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おばあちゃんは人に勧められるとすぐ納得して購入する素直な性格。血を綺麗にするという講座に通い電気マッサージ椅子のようなものを購入。(置く場所がなく、私達が運び老人ホームに寄付。)鍋や食べ物をただ同然でくれる催し(催眠商法?)に毎日通い一番元気に手を上げて鍋や卵やパンをもらっていたそうです。最終日には バカ高い健康食品、羽根布団を購入。ああっ~!ああ~
2010年05月10日
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動物は、喜怒哀楽 いつもこちらの感情を動かしてくれます。ミックスした感情も多くどのテーマにするか迷います。今いる猫は5歳ですが、4ヶ月頃のお話。その日 急に一晩泊まりの用事ができ、心配しつつも「一晩だから・・」と出かけてしまいました。もちろんトイレの砂、水、ごはんはたっぷりと用意して。帰宅は翌日の夜中になってしまい、すぐにいつもの椅子、座布団、押入れなどを探しましたがいません。ふと見ると閉めていった和室のふすまが少しだけ開いてます。帰宅した家族全員和室のふすまに集まりのぞきました。6畳のたたみの真ん中にセーターやら靴下やら家中から集めた衣類が洗濯機でまわしたように渦を巻く形で堆く積まれ、渦の中心の穴の底でスースー眠っているわが家の末っ子を見つけました。見つかって安堵したのとその寝姿の可愛さに思わずわらってしまいました。
2010年05月10日
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夫のおばあちゃんは100歳近いですが、一人暮らし。足腰・胃腸が強く好奇心旺盛。井戸端会議には必ず顔を突っ込んで人の噂話もよくするし、隣近所の情報通です。「三軒隣の旦那は終戦の時おにぎりをもらって結婚したんだって。」「隣の奥さんは浮気してるけど、旦那が病気だから何もいえないんだよ。」etc.etc.おばあちゃんの話は悲し可笑しで 周りに笑いがたえません。ただし、自分のこと、自分の家族・親戚のことも洗いざらいしゃべっってしまうので、近所の人は夫の給料まで知っています。ですから、おばあちゃん宅に行くとなんか近所の人と顔を合わせるのが気恥ずかしいのです。私達と一緒に行く旅行は おばあちゃんにとって一番の楽しみ。私達も100歳近いおばあちゃんの予想できない行動にハラハラドキドキしながらも楽しみです。山梨の温泉旅行に招待した時、帰宅日に宝石博物館に行きました。博物館と宝石店が同じようで案内のスーツ男はおばあちゃんにピッタリ付いて説明しながら売り場に導きます。男が大きな原石を指して解説を始めます。「これはトルマリンのげんせきで、奥に加工された美しい・・・」おばあちゃんは話途中で参加「ふ~ん、ホルマリンかい。ホルマリンってあの死体漬けとくやつだよね。もとはこれなの。ふ~ん」「いえ、これはトルマリン・・・」「ああ、ホルマリンね。知ってる知ってる臭いよね~この原石もくさいのかねぇ~」まくしたてるおばあちゃんにおそれをなした店員は「ごゆっくり・・・」と言って去りました。去年の上海旅行は団体ツアーで歩き回れるか心配でしたが、おばあちゃんはガイドさんにピタリと付いて離れず、ガイドさんを質問攻めにしておりました。ホテルのバス、トイレ、ベッドなど自宅と違い洋式なのも全く平気。朝食はビッフェスタイル。これは背の低いおばあちゃんは取り辛いのです。が、おばあちゃんは、その場にいるお客さんに「これ取ってください。」と指差してます。パンなんかは奥の電子レンジでチンまでしてもらっていました。それなのに席に着くと「言葉が通じなくて困るねぇ。」とブツブツ言ってました。(笑)中国人のお客さん達ありがとう。私はヒヤヒヤしながら付いて歩き「シェシェ」と言っておりました。ツアー最終日、ツアー客全員が「がんばったね。」とおばあちゃんに拍手してくれました。おばあちゃんはきょとんとして「いやだねぇ」と照れて笑っていました。皆さんありがとうございました。
2010年05月10日
