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2010.01.07
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 僕が、覚えたのは津留さんの浄化のテクニックで、それ以外はしらないが、

 よく考えてみると、

 浄化と浄化のテクニックとは別ではないか?

 つまり、津留さん流の胸から手を広げていくのはまさに
浄化の 一つのテクニックであって、浄化そのものとは違う。

 浄化とは、水に流すこと、リセットすること、だろう。

 つまり、いままでの過去への執着や感情のこだわり、記憶等々
現在もなお 思いだしては 歯がゆい思いをすることへの、

 執着つまり感情の糸を断ち切ることだろうと理解している。



 同じような嫌な現実を繰り返し、経験してしまっている。

 そして、もっと強く思うようになるので、経験はもっと残酷になってくる。

 想いが現実ですから、その想いを変えればいいだけということを知りながらも、想いを変えられないわけだ。

 もちろん、津留さんの浄化のテクニックは有効だし、即効力があると思っている。

 ただ、大切なのは それが儀式であるということ~だから 浄化なんだろうけど。

 つまり、もともと無いものを、自らつくりだしてしまったわけで、他の誰もそれをなくすことはできないし、

 過去にあったことを 過去に戻って取り消すこともできない。

 とるのは 執着・想い。

 だから、こうやって その感情が取れましたと 浄化の儀式(テクニック)をする。

 だけれど、その浄化の作法にばかり目がいって、そもそもの執着が取れるかどうかに 関心が向かないと、意味が無くなるだろう。

 声をだして まさに 「えーがんちょ、指切った」ということをするわけですから、



まあ、儀式に作法が大切と言われれば、返答に困るので、
作法としては、しかたがないのかな。

 ただ、それが この方法が正しいとかとなると、そもそもの 津留さんの「良いと悪いが無い」という趣旨に背くことになりかねない。



 いまいいたいのは、そのことではなく

 浄化とは、執着を取ることですから、その思い起こしていまの世界に影響を与えている感情を 出してしまえばいい。



 認める=愛する=光であって、自分のなかにあるもろもろの 記憶・執着・感情を 許してあげる。

 そして、いままで 努力して頑張って、あなたに認められたくていた
自我に 感謝する。

 自我が お金がほしいのも 出世したいと自我が思うのも
みんな

 あなたに 認めて欲しいからなんです。

 ですから、自我はいつも 変わりたいと思うし、お金がほしいと思う。

 そういう自我を許してあげて、十分がんばってくれたね、ありがとう
もう、いまのままでいいんだ、変らなくても 認めるよと

 許可をしてあげる。

 そうすると 自我が 成仏・消滅 するような気がします。

 もちろん、いろいろなミニ自我があって、全部の自我が消滅すれば
差取りに 悟りに なるのでしょうが、それを 目指すのではなく

 いまの自分を 変わらないでいいと許すこと、僕は、これが
浄化の本質ではないかと 思います。








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最終更新日  2010.01.07 09:04:27
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