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2009.09.04
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カテゴリ: カテゴリ未分類
ひとつの指輪はすべてを統べ、
ひとつの指輪はすべてを見つけ、
ひとつの指輪はすべてを捕らえ、
暗闇の中につなぎとめる。

 ゴラムという、指輪に執着したものが、でている。

 指輪の魔力に囚われ、「わが 愛しきもの」として 指輪を追い求める。

 ゴラムは、誰だろうか?

 ゴラムは「自我」ではないか?

 指輪は 欲望の象徴であり、



 そして、旅の仲間は、欲望を消すために、修行にでかける。

 指輪という欲望の魔力は強いもので、

 欲望に囚われると、われを忘れてしまう。


 指輪を追い求めるゴラムとは、欲望におどる人間を風刺したものなんだろう。

 欲望としての指輪が消えるとき、

 それを 追い求める自我も消える。

ゴラム(自我)を探すことが、出発点である。

 たいてい、私は 私であり、自我と私を同一化している。

 自我は、記憶であり 私は 自我を 見つめるもの。

 この 自我と私を同じとしているから、苦しい感情が生じる。



 苦しい、辛い、悲しい・・・等々。

 もしかしたら、それは 記憶(自我)の反応ではないでしょうか?

 つまり、過去と同じような出来事を 自我の感情が 引き寄せ、生じさせる。

 これは、会社を替わっても、セクハラ上司がやっぱりいた みたいに、

 出来事があって、感情がわくのではなく



 逆なのだ。

 貧乏だから 辛いのではなく。

 辛いという感情が 貧乏である現実を生じさせる。

 人間関係が 辛いのではなく

 辛いという感情の記憶の反映が、いまここで 過去の感情の再現を自ら起こす。

 自我と 自己、を わけること、

 これは、海面にでた氷山の一角と、水面下の氷山のような関係なんでしょうけど、

 その氷山の一角が、世界を創造しているけれど、それは あなたの本の小さな部分に過ぎない。

 その 氷山の一角だけが あなただと思っている。

 それが、この世界を見るために 創られた、鏡としての自我なのだ。

 私は、自我でもあるが、自我はほんの一部に過ぎない。

 この、自我と私の 関係を理解できないでいると、自我は私だと思うから
いろいろ不都合が生じてしまうんだ。







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最終更新日  2009.09.04 17:52:32
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