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今日は、残された滞在期間、平日最後の日。何が何でも今日中に、引越し手続きを済ませなければ!ということで、引越し屋さんのプロに、引越し荷物のPick-upに来てもらったり、口座を閉めたり、役所に届けを出したり、と、事務的作業に奮闘致しました。まず、ユニットの貨物用エレベーターとトラック用パーキングの使用許可を申請し予約完了。決められた時間に、数人の担当者が荷物を引き取りに来てくれる。箱に、次々に番号がふられると、もう、箱の中身は何だったっけ?という状態。思いの詰まった箱は、書類上、ただの無機質な番号に替わる。(たったそれだけのことで、迷いは消える...そんなものよね~。)そうして、アッという間に荷物は運び出され、残された空間は、先程と同じものとは思えないくらい(笑)とっても広く感じる。ん~、こんな殺風景な部屋に...男一人残して行くのも忍びない...けれど、彼は、わりと合理的主義。「家なんて、生活できればよいのだ。」と言う...そんなものかな~?!ひどく感傷的なのは、むしろ私の方だから、先に、日本に行くことも、彼にとっては、計算済みのことなのだろう...さすが!その他の手続きも、ほとんどがシステム化されていて、思っていたよりも、結構、ラクチン♪う~ん、世の中は、かなり合理的に出来ているのね~。...な~んて、今更、感心する。これで、よし!後は、なかなか合理的にはいかないこと、が、残るのみ。とくに、送別会といった類のことが、私は、なんとなく恥ずかしい。特別に気にかけてくれるのは、ありがたいとは、思うけれど...今の世の中、便利になり過ぎているから、皆、日本とここを行ったり来たりの生活な訳で、又、すぐに、どこかで会うことになるのに...とりあえず、儀式みたいなものかな?!私は、空港での見送りだけは、して欲しくないな~。と思う。大したことでもないのに、ただ、条件反射で、泣けてくるから...
2005.09.30
引越しって...とっても大変だけれど、日頃、「これ、どうしようかな?!まっいっか?!」と放置してあるもう、どうにもならないものたちを手放せる絶好のチャンス...♪10年前、確かにスーツ・ケース1個で来たのだから、又、スーツ・ケース1個で帰れば、十分、生きてゆけるはず?!なのだけれど...分かっているつもり、なのに、年と共に増える、思い入れのある品々を手放すっていう作業は、本当に、時間がかかります...ね(笑)
2005.09.27
そろそろ、日本に帰国します。いろいろ考えて、本格的に、日本に引っ越すことに決めました。なんだか、自分でもハチャメチャな人生だとは思うけれど、これも、全て私が選んだこと!しっかり現実を受け入れて、これからは、根をはって生きられる場所を探そうと思います。(えっ、遅すぎ!そんなことありません。)これでも、今回は、考えられるリスクは、私なりに、十分考えたつもり...ちょっとだけ、残していく彼が心配でもありますが、流れには逆らえません。ね~。多分、この後、しばらくは忙しくなるので、日記は、毎日書けなくなるかもしれませんが、今は、こんな自分に、自信をもって YES!と言えるよう、新しい目標に向かって、しっかりと歩き出そうと思っております。
2005.09.26
読み終わって、今、大切なことを、たくさん教わった気がしています。そして、読んでる間にシンクロが、幾度となくあり、...いろいろと、感動したことはあったけれど、あの、人と動物とを決定的に分けているもの...のところ、おそらく人間だけが、たとえ親子という関係で結ばれていない、言わば生物学的に全く無関係な他の個体のためにでも、己の快不快の原則を裏切ることが出来るのではないか...己の快だけを追求しないこと。それが一番人間らしい生き方ではないのかな...というところ。本当に、感動しました♪自分の信ずる意味で人間らしくありたいと...もちろん、これは、フィクションに過ぎない話だけれど、私も、できることなら、そんな風に在りたい。どんなに酷い目・痛い目にあっても、自分の信じる自分だけは、裏切りたくない。そういう風に、強く思わせてくれた、本当にすばらしい作品でした。捉え方は、人それぞれだとは思いますが、展開も、長々しい話なのに、結構工夫してあって、なかなか面白いし、描写が鮮明で、なんだか、実際の話のように、すっかり引き込まれました(笑)この本、ぜひ、お薦めです♪
2005.09.25
今回は、まあ初めてのバリということもあり、あまりにも突然だったため、下調べが出来なかったことは、多少悔やまれましたが、、、とりあえず、メジャーなところだけ、3つほど行ってきました(笑)●観て、聞いて、感じたバリの伝統芸能!!☆SEKAA TARI KECAK ULUWATU←通称:ケチャ(ック)・ダンス☆LEGONG DANCE by BINA REMAJA←通称:レゴン・ダンス☆SAHADEWA Barong & Kris Dance←通称:バロン・ダンス上記の3つを、一日一個という感じで、わりと立て続けに観ることが出来たのですが、私的、おおまかな感想としては、以外にも、どれも、悔いなし!という感じ♪と、いうのもですね、行く前は、『舞踊もたくさんあるみたいだけど...観光向けのビジネスで、どれも同じようなものなのかな?!』などと、けっこう侮っていたのですよ。(↑マタマタごめんなさい。)しかし、実際は、どれもタイプが違っていたし、それぞれが、本当によく工夫されていて、、、いろんな味がする!!(笑)けっこう、、、満足感ありました。●バリ伝統舞踊劇・ガムラン演奏の迫力に感動!!!おそらく、私が、民族舞踊好きだという偏った観点もあるとは思われますが、ホントに、NYやSYDで観た高名で高額のミュージカルよりも、もっともっと、すっごく感動しちゃいました♪あっ、でも、アイリッシュの皆で靴を鳴らして踊るミュージカルには、なんとなく、共通するものがあったかな?!なんか、皆が一人一人、それぞれ力を発揮しつつ、全体を創っていく。共鳴する感じ。。。そして、ライブ=もちろん生だから、その時は、たった一度きりのもの。おんなじものは、二つないみたいな...♪こういうのが、私にとっては、すっごく!引き込まれる魅力なんですよね~......ということで、個人的感想・説明に入ります。ケチャは、なんだか『村の集会』みたいな感じでとっても素朴で、しかも大勢でかわいらしかったし、なんといっても、あのウルワトゥの環境とも、すっごくマッチしていて、役者さんも、観客も、周りの自然、海も、山も、サルも、夕日も、、、全てが一体になって、その劇の一部になってるっていう感覚、、、すごく相乗効果があがってるっていうのかな?!言葉では、むつかしいな...。ん~。そんな感じなんです。レゴンは、ほんとうに、芸術的正統派っていう感じ。これもちゃんとしたドラマがあって、強弱があって、それぞれが一生懸命!それぞれの役割を果たしていて、伝えようとするものが、ズシズシ伝わってくる。とにかく、踊りとガムラン音楽の迫力!!は、3つの中では一番感動しました。男の人も、きれいだったし。。。子供の踊り子ちゃんもすごくきれいだった。場所も、Ubudのプリ・サレンという伝統のある場所で、雰囲気もスッゴクいい!!。とにかく、美しく洗練された伝統芸能的には、一番よかったです。(やっぱり、ガムラン!!がすごかったな~。)そして、最後が、バロン。これは、私的にガムラン演奏は、前夜のレゴンの方が、ものすごいインパクト、迫力を感じたので、なんとなく、物足りない?!感じはあったのですが、まあ、それは、元々マイルドなタイプなのだ。と、言われれば、それは、ただ好みの問題なのでしょう。。。(ワヤンいわく→)たまたま演奏グループが、その日は、昼の部よりも夜の部の方が良かったのだとか?!しかし、とりあえず、ですね、ストーリー的に、すごい!!すっごく、世の中の根本、真実を物語っているとでもいいますか?!(以下、物語の途中から、、、)SAHADEWA王子(軍勢)と、死神の弟子(軍勢)の戦いが繰り返され、その時々で、助けが来たり、お互いに頼みごとをしてみたり、さらに強くなるようそれぞれ(策を練って)化け物に変身してみたりする。(←これが魔術らしい)そして、その時、一瞬どちらかが優勢にはなるのだけれど、結局、今も、戦いは終わることがなく、バロン(善)vs ランダ(悪)の戦いは、これからも永遠に続く...ということでした。むむ~~~~。これは深い!!と、(笑)妙に感心しちゃいました...♪そこで戦っているのは、別の人たちだけど、私たち一人の人間の心の中や、この世の中の在り方の真実なのかも?!善なしで、悪は、存在しえない悪なしで、善は、存在しえない...のか...!光だけも、闇だけも、100/0も、どちらか一方ってことは、ここではありえないってこと。な~んて、ホント、ホント。ふか~く考えさせられちゃいました。劇は、シンプルなドタバタ劇で、それでもなぜか?!(妙に間とか?!が)面白くて、なんだか(笑)吉本喜劇を連想させる感じも無きにしも非ずだったのですが、それが、又よかった。ホント、十分、堪能しました♪そこで、(話は飛びます)全部観終わってからの帰り道、車の中で出てきた話でもあるのですが、、、これらの劇は、今では、現代風にアレンジしてはあるものの、元々バリ・ヒンドゥの宗教儀式などから来ているものが多いらしいから、すっごくシンプルだけど、意味がホントに深いのですよね~。そして、バリ・ヒンドゥについても、私は、よく知らなかったのですが、世界各国に未だにある自然崇拝とか、、、グリークなどの神話、北欧の伝説や童話、アメリカン・インディアンの詩とか、オーストラリアのアボリジニの話とか、それから、日本の神道(シントウ)とか、地方ごとの民話や昔話なんかに?!通じるものがすっごくある!!というか、、、?!そういう感覚がビンビンきて、とにかく、うれしくなった。......なんだろうな?!そんな風に、通じるものへの想い?!とか、歴史とか、地理とか、宗教とか、、、いろ~んなものを超えた何か?!何か~?!深いところでのつながる感じかな?!そういうのが、いっそう強くなってきていたのでした...(改めて、感じることを、言葉で表現するって、むずかしいですね~。)...つづく
