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2006.03.08
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カテゴリ: 内山の名所旧跡
ユっぴー・コスモスです。

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内山・コスモス街道は、朝からとても良いお天気です☆

さて今日は、内山・コスモス街道の東端にある山、

【荒船山】

に伝わる  神話  をご紹介します。




内山牧場から望む荒船山
内山牧場から望む荒船山



  -----  荒船山に伝わる神話  -----


 荒船山が笹岡山(さくやま)という言葉で最初に文献に出、世に知られたのは、
「神道集」
という書物でした。

それまでの荒船山は、修験者の間では少しは知られていたようですが、
一般人にとっては無名に近く、
農業神・雨降り神として西上州や佐久の地でのみ崇められているくらいの、
片田舎の信仰の山でしかありませんでした。


 問題の神道集が著されたのは、650年ほど前の南北朝延文期のことでした。

法然上人と親交のあったといわれる天台宗安居院流の聖覚が、
実際に上野(こうずけ)・信濃・越後の国を巡り歩き、
各地の神社や寺院に残された話を書き綴ったものと伝えられ、
当時の口碑をよく今に伝えているといわれています。


 その神道集「上野国一宮事」の項には、概ね次のような内容の記述がなされています。


「 上野国一の宮である抜鉾(ぬきほこ)大明神は、
 安閑天皇(534~536)の時代に、上信国境にある笹岡山の頂に鉾を逆さに突き刺し、
 そこに住んだといわれている神である。
 この神には、次のような話が伝えられている。

  笹岡山におられる神は、南天竺の狗留吠(こうるはい)国の人で、
 玉飾(たまかざり)大臣(長者)の娘だといい伝えられている。

 玉飾大臣には五人の娘があり、姉四人は諸国の王のもとに嫁がせていた。
 大臣は絶世の美女と噂の高い末娘の好美女(こうびじょ)を舎留吠(しゃるはい)国の
 王のもとに嫁がせようとしていたが、
 大王の命で大王十六子の后にすることとした。

 ところがこの処置に怒った倶留吠(くるはい)国の王が好美女を奪おうと
 軍を差し向け押し寄せた。

 好美女は身を隠すのが最善の策と考え、抜堤河(ばっていか)にまで逃避し、
 降魔鉾という鉾を突き刺し好玩団という敷物を敷いてそこに住むようになった。

 ところがここも知られるところとなったので、鉾を抜いて脇に挟み、
 好玩団を好且・美好という二人の美女に持たせ、
 天甲船(あめのかぶとぶね)に乗って天空に漕ぎだした。

  好美女の乗る天甲船は天空を飛びに飛んで、
 漂着したところが上信国境の笹岡山であった。

 好美女は山陰に船を伏せ隠して抜堤河から持ってきた水を船に満たし、
 倶留吠国の王が攻め入って火の雨を降らせた時これで消し止められるように備えた。
 そして脇に挟み持ってきた鉾を山に突き刺し、そこに住むようになった。

  そんなおり、
 下野(しもつけ)の日光に住む母神二荒大権現のもとに通う諏訪大明神が
 ここを通りかかり、好美女を見初めた。

 相愛の仲となった二人は夫婦になったが、
 このことが正妻下の宮の知るところとなり、怒りを買った。

 諏訪大明神は下の宮の怒りを恐れ、 下の宮の目に付きにくい尾崎御成出山に社を建て、
 好美女をそこに住まわせることとした。

 好美女は、舟を守らせるための女船頭一人を笹岡山に残して山を下り、
 麓の社に住んだ。

  甘楽の郷に移り住んだ好美女は、
 抜堤河に刺した鉾を抜いて脇に挟み、飛来して笹岡山に住んだことにちなんで、
 抜鉾大明神と呼ばれるようになった。

 船を守るために山に残した美女一人が、今に言う荒船明神である・・」


 と。

  山を下りて甘楽の郷に移り住んだ好美女を祀った社が富岡の貫前(ぬきさき)神社であり、
 上野国一の宮に位しています。

 そして、諏訪神社は信濃国一の宮として、
 二荒神社は下野国一の宮として祀られております。

 また、諏訪大明神と好美女の間に生まれた子どもである興波岐命(おきはぎのみこと)が、
 佐久の地を新開(開拓)したといわれる新海三社神社の主神として祀られている
 という神々の物語も、
 鎌倉期の人々の創造性豊な心情を表して、興味深いものがあります。

  この上野国一の宮に関する伝承は、神道集のほか、
 往時の荒船山を修験の場とした天台宗の僧たちによって世に広められました。

 佐久や甘楽の里人は今も、好美女を乗せて笹岡山に漂着した天甲船の神話を、
 連綿と語り継いでいるのです。

 そして、
 千数百年もの繋留に荒廃したとはいえ、なお悠然とした姿を見せる天甲船を指して、
 荒船山
 と呼んでいるのです。

   ( ★以上の荒船山の神話に関する文章は、
        地元の歴史研究家、石井氏・岡村氏によるものです。 )

 --------





・・美女をめぐって軍を差し向ける、とか、
美女が追っ手を逃れ、
「風の谷のナウシカ」に出てくるような空飛ぶ船で飛来した、とか、
とても壮大な物語ですよね♪








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最終更新日  2010.03.11 01:56:58
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