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子どもや飼い猫については 以前書いたように『愛したい派?』むこうもこちらを愛してくれているのがわかってるうえでの『愛したい派?』ですけどね。男と女について自分が『愛したい派?』なのか『愛されたい派?』なのかわからない。 友達の恋人を奪うとか気になるとかいうことは全くありません。ただ、女友達が「あの人いいね。」と言った瞬間、なんとかして自分のものにしたくなり、私の方を向いてくれると全く関心なくなってしまうのはなぜなんだろう。
2010年05月09日
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『風のガーデン』(脚本:倉本聰)というTVドラマをご存知ですか?岳の純粋さ、真っ直ぐなルイ、情熱も怒りも優しさで包む貞三、病で大切な家族に向き合えた貞美、人々のふれあいやすれ違い、静かに静かに終末に向かう。心が触れ合えた家族の幸福。死に行く者と見送る者の別れはあるんだけど思いは残る。切なくて泣いてしまうのだけど、悲しみではなく、安堵感、満足感のような幸福感が漂う。平原綾香「カンパニュラの恋」の曲、美しい富良野のガーデン、それだけで涙。(富良野には2年がかりで広大なブリティッシュガーデンを造成。約365種類の花が季節ごとに咲き乱れる、その美しい風景を1年かけて撮影。また俳優陣も4月からインし、季節を追った丁寧なドラマ作りをしたそうです。)
2010年05月09日
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子どもの頃キスすると妊娠すると思っていました。その後 ロマンチックノベルで初めてのキスはレモン味とか、甘いとか、甘酸っぱいとか・・・を読みキスが憧れに変わろうとした頃です。中学の保健体育の授業、キスすると性病になると散々教育されたのです。キスへの恐怖が再び頭にしみつきました。その上、必勝痴漢撃退法として 股間を蹴り上げる。キスされたら、舌を噛み切る。これで絶対男は逃げるって、今思えば 笑ってしまいます。ところが、笑えない事態が起こりました。その頃飼っていた雑種犬のサブの散歩には、自宅から1キロほど北の公園に行っておりました。遊具のあるグラウンドの北側は急斜面ですが階段状に石が積んであり高台にはベンチがありました。その見晴らしベンチは私のお気に入りの場所でした。その日、初夏の新緑の香が風にのってわたるような心地よさ、見晴らしベンチから町をぼうっと見下ろしていました。「われ、気持ちいいやん。」急に声をかけてきた男「キスしよ。」抵抗できない力で引き寄せられぶちゅー・・その時、条件反射のように例の教えが実践されてしまいました。ただ、私の反応が早くて舌でなく彼の唇を歯で奪った形。男は 飛びのくと口からツルルーとたれた血を手の甲でぬぐいました。「われ、女を殴りたくないけん・・・」と言いながらまぶしそうな目で私をじっと見ました。そしてまた何か言いましたが聞こえません。私は男の股間から目が離せなくなりまたもや条件反射、こちらから飛び掛かりました。でもそれは届かず 空を蹴り上げてあっという間に万策つきたのでした。男はふっと失笑して「われ、きのう**隊、辞めてきたんや・・・」というと階段を下りるのではなく崖を登って 見えなくなりました。下のグラウンドを見ると とっくに逃げ出したサブが走り回っています。急いで下りサブを捕まえ水のみ場で懸命に口をすすぎました。短い怖い白昼夢のような出来事でした。
2010年05月09日
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ゲルマローラー!小顔になりたい!顔周りがすっきりすると若くみえるし、洋服も何でも似合いそう。
2010年05月09日
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4匹のトラが椰子の木の周りを超スピードで追いかけ走り回りついにバターになるというシュールでユーモラスなお話「ちびくろサンボ」という絵本にでてきたホットケーキを食べてみたい。バターたっぷり黄色と茶色のトラ縞のホットケーキ。
2010年05月09日