2005.09.24
UbudとGianyarの間に位置するPuri Saron Bali 滞在中のこと...実は、もう一つ、驚いたことが、ありました。(笑)あれは、夕方、日が暮れる前の、まだ明るいけれど、辺りはハッキリとは見渡せないくらいの時間帯、おそらく5時半頃だったかな?Ubudの中心地からホテルに戻る途中、車に乗っていると、その道沿いには、家や林が点在していて、その道は、小川に沿って通っていたのですが、、、なんと?!若い女性が小川に入って、何かで水をすくって体にかけている光景に出くわしました(笑)それをいきなり見てしまった私は、つい、『あれは、何してるの?!』と驚いて、ワヤンに聞いてしまいました。すると、すっごくうれしそうに、笑いながら、『お風呂...。』......(一瞬、固まる私!)『えっ、え~~~~~~~~!』(相変わらず、ワヤンは、笑いながら、)『運転してる時に、見つけると、ちょっと危ない...(笑)』『でっ、でも、あの人、若い女の人でしょう!?恥ずかしくないのかな?』『ん~?!この辺では、普通。 だからショッチュウ見る。(笑)』それを聞いて、なんだか、心がワクワクした♪自然は、本当にダイナミックだね~......ちょっと、うらやましかった。(と、女の私が言うのも、ちょっと変かもしれないけれど、)そんなふうに暮らすのも、悪くないな~。という気がしたから...だって、妙に隠すから、変に見たくなったり、隠し撮り?!とか、そんなヤヤコシイことを考える人も増える訳でしょう?!本来は、こんな風に自然で、み~んながオープンで、たまたま見ちゃった男の人が、ラッキーって思うくらいの、そんな、たったそれだけの自然な光景だったはずなのに...そう思うと、また違った意味で、バリが素敵に思えたのでした。
2005.09.23
なんと、バリで、ホタル、見ちゃいました...♪私は、もうそういう生き物がいたことも忘れていた位なので、それは、かなり以外で、うれしかったのです~。場所は、すでに何度も登場している(UbudとGianyarの間に位置する)ホテルPuri Saron Bali の 庭...そこの庭(っていうか、何処までが庭か?は知りませんが)は、すぐそばに、小川とか、小さいけれど滝などもあって、自分たちで、ライス・テラスもつくっていたり、屋外プールも、ゴージャスに2段になっていたりと、自然の森が全面に見渡せるすばらしい環境で、その場所からの眺めが、最高に素敵なのですが、、、実は、最後の夜に、そこのホテルのマネージャーが、いろいろな不備のお詫びにと、誘ってくれたのでした。(↑普段は着ていないらしいジャケットを着て現れた。ええ~、微妙?!)そして、そんなロマンチックな(はず???の)プール・サイドで、なんと、カクテル(←しかもアラックのブレンド)をご馳走してくれると言うので、(う~ん?!かなり微妙?!だったけれど、)とりあえず、プール・サイドで、それを頂いていたところ...突然、暗くなった森を背景に、光る点を発見!!してしまったのでした。は~~~。(←と私。)しかし、彼は、その私の目と声の方に驚き、見てはいけないものを見たのかと思った?!と、かなり焦ったらしいのです...(笑)確かに...その時の私の目、怖かったかも?!(すみません。)そして、揺ら揺らと飛んでいる一匹のホタルを見ながら、『いろいろあったけど、こんな小さな素敵なことも、思えばたくさんあったな~。』いつの間にか、彼の熱心な身の上話は、上の空...心ここにあらずになっていったのでした...ん~。たしかに、、、新婚旅行かなんかであの場所にいて、好きな人と一緒に、あんな光景に偶然出会ったら、本当に、素敵よね~。そういう人もいるのでしょうね。きっと...どこかに...などと、想いながら、『宵がまわった。。。』と怪しくなってきたマネージャーを一人残し、早々に、自分の部屋に戻ったのでした。つづく...
2005.09.22

その日のホテルは、ヌサ・ドゥアの海沿いの素敵なホテル・クラブ・バリ・ミラージュでした。とはいえスタッフもかなり親しみやすい人?が多く、わりと開放的で、自由な感じ。。。●憧れの天蓋幕付きベットに、大感激! なんと言っても、あの大好きな天蓋付きベットで、一人で寝るためだけに、デラックス・スイート?とかいう部屋?をブッキングした私にとっては、ちょっとだけ奮発したつもりだったので、ここは、とても楽しみにしていたのです...♪ところが、ホテルのスタッフが、何度も、何度も、『一人ですか?』と聞くので、なんでかな~??? おかしいのかな~??? と、思っていると、少~しだけ仲良くなったスタッフが、ニヤニヤしながら、コッソリ聞いてきた。『バリニーズ・ハズバンド?!いるんでしょう?』はぁっ??? つまり、そこのスタッフたちは、私が一人きりで泊まるためにそんなスウィートな部屋をとったなんて、誰も信じていなかった。バリは、バリだから...いいんじゃない?!ハッピー・タイム・○○...でしょう?!と、勝手に想像されていた。それで、ニコニコではなく、ニヤニヤしていたらしい...やっと、何を想像されていたのかが分かって、妙に納得!しかし、私が急いで探したホテルには、シングル・ルームなどなかったし、実際そういうベットで、一人で優雅に寝てみたかったのだもの...本当に、ただそれだけなのに...と、呆れながらも、ふと気付けば、他の人たちは、皆カップル。しかも、ハニー・ムーンのラブラブ・カップルだらけ。ん~。当然といえば当然かも...ね。まあ、そこでの滞在は、そういう細かいこと↑を除けば、本当に、窓からの景色も素敵で、設備も相当整っていたし、部屋の中もいたる所に花やフルーツなどがあって、相当気が利いていたし、ゴージャスで、クリーンで、快適で。。。それに、なんといっても、お姫様にでもなったような気分のあのベットに、大大だ~い満足♪♪♪なんだか、映画の中に自分がいるような...とっても優雅な日々を過ごせました♪
2005.09.21
夕べから、友達・家族・ちょっとした知人などから、特別なメッセージが次々に届く...数え切れないほど数々の失敗やアクシデントにもめげず、今まで、懲りずに生きてきてよかったな~...お母さん、産んでくれて、本当にありがとう♪などと、ちょっと、今日は、うれしさでいっぱいです。う~ん。年をとるのは、嫌だな~、さみしいな~、とか、ここ(外)で知り合う人は、ほとんど期間限定の旅人が多いから、皆、結局どこかに去っていってしまうし、その場しのぎなのに、私ったら、本当に、お人好し過ぎる!なんて、他の人に言われることや、自分でもネガティブに思ったこともあったけれど、こんなアホな私のことを、地球のあちこちで想ってくれている人が増えるってことは、私の人生、そんなに悪くないよね~♪な~んて、相変わらずおめでたいブリスでした。
2005.09.21
今だから思い出せるバリの魅力(今更という感じもありますが、、、)もちろん、こんなアホな私にも、バリだからこそ味わえた素敵な瞬間は、確かにありました。今日は特別に、なるべくよかった・感激した思い出を思い出して...バリ's charm! その1●初ビンタン(瓶)・初ミーゴレン体験に感動!コーナー/Corner:レストラン(←ホントに角にあるの!)【LOCATION】スミニャックに近いレギャンエリア。ビーチまで徒歩3~5分程、ジャラン・レギャンまで、徒歩10~15分程その日の夜、たまたま入ったレストランで、笑顔の素敵なワヤン(推定40歳位の女性:その店の奥さん)と仲良くなり、私が、先程バリに着いたばかりで、バリではレストランに入るのはこれが初めてだと知ると、海老ミーゴレンが美味しい!と、自信満々に薦めてくれた。他にも高価な品もあったのに、あえてリーズナブルで、しかも美味しいバリ・フードを薦めてくれたことが本当にうれしかった。SYDでは、インスタントのミーゴレンしか食べたことがなかった私にとって、それは、本当に本当においしかったし。。。しかも、その時はまだ気付いてなかったけれど、今思えば、そこのプライスは、全て妥当、(当然だけど、現地の人も外国人ビジターも同じ)フェアな価格だった。帰るときも、見送って、(タクシーのドアまで閉めて)手を振ってくれて、その後、もう一度食べに行ったのだけれど、最後まで誠実で、感じの善い人だった。●初バー体験:グラグラ・バー/Gula Gula Bar(←なぜ甘い?)に寛ぐ!お店の名前が可愛くて、バーの中庭にはプールが臨めて、とても素敵なバリ風の雰囲気。なのにオージーのお客さん、しかもゲイ・カップルばかりだったので、私にとっては一番くつろげたバー。きっと、あまりにも執拗に寄ってくる人が多かった中で、唯一ほおって置いてくれたことが、逆にうれしかった♪瓶ビールをジョッキに注いだら、表面の方がシュワシュワと凍った。それくらいキンキンに冷えていたから、あの暑さの中で、グイッと飲んだらスキッとして、さらにおいしく感じたのでしょうね。●初ウルワトゥの風景+初ケチャ(ック)・ダンスに感激!!その日、ホテルが呼んでくれたタクシーに乗る直前に、次のホテルまでの料金を聞くと、破格の値段を言われ、実は、初ビックリ!!!エエッ!!!でも、よく話を聞いてみると、それは、そのホテルと手配の元締めの人のコミッションが入るらしく、どうやら、その運転手さんがボッているわけではなさそうだった。なるほど~。。。ようやくバリのシステムを少しだけ理解し始める...もう頼んでしまっているわけだし、先程の言われた金額をきちんと支払うから、今度は、個人として、その日の夕方、又、迎えに来て、ウルワトゥ寺院とケチャ(ック)・ダンスに連れて行って欲しいのだけれど、いくらにしてくれる?というと、片道RP100,000、ということだった。そこで、往復で、その値段ならお願いする。と、試しに言うと、喜んでガイドも引き受ける!と言うので、とりあえず、交渉は成立し、あまり期待せずにお願いしてみた。しか~し、、、『おお~~~~~~~~~~~~~~。』実際に訪れたその場所は、天気にも恵まれていたらしく恐ろしく幻想的な風景で、たまたま(なのか?)