国出身「同士」という細々とした縁を、とても大切に感じる人も少なくはないと思います。ある人は3ヶ月、ある人は1年、3年、5年、10年、永住?!と滞在期間も様々。出身も、仕事も、年齢も、家柄も、何もかも様々な人たち。たくさんの出会いがあるから、たくさんの別れもある。いつでも判って付き合ってはいるけれど、やっぱり、そのときを受け入れる瞬間は、何回味わっても寂しい。ただ、「気のあう仲間」として突然加わり、突然離れて、又世界中のどこかに散って行く...そのメンバーは、もうけして同じになることはない。常に、流れて行きます。停まることなく...これが、「私たちすべての存在の自然な関わり方」なのだとは思いますが、それでも、寂しかったり、悲しかったりするのは、情や執着心というもののせいでしょうか?!自分にとって、快適な環境(=存在の距離関係)が変わることは、例え、ほんの一部だったとしても、そういう気持ちが湧いてしまうものなのでしょうね~。きっと...また、「はじめまして」と「さようなら」が次々と繰り返される。それは、自然なこと。けれど、同じ出会いも、同じ別れも、もう、けして二度とこない。だから、一つ一つの「その瞬間」や「出会ったこと」に感謝して、大切にしよう!今、心からそう思います。
2005.05.15
今日は、友人の送別BBQです。わたしは、朝からおにぎりをたくさんつくりました♪夕べは準備係?!で、スーパーに買出しに行き、あれやこれやとBBQ必需品を買い込みました(笑:これは、抜けないでしょう?!みたいな...)それが、すご~く細部までこだわる人と、そうでない人「どうでもいい・どっちでもいい!」を連発する人がいて、すべての買い物が終わるまでには、相当な時間がかかりました。しかし、とってもおもしろかったです。私は、「人って、みんな違うからおもしろいんだな~...」なんて思いながら、ゴタゴタに加わって楽しんでいました。やはり私は、一生懸命あれこれ考えて準備したりする方が、結構好きですね~。ワクワクします♪それにしても、お天気がよくなさそうな気配...お願い!ちょっとだけ、待ってて~。
2005.05.14
オレンジ・レンジの「花」スピッツの「ロビンソン」ウルフルズの「ガッツだぜ」スマップの「世界で一つだけの花」そして、なんと「美空ひばり」さんのアルバム...名曲集みたいなの?!ちょっと不思議な選曲なのですが、実は私がこの間日本から一緒に持ち帰ったもの。中でも、「愛燦燦」と「川の流れのように」を聞いていると、本当に気分がよくなります。やっぱり、名曲なんですね~。そして、先日読んだ、水が音楽の波動を形にする本?!のことを思い出していました。よく、モーツアルトとかって言いますけど、やっぱり、自分ひとりで聞くなら、誰がなんと言おうと、自分の好きな曲を聴くのが、1番!だと思います。ハイ。
2005.05.13
自分で決めていいんだ。自分の中心。私の主人は、私だけ。
2005.05.13
1mmでも、昨日よりはマシになってるって、うん。そうだよね~。きっと。って、やっと、やっと思えたことに大感謝。ありがとう。
2005.05.12
今日は、飛べなかった跳び箱がやっと跳べました。なんだか、いよいよ、産まれたって感じです。しかし、今回は、難産でしたね~(笑)
2005.05.11
全部、整理してみよう!
2005.05.10
どうにかなるだろう。
2005.05.09
"Don't be dependant on anyone" -this is my sentiment. We each have to strenghen & develop ourselves through our own efforts. We must never surrender to any foe or difficulty. We must be fearless. This is the true spirit of self-reliance. -President D.I SGIA- (以上転写)今日は、人に会って話しを聞いていて『支配』について考えさせられる出来事が...非公開に続く...
