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虚乃剣
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2005年12月01日
サンセツキ <本編> 第一章 雪華 3
テーマ:
連載小説を書いてみようv(10421)
カテゴリ:
サンセツキ <本編> 第一章
町が深い藍色に沈む頃合。
今日はそれが格別早く、そして格別美しい。
暮色の朱を刷いた空は今は磨き上げた宝石の瑠璃色に染まり、しっとりと艶やかさを帯びつつある。
風にもどこか夜気を感じる頃合であった。
だが今日は通りから人いきれが減る気配はない。
もうじき、夜になろうというのに人々は通りに溢れ、多くの店が賑わっている。
人々もシャン、と胸を張りどこか楽しげに、藍に染まった空が今艶やかさを添えるのと同じように、昼間見た顔より皆“華”がある顔つきをしている。
通りを賑わせている子供たちも弾けるように笑い声を上げ、はしゃぎながら通りを走り抜けていく。
夜が近づくにつれて町はにわかに活気付いていくようだった。
どこかから、里神楽のお囃子が響き始めた。
それを境に、町は祭りの歓声に、張ち切れんばかりに沸いた。
かん高い笛の音や、店の呼び声が景気良く派手に飛び交い、叩き返される。
祭り独特の熱気の華やかさに、やられる。
通りに茣蓙を敷いたり台を置いて、居並ぶ露店はそれだけでどこか迫力があり、華やかな堤燈に照らされるその様子はいっそ小気味いいほど艶やかで派手であった。
今日は山の方では朝から雪が降っていたが、ここは冬の寒気をどこかに蹴っ飛ばしてしまったらしい。
「・・・・・すごい、な。」
自然と素直に言葉がこぼれ、氷翠王【シャナオウ】は思わず柔らかい笑みを浮かべた。
あのまま白銀に染まる草原で雪灯【セツガ】と別れ、馬を駆けさせてこの町に今着いたばかりだ。
獅吼【シコウ】も今日、これがあると分かっていたから氷翠王を村から連れ出したのだろう。
活気付く町からは、こんな時期に祭りを開けるだけのこの町の土壌の下強さと、ここに暮らす人々のどっしりとした力強さが分かる。
この町の祭りを、外と断絶された村のあの子達にも見せてやりたい。
「あ姉ぇっ!」
突然、力一杯の声が、かくれんぼの鬼が「見つけた!」とばかりに嬉しげに響いた。
聞き慣れたその声が元気いっぱいに駆けて来るのを聞き、声の主の姿を求めて通りをザッと見通す・・・・・・・・・よりも先に、かなりの速さと強さで腰辺りに衝撃がきた。
とっさに正面から飛び込んできたのを、なるべく相手に痛みを与えないために両腕を回し、柔らかく抱き止める。
どこから走って来たのだろう、かなり熱い身体で、息も大きく乱れていた。
ずっと探していたのかも知れない。
「大丈夫?」
柔らかく促して、ひんやりと冷えた水の入った竹筒を自分の腕の中の少女に手渡した。
氷翠王の言葉に一つ大きく頷いて、少女は竹筒に口を付けて水を飲み干した。
それで落ち着いたのだろう、息をつき、再び抱きついてくる。
「なあなあ、一緒に祭りまわろう?あ姉も来とるて聞いたけん嬉しゅうなってずっと探っしょったんや。」
なあ、まわろう?と、また繰り返して見上げてくる。
初めて来た祭りにはしゃいで、早く露店を見て回りたいのかうずうずしている。
今にも走り出していってしまいそうな感じだ。
少女からは幸福の匂いがした。
「いいよ、橙火【スミカ】。」
その微笑ましさに何気なく橙火の頭を撫でてやると、橙火は照れくさそうにけれど幸福そうに笑った。
*
見つけた!、と思ったから、その姿が視界に入った途端無我夢中で走ってその白くて細くて温かくて優しいその手を握って、腰に抱きついた。
手加減もせず走り込んだまましがみついたから、二人して倒れそうになったけどその人はやっぱりその優しい手で抱きとめてくれた。
