ベッド脇での文福の見守りは、やはり半日間続いた。
この段階になると、坂田の胸のなかには、確信に近い思いが生まれていた。
文福は間違いなく、
井上さんの 最期が近いことを察して見守っている
。
これまで可愛がってくれた井上さんに別れを告げようとしているのだろう。
あるいは、井上さんが
ひとりで旅立つことがないよう、最期までそばにいる
つもりなのかもしれない。
翌日、文福はベッドに上がると、井上さんの顔を慈しむようになめた。井上さんの
表情が緩む。
ワンコユニットに入居を希望したのだから、井上さんも大の犬好きである。意識は
なくても
喜んでいるのだろう。
そこから文福は、井上さんにぴたりと寄り添った。離れるのは、トイレやご飯の
ときだけで、
ずっと寄り添い続けた。
翌日、井上さんは穏やかに旅立たれた。文福は井上さんの 最期を看取った
のだ。
半年前のことを思い出していた。半年前に逝去された一条さんの部屋の前でも、
文福は悲しそうに
項垂れていたではないか? さらのその数カ月前に逝去された
三春さんの部屋の前でも……。
思い出す限り、これまでユニットの入居者が亡くなった場合は、文福はいつも
部屋の扉の前で
項垂れていた。悲しそうにしていた
。
入居者が亡くなったあとのことではない。 亡くなる直前
のことだ。文福は
いつも、入居者が
逝去される2~3日前に、部屋の扉にもたれかかるようにして、
座っていたのだ。
心がざわめくのを感じた。続いて心の底から温かい気持ちがわき出してきた。
もしかしたら
文福には、入居者の最期が近いことがわかるのだろうか? そして
入居者を看取ろうとして
いる
のだろうか?
( 旅立つ直前、吉田達夫さんのベッドで寄り添う文福。吉田さんは意識が
ほとんどなくても、
温かみを感じていたに違いない。 )
かつて人間に捨てられ、命を失いかけた文福が、こうして高齢者の最期を
見守るために全力で
尽してくれるとは……。
坂田は心から感動していた。
いや、おそらく文福は、人に見捨てられ、ひとりぼっちで死の淵に立ったから
こそ、死に向かい合う
不安を理解しているのだろう。だから 入居者をひとりで
旅立たせないよう、最期まで寄り添って、
見守ろうとしているのかもしれない。
物忘れと認知症 。。。 2024.04.19 コメント(25)
わんわんビジネス 。。。 2023.04.10 コメント(36)