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朝は雲が無いのに昼頃から雲が出ることが多い。日中、地面や空気が暖まり水蒸気がどんどん発生し空で雲になっているのでしょう。巻雲上層5~13キロ、高い空に浮かぶ雲。空気が澄んで「天高く馬肥ゆ」です。今日の雲は「空の名前」によると筋雲(巻雲の俗称)
2010年11月30日
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「夜明け前が最も暗い」というのは本当です。「夜明け」が日の出前、空が真っ暗から白み始める頃なら、その前の3時頃でしょうか。この時間帯に自殺する率が高いと聞いたことがあります。山路茂は 不屈の男といわれ,縮小事業相次ぐ出版界では知名度が高かった。だが、今年になって手を出したゲーム系の出版は読み物としてはいかにも中途半端だった。取引先のゲームソフトの会社が出した不渡り手形はもうどうしようもない。再建の道を探ってもう幾晩も寝ていない。ぐっとウィスキーをあおる。貸し渋る銀行の支店長の顔。事業最盛期には揉み手・土下座で金を借りてくれと泣きついた男。今は、にこやかに対応しているが 書類も部下に渡し、迷惑顔。我慢できないのは、あのフチなしの眼鏡の奥 憐れみの目。優越の目。優越感から温かく対応してみせてるが絶対に金は貸さない目だ。妻の顔、一人息子と、二人の娘たちの顔。彼らは何も知らない。今まで傘のように自分たちの上で雨を寄せ付けなかった夫が、父が今やただの骨だけになっていることを。知られたくない。知らせたくない。従業員の顔。取引先の不渡り手形に驚いて手が震えていた経理の鈴木君。「大丈夫。」と言ってにっこりしたらホッとしてすぐ笑い返したな。大卒で去年採用したばかりだからわからんだろうが、こんな零細企業に2億なんて大丈夫なわけないだろう。下請けの大泉産業はいずれ債権者筆頭として押しかけてくるはずだ。先週支払いを先延ばしした時、大泉の不安・猜疑の入り混じった目。「お願いしますっ!」と頭をさげられた。その後ろにいる社員たちすべての生活がかかっている取引だった。オレの会社も同じだ・・・。だが、不可能なんだよ。努力しても努力してもどうにもならないことがあるんだよ。「許してくれ。」この時間、魔物が跋扈し、人は迷路に陥り悲観的になる。深い闇の時間だ。この時間をやり過ごせば光がみえてくるのだが、そこに思いを至らす事が出来ない魔の時間・・・。島崎藤村といえば昭和の作家と思いませんか。ところが代表作「夜明け前」の主人公青山半蔵は、藤村の父がモデル。江戸時代から明治維新の人。不思議だけど、昭和の初めに活躍された方の父上は、江戸生まれもありです。今、祖父母は江戸時代の方という高齢の方たちは多いはず。ちょんまげのおじいちゃんと会話してたのですよね。いや、もどれ「夜明け前」の話。明治維新前の士農工商の日本が暗黒で維新が夜明けという話ではないのです。維新後、一新できない地方の暗黒、青山半蔵の苦悩が「夜明け前」の深い闇だったのです。主人公は狂い、死に至るという夜明け前。ホントに暗いです。夜明けをアップするのに夜明け前の暗さをいつまで書いているんやすみません。前置き長すぎでした。夜明けだよ~希望の光!生命の時。魔物が退散していく。眠れるものを目覚めさせ、動植物を育む光。夜明け5分間の変化。空の色が微妙に違います。空が暗いと光がより明るく見えます。夜明けの空は暁(あかつき)、東雲(しののめ)、曙(あけぼの)、黎明(れいめい)などと呼ばれお日様がポッコリ顔を出す直前の空の色です。薄明かりも同様です。太陽の光を浴びて自然の流れに素直に入れば最悪の事態からは脱出するはず。頑張れなければ頑張らず、時間を耐えて、自分にできることをするのみ。病気も怪我もしかり。ましてや人間関係や仕事こそ。以前紹介した「空の名前」に朝の空の色とか説明が載っていますので載せておきます。私は初めて知って「ヘェ~」という解説も多いしなにより写真が多いので本物の空と見比べながら楽しく読んでいます。空の名前改訂版4版
2010年11月29日
