今日の土曜日を心待ちにしていました
お休みだと早く目が覚めてしまうのに
お仕事で、目覚ましの音で目覚める朝は
とても人生を損している気分になってしまいます
同じ時間に起きるのでも、自然に目覚めるのと
起きなければならない、と眠たいのに起きるのとは天と地ほどの差があるのです
そして今日は、やっと起こされない朝
十分に暖かいお布団の中でグズグズしてから起きました
これだけでチョッと幸せな気分になれるなんて、とてもお得な性格です(^-^)
これまでの人生で幸せを感じるときは、特別な何かの時でした
日常から少し離れた経験をした時に、
『なんて幸せなんだろう』と思ったものでした
でも、大切な人がこの世からいなくなって
否応なく一人で過ごさなければならなくなって
普通の日常生活こそが、幸せの核だったことに気が付いたのです
幸せのハードルが低くなっただけでは?と思った時もありましたけれど
それは違うと、わかりました
幸せの中にいる時は、その幸せが見えないだけで
その幸せがはじけてなくなった時、初めて気が付くのです
あの時は、なんて幸せだったんだろう、と
だから、あの時・・・という後悔が生まれるのですよね
でも、これは多分多くの人が通る道なのでこれで良いのだと思います
もしかしたら
この、日常の中にこそ真の幸せが宿っていることを
なるべく人生の早い段階で知ることが、人生を良くする鍵なのではないかな、と思うようになりました
良き配偶者と巡り会って、幸せな日常生活を送ったということに気が付くことで
人生の命題を一つクリアして、次のステージに行けるのではないでしょうか…
だから、人生最大のストレスである悲しみを与えられたのが
まだまだ体力気力が残っている時であれば、次のステージへ行くことができて
何か新たな世界で、何かの学びができるのかもしれないと思い始めています
こんな風に考えるようになったのは
対人関係で、トラブルが無くなったということ
たぶん、私が変わったのだと思います
いつも夫に愚痴を聞いてもらっていたのですけれど
愚痴を言うようなトラブルが、この二年弱全く起こっていないのです
私自身、感情的になることがなく色んな事に遭遇しても許せてしまう…
と言うか、クレームを入れるような場合であっても静かに事情を説明することができているのです(自分でもビックリしましたが…)
この変化に気が付いた時は、夫を亡くしたショックで
喜怒哀楽の感情さえ出ないほどエネルギーが低下しているのだと
思っていたのですけれど
それから今までの時が経過して、ぼんやりしていた意識もはっきりしてきて
私の中で何かが変わったんだと、気付きました
人を許すということが、自然にできている…
人のせいにすることが無い…
人へ、『ありがとうございます』と頻繁に言っている…
なんか変なのです私
良い人になろうと努力しているような行動をとっています
もちろん、そんなこと思っていません
今までもこれからも、私は人から良い人だと思って欲しいなんて思わないですから…
そして、小さなお子さんがお母さんやお父さんと仲良くされていると
『幸そうだなぁ』と自然に微笑んでいる私にビックリします
どうしたことでしょう、私
心が、とても平穏になっています
ただ、哀しいヒリヒリ感は常時鎮座していますけれど
イライラしているよりは良いので、これがいつまで続くかわかりませんけれど
これからも、穏やかに時間が過ぎてくれれば良いな、と思います
今日は、ゆっくり買い物したり
美味しい紅茶を入れて寛いだり
とても穏やかな時を過ごすことができました
特別なことが無くても
普通の事がゆっくりできたことに感謝して
一日を終えようと思います
皆さまも、明日の休日をゆっくりとお過ごしくださいネ

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