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カテゴリ: 虚  第一章
穏やかな暮色が、その雑多で無機質な路地を緩やかに包み込んでいく・・・・。
それだけで、このビルとビルの間に忘れ去られた薄汚く細い路地は何かの絵画のような温かさと敬虔さを纏う。
それを何処か不思議に思い、青年はコンクリートの壁に凭れたまま思わず微笑した。
この優しい暮色が、青年の一番大切な人に何処か似ていたのだ。
青年の其の瞳も今の時刻の夕闇と同じ色をしていた。
其の空気を乱すように何かが唸った。
赤茶の髪の少年である。
(予想より早いな・・・・。)
苦笑したくなったのを慌てて抑え、少年の短気に心の中で感心する。

凶暴なまでに不機嫌な声が少年から低く発せられた。
けれど狼が唸るような其の声に、連れである青年は平然と応えた。
「さあ?」
・・・・・此れほど人の神経を逆撫でする返答を、少年は他から貰った事はない。
連れの声は余裕を含む穏やかな声であったが、この青年の本質が声と同様でないのは、返答の仕方からも分かる様に、少年は厭になるほど知っていた。
無論、青年の返答に少年は血管が半分千切れかけた。
「てめぇ・・・・・やる気はあんのかよっ!?山蛾(さんが)っ。」
連れがこの呼び方を嫌うのを知っての罵倒だったが、青年はけろりとした微笑でそれに応える。
「もちろん、あるさ。」
其の小憎たらしいほど爽やかな笑みに少年は辺りかまわず地団駄を踏みたくなった。
「なら早く元虎を探せっ!」

しかも連れが山蛾・・・・・有家清綱(ありえ きよつな)となると、半ば以上もう此れは迷惑でしかない。
「刺桐(しどう)達がついているんだ。咬(ぜん)を探しても仕方ない、ルカ。」
心底機嫌の悪い少年の名を呼び、清綱は目元に苦笑を浮かべた。
「・・・・・なら、どうするんだ?今の元虎から“蒐一族”の念の気配がしたんだろ。接触してるにしろ、してないにしろ、傍にいねぇと・・・・・。」
と、突如少年は言葉半ばで考え込むように沈黙した。

ルカの顔から不機嫌な色が消え、妙に真剣な顔になった。
そのまま真っ直ぐに目を向けられる。
清綱は黙って言葉を待った。
「お前、恨んでねぇのか?」
驚くほどキツく低く声が呟く。
「お前、あんな魂だけの身体にされて恨んでねぇのかよ。」
声は責める色を帯びる。
「元虎の話しなくなっただろ。恨んでるから、全部分かってやってるのか?」
「ルカ。」
「じゃなかったらこんな事しねぇだろ?元虎がわざわざ<界のほとり>に転生したのはこっちに二度と戻りたくないからじゃないのかよ・・・。現にお前、会いに行かないじゃねぇか。」
「今だって元虎が“蒐”の奴らに先に捕まったら殺されるんだぜ。傍で守ってやらないと、力も使えない弱くなってる奴なんざ、たやすく捕まる。」
清綱は言葉を遮った。
「彼は特別だ。」
静かに強い、けれど優しい慈しむ様な声にルカは目を見張った。
「弱くない。」
一ヶ月間、夢で接触してきたのだ・・・・・あの人の強さなど自分が一番知っている。
彼は生前と変わらず、一人立ち続けている。
孤独を抱き、誰にも縋る事のない彼の立ち姿は悲しいほど変わっていない。
抱き締めたかった。
本当は会って其の熱を確かめたかった。
彼は確かに生きているのだと。
けれどそれは許されていない。
『そなたの其の情念が<あの御方>を殺したのじゃ・・・・。』
誰に言われなくとも分かっている。
清綱は自嘲気味に笑った。
自分は失くしてはならないものを喪ったのだ。
「清綱・・・・。」
声を掛けかけてルカは驚きに固まった。
「おい・・・・。」
ルカに促がされ清綱は其の視線の先を追う。
黒い上下に薄手のコートを羽織った少年がこの路地に入って来たところだった。
華奢ではないが肉の薄い身体の少年が迷わずに路地の奥へと歩みを進めてくる。
夕闇のせいで此方は暗く、幸い見えていないようだ。
少年の足がふ、と止められる。
ゆっくりと、少し戸惑ったように少年の顔が上げられ、此方のほうを見据えた。
沈みかけた夕日が其の最後の残光を撒き散らし、少年の姿を闇に刻み付けるように愛おしそうに照らした。
整った容貌が分かった。
気高い、では生ぬるい不屈の瞳が此方に向けられている。
目が、合った。
声が静かに震えた。
「咬・・・・。」
少年の目が微かに柔らかく笑った気がした。
少年が歩を進める。
と、此方に辿り着く前に少年は進行方向を変え、路地の奥に向かった。
「そっちは・・・・!」
(いけない・・・・っ!)
清綱は何も考えずに駆け出し、少年を追った。





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最終更新日  2005年09月10日 16時03分55秒
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