その時は、観光客も少なめで、すばらしかった。ん~、独特の土や岩や海の色というか?!おそらく、普段見ているAUの風景と比べると、色のトーンは暗かったのだけれど、、、なぜか?!幻想的なのにすごくリアルで、美しいのに怖い。ん~。感動したことは間違いない。。。結局、そのドライバーさんは、約束した通り、ずっと一緒に歩きながら、詳しい説明もしてくれて、風景写真も安心してたくさん撮れたし、私を撮ってもくれた。(とりあえず?!その時はデジカメを持っていたから...詳細は後程...)ケチャ(ック)・ダンスも、時間的にちょうどよいタイミングに連れて行ってもらえたし、そこのスタッフに聞いて、ベストな席(弧の席の中央のやや左、前から2段目)に座れたし、↑案内してもらった時はきっと皆にそう言ってるんでしょうね。と、思っていたけれど、実際ショーを見終わったら、それが本当だったと判った。(↑ごめんね!)ショーの途中で、客席の後ろから役者さんが現れ(るじゃないですか?)た時、彼がしっかり私の隣に座ってくれて、間近で見ることも出来たし(←サービス満点!)なんだか自分も劇に参加したような?特別に得した気分で、ワクワク楽しかった。そんなに期待していた訳ではないのに、みんなのあの迫力ある声もダンスもよかったし、人数が多いだけあって、シナジー・パワーがすごかった。私の超タイプ!のきれいな女性ダンサーも、すごく近くで顔を見ながら、踊ってるところをしっかり見ることができたし、ショーが終わったら、ドライバーさんが、素早く!私を見つけてくれて、驚くほどサクサクッと、混雑したその場からも抜け出せて、ホテルに向かってくれた。(おそらく、パーキングのお兄さんにちょっとお金を渡したみたいだったけど...)帰る途中、小高い丘のような所で、星がとってもきれいに見えたので、ちょっとだけ車を止めて、夜空を眺める時間もくれたし、『今夜のホテルは、ヌサ・ドゥアだから、昨日のエリアよりも周りを歩くのが大変だ。(↑実は、道路工事中で酷かった。)他に買い物とか、食事とかは?』と、心配までしてくれた。(最後の頃は、本当に、お父さんみたいだった。笑...)そのドライバーさんには、結局、最後までよく面倒を見てもらったし、彼も、生きるために必死で、したくないこともしなければならない時もあるのだけれど、それでも、ホントは、すっごく好い人なんだな~。なんて思った。その日は、ちょっとハラハラしたこともあったけれど、たくさんよい感動をした。心地よい疲労感で眠いはずなのに、ホテルについてからも、しばらく興奮は冷めず、その日撮った写真を見ては、いろいろと思い出し、満足感に浸りました♪とりあえずは、よかった。よかった...
2005.09.21
今夜は、ちょっと...特別な夜。個人的なNew Year's Eveみたいなものかな?!そして、又、新しい課題が始まる。
2005.09.20
一連の出来事から、脅えて萎縮していた私の元にメッセージが、届きました。『天は自ら助くる者を助く』...大元は、ギリシャ劇のフレーズらしいのですが、今、まさに、こういうことを学ぶチャンスを与えられたこと、学ぼうとしていることだと強く感じました。そして、その意味は、天(どこか?)に神様がいて、、、という外に頼るものを置く=他信ではなく、つまり、自分を頼みとする・信じる=自信しか、自らを助けることはできないということ。「自ら何とかしよう!よくなろう!」と決意しない限り、環境は改善されはしないし、人は決して救われない。...ということだそうです。(自らの強い意志なしに、宇宙は、勝手には動かない。)まさに、人生、その通りです。今回、あれよあれよと流されて「情けない思い」をイヤというほど味わって、本当に、そういうことを実感させて頂きました。←ありがとうございます。すべて自分で手繰り寄せた課題、又は、自ら寄って行ったのです。バリにいた間、ここの人々は、どうしてこんなシステムの社会に怒りがわかないの?とか、どうして、なんとかして、家族で一丸となって移住とか考えないの?とか、このたくましい程のエネルギーを、もっと違う方法で有効に使えるような道を創る人・扉を開く人はいないの?そういう思いが、後になればなる程、徐々に強くなっていました。一方、私は、そんな現状を、帰ったら○○に相談してみよう!とか、自分のパートナーと、老後はここに移住して、本当に信頼できる人だけを集めて、その人たちがちゃんとした暮らしが出来るようサポートできないかな?とか、そんな甘いことを考えて・・・、自分には無理だから・・・と、どこかで諦めていて、結局、周りの人の力をあてにして、頼ろうとしていただけ...自分のこともままならず、起こることさえ信頼できず、脅えて、藁を探していただけのくせに...藁なんて、つかんでも、浮けませんよね。(笑)逆に、掴んだ藁に、水底まで引っ張られた感じ...ホント、他人事では、ありません。私の在り方が、間違ってますよ!という、警告でした。他人なんて、救えない。 と同様に、 他人にも、私は救えない。私が、私の道を、自分で開こう!!と強く決意しなければ、どうにもならないどころか、流れ流れて、どこか予想もしないところへ行ってしまうことは自然なこと。かといって、いつまでも現状にしがみついて、そこでまずまずだから根を張ろうなんて思って、怯えて、来るものを拒んでいたら、いつまで経っても、何も流れない泥沼になってしまう?!いずれにしても、お腹が空けば、レストランには導いてくれる人は現れるかもしれないけれど、、、結局、注文の品は私が決めてオーダーしなければ、いつまで経っても本物の食べたいものは食べられない。もし、運良く適当に出されたものを食べたとしても、そんな適当な気持ちを反映した結果しか味わえないということ。おかげさまで、やっと本気で、ぬるま湯から出る覚悟が出来ました。宇宙は、本当に、完璧なんだな~。(=全く信頼に値する。)上の方では分かっているつもりなのに、どうしてそれが下まで降りてこないんだろ?!今回、悪役?として登場してくれた人たちにも、今は、感謝します!ありがとうございます。でも、もう終わったから。さようなら。ご苦労様でした♪
2005.09.20

私が招かれた?トランプ詐欺一家のお宅の図以下は、そのお家の間取りの一部。 (とりあえず、私が見た範囲だけで、他にも部屋はありました。)ネットで情報を検索してみて、今、改めて感じるのは、アジアだけでも、これだけ多くの被害者が出ていながら、公共の機関・お役所関連は、何をしているの?という疑問。(↑私が知らないだけだったらごめんなさい。)まあ、自分がアホだったことは、救いようのない事実ではありますが、それらに関する、個人の情報提供は、こんなにもたくさんあるのに...政府機関のページには、こんな感じの短い注意書きがあるだけ。『最近、トランプ詐欺が多発しています。注意しましょう。』それでは、危険な交差点で、被害者も続出しているのに信号も設置せずに、『よく見て、手を上げて渡りましょう!』と言っているようなものではないの?外国だから?そこまで面倒見切れません?!ということ??それこそ、不信感でいっぱいになった。実は、その人たち詐欺師グループの連絡先(住所、名前、電話番号)をもらっていた私は、今後、このような被害者が出ないよう、なんとか動いて欲しい!!と思い、警察は? 総領事は? と、この一件の情報の届け先を探してもいたのでした。 (これも、本当かどうかは疑問ですが、) (とりあえず、彼らが私に教えたものであることは事実です。) (以下、詳細↓) 連絡先電話番号:+62 81338294435(:Ari) +62 818358685(←?:Ketut) 住所:29KUTA VILLAGE KUTA DENPASAR BALI (↑ホンマかいな?)しかし、これも本当か嘘かは知らないけれど、(私がバリで聞いた話では、)取締りをしている人(←おまわりさん?なのかな?)の中には、例えば、コーヒー代が欲しくなったら、その辺にある車を止めて、とりあえず、何かしらネタになりそうなことを探す人もいるらしい。。。もしくは、車やバイクを止められた時点で、やばいことをしている人は、袖の下(つまりお金)をすんなり渡す。それで、行っていいよ!と言うのだと、冗談混じりに笑っていたのを思い出したのです。その話を聞いたときは、笑ってはいたけれど、心の中では、『なんとまあ?!』誰も守ってくれない・秩序があってないような社会で暮らすということは、ほんとうに大変なことなのだ。自分の身は自分で守れということか、と...改めて、感じたのでした。起こってしまった事は、確かに仕方がない。けれど、ただ泣き寝入りして、ただ忘れるのを待つだけというのも、どうかと?なので、あえて、ここに公表します。
2005.09.19
被害情報の一般公開に感謝してあれから、やっと落ち着いていろいろ考えてみて、この件には、もう一切関わりたくない。というのが本音。これ以上、さらに何かしでかして、被害を増やさないことを考えた方がいいに決まっているし。。。それにしても、インターネットで調べてみても、個人の方の被害情報の公開、その詳細がなければ、私は、自分が詐欺にあったことにも気付かずに、ただ、『世の中には、いろんな人がいるものだ... 私は、幸せだな~。』などと、のん気に過ごしていたはず。実際、その後も気付かなければ、被害が広がる可能性も十分あったのだけれど、その情報のおかげで、状況・事実を、自分で認識できたからこそ、それなりの対応も出来た訳です。情報を公開して下さっている方々に、こころから感謝しています。私は、本当に、不幸中の幸いでした。それと同時に、考え出したら不安は尽きないけれど、自分も覚えている範囲で、詳細を、きちんと公開するべき?とも、今は考えています。ただ、自分の安全をしっかり確認してからでないと、ちょっと難しいとも思うので、、、『つづき...』は、少し遅れるかもしれません。なんせ私は、自分でも信じられない位、ドジでマヌケなお人好しだということを、今回かなり自覚してしまったから...ちょっと、自信回復するまでは自粛するつもりです。おかげ様で、今のところ被害は、現地での出来事だけで、済んでおります。被害情報の公開をして下さった方々、書き込みをして下さった方々、本当に、私は皆さんに助けられました。ありがとうございました。