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家業の忙しい夏休みの間 私は祖母の家に預けられ田舎暮らしを満喫しておりました。(厳しいしつけの父母のもとから逃れ私は「野生の猿」とまでいわれのびのび暮らしていたのです。)祖母の家は海と山の間にあったので山海の幸を採ることができました。寒天も大鍋で、採ってきた天草を煮溶かして作ります。作るときにたらした酢と天草の海の匂いのする寒天です。溶け残った天草は畑の肥料。1回で5~10?ぐらい、2個の大きなバットに入れて冷まします。台所にはトコロテン突きの道具が置いてあり、寒天を勝手に切り出しトコロテンをたべてもいいのです。皆トコロテンに砂糖や、ハチミツ、黒糖、カルピスなどをかけて食べていました。菊子おばちゃんだけは酢と醤油で食べていました。8人兄弟の末っ子で私が小学校の夏休みに遊びに行く頃には 他の姉妹は嫁ぎもうこの叔母しか残っていませんでした。高卒で働きに出たので この頃20歳ぐらい。今思えば若い!ですね。でも小学生には、少しは若いおばさんです。叔母は、毎日、5キロ先の町工場に自転車で通っていました。叔母は、太っているようには見えませんでしたが、筋肉質でがっしりした体を気にして朝食はトコロテン、帰宅して夕食の前にトコロテン、まあ よくトコロテンばかり食べられるもんだと感心しておりました。当時は今の伸びきった木のような細さではありませんが、男がベッドに軽々と抱いていけるような華奢な女性らしい体が理想でした。ビビアン・リー、マリリン・モンロー、オードリー・ヘップバーンなどのウエストの細さが憧れだったのです。1ヶ月もすると叔母は何かかばってやりたいような細いと言うか薄い軽い感じになり、自転車の踏み出しの馬力が消えたよりなく、周りは不安に思いはじめました。で、やはり起こりました。8月の終わりごろの夕方、まだ勤務時間のはずですが叔母がハイヤーに送られ帰宅しました。昼食後、急に倒れたそうです。付いてきた医者によると「ただの貧血だが、かなり比重が軽いので1週間ほど養生するように。」ということ何でも良く食べることなど注意をされていました。祖母の愛情たっぷりの卵料理(養鶏農家ですから)、祖父のつぶした鶏料理(祭りの時ぐらいしかつぶさないのですが)、精をつけようとうなぎ(食材をよそで買うことは滅多にないのですが今回は緊急事態です)1週間ご馳走尽くめで、休職していたら どうなるか。そうです。見事リバウンド。菊子叔母ちゃんは、この夏、「天国と地獄をみた」と言ってました。私が東京に帰ってすぐの9月、叔母は結婚しました。相手の男性は 果たして 菊子おばちゃんのやせた姿、太った姿 どちらに惚れたのでしょう。職場で倒れたことが2人の結婚への契機になったのでしょうか。
2010年05月09日
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ゼリーと寒天は夏の定番。ぜりーは動物から、寒天は海草から。あなたはどちらが好きですか?昔は、春・秋 年に2度運動会がありました。5月の運動会は、初夏 新緑香るさわやかな日汗ばむ陽気の中 お父さんが裏山から竹を切り出し、一節ずつに切ります。お母さんは海から採ってきた天草を煮て寒天を作ります。台所の上がりかまちに20個ほど並べた竹節の中に寒天液を流しいれます。(入れる前に貴重な砂糖を少しだけ溶かしてあります。)寒天の固まる間に飼っていたニワトリの玉子焼きとご飯の弁当を作ります。父は弁当と20個の寒天竹筒を背負って母は運動会に出ている小学生の4人以外の幼子2人の手を引き1人をおんぶして高台の小学校に急ぎます。もうお昼近くで徒競走。家族そろって応援してくれるのが嬉し恥ずかし。(去年は母が出産で来てもらえなかった。隣のおばさんに結ってもらった髪は「犬の耳」って笑われた・・・そんなんで恥ずかしくて走れなかった。)ドン!今年は皆いっしょ、早朝に結ってもらった髪も「かわいいポニーテール、モダンだねっ」てほめてもらった。得意な徒競走で1番とって嬉しい!友達に寒天分けてあげるんだ!父に節のとこにキリで穴を開けてもらい「反対側からチュルルウって吸うんだよ」竹筒寒天は大好評。と母は この連休里帰りした私達に子供時代の初夏の思い出を語ってくれました。
2010年05月09日
