熊猫的生活
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日本を出て三週間。 何処にいるのかと言うと、イタリアの北の方、何をしてるのかと言うと、、、不明(笑) 色々してるけど、基本的には『生活』をしている。 日本ではほとんどしない『生活』というもの。 しかも田舎暮らし(笑) とにかく雨ばかりで、なかなか外に出にくいから、室内で出来るやりたかった事を虱潰しにしている。 例えば、和訳詩作りとか、オーブンがあるのでケーキ作りとか、去年末からはんなり続いている音楽ユニットBlues Cheese+アンデパンダの次回ライブの準備とか、ハーモニカの練習とか。 晴れた日は庭木と畑の手入れとか、動物の世話とか、散歩とか。 5月に自転車でモロッコを旅する事にしたので、練習がてら山にわけ行って、登ったり下ったり、ガタガタゴトゴト自転車を楽しんだりする。 お尻が少し痛い。 週末には家主の友達やらを招いて、たくさんピザを焼いてワイワイ飲んだくれたりする。 自分の場所?とかいうけど、そんなところを持っている人って本当にいるのかな? といつも疑問に思ってた。 でも、どうもいるみたい。 生まれて、育って、ずーっと一処で暮らす、しかもそれに疑問を感じずに当たり前にできる人達。 生まれながらに所有していたモノの金銭的価値によってではなくて、もっと当たり前に土地に結びついてる人達。 生き物にはすべてルーツがある、良きにしろ悪きにしろ。 ルーツは自分の起源、そして自分もまた誰かのルーツになってゆく。 現代社会でルーツを全うしている、全うできる、全うしたいと思ってる人は昔に比べて減っているんじゃないかな? 様々な縛りがなくなった事と、社会が人間に求めるモノが変わってきたからだろうな。 生まれ育った場所を出て、またそこに帰る、、、っつーのは『自分の場所に帰る』ってのとはまた少し違うんだと思う。 話の筋を知ってる芝居を観るような。 自分のルーツに沿ってるのに、心が難民みたいな人もたくさん知ってる。 僕は何かにとり憑かれたように、ルーツをビシバシ引っこ抜いて、石に擦りつけて断ち切ったりして生きてきた。 でも、昨日がある以上、すでに今日に繋がるルーツが生えて、育って、知らん間にくっついている。 別にルーツが嫌なわけではない。 それにくっついてくる泥やら虫やら関係ない植物やらをややこしく感じる時が多々あるだけ。 ルーツの伸び、育ち、進むまま生きる事が快適なら、それがその人の生き方で、田舎者だと卑下したり、周りを妬んだりしなくていいはず。 ルーツが十代の男の子のヒゲくらいしか生えてなくてもそれが快適なら、風に吹き飛ばされる事ばかり恐れたり、違いを隠したり誤魔化したりしなくていいはず。 だいたい、ルーツがあろうが、なかろうが、今、現状できる事は一つか二つしかない。 つまり、平日の快晴の午前中、いつまでもゴロゴロしてるのも大変快適ではあるけれど、そろそろ勇気を持ってパジャマから着替え、音楽をかけて、掃除なんかをしてみたら、もっと快適になるかもしれない、、、ということ。 どちらにしろ、やはり今を生きたいし、生きてほしいな。 出来るだけ、快適に。
2013年04月16日
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