2005.09.19
おじさんは、私の気持ちなどお構いなしに、そのゲームのトリックを何パターンか見せながら、唐突に、昨夜の出来事とやらを、話しだした。「夕べ、気持ち悪いオカマ野郎(金持ちの中国人)が、カジノに来て、 ドミノ(ギャンブルの一種の)をしたいが、そのカジノにはないということで、 その後、自分が手配して、ゲームの相手を探し、自分の家で、それをしたのだ。 しかも、それは、トリックだから、そいつが勝つようにしたのは俺だ。 仕方がない。自分たちは、どうしてもお金が必要だったんだ。やるしかなかった。 その時の手数料が、儲けた金額の○%という約束だった。それは、大金なんだ。 その金が入ると信じてやった。なのにその醜いオカマはUS$20だけ置いて、 帰っていったんだ。しかも、マイ・ボーイとやらにここから電話をして、 そいつには、自分が勝ったから小遣いをやるなどと言いやがって。」「バカにしやがって!!」と、ひどく恨んでいるようだった。そして、「どう思う?」と、私に聞いてきた。私は、「ギャンブルのことは良く知らない。でも、酷いと思う。」といった。すると、おじさんは、「そうだろう!」と言って、トリック・ゲームの話を続けた。「実は、ここで、今日、もう一度、そいつがゲームをしたいと言っている。」「そこで、俺は、考えた。前回のようには、させない。」「今日は、そいつが負けるように、俺は、芝居をするつもりなんだ。」(えっ!ここで?今から?私そんな人に会いたくないし、早く帰ろう!)(それで?何で?私に?そんなこと言うの?)と、私の頭の中は、?マークでいっぱいだった。おじさんは、淡々と続けて、しかも、早口で説明してきた。「自分たちは、今、家族の命を助けるために、どうしても大金が要る。」(ふん。それはそう言ってたね。)「おれは、プロのディーラーだから、ゲームの勝敗は、簡単に操れる。」(↑ニヤっと私に笑いかける。)「つまり、今から、そいつをだまして、今度はそいつから金を巻き上げる。」「そこで、だ。少しの間、その相手役をして欲しいんだ...」(↑静か、だけどかなり深刻な顔。)わたしは、一瞬自分の状況がつかめず、固まった。(なんで?今、こんなことになってるんだっけ???)そして、ふと、そこに連れていかれた訳は、そういうことだったのか?と、だまされた、ということに、やっと気付いた。しかし、不思議なもので、そこで、向こうの真意・意図がわかったような気になり、ちょっとだけ、ホッとした気持ちになった。(バカ~~~~~!!!)そこで、考えがめぐった。...ここでは、一握りのお金持ち以外は皆、いつ犯罪を犯してもおかしくないくらいお金に困っていて、私の中では常識なことが、まったく常識ではなく、こんな風に悲惨なことだらけ。そして、もし、私の家族が重い病気で、どうしても命を助けるお金が今すぐに必要で、まともなことなどしていられない状況だったら、、、私は、果たして、こんなことが出来るのだろうか???確かに、やられた!という感じもあったのだけれど、その一方で、同情が深くなっていった。そして、その間も、おじさんは、ずっと、私に同意させようとして、「そいつは酷い奴なんだし、少しくらい負けても、どうってことないくらい金は持ってるんだ。」などと言いながら、どれほど、そいつが醜い奴か、とか、自分がこんなに年をとってまで、あんな奴にバカにされて悔しい、とか、しかも、これは、人の命を助けるためなんだ!!自分の提案は、大して悪いことではない、その後で、金は入るから、報酬は渡す。悪くないだろう!などと、しきりに言ってくる。「NO!NO!NO!......」と、連発する私。(たしかに、同情はするけど、私には無理。だいたい演技なんて出来ないよ。)「私は、ギャンブルは、やるつもりもないから、先程のゲームのトリックや、ルールの話も真剣に聞いていなかった。おぼえていない。とにかく、出来ない。」もう、とにかくすごく疲れているから、帰りたい。だいたい、マッサージは、どうなってんの?」と言った。しかし、彼らは、さすがに、巧みに、「君が同意すれば、すぐに終わることだ。」と言いながら、「大丈夫、いい考えがある。」と、勝手に話を続けた。「たとえば、こうだ...君は、日本からの観光客で、昨夜から、バッド・ラックが続いている。 だから、今日は、その君の変わりに、 このツアーガイド役の、Ketutが、ここでゲームをする。 つまり、君は、彼の脇で、それを見ているだけの役だ。簡単だ。 しかも、ここに、自分(←おじさん)の金がUS$250ある。 そして、君は、この金を、相手の前で、隣のKetutに渡すだけ。 お前自身には、何のリスクもない。問題ないだろう!」と、おじさんが、そのお金を、強引に私に掴ませかけたので、私は、あわてて、「NO!NO!NO!NO!NO!I CANT!!I CANT!!I CANT!!」「YES!YES!YES!YOU CAN!EASY!!TRUST ME!!」と、ほぼ同時に、お互いが、主張し合い、彼らも、私も、一歩も引かない。私は、その余りのクドさに嫌になり、(本当に、どうしてこんなことになっちゃったんだろう??)(大変なことに巻き込まれようとしてるのかも?)と思うと、、、「私はホントにだめだな~。」なんて、自分を支えていく自信がなくなってきた。と、同時に、(どうしよう?!この人たち本気みたい!)(断ってるのに、もう...こわいよ、その顔...)という気持ちで、次第に、身動きがとれなくなっていった。と、その時!!例の、おじさんが憎いと言っていたオカマが、家に到着した様子。。。「来た!いいな!やるしかないんだ。他にこの役をやる人はいないのだから。」と言って、また、お金を私のひざの所に持ってきた。「え~~~~~~~~~~~~。来たって言われたって、どうすんのよ!?」「わたし、嫌!!!出来ない!!」「だから、ルールも、わかんないし、怖い!!それに、そんなこと...」「ホントは、そんなことしちゃいけないんでしょう!?」「できない!できない!出来ない!!!」向こうもまたまた、しつこく、「助けてくれ!!これで、自分たちの家族の命が助かるんだ。」「たいしたことじゃない!すぐ終わる!」「それに、奴は、本当に汚い!!困っている自分に酷いことをしたのだから!!」むこうの方から、さっきのお姉ちゃんの声が、オカマのおばちゃんの声と一緒に近づいてくる。と、思う間もなく、部屋に入ってきた。(え~~~~~~~!なにこれ?!何がなんだかわかんない?!?!)怯えながら、私は、完全にパニック!!!...何も言えず、そのまま固まる。つづく...
2005.09.18
そうこうしている間に、おじさんは、かかってきた一本の電話に出て、私にはわからない言葉で誰かと短く会話をした。そして、すぐに切った。その後、「彼女たちは、もう帰ってくる。」とだけ私に言って、今の電話が、その娘からだというふうに言った。それから、「ところで、、」と、話を変えて、「あなたは、カジノによく行くのか?ブラック・ジャックは、知ってるか?」と、聞いてきた。「私は、やり方も知らないし、行かないし、興味もない。」と、答えてその会話を終わらせた。そして、又、家族の話をし始めると、又、トランプの話にすぐ持っていく。。。「それなら、今度またバリにきたら、パートナーと一緒にカジノにきなさい!」「僕が、絶対勝たせるから!!」とも、張り切って言われた。私は、「もう、多分来ることはないと思う。」と言い、(なんだかあまりにも繰り返すな~?!)と思いながらも、(年よりっていうのは、自分の得意な分野の話は、何度も何度も言うものだ。)などと勝手に解釈し、あまりにしつこいので、「OK。もし、次回、来たらね。」と、適当に言っておいた。そんなやり取りをしていたら、突然、「今、そのやり方を見せる。」と言って来た。「え~。今は、興味ない。」と私は、あまりに強引な展開に、笑いながら答えた。ちょっと間が空いて、「そのテクニックを、ここで見せる。」と、今度は、少し強い口調で、言いきってきた。それでも私は、「NO,Thanks.」と、答え続けた。おじさんは、それまでの穏やかな表情を消して、黙った。私が、言うことを聞かないから、機嫌悪くなった?と思った。もちろん、おじさん、しつこいにもほどがあるよ!!とも、思ったけれど、年寄り夫婦に育てられた私は、わりと暗黙の了解で、(そのような頑固さには、こちらが折れなければ、終わりがない。)とも、思っていた。すると、おじさんは、黙ったまま、スッと立ち上がり、他の部屋に消えた。少ししてから、戻ってくると、手にはトランプを持っていた。(なぬ?!)そして、「5分だけ。」と言い、もう、私が承知したかのように、「向こうの部屋のエアコンのスイッチを入れてきた。。。」と言った。すると、それまで消えていたKetutが、どこからか現れて、「ぼくも見たことない。見たい!」と、妙にはしゃいでいる。「いっしょに見よう!」と、わたしに言ってきた。(んん?おかしい?)(?こんなに他人にさえしつこく見せたがるのに、家族に見せたことがないって?)「私は、見たくない。興味がない。」と、もう一度言ったが、「それじゃ~、横に座ってるだけでいいよ。」といいながら、今度は、私の体を、後ろから押す。(←強く促す。)あまりにクドクド言うし、かなり強引なので、その時から、完全におかしい!!と思ってきた。と、同時に、その顔がだんだん真剣に変化していたし、同じ言葉でも、なんとなく、こちらが恐怖心を抱くような、変な強さを伴ってきた。そして、なかば強制的におじさんの部屋というところ(ゲームの部屋)に連れて行かれ、私は、手前の席に座わらせられ、となりにKetutが座った。彼は、となりで「大丈夫?」と私に聞いてくるけれど、しっかり、右腕を押さえている。私は、訳の分からないイライラがつのっていて、本当は「触らないで!」と言いたかった。が、なんだか分からない不安で、ちょっと怖くなってきたので、とりあえず、「私は、大丈夫。」と、言ってその手をほどいた。私は、その後、しばらく無言...頭は、必死で理解しようとしているのに、なぜだか?ボ~っとしてしまう。つづく...
