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が、制作されるかもしれない。。。という噂を聞いたことがある。TV放送が終了したあとも何度もDVDで見てしまう。子供の頃は、一度見たものは見る前から、次の場面が即座にストーリー全体が思い出されてしまい、何度も本などでも読み返したり、ビデオを見直したりしなかったが、年を取るとやはり忘れるのが早くなるせいか、何度見てもあまり飽きない。2年に一回で十分であったものが、2週間に一回で、わりと新鮮だ。いつも人生は今日が始まりとできるだけ区切って考えるようにはしているが、それでも、新しいことに挑戦するのに足取りがやや重くなってしまう自分を意気地がないな・・と思ったりもする。恐怖ということについて考えると、これは、自分自身以外にありえないと思う。外にいても怖さはない。ひそかにいつも誰もが抱えている内在する恐怖。あとは、あえて危機的状況に身を置く事によって、または不測の事態など・・ また最近思うのは、なんて自分という存在はちっぽけなんだ。。ということ。これはどこにいても同じ。都会であろうが田舎であろうが。。都会であれば、高大なビル群、一見空虚に物のように見えてしまう人の流れ。田舎であれば、自然に対する畏敬の念。ちっぽけの自分が、この世の中でできることや、したいことが他にないのか、いつも心の片隅で模索し続けている。今以上に、今以上に、何かないのか?どんなに意地を張っていても、気力を振り絞っても、自分の肉体的、精神的限界はある程度、修復可能なボロボロに達する前の状態はどこまでかなど、予測可能なので、頃合を見ながら、しんみりと、ちっぽけに一生命体として営み続けている。現代の社会では「競争」という言葉が急ぎ足で前面に出過ぎている気もするので、自分はあえて、自分らしく、自分の価値観や特徴や個の性質を大切にしながら、マイペースで歩もうと、おもいっきり意地を張るべき所で張って毎日呼吸している。人は自分の鏡であったりするが、現代という鏡は曇りに曇って、さらに変形を重ね、ゆがみすぎているので、殺伐とした感じや敵対心など拭いづらく、自分という人間を正直に持ちたいけれども、やはり本当の部分は、社会には持ち込めないし、圧力に潰されないように必死こいている。めげずに、頑張るけれども、やはり強くなるのは大変だし、成長するっていうのは、なかなかスムーズにはいかないな、とも思う。人間一度楽をしてしまうと、さらにそれが難しくなってしまう。苦難苦痛が当たり前だった頃は、そのレベルの負荷は常に当然だったので、気にもならなかったが、 成長とともに、一旦満足してハードルを下げてしまうと、もう一度、同じレベルに自分自身を持っていくのが、二倍は大変だ。。主に、精神的な面で。肉体面ももちろんであるが。。まぁ、あまり深く考えず、勘と行動と根性で乗り切り、どうしても考えねばならないところだけ考えて、なんとなく楽しく生きていけたら、それもハッピーな気もする。でも、もったいない人生だけは送りたくないので、やはり考える事はしばらく辞められなさそうだ。明日も良い一日でありますように。
2005年10月13日
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