アインス宗谷の雑記ノート

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2006.03.30
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テーマ: 鉄道(26544)
カテゴリ: 懐かしい話
 五つの赤い風船のメンバーだった西岡たかしの歌「上野市(うえのまち)」。もう、30年以上前の歌になんですね。


近鉄上野市駅

 その「上野市」の歌詞に出てくる町、三重県上野市とそこを走る近鉄伊賀線。私が初めて訪ねたのは1984年。「上野市」発表に2年後に伊賀線は、ATS化されるなど近代化され、名古屋線から5000形電車が転属、この頃は、その5000形が走っていました。

近鉄5000形

 この5000形、一部は1942年製造と戦中派。名古屋線で活躍していました。戦後生まれでも1947年製と、モノのない時代に造られた電車にしては、頑丈で整った車両だった印象があります。
 「上野市」の歌が作られるころは、もっと旧型の電車が走っていたんですが、この頃でも、当時の雰囲気は残っていたと思います。 

 そして、以外と絵になる「小さなお城」伊賀上野城。

伊賀上野城と近鉄5000形

 藤堂高虎の居城だったことでも知られますが、やっぱり忍者が有名ですね。
 旧型の5000形で忍者の里と上野城。なかなか似合っていたように思います。

近鉄伊賀線桑町付近

 今は、比較的新しい車両(といっても、昭和30年代世代ですが)が走っていて、ちょっと雰囲気は変わっています。

 伊賀線は、実は、大阪線よりも歴史が古く、大正時代、国鉄伊賀上野と名張を結ぶために造られた伊賀鉄道という会社がそのルーツ。しかし、今は、近鉄のなかでも利用者の少ないローカル線。年々利用者が減り、列車本数が減っているのも気がかりです。





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Last updated  2006.03.30 23:35:34
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