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大騒ぎでクリスマス 後編
「ねぇ朔耶くん、まだ終わらないのかなぁ~?」
キッチンでいそいそと働く藤野に、リビングに篭り、読書をしていたらしい倉本が痺れを切らして声を掛ける。
「ごめんもう少し、もうちょっと待って」
振り向きもせず、なにやら細かい作業をしているらしい。時計を見ると6時を回ろうとしている。外は夕闇に包まれ、マンションを囲む立ち木に飾られた、心ばかりのイルミネーションがきらめきを見せている。
「チッ」
舌打ちをしてリビングに戻ると、コタツの上の雑誌をパラパラと、もう一度、開いてみるが、心ここにあらず、やはり藤野を構いたいと言うのが本音で、持て余した時間をどうしよかと、考えあぐねた結果、そばにあったリモコンを拾い上げるとスイッチを入れる。チャンネルを替えてはみるがどうも今の自分にはヒットしない、テレビを消して、リモコンをポトリと落とすと、クッションを枕に手を広げて寝転がと、瞼を閉じる。眠い訳ではではない、ライトの明かりよりも、暗さが欲しかったから、しかし、それは完全な黒ではなく、黒に浮かぶ様々な色がある。そこへ、黒を濃くする者が重なる。それに手を伸ばし引き寄せキスをしようとした瞬間、来客を告げるチャイムが鳴る。二度目の舌打ち、出迎えの為に小走りで玄関に向かう足音、仕方なく起き上がると同時に、聞こえた声は、栢山に友里のものだ。
「メリークリスマス!藤野さん」
「先輩、お招きありがとうございます、あの、これ、俺からのプレゼントです」
声を聞きながら頭を抱え、ゆっくり歩いて行く。
「元橋、栢山、よく来たな上がれ」
栢山に向けられた視線にはどこか棘が有るのを藤野が察知して、倉本をリビングに押しやった。
「友里ちゃん、ご主人は?」
「藤野さん聞いて下さいよ、アイツとは離婚します!」
突然の宣言に藤野は口をポカンと開けて固まり、倉本は顔を覗かせて目を丸くしている。一緒に訪れた栢山は道すがら事情を聞いたのであろう、上がり込むと、ダイニングチェアーに腰をおろし、足組みをして成り行きを見守る。
「そ、そう、なんだ、友里ちゃん、上がって食事にしよう、話は後で聞くから、な」
「そうだな、元橋、藤野が作った料理だ、それを味わおうぜ、腹が減ってはなんとやらだ」
「あ、うん、倉本、手伝って、ローストビーフがいい頃合なんだ、シャンパンもあるし、ワインもある、パンは買って来たけど、ここのは旨い、スープもあるから、な、友里ちゃん、取合えず上がって」
男達の反応とは反対に彼女自身はさっぱりとしていると誰もが思う。
「そんなに気を使わないで下さい、決まったことなので!」
と、どこか吹っ切れた様に語尾を強調し、少し頬を膨らませ不機嫌そうだが、ブーツを脱ぎ手にしていたコートを藤野に渡す一連の動作が優雅でブレがないのは友里らしい。これで、メンバーが揃った。栢山と友里の上着を片付けて、戻った藤野が倉本に指示を出す。その後ろで栢山が静かに様子を見詰めている。何時もならば、我先に動いていた彼がなぜ動こうとしないのか、友里は興味深く観察し、耳打ちする。
「あんたさぁ、それ止しなさいよ、あの人には勝てないよ、嫉妬オーラ出しすぎ、倉本さんはそんなんじ
ゃなかったよ」
「仕方ないじゃない、これが俺なんだからさ、先輩、手伝いますよ」
すっと消えた嫉妬のオーラ、残された友里は、キッチンで押し合いながら準備を進める三人を肴に、出されたワインに口を付け、ポツリと呟く。
「これ、美味しい」
テーブルに出されたのは、スープにサラダとローストビーフ、何種類かのオードブル、これには友里が目を丸くする。
「これ全部藤野さんが?」
「やー流石に全部は無理、スープ、サラダ、ローストビーフ、以外は買ったんだ」
「先輩、『以外は』って...ほとんど作ったんでしょ?十分自慢してよ」
「いいじゃねぇかこれがこいつの良いところなんだよ」
隣の藤野に手を伸ばし、肩を揉みながら付け合せのポテトにソースを付けて口に入れる。