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「目は口ほどにものを言い」と言いますが、その通りだと思います。この場合「性格」は口口にはだまされやすいんです。買い物依存症ですとか、パチンコ依存症です、ギャンブル好き、酒好き、女好き、仕事中毒、麻薬中毒、アル中、性格破綻者だなんていう人はいないし、告白してやめることを誓っても口先のこと。語ることの真偽はどこで見分けますか。性格ってどこ見ますか?行動?ふ~ん、荷物持ってくれたり、ドア開けてくれても、その時だけの気まぐれかも。いつもスマートなデートしてくれてもサラ金のお金かも。お父さんお母さんに優しいのは、気が弱いだけ。そんなもんでしゅ。性格の良さ悪さは表裏一体。優先順位は顔 と言う人はどんな割合の組み合わせかな。「顔は極上、性格は極悪」でもOKという人以外は無意識に外見から性格も見てるはず。「顔は上、性格下」でOKと言う人も。普段から男観察をおこたりなくなさってね。よく働く男の手とか、不摂生な肌とか、嘘つくときの息づかいetc.etc.・・・一番大切なのは目。「目は心の窓」目には心の揺らぎが出てしまいます。おっと、これは私のウィーク・ポイント「すがりつくような目」で迫られるといけませんなぁ。せつないですぅ。私って顔で騙されるタイプでした・・・
2010年05月08日
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ケータイ様、パソコン様、ゲーム様、ナビ様、**様、**様・・・・便利な機器だけど、すでに昇格していて 人間は彼らに使われているようだ。子育ての目標は自立だと思うのに、ケータイやパソコンに依存した生活でいいのだろうか。ケータイももしもの時のため、インターネットもネットサーフィンに溺れず辞書代わりだけならいいと思う。ただ人間は誘惑に弱いもの。与えておいて、やるなは難儀でしょう。子ども時代に一番して欲しいのは体感、体験。風の香で季節を見分けられるぐらいなら嬉しいな。せめて小学生時代は実体験に集中できるようにしてあげたい。
2010年05月08日
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前回、料理は芸術、で、スイーツも芸術みたいなことを書いた。見るのも、作るのも、食べるのも創造的 ‘美”の世界 と。でも、こんなこといわれるほど昇格したスイーツ様に腹たってきた。(自分で言ったんだけど・・・)だって、一昔前、戦中、戦後 甘いものに飢えていた日本人は、戦後大量に輸入された砂糖が安くなると、砂糖に群がった。甘いというだけでよかった。ごはんにかけて食べた。バターが買えるようになると白い熱々のご飯にバターと砂糖をかけて食べるのがごちそうだった。糖尿、コレステロール、一気に成人病に突っ走った。世界では、今この時、お菓子が食べられない子どもが大多数だろう。私達は「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。」と言ったマリー・アントワネットと同じだ。奢っている。驕っている。
2010年05月08日
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結婚ではなく恋人となると少しは危険な匂いが欲しいもの。タンゴのように情熱的に燃え、ある時は氷のように冷たい。少年のようにあどけない、かと思えば、老猿のごとく不気味に。さて彼は天使か悪魔か。思いっきり惑わせてくれる 酔わせてくれる きりきり舞いさせてくれる男。ただしホスト系は嫌!ファザコンの私としては初老紳士は必要条件だけどやんちゃな弟とバカやって極楽トンボに遊びまわりたいのよね。演技的にすべてやってくれそうなのは、本木雅弘さん です。
2010年05月08日
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小さい頃の私は毎日泣き暮らしておりましたですよ。というのも、毎日姉に言われ続けたのです。「あなたは川の橋のたもとに捨てられていたのを拾ってあげた」母に確かめると「そんなこともわからないのかい。」と怒られる始末。母にとっては口惜しかったのでしょう。(こんなに分け隔てなく接しているのに・・キーッ!)と。ですから、私はずうっと捨て子だと吹き込まれ、母が突き放すのは ママハハだからだと思い込んでいました。愛読書は「シンデレラ」白馬に乗った王子様をひたすら待ち続けていたのです。小学生になっても半信半疑。どうして「捨て子じゃないわ。私のお腹を痛めて産んだ愛する娘よ。」とはっきり言ってくれなかったのか。まあ、超楽天的な性格だったためこのくらいの歪みですみましたが、でなかったらどんなに歪んだ人格になったことか。お母さん!子どもの心侮るべからずですぞ!