2005.05.08
人は不合理、非論理、利己的です。 気にすることなく、人を愛しなさい。 あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。 気にすることなく、善を行いなさい。 目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。 気にすることなく、やり遂げなさい。 善い行ないをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。 気にすることなく、し続けなさい。 あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。 気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。 あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。 気にすることなく、作り続けなさい。 助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。 気にすることなく、助け続けなさい。 あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。けり返されるかもしれません。 でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。 by マザー・テレサ 自らの豊かさから与えるのではなくむしろ自らが傷つくまで与えなさい。 by マザー・テレサ(以上転写)
2005.05.07
他人に優しくしてあげる意味などないのでは?人はあなたの優しさを弱さの表れと見るだけでしょうから。他人を許す必要もありません。そんなことをしたら、相手は益々つけあがるだけです。なぜ他人を信じるのですか?それは相手に「私を軽視してください」と頼むようなものでは…?世知辛い今の世の中、「皮肉な考え方」をすることで、我が身を守るべきです…よね?多くの人々がそう考えているようです。しかしながら、自分の心を閉ざすことによって失うものは大きいのです。自分を傷つけまいとしてがんばりすぎると、結局、自分自身を傷つけてしまうだけです。勇気を出して優しい人になってください。最終的には、その方がずっとあなたのためになるはずです。 (以上転写)
2005.05.06
すごい、このドラマ。こんなことって、酷すぎるけど、実際にあるんだろうな~。からだへの虐待ももちろんだけど、言葉や想いの虐待もたくさん。親って大変だな~。。。途中で止められないし。大人になっていき、虐待から逃れられても、罪悪感やその解放されていない感情、悲しみや怒りから、また人や自分を痛めつける。しかも、その矛先が愛する人に向かってしまう矛盾。自分でも嫌なのに、罪を繰り返してしまう自虐。その怒りの感情が強すぎて自分の理性ではコントロールできない。悪魔とは、こういう感情に乗っ取られた、コントロールされてしまった人のことをいうんじゃないかな?!うっとおしいカルマのなかで活き続けるしかないなんて。惨すぎる~。いずれにしても越えるには、「おっきなおっきな愛」にふれないと固まった心は勝手には癒されないということでしょう?!興味深かったことは、幼い頃同じようなものすごい酷い目にあっていても、その後、なにか違う形で愛を感じられた人たちは、その醜い感情がなくなったわけではないけれど、いざと言う時に、「理性が勝つ」くらいまでには抑えられているということ。「愛を感じられる能力」って本当に大切。どんな事でも、動き出せば、どうにかなる時がきっと来る?!諦めたら、終わりだもんね。
2005.05.05
今日、久々にJさんが会いに着てくれた。Jさんは、たまにしか会えないけど、今、私が自分をさらけ出せる一番の女友達。いつも、突然、絶妙なタイミングでやってくる。私は、どうしてJさんにはこんなに自分を曝け出せるのかな~?!今日は、YOGAの呼吸法の話になり、「毎日少しづつでもいいから、コツコツとがんばろうと決めて、最近では体重が3Kg増えた。」という、うれしいお知らせだった。「彼女も、しっかり自分の安らげる場所を見つけたんだな~」なんて思いながら。。。以前より、ずっと強く見える。大好きな絵を6ヵ月もかけて描いてきて、それがもうすぐ完成するそうで、本当にうれしそうだった。わたしも、いつか見てみたいな、その絵。。。みんな、いろいろだけど、今を一生懸命生きている人が、一番幸せって感じる。かな~。
2005.05.04
