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2009.09.05
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カテゴリ: カテゴリ未分類
  9月2日に発売された「虹」という歌に


 誰のせいでもないさ  人は皆 鏡だから

 勇気を出して 虹を描こう


 あまり、前後の脈絡もなくでてくるんだけど、

 だんだん、鏡の世界というのが、市民権を得ているんですかね。

 さて、僕が、世界は鏡であると知ったのは、津留さんの本を読んでからではない。

 先に、半田さんの「シリウス革命」を読んで知りました。

 当時は、貧乏商人でなんとか商売を盛り上げようとしていまして、いろいろな本を読んでいて、読むことになったんです。


どうも意味がわからなかったけれど、

シリウス革命にラカンのことが書いてあって、この本もまんざら、おかしな本ではないんだろうと思って読み始めた。

 読み始めたら、「なんだこれは」という感覚で 引き込まれたというより、

 意味が不明だったんですが、半年ほど読んでいて

 見ている世界は、自分の心のなかなんだ ということが腑に落ちた。

 半田さんのいう反転の概念です。


 主体と客体の等化、自己と他者の等化 というのは、

 モノは 私の鏡だということ、

 あなたは 私の鏡だということ

 そして、世界は 私の鏡なんだってこと

 と同じこと。




 同じなんです。

 だから、鏡。

 そこに 行くまでには、いろいろ思考しました。

世界を平面に戻せという 問題を考えていたから、理解できたのかもしれない。。

 両目でみていて 世界は立体にみえるけれども、両眼視差で立体にみえているわけではない。



 古代の壁画は、エジプトだけではなく、聖徳太子の絵も平面だったわけで、
それが、立体的な絵画になるのは

 遠近法の発明と 自我の確立と だいたい同じということがわかる。

 自我によって、二元的思考することによって、私と世界の分離が大きくなったのだろう。

 その歴史の繰り返しが、フラクタル的に 人間の誕生にも当てはまると書いている。
(幼児の絵)

 りんご が ないわけじゃない。

 りんご は ある。

 しかし、そのりんごが どのように人々の心に現れているかは、判定つかないわけで、
一人一人 まったく同じように (同じ角度) 見てはいないのだ。

 100人で一つのりんごを見れば、すべての人の目に映っているのは、りんごの一部であり
誰一人まったく同じ 視線(角度)でみてはいない・・物理的に不可能。

 それが すべてにおいてそうなのであって、あなたの視線でいま世界を見ることのできるのは あなた以外にない。

 その 世界が あなたの鏡である。





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最終更新日  2009.09.06 00:04:52
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