2010年05月08日
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お稽古は、本人の好きなこと、楽しいこと、やりたいことが、一番。才能はその中にあると思います。親がよかれと思ってやらすのだけは避けて下さい。私はピアノを習っていましたが、、1対1なので、どうしても先生の顔色をうかがってしまい、出来ない子の指をたたきそうになった先生の形相も恐ろしかったです。エチュードから順繰りにやっていくのも吐きそうになるくらい苦痛でした。できないと次回も同じ曲です。このつまらなさ。毎度、砂漠を歩いているようなものですが、乾ききってもオアシスがないのです。好きでないお稽古は拷問なので即やめましょう。私の場合は動植物が好きだったので、毎週ガーデニングとか、動物観察でよかったのではと思います。そうしていたら、今頃、ガーデンデザイナーとか、動物のお医者さんとかになっていたのかもしれません。
2010年05月08日
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はちみつ好きなんですよ。ですからヒマラヤのような高山の小さい花の蜜とか、ジャングルの奥深くに咲くえもいわれぬ甘~い香の花の蜜とか、あと11月頃咲くヒイラギのりんとした良い香の花の蜜をいただきたいですぅ。そういった場所や時期にみつばちがいるかどうかが問題かもしれませんが、一生に一度ということは滅多に食せないものということですよね。スミレの花蜜で青いスミレ花を中に封じ込めた春ゼリー なんかは可能性ありそうです。ただ、スミレの花って小さいから集めるのにどれほどの量のスミレが要るのでしょうか。地道にみつばちが過ごしやすいいろいろな花の咲き乱れるほどの緑を増やしましょう。ちなみにみつばちは実成物の花は好きなようです。去年ゴーヤ、スイカの花によく来ていました。ゴーヤの花は良い香です。そして強い香です。ぜひ植えてみてください。
2010年05月08日
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寒い冬の日、中学3年生の私は、セーラー服の上に紺色のオーバーを着て山手線に乗り込みました。受験高校の下見に行くだけでしたが、つり革につかまり車窓から見えるいつもと違う景色に少し浮かれた気分になっていました。その時、ポケットに入れていた左手に生温かいものが!!!心の中では「ギャーッ!」と叫んでいたのですがどうしていいかわからず、本当に緊張して木になったかのように固まっていました。しばらくして、そっと目だけで隣を見てみると、20代後半ぐらいのスーツに黒いオーバーを着た男が、車窓を見つめ真っ直ぐに立っていました。笑うでもなく怒るでもなくなんだろう、全く感情のない横顔。男はピタリと体を寄せると強く手を握ってきました。「!・・・」私の降りる駅のアナウンスが流れた時、急に呪縛が解けたように声が出ました。「おりまーす」(かすれているがはっきりした声だ)と自分では思いました。その時、男はポケットから手を抜くとその駅に先に降りていきました。私はもうその駅ではおりられません。そのまま山手線をまわって帰宅してしまいました。父に電車での出来事を話すと「その男は気狂いだ!病気だ!精神病院にいれなきゃいかん!!」と怒りまくりあまりの剣幕に(父を精神科に連れていったほうがいいのでは)とすら思いました。後に私は そういう男を痴漢というのだ ということを知りました。
2010年05月08日
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あんまきを知っていますか?和菓子の中でも茶道で出される上品で芸術域の餅菓子と対極にある、ルノアールでいえば 「都会のダンス」と「田舎のダンス」ゴヤでいえば 「着衣のマハ」と「裸のマハ」わんわん物語り でいえば 「お屋敷のレディ」と「野良犬のトランプ」要するに野卑というか素朴なお菓子です。フライパンを熱くする。水溶き小麦粉をうすーく流し入れる。ふつふつしたら、あんこをのり巻きの具のように一文字に置き、クルクルと巻くだけ。なんか和製クレープのようですね。小麦粉皮にいい感じの焦げ目がつくとおいしいですよ。
2010年05月07日
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私の場合、食べる前にまず、イチゴを外し 皿のわきに置きます。食べるのに邪魔なので。娘は、まずイチゴを人のケーキに乗せます。で、夫はケ-キから まず2粒のイチゴを皿に移します。もったいないので最後には食べますが、わが家は上に乗ってるイチゴは苦手みたいです。イチゴは好きなのですが・・・。
2010年05月07日