2005.09.18
すぐに、女の人が家からスーっと出てきて、私の方を見ないで通り過ぎた。Ketutは、「彼女は、ハウス・メイドだ。」と言った。彼女は、挨拶も会話もしなかったから、英語が分からないのだと思った。入り口から中に入ると、すぐ客間で、大き目のコの字型応接セットが置いてあり、そこにいた、おじさんが、ARIという名前だと、英語で挨拶してきた。おじさんは、こちらが挨拶をすると、「そんな~、かしこまらず、リラックスして、自分の家だと思って...さあさあ。」などと、言いながら、優しく、私に奥のソファーに座るように薦めてくれた。自分(おじさん)は最初、手前の入り口に近いソファーに座っていたが、その後も、ウロウロしながら、途切れることなく、しゃべりかけてきた。シドニーの話、メルボルンやゴールド・コーストのカジノの話、政治家の話、有名なIT会社の話などを、次々に聞いてきて、ついでに、私の家族の話、両親のこと、年齢や健康状態なども聞かれた。そして、だんだんと自分の身の上話を始めた。25才の時カジノのディーラーになって、マカオなどにもいたし、これまで世界中をまわって仕事をしてきた。とか...今は、この家の人が自分の家族だ。とか、いろいろ...おじさんは、ほとんど独り言のようになってきたので、途中で、私が部屋の中を見渡していると、サイド・ボードの右(奥)にあるのが、例の姪の写真で、サイド・ボードの左(手前)にあるのが、バリのレゴン・ダンサーの写真だと、説明してくれた。そんなふうにしゃべっている間にも、私が何度か、「あなたのお姉さん(65歳のおばさん)は、どうしているの?」「娘さん(妹・姪っ子さん)は?」と不思議に思い、聞くと、どうかな?とも言わずに、「すぐ帰ってくる。」という。それから、こんなふうにも、、、「その母親が病気になってから、皆で助け合って面倒を見ている。 自分は、自分の家族をもたなかったから、 今では、姉の家族が自分の家族だと思っている。 その末娘が一番母親にとっても可愛いらしくて、、、」とか、「その娘も、一生懸命看護婦をしながら、母をとても心配していて、苦労している。」とか、「自分たちにとっても可愛い、年の離れたその若い娘が出稼ぎに行くことを、 どうにかしたいと思っているのだけれど、 自分は、もう年をとり過ぎた。 何の力もない。」とか、、、そんな会話が、繰り返された。なにかがおかしい?!という不信感は、ずっと拭い去れなかったけれど、、その一方で、それらの話を繰り返し聞いているうちに(不覚にも?!?!)その家族への深い同情が湧きてきていて、彼らのなんとなく怪しい部分を自分なりに正当化しようとしていた。そして、いつの間にか、自分や自分の家族と重ねて考え始めてしまっていた。「何か方法はないのだろうか???」という風に、なんとなく頭のどこかで、考えてもいたのでした...つづく...
2005.09.17
バリに行きたかった一番の理由は、私にとっては、マリンスポーツでも、現地料理でもなく、本場のバリで、伝統音楽や波の音・鳥の声を聞きながら、バリ・トラディショナル・マッサージの施術を受けること。バリ式・デイ・スパのプロ、腕のいい施術者を見つけることだった。(他所でもよくある、な~んちゃってバリ風ではなく、ぜひ本物を体験したかったのでした。)滞在中、それまでに受けていたマッサージは、場所や価格に関係なく、どれも並か、今一つ?!期待していたほどプロとして認められるマッサージやフェイシャルを、未だ体験していなかった私は、その、とうとう最後になってしまったその日の内に、成熟したマスター的セラピスト、優れたテクニックを施す質のよい施術者を見つけられなかったら、バリには、二度と来ることはないだろう...などと漠然と考えていたのでした。前回のつづき...というか、詳細。(今後の被害が出ないことを願って、あえて詳細情報を公開します。)朝のうちに、泊まっていたホテル周辺にある、わりと期待していたマッサージ・サロンに予約をしに行くと、『その日は、夜までフル・ブッキング』だと言われて、ちょっと がっかり!当てがはずれた。仕方がない...ボチボチ歩きながら、店の雰囲気とかで、なるべく良さそうなところ、探す...昼頃ホテルをでて、午後は、ハシゴをしてでも、なんとかして、腕のよい施術者から、マッサージを受けたかった。他には、何の当てもなかったけれど、、、ジャラン・レギャンを、スミニャックのセンター辺りまで、歩こうと思っていた。【歩き始めた場所は、スミニャックに近い、レギャン地域】レギャン通りを、スミニャック方面に向かって、最初は、右側の狭い歩道を歩いていた。(私がここを歩くのは、これで、3度目。)タクシーや物売りの人は、相変わらず、次々に声をかけてくるけれど、ほとんど、目を合わせずに、ただ、歩いていた。歩いていて、ある小さな店の前を通り過ぎようとした時のこと、店の横?(その店の角に、確か?柱があり、その柱の向こう側)から、とってもさりげなく、その人(詐欺師:自称Ketut、40歳)が、声をかけてきた。(↑第一印象:顔の大きなおじさん?!)(↑彼の外見は、背は高くなく、その時はTシャツを着ていた。おなかがポッコリ出ていて、目は赤く濁っていた。が、とても人懐こい感じで、すんなり入り込んでくる。けして外見では怖いとか、そういう感じはしない。連れに女性がいたのも、なんとなく気を許してしまった理由だと思う。)通りに沿ったその小さな店の内側には、小さなL字型のカウンター?があり、飲み物やスナック、タバコ類を売っていて、そのカウンターの外側一方には椅子があり、座れる感じになっていた。いわゆるドリンク・バー?それとも、売店なのかな?(↑とにかく、ちいさい店でした。)(最初、なんと言ってきたかな~?)なんか言ってきたけど、おそらく、最初の言葉を聞き逃し、それで、聞き返すと、『あなたの帽子は、何処で買ったの?』と、妙に人懐こい感じで聞いてきた。思わず、私は、『バイロン・ベイ』と、普通に答えてしまった。(↑これが、もうだめ!!!会話はすっかり、あちらの導くまま。。。)『それ、何処?』『オーストラリアの東海岸の真ん中辺りかな~?!』と、答えているうちに、『貸して!』というと同時に、私の頭から帽子を取り、中のタグを見ながら、『オーストラリア!住んでるの?!何処?アデレード?』『ううん、違う。シドニー。』『ええ~。偶然!!!うちの妹がナースなんだけど、今度アデレードの病院に働きに行くんだ。』XXXXX(←分からない言葉で、店の中で、カウンターに座っていたちょっと太目の女性を呼び、)『おい、この人、オーストラリアから来てるんだって...』(満面の笑みで、妹だというその人を、まず紹介された。).....すると、瞬く間に、先日すでに書いたような状況に。(おそらく、車に乗るまで、5分も話していないような気がする?!).....とりあえず、すべてたたみ込まれる感じで、展開は進んでいった。気付いたら、その2人に挟まれた形で、車に乗っていた。。。クネクネと何度も細い路地を曲がり、街の中心・商店街の家よりもわりと大き目の家が並んでいる居住地に行った。車に乗って、おそらく20分くらい?は、走ったような気がして、『まだなの?』と、聞くと、『もうすぐそこだから、心配ない。大丈夫。大丈夫。』(↑これが又、情のある話し方なのよね~。)私が、マッサージの店を探していたことは、その前に聞かれて言っていたので、彼は、『母に会って話してくれたら、その後すぐ、直接、上の妹が勤めているサロンに送っていくから...』と言った。その上の妹は、普段、ヌサ・ドゥアにある某有名ビューティー・サロンで働いている。という話だった。『君が、僕たちの頼みを聞いてくれるんだから、僕たちも、君を面倒見る。必ず!』とも...(ふ~ん。そうなの。これで、まともなマッサージが受けられるかも?!)(↑ちょっと期待した私がバカだった。)そして、「今夜の飛行機で帰るし、荷物はホテルに預けてあるから取りに帰らないといけないからそれほど時間はない。」と、改めて、何度か言った。そしてその度に、「わかってる。わかってる。心配しないで!」と彼がいう。そうこうして誤魔化されているうちに、車が家の前の細い路地を、左へ入っていく。曲がった角の内側に空き地(畑?)があり、茶色の牛が3頭いた。あの牛は、僕のだ。食べるの。(と、Ketutが言った。)そこから、5Mほど?ノロノロと進み、右側の敷地のカー・パークに入った。どうやら、やっと、着いたらしい。。。つづく...