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お風呂掃除してると必ず来るよね。お風呂の水を飲みたがると思っていたけど、風呂水流した後で来た時もねだるので、水道水を汲んであげました。それも美味しそうに飲んでます。水道水ならわざわざお風呂場にこなくてもねぇ。猫と水については「うちの猫は水道の水は飲まなくて・・名水**しか飲まないのよ。」とか「外で水溜りの水を飲んでるので困る」とか「汲み置き1日してからあげている。」とか聞きます。猫は敏感で 塩素が嫌いとか冷たいのより生ぬるい水が好きといわれてます。が、わたしは 猫は幼少期に食べたものが一生の食べ物の基本になってしまうのだと考えています。それは多分安全への防衛本能ではないかと思います。お母さんが与えてくれた食べ物が一生ついてまわるのです。幼少期にキャッツフードだったか、肉だったか。肉も鳥か牛か。水もしかり。我が家の猫は、ある家の物置で真っ白いノラ猫母さんが生んだ5匹・・・3匹は黒トラで2匹は黒・・・の子猫のうち、一番おチビさんで弱々しい子でした。5匹の子猫が近所の家に保護されているのを捨て猫掲示板で知った娘と見に行き、抱いたらもう離せなくなりました。この暖かい小さな命が愛しくて・・・いやいやところが今や太って家の主・・・と書きたいのですが、おとなしくて よその人が来ると逃げ出すし 気の小さいこと!寝る時は私の布団の隅で寝ています。布団に入りたい時は、冷たい鼻先で 私のほっぺたをちょんちょんと触るかどうかぐらいに触れます。(今までの猫は勝手に入っていました。)ご飯が欲しい時は自分のお茶碗の前にすわってずーっと待っている、我慢できなくなると私のひざに片手を置いて顔を見つめているんです。あまり静かで黒いので、何度も私たちに踏まれてしまうという試練も!以前書いた猫の巣は もう作りませんが、1日家を空けて帰宅した時は大変!階段を駆け上がる2階中を走り回る、階段を駆け下りる1階中を走り回る という儀式をしてからやっと寄ってきます。嬉しすぎて気を静めてるのかなあ。怒っているのかなあ。おまけフォト。ハローウィンの時の扮装。
2010年11月28日
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雲が渦を巻いているのが面白いでしょ。
2010年11月27日
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「人は死ぬ時に自分の一生を走馬灯のように見る」といいます。普段忘れていることも頭の中にちゃんと残っているのでしょう。辛い体験も見るのでしょうか。なんか走馬灯には楽しい思い出だけがのっているような気がします。11月、しばらく床についている間、私は幼い日々を思い出していました。思い出は鮮明で、キュンキュンする懐かしい気持ちに押しつぶされそうで・・・。ついに押しつぶされて・・・今ここに私が生きている意味。そして私をたどる旅。私を頂上に足元を見ればどこまでもどこまでも続くDNA・・くらくらする・・が、私が実際にたどれるのはほんの2~3代前まで。言葉を交わしたのは祖父母までなのです。だけど私が生きていることで、私の足元の、私までのDNAの山は私の中に生きていることも確かなのです。私は兄が事故で亡くならなければ生まれなかったわけで、母が父の妹と知り合いにならなければ18も年齢差のある父と結婚しなかったわけで、養子に入った家の娘が亡くなってなければ祖父は祖母と結婚しなかっただろうし、祖父が戦死していたらそこで終わっていたはずです。生死をかけた劇的なことが交錯しながら繋がってきたせいか、生き残りは強い生命力を持っているに違いない、・・などとけがして弱気になった自分に言い聞かせたりしてみました。幼い日、映画館で父に肩車してもらったこと、暑い夏の日、私が浅瀬で遊んでいると、パラソルをさして海岸を散歩していた母が突然スリップになって海にとびこみ泳ぎ始めたこと。夜、祖父の布団にとびこむと必ず「むかしむかしメリーさんという女の子がおりました。」とお話が始まるのだが、祖父か私が眠ってしまうのでこのお話の結末を知らないこと。走馬灯はつきないのですが、映画「異人たちとの夏」の主人公と亡き父母との交流場面はまさにこの走馬灯です。美しく懐かしくそこへ帰りたくなる世界なのです。ただちょっと夏向き。【25%OFF】[DVD] 異人たちとの夏
2010年11月24日
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けがをしてしばらく不自由な身の上でした。この機会にと「アラビアンナイト」を読み始めましたが、昔の私と同じく途中で頓挫。なんか退屈な話で眠くなったりするのですよ。そんな時スルッと読めたのが、『図説アラビアンナイト』(ふくろうの本/世界の文化)主だった話の要約の他、どのページも出版されたアラビアンナイト本の挿絵が掲載されて、わざわざ比較できるようにでしょうか、同じ話でも中国風挿絵だったり、欧州風だったりが同ページにあったりで面白く読めました。アラジンが中国人という設定なのも初めて知りました。挿絵も辮髪の中国少年がのっていてイメージと違うなあ。ガイドブックとして「アラビアンナイト」を読む前にどうぞ。
2010年11月22日
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