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2009.10.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
男は、自分が人々の鏡であることがわかった。

 その鏡の中に、男は自分の鏡を見るのだ。

「あらゆる人は、お互いの鏡である」彼は、すべての人々の中に 自分自身を見た。

 けれども、誰も彼のことを自分たち自身であるとは、見ないのである。

 彼がわかったのは、誰もが夢を見ている。

 しかし、夢を見ていると気がついていないということだけだ。

 自分たちは、本当は何であるのか、知らないままに夢を見ているのだ。

 人々が彼を見ることができないのは、鏡の周りに霧や煙の壁を張り巡らしているからだ。

 こうした霧の壁は、光のイメージの解釈からなっている。







 以上引用ですが、誰でも いつかは、この世界が自分の鏡として 気がつくと思う。

 全てが鏡ということは、

 鉛筆も 草も 電灯も それを見るたびに鏡となるのである。

 自分の顔を写している鏡だけが 鏡というわけではないのだ。

 鉛筆が 鏡であると知ることは ψ3とψ4 の等化

 あなた が 私の鏡と知ることは ψ5とψ6の等化

 この等化により ヌース理論では ψ7の愛・陽子に移行するという。

 世界が鏡であると 気がつくと、気がつかないのでは、大きな違いがある。

 世界が鏡であるとは、比喩やたとえでは 断じて無い。

 鏡そのもの なのである。



 私とは 頭蓋骨のなかにいるわけではなく、

 私とは 花であり 草であり 土であり 鉛筆であり あなたなのだ。

 それを見つめているのは 自我 なんだろう。

僕は、自我とはこの世界を認識するために創造された マトリックスにおけるネオ
のようなものと思っている。



 まあ 自我とは 海の中の 水滴ということなんだろう。

 で、大切なことは、想いを そのまま反映する世界だから、想いに注意をする必要がある。

 意識を あるものにのみ 向けるようにする。

 お金がないとか 思っていると、その状況が続く。

 家がある、布団がある、家族がいる、パソコンがある、仕事がある、

 あるものに 意識を向けていくと、すでに 満たされていると思えるようになる。

 ここが不思議なのですが、そのように思えてくると、

 つまり 今この瞬間が最高なんだという満たされた気持ちでいると、

 奇跡が訪れる

 まあ、信じなくていいんですけど、ただ 向こうの方から やってくる。





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最終更新日  2009.10.01 19:37:42
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