2005.09.17
帰国してわかったことなのですが、実は私、間違いなくトランプ詐欺に遭いました。アジア旅行初心者の私は知らなかった。。。それが有名な話だったなんて。帰国後、ちょっと不安になることを思い出して、あることを確かめると、やはり!!...そして、恐る恐るネットで検索して、他の方の記録を参考にさせて頂くと、だいたいの話はいっしょ。登場人物もほぼ一緒。(が~~~~~~~~~~~~~~ん!!!)ですが、ね、何が違うかというと、ギャンブルでもうけさせるって話に、興味を見せなかった私に、彼らは、同情作戦に、変えて突進してきたところ。(↓以下概略)『心臓病のお母さんが手術を受けなければ死んでしまう。なんとかしてあげたい。』から始まって、、、その費用を稼ぐために看護婦の末娘が、3週間後にアデレードに出稼ぎに行くことに。(前例の話を知っていたら、この時点↑で気付いたはず!!バカバカ!!)それを知った母が逆に心配して、血圧があがってしまい、今朝倒れたから、末の妹と一緒に、今病院にいっているのだけれど、もうそろそろ家に戻る頃だし、母親にアデレードがどういう町か聞かせてやって。知ってるでしょう?!幸いあなたが英語が話せるなんて!きっと、神様が与えて下さった幸運。お願い。家はすぐ近くだから、申し訳ないけど、10分だけ時間を下さい。10分だけつきあって!!!PLEASE!PLEASE!!!でないと、母はこのまま死んでしまう。(PLEASE!を連発...)そう言われて、『初対面の私が話してどうして安心するの?それで血圧が下がるの?』とも言ってみた。けれど、可能性があるから、してみたいとか、なんとか、かなり丁寧に、そしてかなりしつこく...『え~~~~~~~。そんな、冷静に考えてみてよ~~~~。』な~んて言いつつも、何か不安なら、これを持っていて...No.worries! と、強制的に携帯電話を握らされ、自分の貴重品だし、もしなんかあったら警察にも電話が出来る!な~んて言いながら、その場で、手早く従兄弟とやら?若い男の子を2人を紹介され、皆、愛想だけはよく、次々に握手。。。いっせいに仲良し家族の図を見せられた。そして、「行かない。」と言いいながら、それ以上の抵抗も出来ずにいた私は、瞬く間に腕を取られ、車に乗せられ、後ろの席の真ん中に、囲まれて座っていた。そして、家に着くまで、着いてからの状況は、だいたい他の被害者の方と一緒だと思うけれど、、、ず~っと、その人たちのいい人ぶりを見せられ、聞かされていた。そして、不思議なことに...いや、超アホなことに!!その一連の行動が、怪しい!から始まって、うそだ!とはっきりわかってからも、尚も!!!お母さんが重い心臓病だ!!!と言うことは、本当なのかも?!と思っていたのでした。(だって、皆、とってもいい人だったのだもの~~~~~~~~。涙;)家族みんなで、どうにかして、お金を作らなくてはいけないから、普段はいい人なのに、慣れない嘘をついて、こんな芝居をしているのだと。。。(あ~~~~~~~~~~。わたしのバカ~~~~~~~~~~。)つづく...
2005.09.16
だいぶ雰囲気は、和んできた頃、『ところで、明日の早朝のツアーは、いかがですか?予約するなら、今が最後ですが。』 ...その一言で、また、また、雰囲気は、急変!...私は、その時、かなり、お金に関することに、過敏になっていたらしい。 (それは、いくらなのですか?)...不安を覚えて、聞いてみた。『US$60+21%Tax+サービス・チャージです。』 (えっ!!!!!!パードゥン?????) (今、US$60と言いましたか?US$16ではなく!!)『YES。US$60です。プラス21%Tax+サービス・チャージがかかります。』...パチパチパチ電卓をタタク...『え~、トータルで、だいたい...US$75ですね。』...又だ!!! ...どうして???...私は、又々パニックになって、...何が、どうしたら、そんな金額が出てくるのか?...この人たちは、悪い人には見えないのに、言ってることは、本当におかしいゾ!...私が、女一人。そして、今、ホテルでたった一人の客だから?...いや、違う。この人は、きっといい人なのに、経営自体が苦しくて、...仕方なくこんな事をさせられているんだわ。きっとそう。そうなのよ。...そしてまた、アホな質問を... (それは、正規料金なのですよね。私だけに言ってるのではないのですよね。)『YES..』...しばらく、無言...『もちろん、無理にとは言っていません。どうしますか?』 (NO!やめます。私には、その金額がRIGHTとはどうしても思えない。)...とつぜん、左の目から、涙が流れた。...え~???自分にビックリ!!なんで、そんなに悲しいの?...その瞬間、頭が一生懸命理解しようとして、あらゆる理由を同時に探していた。この島の人たちのほとんどは、貧乏すぎる。それに、私がここで、たとえ大金を落としていったところで、ここのスタッフのお給料には、影響がないらしいのに?!どうして、こんなバリ人にとって、1ヶ月分のサラリーに値する金額、(ちなみに、その総金額はAU$100近い値=私の感覚では1万円位の価値)を、たった半日のシンプルなツアーで、私に使わせようとするのだろうか?(↑おそらく、日本の方はあまり驚かないかもしれないけれど、オーストラリアの価値観では、ありえない額なのです。)ただ、ホテルが閉鎖になったら、働くところを得るのがすごく難しいって言ってたし。。。...悲しいな~~~~~~~~~~~。現実...って。。。『Ms? Are You OK?』 (YES...But,...私は今、とってもとっても混乱しています。) (いろいろな情報が違い過ぎて、) (どれが本当のことか?誰を信じればよいのか...?)...私は、本心=自分の頭にあった疑問、今自分が感じていることを伝え始めた。あなたたちは、皆、優しいし、ここは感じのよいホテルだとは思います。でも、普通のスタッフは、いろいろ薦めてはくれるけれど、価格は誰も教えてはくれないし、聞いても、『知らない。』と言います。しかも、その時のその人の表情には、確かに少し変化があり、『部屋にある案内本を見て下さい。』とだけ言います。仕方がないので、案内本を頼りに探しても、その内容に値することは、全てがクリアーには、書いてありません。マッサージについてだけは、RP60,000と書いてありました。でも、実際終わって請求されたマッサージの金額は、違う金額ですよね。そんなことが、着いてからず~っとです。そして今あなたは、半日ツアーをUS$60プラスTAX、プラスetc=トータルで、US$75と、言いました。でも、私が、このホテルの案内本で見た半日ツアーは、同じ目的地とお寺を回って、US$15P/P と、書いてありました。お分かりの通り、US$75は、5倍ですよ!!!そして、それが普通だと言われて、今、どう理解すればよいのか...本当に、分からないのですよ...オー・マイ・ガッ!!!と、言うわけで、とても恥ずかしいことに、そこで、涙が両方の目から溢れ出てしまったのでした。そこのホテルだけに限ったことではなかったのだけれど、その不透明でいい加減なシステムに振り回され、不信感は、積もりに積もって行くばかり、、、なのに、常にどこかで、その人たちを正当化しようとする自分がいる。ついに、混乱と不安は頂点に達し、些細なことをきっかけに、自分の感情が、もう、どうにも抑えられないくらいになっていたらしい...それまであった人も、皆とても愛想がよくて、フレンドリー。話していても、頭が判断する認識は、皆、いい人。(でも、どこかで不安・胸騒ぎがしている。)『私はあなたの見方なのよ~。』みたいな顔をして寄ってきて、情報やアドヴァイスをくれたりする。なのに、こちらが少しでも情報を示してしまうと、どんな小さな隙間からでも入り込んで、がんがんエネルギーは奪われていく。生きることに必死なら、何をしても許されると思っているのか??ごまかされる人・だまされる人がバカなのだ。と...日本人=お金の図。他に儲かる産業のないバリでは、日本人=収入源。つまり、生活の糧なのだ。そう実感した。100歩譲って、お金はまだいい。いくら大事とはいえ、所詮お金だから...(そう私が思っていること事態きっと見透かされ、バカにされていたのでしょうね。)でも、見えないものは、痛い! かなり、痛い...そこでは、ほとんどが当たり前なのかも知れないけれど、どんな親切そうにみえること・小さな愛を感じる行為にも裏があった。(加えて、こちらには、日本語や英語などいろんなことを教えて欲しい。いくら一生懸命働いても、お金がないから学校に行けない。と同情や親切心を擽る。)コミッション・キックバックが、水面下で動く。実際には、間に入った人数分それが上乗せされている価格なのに、あなたは自分の友達だから通常よりうんと安いし、ここは安心だから...と小さな嘘を重ねる。最後まで知らなければそれはそれで幸せなのかも?!けれど、どこかでわかってしまう。不思議と怒りはなかったけれど。気付かないわけではないから、わかっていつつ、それでも他所にお邪魔しているわけだし、小さな金額ならある程度、貢献したい気持ちもあったりして。だから、少しのことには、『あ~、私がだまされた振りしてれば、その日の夜、あの人の家族がご飯食べられるのよ。』『きっと、そうなの。。。』などと考えたりもして...とはいえ、だんだん初めからそう思っている自分がちょっと悲しかった。被害妄想なのか、彼らバリ人は全員仲間で、私は、一人旅の外国人。お人好しの絶好のカモにも思えた。(実際そういう感じはいつも漂っていたし。)細かいけれど明らかなごまかし。小さな嘘の連続...悪気や罪悪感はないらしい。(↑まあ、私がしっかりしていなかったことが最大の問題なのですが、)(※これから行かれる方は、最初にハッキリと確かめることをお薦めします!)う~ん、自分の経験からの頭のシステムは、いい人だ(=信頼したい・疑いたくない)と感じる人に、不信感を同時に持ち続けることが、まず、壊れた原因か?とも思われるのですが、そのことで、こんなに混乱するなんて、、、とにかく、自分でも驚きました。始めの頃は、自分でも、その混乱が何なのか?どう対応すればよいのか?とにかく、処理も管理もできないでいた。しかし、それがクリアーに理解できるまで待ってくれるほど、私にとっては、特殊な異国、このバリの裏側は、甘くなかった。(というか、私が、甘すぎたのでしょうね。トホホ...)実は、この後、最後の最後に、とんでもない目にあってしまったのです。つづく...