「うまいぞ」
「その言葉が聞きたいから努力出きるんだよ」
「ちょ、栢山、今の軽いお惚気、やってられない、こっちは食い気よ、いただきます」
ローストビーフを鮮やかに切、口に入れるとそれを味わい、飲み込むと目を輝かせて藤野を見詰め、手を出すと藤野はおずおずと手を伸ばし握る。
「藤野さん、私の嫁になってお願いします」
栢山が吹き出す。
「ちょっと、それは違うでしょ、シェフの間違いだろ」
「そうだぞ、こいつは俺の嫁、お前、元橋の所に就職しろ、今の所よりも良い給料もらえるぞ、きっと」
と肩を抱く。
「ああ、もう、二人とも冗談ですよ、だってこれはダーリンの為だけにあるんでしょ、ね」
ウインクされて藤野が頬を染め、のどの渇きを潤すかのようにワインを飲んだ。友里は、ほくそ笑んで食事を続ける。栢山は平静を装っているようだが見る人物が見ればかなりのダメージを受けている。倉本はニヤニヤ惚気顔でホークを口に運ぶ。
「ところで友里ちゃん、なんで離婚するの?」
悔しさ紛れの一言がぶつけられると、ワインを飲みながら友里が返す。
「無粋よ、美味しい料理にお酒があって離婚の話は必要無いでしょ、それはデザートの後でね」
とはぐらかし、グラスのワインを一気に飲み干す。
「ちょ、大丈夫?」
「平気、平気」
ピッチの早い友里、ワインが瞬く間に消え始める。会社勤めのころから友里の酒豪ぶりは知っているはずの、栢山と藤野、しかし、浴びるように飲む彼女の姿は初めてだ。
「彼女、大丈夫なのか」
「大丈夫じゃ無いと思う」
三人の心配を他所にとうとう、手酌を始めている。
「ちょ、友里ちゃん」
「あははは、空になっちゃった、私、歌いまぁーす」
といって、すくりと立ち上がると瓶をマイクに歌い出す。
「道に倒れて誰かの名をぉ~♪」
「中島みゆき...か?」
「確か...わかれうた...でしたか...?」
「栢山」
「はい」
「友里ちゃん、お前の同期で同い年だよな」
「ええ、まぁ」
「選曲、古くない?」
「別れって入ってればなんでも良かったんじゃ?」
三人、顔を見合わせ、誰か止めろと目配せをする間も歌は続く、全てが別れを題材にしていて、よっぽど離婚に至るまでに有ったのだと伺える。歌はほとんどワンフレーズで終わってしまうがそれはちょうどいい。
「この、状況、どうしよう?」
「どうしたもんかなぁ?」
「俺、連れて帰りましょうか?」
「栢山」
向けられる期待の眼差しが痛いほど突き刺さる。
「解りました俺が引き受けます、代金は高いですよ」
仕方なく立ち上がり、友里を捕まえると諭す様に瓶を取り上げる。それでもまだ歌うと聞かない彼女を連れ、玄関に向かうとブーツを履かせる為に、一旦、座らせると倒れそうになるので、上着を持ってきた藤野が背を支えたとき。
「いやぁん、藤野さん」
手を伸ばした友里に捕まり、不意をつかれて頬にキスされた。見送りに出た倉本が固まり、ブーツを履かせようと苦労していた栢山の手から、友里の足が落ちた。
「栢山、高い代金だったよ」
「あは、あははは...やられました...仕方無いですね、これで貸しはなしってことで、さぁ、友里ちゃん立てる?移行か」
「栢山」
手にしていたコートを受け取ると、渡すと友里の腕を肩に回させ、ふら付く彼女を支えて玄関を出る。
「驚いたね」
「ああ、彼女、よっぽどのもの抱えてしまったんだろうな」
伸ばされた指が頬の口紅を拭う。
「栢山には、悪いことしたな、今度、埋め合わせしないとな」
「うん」
嵐の後、片付けを終え、一服のためベランダに出る。火を点け深く息を吸い込み、紫煙を吐き出す。背中に倉本の気配を感じ、火をもみ消すと伸びた腕が肩越しに抱きしめる。目の前に差し出されたワイングラス、そして、耳にはく『メリークリスマス』の声が届けられた。
「これ」
「隠して置いた、さっきのよりちょっとだけ良いやつ、お疲れさん」
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