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カテゴリ: 虚  第一章
夜・・・・。
高い柵に挟まれた門が幾つもの篝火に照らされている。
木で造られたこの館は、その炎に彩られ、凄まじいばかりの剛健さを其の身に誇っていた。
庭園にも灯火が入れられ、夢幻の火が闇一杯の花を艶めかしく浮かび上がらせている。
其の庭園を見渡す離れに、女は居た。
白い着物を着た美しい女だ・・・・・・白炎(びゃくえん)である。
白炎はきつく目を閉じ、結跏趺坐(けっかふざ)している。
其の紅い唇からは歌の様な奇妙な旋律が紡がれていた。
其れは此の世のものとも思えぬほど美しく、其の場に控えていた数人の臣下達も思わず役目も忘れて彼女の声に陶然となった。

「・・・・・・・・っ!!」
突如、嵐の様な風が白炎の身の内から起こり、柱を抉り、灯火の全てを吹き消し薙ぎ払った。
其の風は白炎さえも・・・・・・と言うより、白炎のみ、目掛けている様だった。
臣下が庇おうとしたが、白炎の身の内から湧き上がってくるものを如何し様も無かった。
「白炎様っ!」
宙に、血の花が散った。
白炎の首筋と腕に血の筋が走っている。
「白炎様ああっ!!」
臣下が慌てて寄って来ようとするのを、白炎は鋭く制した。
「大事ないっ!掠っただけじゃ。」
風は既に止んでいる。

「よい。それより誰か山蛾(さんが)を呼んで参れ。」
「しかし・・・・・・。」
「よいと申すに・・・・。・・・・山蛾、山蛾は居らぬか!」
痛みを振り絞り声を上げると、暫らくして再び部屋に灯火が燈され、一人の男が現れた。
「御呼びになられましたか。」

「・・・・・山蛾。・・・他の者は皆下がりや。」
其の言葉を聴きながら、山蛾は庭から部屋に上がってくる。
其の目に白炎が映ると、山蛾は間を置かず、下がろうとしている臣下の一人を呼び止めた。
「待て。」
そして足早に白炎に近づき、おもむろに其の前に膝をついた。
「・・・・・怪我を・・。」
振り返り、臣下を咎めはせずに告げた。
「手当てを。」
臣下が其れに従おうとするのに、白炎は手を上げて其れを留め、
「よい、早く下がれ。この者に話が有るのじゃ。」
と、言ったが、山蛾は静かに遮った。
「ならば私が手当てをします。御話は、しながら聞きましょう。」
其れよりは何も言わせず、山蛾は臣下に御湯と包帯を持ってくるよう告げた。


「其の新しい身体の方はどうじゃ。」
白炎の傷口から静かに目を上げて、山蛾は応える。
「この通り、何の不自由も有りませぬ。感謝し申しております。」
実体が無く、魂だけで存在していた山蛾に白炎は五日程前、身体を与えたのだ。
そうしてやらねば、元虎・・・・・志砂咬(しずな ぜん)を“此方側”に引き込むのが難しい、ということが理由だった。
けれど、こうして静かに感謝の意を告げてくる声音は温かく、白炎をどこか安堵させた。
静かだった。
灯火の炎が揺れる音しか聞こえない。
山蛾も白炎の手当てに集中して、言葉を発することは無かった。
白炎は静かに山蛾を見遣った。
(この、男は・・・・・・。)
白炎の傷口に向けている瞳は、夕暮れを少し越した空の藍色をしている。
其の深い、妙に美しい色合いの瞳は柔らかい光を宿している。
長身の端整な顔立ちの男だ。
けれど、其の夕闇の優しい瞳の方に目はいく。
この瞳がこの者の魂を表しているからだろう・・・・・優しく温かな色をしている・・・・・。
(この目に、我が君も・・・・・・元虎様も癒されたのであろうか・・・・。)
「山蛾・・・・・・いや、今となっては有家清綱(ありえ きよつな)、と呼んだ方が良い、か・・・・・・。」
独り言のような白炎の言葉に、有家清綱、と呼ばれた山蛾は応えなかった。
返事を求められていない事が判ったからだ。
目も上げずに、手当てを続ける。
其の慣れた手つきを見ながら、白炎は尋ねた。
「手馴れているのう・・・・・・、元虎様もこうしてよく手当てを受けていたのか?先程の手当てはいらぬと申しておった妾の扱い・・・・・めっぽう上手かったぞ。同じ様に手を焼かされていたのだろう?」
白炎のぼんやりとした、何かを思い出しているような声に清綱は微笑した。
「御明察、恐れ入る。」
「・・・・・さもあろうなあ・・。」
白炎も其れに笑みを交えながら応えた。
其れを見、清綱は静かに聞いた。
「この傷、咬様に負わされましたか。」
一瞬白炎は肩を揺らしたが、其れだけだった。
「接触を拒まれたのじゃ、大した事ではない。」
話を打ち切ろうとする白炎を見つめる。
白炎は其れを見返し、確認のための言葉を紡いだ。
「そなたには、<界のほとり>へ行ってもらう・・・。」





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最終更新日  2005年09月10日 16時05分48秒
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