2005.09.15
具体的にあったことの詳細を言うと、、、こんな感じ。(↓以下、実際の話。)スタッフは、皆ニコニコして、私の姿を見つけると話しかけてくる。食事中とか、木陰で本読んでる時とか、、、そして、とりあえず、話の途中で、どの人も必ず、こう聞いてくる。『明日はどうするか決めた?』 (ん~。まだ。リラックスしたいから、あんまりプラン決めないの。)『それなら、朝のサンライズ半日ツアーがいいよ。あれはいい!』 (ふ~ん。何がいいの?)『僕は行った事ないからよくはわからない。けど、きっと、いいよ...』 (はっ?行った事ないのに、、、?)『今までは、他所のツアー会社に頼んでたけど、最近うちでもツアーを作ったんだ。』 (へ~。あっそういうこと~。)『朝日を見るために4時頃ホテルを出て、高原の高いところまで登るんだ。湖も見えるし、きっとすごくきれいだと思う。その後、お寺も見に行く。午前中、10時ころにはホテルに戻って来る半日ツアーで、時間もお金もセイブできるし。その後、ここでランチ食べて、午後からここでマッサージとかフェイシャルとかも出来るから、スパで、リラックスすればいい。』 (へ~。そうなんだ。サウンズ・グッド。で、いくら?)『知らない。でも、あなたの部屋に案内本があったでしょう?!それに全部書いてある。』 (あ、そう。OK!見てみる。)...という事で、自分の部屋に戻って、鏡の前に置いてあった『バリ風のアルバム』みたいなのを開いてみる。 (あ、これだこれだ。)...彼が言ってたツアーそのものは書いてないけど、他のツアーが5つ。フルデイ・ツアー=US$30P/P(一人分)で、ハーフデイツアー=US$15P/P(一人分)トラディショナル・バリニーズ・マッサージ(1時間)=RP60,000(6万ルピア)Facialとか、Spa関連は、とりあえず、書いてなかった... (ツアーは、まあ、こんなものかな。。。) (しかし、マッサージはめちゃくちゃ安いじゃん!!AU$10しないの???) (よし、決めた。そのプランで行こう!)...早速、フロントに行って、予約をとる。 (今日、マッサージとフェイシャル!できますか?)...フロントの人は、ちょっと困って...『マッサージが出来る人はいるけど...フエイシャルは...?!』 (あの~、無理ならいいです。マッサージだけでも...)『ちょっと待ってて下さい。』...彼は、どこかに消えた。...そして、しばらくして戻ってきた彼は、『大丈夫!今、すぐ、両方OK!』『それから、すべての支払いは、サインでOK!最後の日にまとめてお願いします。』 (そうですか。では、早速...)...ということで、スパのヴィラに移動。...個室に入ると、施術の前に、セラピストに着るものを渡されたので、 (これ??おお~バリ・スタイルなのね~。それで、下着は?全部脱ぐの?)『YES!』 (え?西洋式?でも、ここ、アジア式でしょう?) (もう一度、確認。全部脱ぐの???)=今度は、身振り付きで!『NO!NO! NO!』←ちょっと恥ずかしそうに。...どうやら、彼女は、英語がほんの片言しかわからないらしい。...無言のまま施術スタート!?...ということで、おかしいな?!と思うことを聞いみてても、...ず~っと、彼女は無言のまま。...予定より、どう考えても短い時間で、適当に終わらせたらしい。...出て行ったまま、返ってこない。 (やられた...彼女は、本当はフェイシャル出来なかったのね~。)...でも、マネージャーか誰かに適当にやって!とか言われて、...無理やりさせられてたんだわ... (きっと、最初からどうしよう?!って怯えてたのね~。可愛そうに。)...で、終わったということで、フロントにサインをしに行きました。『HOW WAS IT?』 (ん~。よかったよ?!とりあえず...)...うそ!...だめだったなんて言えないじゃない。彼女、クビになるでしょ?!『OK.GOOD!それじゃ、サインをここに...』...私は、その金額を見てちょっとビックリ!! TOTAL RP309,000(30万9千ルピア) ※内訳詳細は、 ボディ・マッサージ US$10 フェイス・マッサージ US$15 +21%TAX+サービス・チャージ だそうだ。...それを見て、明確だし、うちの地元よりもすごくお得なのは分かる。...けれど、案内に書いてあるものとは、確かに違う。2倍くらい?...だまそうとしているようには見えないけど、本当によくわからなくなって、 (これは、私だけではなく、確かに、普通の支払い価格なのですね?)...と、頭は少しパニックになってきていて、的を得られない質問をしたと思う。『はい、確かに。』 (しかし私が見た案内書によると、マッサージの金額は、RP60,000でしたけど。)...しかも、あの短時間マスクを乗せただけのインチキ・フェイス・マッサージが、 ボディ・マッサージの1.5倍の価格なんて、、、 (ありえないでしょう?!)『え?でも、これが正しい価格です。』←向こうもなんだかわからない様子。 (そうですか。よく確認せずに受けた私が悪いかもしれない。今回は、支払います。)...仕方なく、そこにサインをしました。『ありがとうございました。』...その後、向こうが話しを変えてきて、...しばらく、そのおじちゃんと雑談。...そんな感じで、次第にのんびり・モード。...その日は、もう、何事もなく終わると思っていたのでした。が、、、つづく...
2005.09.15

今だから笑えるけれど、私は、このホテル↓で、泣きました。バリ滞在4日目に、この田舎のホテルに移動して、5日目に気付けば、そこの滞在客は、私一人!望んでもいなかったけれど、事実、スタッフ全員が私一人のために働いていたことになる。私の滞在中、それはずっとのことだったし、何ヶ月もお客さんが来ないことは、過去にも結構あったらしい...なにか行動をする度に、すべてに不透明な金額が付いて(乗って)くる。レストランの料金、ツアー料金、スパ・マーサージ、フェイシャル...全てが2倍以上のプライス+21%のTAX+サービス料『???どういうこと???』説明を求めても、それが普通だと、ケロッとした顔で言う。...何度も、理解できない展開に驚く。おまけにジュース1本欲しくても、ホテル内に売店はないし、歩ける距離にも店はない。どこに行くにも大型4WDの専用車+運転手をチャーター+ガソリン代+TAX...つまり、どんなに近い場所/短時間でも、車で行く=最低RP100,000+21%を支払うシステム。おまけにおまけに、今だけ(らしいけど)、クレジット・カードでの支払いは受け付けていないし、AU$も受け付けていない。両替もできない。(何なの...ここ。一流ホテルって言ったよね~?!)(確かに田んぼと山のビューは最高に美しいけれど、ファシリティーは全然×)困ったことがあったら、いつでもスタッフに相談して!って言ったって、必要な時に行っても、フロントにもレストランにも、誰も人はいない...庭中探すと、木にお供え物してたり、ライステラスで田植えしてたり、ラウンドリーの前で昼寝してたりする...確かに、悪気はなさそうだけど、何を基準にマネージメントはされているの??相談したら、全部お金が解決するようなシステムになっている...しかも、日本人のお客さんを増やしたいから、(もちろん無償で)マーケティングやビューティー・ビジネスのアドヴァイスして欲しいとか、笑顔で言うし...Take Take Take.........果てしなく奪われる感覚...『仕方がない。それをしなければ、こういうところでは生き残っていけないんだもの。 お人好しや正義感なんて、、、 ベースに、食べる・飲む・寝るなど、最低の保障がある生活を送っている人の特権。 それは、ある意味では、贅沢・娯楽なのだわ...』そう自分に言い聞かせながら、訳のわからない悲しみにしばらく混乱していて、5日目の朝、起きるとすでに泣いていた。どうやら、寝ている間に泣いていたらしい。(そんな自分にビックリ!)この感情は、何なんだろう?何のために涙がでるの?(よくわからなかった。)信じられる人がいない、一人ぼっちの寂しさ???怒りの気持ちはないけれど...哀れみ...???一人では、何も出来ない悔しさ???そこでの現実、自分にとっては非現実的状況を受け入れることがつらかった???いろいろと頭は分析するのだけれど、よくわからないまま、、、時間は過ぎた。
2005.09.15
かなり久しぶりにPCに触りました。バリに来て一週間が過ぎ、本当に、本当にいろいろな事がありました。生まれてはじめてのアジア。しかも女一人旅は、ちょっと?!予想以上にヘヴィーでしたね(笑)これでも、スミニャック、ヌサ.ドゥア、ウブドゥと最善?!初心者コースを選んだつもりだったのになー。。。確かに、すっごくよい経験には、なったと思います?! ∞ ∞ ∞ドゥ.マチャム.マチャム?!(こういう風に聞こえたけど、ホントは正解か?わかりません。)は、あまりにもしつこくされたら、こう言えばいい!と、ワヤン(ドライバー)が教えてくれた、私にとっては初めてのバリ語。ハプニングもたくさんあったけど、いい友達にもたくさん出会えた。それから、自分が、普通だと無意識に思っていたことが、どれほど幸せな事か、、、改めて実感できたことが、一番の収穫だったかな?!あー、それから、改めて、英語が通じる事がこんなにすばらしいと感じたのも、初めての経験かな?!とにかく、いいも、悪いも、初めて感じた事が、いっぱいあった。それは、人生のいいスパイスになったと思うし。ね。もう後一日、めいっぱい楽しんで、いい思い出創って帰ります。つづきは、又、のちほど。。。
2005.09.14
もちろん、誠実なバリニーズも、ビーチボーイズも大勢いるでしょう。でも、私に声をかけてきたバリニーズ・ビーチ・ボーイは、かなりのツワモノ。実際、手口は巧妙過ぎて、私があと10年若かったら、おそらく引っかかっていましたからね~。日本人、しかも、わりと地方出身の若い女の子を、今まで、相当!!だまして来た。と...本人の口から、根掘り葉掘り、聞きました。もし、これを読んで、心当たりがある女の子は、要注意ですゾ!!●名前は、バグース(バリニーズ・ビーチ・ボーイ=名前的階級は、かなり上らしい)●日本語は、ベラベラ。話せるが読み書きは、ほとんど出来ないらしい●英語は、あまり出来ない。聞くことはOKだけど、とにかく、話すのが嫌なのだそうだ。●年齢は、26歳(運転免許には、昭和53年生まれと書いてあった)●実は、日本の自動車運転免許を持っている●ヌサ・ドゥアのホテル:メリア・ブノアの近くのビーチ、マリン・スポーツ会社で働いている●自称:何でもできる1番人気のインストラクター(らしい?!)●もちろん、見た目は、色黒、ガッチリ筋肉タイプ!しかし、背は、低い●好物は、えび と、 バナナのデザート らしい●海老アレルギーを持っている らしい●が、とにかく海老は好きなので、それでも食べると言っていた。●携帯電話は、SONYのカメラ付き携帯(081 338 027 310)●他、携帯は、複数持っている(←相手によって使い分けると言っていた)●日本には、短期間(3ヶ月つづ)2回、住んでいたことがある●最初は、神奈川に行ったらしい(←1度目)●今年3月~5月に、日本の九州(久留米市)に3ヶ月ホーム・ステイしていた(←2度目)●そこ久留米では、観光VISAにもかかわらず、ガソリン・スタンドで働いていた●そこのご夫婦は、最近バリに遊びに来た らしい●そして、また、そこに、今年の年末行く らしい●最初の元カノは、神奈川に住んでいた らしい●次の元カノが、静岡...彼女は、今でもJTBの社員 らしい●深田キョウコに似ていたらしい彼女は、現在25歳。(↑バリには、12回?くらい来たと言っていた。)●それぞれ↑の彼女とは、わりと真剣に付き合っていた らしい●が、その間も常に、観光で来る若い女の子(日本人)を狙っては、カモにし、●高額なシーフードなどの食事をおごらせる(ウラでは、それぞれの店とつながっている)●その他、自分のところでマリン・スポーツをしたら、$25→$20にできると誘う●しかも、その全ての支払いは、自分にキック・バックが入る仕組み●そして、相手を本気にさせるために、酒を勧め酔ったところで寝技にもっていくらしい●そんなことが、本命の彼女にばれて、フラレタ らしいだから、もうそれ以降、彼は、そんなことはしていない らしい けれど、もっと酷いことをしている奴らもたくさんいる と、言っていた。以上、私が、本人から直接聞いた、恐るべしビーチ・ボーイの実態でした。まあ、聞いている内に、なんで、そこまで言うの?とも思いましたが、きっと、私の年齢を知って、かなり対象外(おばちゃん)だったから、思わず安心して、しゃべってしまったのでしょうね♪そういうところは、憎めませんが、日本の若いお嬢様方、こういうバリニーズには、気をつけましょうね!