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小学4年生。「MOKOちゃ~ん、ランドセル投げて~!」3階の窓から見ると1階のグラウンドははるか下。今日、信頼の証として友人MARIちゃんは私のランドセルを受け止めるというのです。下にはMARIちゃんの他10人ぐらいのクラスメートが寺社で節分の豆まきを拾おうともみ合う群衆のように両手を掲げて投げるのを促しています。・・・断りきれず、厭々そうっと投げたのに、ランドセルは加速がついてみるみる落ちていきます。ドスンという音は聞こえませんがランドセルの左右が割れて中の本が飛び出し、ふでばこから鉛筆や消しゴムが飛び散ったのが見えます。MARIちゃんやクラスメートは落下したカバンを中心に水しぶきが上がったように飛び散りそのまま校庭から消えてしまいました。わたしは呆然としながら階段を降り、散らばった物をしまいました。ランドセルの横を抑えながら前に抱えて、とぼとぼと一人家路につきました。心の中でカバンに「ごめんね」と繰り返していましたが、それはランドセルを買ってくれた両親へのごめんなさいでもありました。帰宅するとこれでもかというほど怒られました。それは 私が ランドセルを割った理由をどうしても言わなかったからです。当時は裏切られた思いでしたが、今は相手を信じているということを証明するためにやった自分の見栄張りのような愚かさの結果だと思います。今時は、ランドセルの傷もそのままにミニランドセルの製作依頼をするようですが、私は二度と見たくありません。母が赤い木綿糸でぬってくれたやくざのホオの傷跡状の裂け目は見たくないし、懐かしい気持ちもないのです。
2010年05月07日
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この連休田舎に帰って草刈の手伝いをしていました。忙しくてお節句のことも忘れていましたが、5月5日に母が草もちを作ってくれました。一口食べた時の蓬の香。草が萌えたつ初夏そのもの!夜、菖蒲湯につかり、その香にまた感激!四季のある日本に生まれた幸せ!その季節感を大切にする和菓子。そういえば、親戚の方が よし巻き を作って持ってきてくれました。うす甘いもち粉団子を葦の葉で包んだ素朴なものです。これも5~6月のお菓子。もちにうつった葦の葉の香が楽しめる一品でした。
2010年05月07日
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わが家で飼っていた黒トラのメス猫の話。小学生の娘が学校帰りに拾ってきた小猫はわが家に来た日から水玉の座布団を自分の寝床に決め、以前からここにいた家族のように家にも人にもとけこんでしまいました。ミトンと名付けられ、1年。そっくりな黒トラの子猫を4匹生みました。2ヶ月目、2匹はもらわれていき、残り2匹ルイジー、マリオ(子どもが名付けた子猫の名前)と若い母猫は毎日遊びまくっておりました。そんなある日、実家で不幸があり、急遽 夜中に一家で発つことに。猫を預ける暇もなく、とにかく全員車に乗せ 東名をひた走りました。翌朝、母はなんで連れてきたのかと怒り、「猫は物置に入れて出さないように!」と言い渡しました。仕方なく、上の方に小さい窓がある物置に水と煮干を置いて3匹を閉じ込めました。家で行うお葬式は忙しく猫の様子を見に行くこともできません。長いお経で頭の中に平坦な畝が出来てきた時ガシャーン!!物置に駆けつけると戸の周りはガラスの破片だらけ。そっと戸を開けてみると、ミトンがルイジーをくわえています。母猫は2匹の子猫と脱出するため、高い窓に体当たりしたのです。多分頭から飛び込んだにちがいありません。閉じ込められた恐怖はいかばかりだったのでしょう。私はこの若い母猫を抱きしめて、自分も若い母親だったので誇らしくもあり、心の中で賞賛しました。それから2ヶ月、夏休み、八ヶ岳キャンプ場へ。テントの中に子猫がいれば、母猫は戻るということで、ミトンはリードなし。子猫達は、大きな深い籐のカゴに入れておりました。思惑通りミトンはいなくなっても子猫が泣くとすぐに戻ってきました。3日目の夜。テントの前を甲斐犬が通りかかりました。テント出入り口近くの籐カゴから子猫の匂いがしたのか、甲斐犬の足がふっと止まったその時、どこから来たのか、トン!と甲斐犬の前にミトンが立ちました。「ガルールー!」甲斐犬は鼻にシワを寄せ牙をむいています。「シュウ シュウ フー」ミトンは総毛だって尻尾のほうを高く持ち上げ臨戦体制です。しばらくうなり合っていましたが「シャー」という一声とともにミトンが甲斐犬に飛び掛りました。一瞬で勝負は決まり、甲斐犬は鼻から血を流しながら逃げ去りました。ミトンは 籐カゴで満足気に子猫達の体をなめていました。甲斐犬の飼い主の方には申し訳なくお詫びしました。が、飼い主の方は、「体を張って子猫を守る姿の揺るぎのなさ、その勇気に感動しました。その血をひいた子猫をぜひ譲り受けたい。」と申し出てくれました。母猫そっくりで活発なマリオはもらわれていきました。
2010年05月07日
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