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かなり、日記を書くのがご無沙汰になってしまいました。メルマガを書くのがやっとという感じです。今日は、メルマガの一部から抜粋して掲載してみました。こんなやり方もありかなあ、と思っています。私のメルマガ読者には、意味がありませんが。。。。■■■■今週の人:高木仁三郎■■■■ 「高木仁三郎」って知っていますか?原子力の科学者・技術者であり、原子力発電に対する反対運動を引っ張り、2年3ヶ月ほど前に亡くなられた方です。私がその生き方を尊敬する人の一人です。高速増殖炉もんじゅの設置許可・無効判決のニュースを聞いて高木さんのことを思い出しました。今週号のタイトルにした「あきらめから希望へ」は、高木さんが好んで使われていた言葉です。私が高木さんの姿を直接見たのは、15年近く前の1988年4月に東京・日比谷で行われた反原発全国運動集会です。この集会は四国の伊方原発の出力調整実験に反対するために行われた、と記憶しています。高木さんはこの集会の事務局長でした。私はそのころ大学生でしたが、コメ自由化論争が行われていた時期で、農業問題やエコロジー運動に関心を寄せていました。何度か、反原発のデモにも参加しています。そのころは、反原発といってもまだまだ一般的には知られていませんでした。1986年に旧ソ連のチェルノブイリ原発が世界を騒がせましたが、食品汚染が問題となった程度で、原発自体の論議にはあまりなりませんでした。原発問題がテレビのニュースや新聞・雑誌で報道されることはめったになく、広瀬隆氏の「危険な話」や、それを読んだ主婦の方が書いた小冊子・「まだまにあうのなら」といった本で伝わる程度でした。しかし、この1988年の集会はかなりの参加者を集め、テレビのニュースでも報道されたことを覚えています。この集会のなかでデモ行進もありましたが、そのときに高木仁三郎さんの姿を見ました。なにかとても静かで、少し遠くを見ているような姿がとても印象に残っています。その後、私は大学を卒業し、働きはじめるなかで、反原発やエコロジー運動への関心は薄れていきました。高木さんの著作が出ると必ず読んではいましたが、遠い存在になっていました。そんな存在が急に身近になったのが、私がニューヨーク留学中の1999年に日本書の本屋で買った「市民科学者として生きる」(岩波新書)という高木さんの本でした。これは死を目前にした高木さんが、自らの人生を振り返って書いた本です。そこには、激しく、真剣に、本気で人生を生き抜いた人の言葉がありました。そして、明るさがあります。「あきらめから希望へ」「希望をつなぐ」今の私は「希望」という言葉に引かれています。高木さんの「市民科学者として生きる」(岩波新書)はお勧めです。原発に関しては賛否両論があると思いますが、それはさておき、その生き方を読んでみてください。高木仁三郎さんの著書などについての詳細は、 http://www.cnic.or.jp/takagi/ をチェックしてみてください。
2003年01月31日
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正月休みもほぼ終わりですね。私は昨日から今日にかけて、名刺や古い年賀状、メールソフトのアドレス帳をひっくり返して年賀メールを出しています。もう何年も会っていない人もいますが、懐かしい人ばかりです。一人一人書く場合もありますが、一斉同報で送る場合もありました。例えば、前の会社の時にお世話になった人、ニューヨークに住んでいたときにお世話になった人、という具合にできるだけ、共通のグループで送ります。(もちろん、BCCでメールアドレスは分からないように送ります)幸いなことに、メルマガを出していて、ホームページにバックナンバーを整理したので、そのアドレスを書いておけば、最近の近況を知ってもらうことができます。また、「週刊 宇都出マガジン」を出しているので、私個人に興味をまだ持っていてもらえれば、メルマガを登録してもらえれば、継続的なコミュニケーションを取れます。すでに、何人かの懐かしい人から返信がありました。年賀状だとお金も手間もかかりますが、年賀メールなら楽です。無効アドレスもけっこうありますが、転居先不明で戻ってくることを思えば、気にすることはありません。あの人も、あの人も、これまで生きてきたし、生きているんだなあとしみじみとうれしくなった正月休みでした。
2003年01月05日
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あけましておめでとうございます。年末から更新をサボっていました。仕事にメルマガにと忙しく、日記サイトはついつい更新が遅れていました。それにしても思い起こせば、9月にこのサイトを始めたのはメルマガ発行するため、というのがきっかけ。日記1回目のタイトルも、宇都出マガジン発行するぞ!というようなタイトルだったと思います。この日記サイトで書く練習をしたあと、10月半ばにメルマガ発行。いろいろと面白い展開もあり、この1月には読者数が400人を超えました。ありがたいことです。なかなか時間的に厳しくはありますが、ここが私の原点のようなものなので、続けていきます。今年もよろしくお願いします。
2003年01月04日
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