2005.09.13
空は快晴♪だけど今日の私は、嵐のよう...家の中でも走ってます。ああ、こうして、あこがれのスロー・ライフに終止符が打たれ、またまた、激動の人生がスタートしてしまうのかしら?!うれしいような、さみしいような...
2005.09.06
昨夜、「(いつか)バリに行きたいな~...」なんて、そっとつぶやいたおかげ(様)で、今日、突然!明後日より、バリに行くことになりました。「いくら行きたいって言ってたからって、ちょっと突然過ぎませんか?!」と一応抵抗してはみたものの...うちの「な」様は、思い立ったが吉日主義。ちょうど空いていた日程でエア・チケットをおさえて下さったようで、なんと9日間も?!トホホ...突然、未知の世界?!...神様は、いつも突然チャンスを下さる...かなり不安...しかし!チャンスはチャンス!なるべくワクワクの方にフォーカスして、これはありがたいことなのだ!と自分に言い聞かせ、せっせと行動を開始することに...情報収集&整理、ホテルのブッキング、旅の準備、出来ることは出来るだけして、楽しもう♪きっと、なんとか、なる(する)のよ。ね~。
2005.09.05

昨日の続き... 【Bush Walking in the Royal National Park】(the Coast track) 今回は、だいぶ把握してきたところで、 またまた、Wattamollaエリアからのウォーキング。 しかし、今回はビーチの方に降りずに、崖の上を海岸沿いに、北へ北へと歩きました♪ 歩いている途中、オタマジャクシや蛙、大トカゲ、カラフルな鳥たち、 そして、得体の知れない巨大な虫? など...(人類以外の) たくさんの生き物との出逢いがありました♪♪♪ (姿は見えなかったけれど小道の端に小動物の糞も発見!) とにかく生き物が、たっくさん生存していることがうれしくて、、、 あちらこちらに、小さな春の訪れを感じたのでした♪ 最初はいつも、五感的な感動で、かなり興奮気味!!なのですが、 シ~~~ンと静まり返った草原に鳥のさえずりや水の音が響き渡る中を、 ただひたすら、黙々と歩いていると、、、 その内、とっても頭がすっきりしてきて、神聖な気分になって来ます。 そして今回折り返し地点に選んだ場所は、この美しく突き出た崖―Marley Head。 そこから見下ろす景色は、かなり恐ろしく、目がクラクラしました(笑) (怖過ぎて、下は、写真には撮れませんでした、ごめんなさい。)が、 心地よい風に吹かれながら、その360°のパノラマを眺めていると、 改めて、自然の雄大さ・偉大さを、肌で感じることができました。 あ~~~~~、今回も、来てよかった~~~~~~~~~~~~~♪
2005.09.04

薄曇がゆったりと流れる9月初旬の週末。久しぶりに訪れたナショナル・パークは...まだ海からの風は冷たく、日光浴に訪れる人はそう多く居そうもありませんでした(^_^)が、その雄大な景色の移り変わりに、ちゃ~んと季節の流れを感じました。そして、またまた出遭ってしまった天国の風景...そこはもう、小さい春で、一杯でした♪
2005.09.03

今日は、『アボリジニの伝説』を一つ...The legend of Glasshouse Mountains父Tibrogargan(ティブロガーガン)と母Beerwah(ビーワア)には、たくさん子供がいました。Coonowrin(クーノウォリン。長男、写真左)、Beerburrum,(ビーバラム)、双子の兄弟Tunbubudla(タンブブドゥラ)、Coochin(クーチン)、Ngungun(ヌグングン)、Tibberoowuccum(ティブロガーガン)、Miketeebumulgrai(ミケティブムーグライ)とElimbah(エリンバ)。話によると、Round(ラウンド)という小さくて太った子供や、ワイルドホース(多分、サドルバック)という、いつも海でぴちゃぴちゃ遊んではぐれてしまう子供もいました。ある日、父ティブロガーガンが海の方を見つめていると、水かさがぐんぐん増していることに気づきました。彼は急いで子供たちを集めて、西方にある安全な山へ避難させようとしたとき、長男のクーノウォリンを大声で呼び、子供身ごもっている母親を助けるよう指示しました。父ティブロガーガンは振り返り、長男クーノウォリンがどうやって母ビーワアを手助けしているか確認しようとしたところ、クーノウォリンが一人で逃げ出しているのを見てものすごく怒りました。父ティブロガーガンは長男クーノウォリンを追跡し、彼のNula Nula (ヌラヌラ/死のブーメラン)を振り上げて、クーノウォリンの首の関節をはずしてしまいました。そして彼は、二度と真っ直ぐ見ることができなくなりました。 洪水が引き、家族が大草原に戻ったとき、他の子供はクーノウォリンの首が曲がっていることをからかいました。恥ずかしく思ったクーノウォリンは、父ティブロガーガンのところへ行き、許しを請いました。しかしティブロガーガンは、息子の卑怯さを恥ずかしく思い、ただただ泣くことしかできませんでした。やがてその涙は地面をつたい、小川となって、海へ流れていったのでした。 クーノウォリンは、弟や妹たちの元へ行きましたが、彼らも兄の卑怯さを恥ずかしく思って、涙を流しました。今日でもこのエリアに小川がたくさんあるのは、クーノウォリンの両親や兄弟が彼を恥じた悲しみによるものなのです。 それから、父ティブロガーガンは、クーノウォリンを呼び、なぜビーワアを見捨てたのかを尋ねました。するとクーノウォリンは、ビーワアは一番大きいので、自分の面倒は自分でみられるはずだと答えました。クーノウォリンは、ビーワアが再び妊娠し、そのために体が大きかったことを知らなかったのです。ティブロガーガンは、クーノウォリンの方を向き、二度と彼のことを見るまいと誓いました。今日でも、ティブロガーガンは遠く海の方を見つめ、クーノウォリンの方を見ていません。クーノウォリンは恥じ入ってうなだれ、彼の涙は海に流れ続けています。また彼の母親ビーワアは今でも妊娠しており、長い間にわたって、山に生命を与えています。 -Glasshouse Mountains-有名な観光地、スリー・シスターズ(ブルー・マウンテンズ)の伝説といい、愛と許しについて考えさせられるような、ちょっと悲しい気分になるものが多いのは、気のせいではないように思います。このお父さん、未だにその子を許していないのだろうか???自分のため?お母さんのため?その子のため?人は、いったい何のために、かたくなに、怒りや恐怖を持ち続けるのだろう?しかも、過去世やら、前世やら、もうとっくに忘れていいはずの出来事を引きずって...『もう十分。手放していいよ~。』と、自分の中のティブロガーガンに言う私...どうしたらその非難の対象を理解できるのか?その対象を、まず避けること、戦うことをやめて、非難することをやめてみる。と、最初から非難する権限も、許す権限もない、自分も過ちを犯す、他人も過ちを犯す、私たちは、愚かであるけれど、お互いに、賢くもなれる、同等の人間なのだと、気付かせてくれる。すると、自分も悪かったな、理解しようとする気持ちがかけていたな、という自らを反省する気持ちが生まれ、同時に違う角度から、同じ出来事を味わうことで共に人生の学びを分かち合い、それぞれが大切な学びを得るための役を他の者が共演してくれていたのだと解釈できる。そこで、『感謝の気持ち』がわき、相手を『許せない気持ち』は消えていく...そんな流れかな~。悲しいことも、つらいことも、(←そういう風に捉えがちな出来事でさえも)真実をみること で、それが、それ(一側面)だけではないことに気付かせてくれる。真実をみることが、愛の力=感謝や理解の見方を与えてくれる。まずは、避けること、戦うこと、を辞めるところからか~~~~。
2005.09.02
朝起きた時、ごくたまに、メッセージみたいなものが、とてもクリアーに力強く「在る」ときがあります。のんびりやで、怖がりな私を、支えて、促してくれる内側の力。今朝は、そのことを考えて...
2005.09.01
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