私たちは、望む結果を早急に欲しがる。そして、待つことを嫌う。何かを望んだ瞬間、不信や不安、迷い、が同時に沸き起こるから。 自分はその望みを、叶えられるだろうか? 他にもっとよい方法はないか? 他に助けになってくれる人はいないか? 今ある力を失いはしないだろうか? 他にもっと望むものはないか?欲しい結果を早急に得ることよりも、その「ふさわしい瞬間」を待つことに、もっと大きな意味を見つけられたら、人は愚かに迷い不安に苦しまず、生を楽しむことに意識を向けられるのではないか。全存在がそれぞれのふさわしい瞬間を待っている。樹ですら、それを知っている。花ですら、それを知っている。今は、自然が、自らの進路を取るに任せ、自分は受け身であるべき時だということを知っている。沈黙して待っていると、内側で何かが成長し続ける。満たされ、不安もなく、重大な何かに備える時。それも又、「ふさわしい瞬間」。「何か」に辿り着くことも大事。「どう」辿り着くかも大事。でも、究極的には、何かに辿り着かなかったことも大事。どうして?辿り着かなかったかも大事。そのことから、違う何かに気付くから。そして、とても大切なことは、「意識して、ふさわしい瞬間を待つ/生きる」ということ。「望む結果」は、必ずいつか「ふさわしい瞬間」に訪れると、信じて、疑わないこと。そして、その「望んだもの」も「その影」も、いずれは過ぎ去ると言う事を、おだやかに受け入れながら、平和な気持ちで「ふさわしい時」を待ち続けること。今は、これで、すべて「ふさわしい瞬間」なのだから。「忍耐」より
2005.05.03
以下、新聞記事の抜粋です。「どうしても自分を好きになれない。でも、何をどうすればよいのか分からない。」という相談を受けることがあります。さて、そういう時は、まず何をしたらよいのでしょうか?自分を愛することができない人に、他人を愛することはできません。そうした孤独から抜け出すには、まず、「これから先の人生の中で、ただの一度も他人の悪口は言わない」と心に決めましょう。もし今、自分が誰かに腹を立て、そのことで苦しんでいるのなら、なおさらです。この世に、「嫌いな人」というのは存在しません。「人を嫌っている自分」がいるだけです。そういう人は、往々にして、自分の欠点に目をつぶってしまいがちです。コンプレックスを意識の奥に閉じ込めてごまかしているので、そのもやもやした気持ちが他人への攻撃に変わってしまうのです。不満をお腹にためこむのはよくありません。かといって、わるくちや陰口でストレスを軽減しようとすれば、ますます自分を愛せなくなってしまいます。確かに、誰かが自分を傷つけたと思っている時に、その人を許すことは非常に難しいことです。頭では分かっていても、なかなかできることではありません。しかし、許すも許さないも、自分と言う人間はそんなに偉いのでしょうか。これ以上、怒っていても仕方がないから許してやろうという発想さえ、見方を変えれば、相手を見下しているのと同じです。ましてや、絶対に許せないなどということは、傲慢以外の何ものでもありません。また、こうしたことは、勝気な人にありがちです。他人に腹が立った時、感情の赴くままに文句を言ったり仕返しをしたりすることは、他人に「勝つ」ことではありません。怒りを静めることは、「負けて引き下がる」ことでもありません。そもそも人間関係に勝ち負けなど存在しませんが、どうしても勝ち負けにこだわってしまうのであれば、「どちらが幸せを運んでくるか」で勝負してみてはいかがでしょうか。不機嫌という感情は、あらゆる害悪の元になります。怒りで目がくらめば、人の優しさや温かさが見えなくなってしまいます。私たちは、「怒りに任せて悪口や陰口を言えば、事態を悪化させるだけである」ということを学ばなければなりません。不満があるなら、知恵を絞って、前向きな解決策を考え出すべきでしょう。行動を選ぶ基準は、「それが一番幸せな気持ちになれる方法かどうか」です。自分のとっている行動が、自分や誰かを幸せな気持ちにしているかどうかを見極めればよいのです。ニコニコしていれば、自然と人が集まってきます。媚を売るのではありません。笑顔で他人に接するということは、相手を尊重すると言う事です。親愛の情を持ち、微笑を絶やさず、温かい眼差しと優しい言葉、思いやりの心で人と接するようにしていれば、いつかきっと、大好きな自分に出会えるでしょう。。。。今朝ほど見つけた「なるほど!」でした。。。
2005.05.02
海を見るなり、入ると言う甥。「ここって、今、秋なんでしょう?!」と、どうやら納得がいかないらしい。でも、そんな子供らしいはしゃいだ表情を見ると、ついついわがままを聞いてしまう私。。。ああ、オバ・バカ?!でも、でも、「素直」に笑っている時と、寝てる時は、本当にかわいいのよね~♪
2005.05.01
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