いつも優しく笑うその人は、だけどこの町で見ると何処か・・・・・・・・橙火の手の届かない遠い何処かへ行ってしまいそうな風に見えて、悲しくなったのだ。
だから、抱きついて「一緒にまわって。」とせがんだ。
他の人はいつも苦笑しながら困ったように笑うのに、その人は橙火が大好きというみたいに嬉しそうに笑って頭を優しく撫でてくれた。
そうすると、さっき感じた悲しさが嘘みたいに遠くに飛んでいって、今度は楽しくって嬉しくってワクワクした。
本当は初めて来たお祭りを本当に本当にその人と回りたかったのだ。
だけどいつも忙しくて、村から出ないその人とは無理だと周りに言われてほとんど諦めていた。
せっかく一緒に住んでいる兄に仕事のついでに連れて来てもらったのだから、大好きなその人と一緒に回りたかったのだ。
けれど、しょうがない。
その人はその村の人々への責任と義務があるのだ。
橙火や皆のためのことなのだと分かっているから、何も言えなかった。
皆への愛情が深いその人は、橙火がいつ見ても、朝から晩まで仕事をしていて、深夜遅くに目が覚めて橙火が屋敷から外を見ると、必ずその人の屋敷の、その人の部屋はいつも明かりが点いていた。
だから、邪魔はしちゃいけない。
すっかり諦めていたけど、今朝、獅吼がその人が今日は村から出て町に行く日だと教えてくれた。
それを聞いて、朝から嬉しくて、ワクワクして、その人が来るのは遠駆けの後だから遅いと分かっててもずっと探してしまっていたのだ。
「橙火?」
大好きなその人の綺麗な声に呼ばれる。
嬉しくなってその人の手を握った。
その人も笑って握り返してくれて、そのまま手を繋いで歩く。
「?何か欲しいものはないのか?」
あんなに祭りにはしゃいでいた橙火が、今は黙ってその人と手を繋いで歩いているだけで露店を見ようともしないをその人は不思議に思ったのだろう。
けれど橙火はその人と手を繋いで一緒に歩いているだけで幸せでお腹いっぱいだった。
「うん・・・・・。なあんにもいらへんよ。」
橙火はその人に拾い上げて救ってもらった一人だから、その人を本当の両親のように、姉のように、兄のように・・・・・・・違う、それよりももっと大切な人として慕っていた。
橙火は赤ん坊だった頃親に捨てられたが、自分を生んでくれたことをとても心から感謝している。
生んでくれてありがとう、といつも寝る前精一杯の心を込めてお礼を言う。
自分は今生きて此処に居て、幸せだった。
だってこの人にも会えたのだ。
もし自分が捨てられていなかったら、この人にはたぶん一生会えなかった。
「橙火。口開けて。」
優麗な笑みを浮かべて氷翠王は、橙火の目線と合うように地面に膝をつく。
「・・・・・・・・・・・?」
言うとおりにすると、直ぐに口の中にふうわりとした甘さが広がった。
それから何か、柔らかくて甘い香りがする。
温かい。
びっくりして目の前の相手を見つめると、その人は口の中の甘いものに負けないくらいふうわりと優しい瞳で笑った。
「異国の焼き菓子だって言ってた。さっき露店の人がくれたんだ。」
美味しいだろ?と橙火の頭を撫で、あげるよ、とお菓子を手渡された。
たくさんの綺麗なお菓子が橙火の手から零れ落ちそうになる。
さっき、って一体いつの間に貰ったんだろう、と橙火はやはりびっくりした顔を崩せない。
焼き立てだから、本当についさっき貰ったはずなのに。
魔法みたいだ。
この人はいつもこうやって幸せをくれる。
「もっと欲しがってもいいんだよ。橙火。他に何が欲しい?」
さっき何もいらない、と言った橙火の言葉を拾い上げてくれたのだと橙火は気づいた。
思わず、驚いてその人を見つめる。
「子供はもっとわがままでいていいんだよ。橙火はもっと欲しがっていい。」
その人は両手で橙火の頬を包み込んだ。
そしてまるで熱を測るように額をコツン、とあわせた。
「今日だって言ってくれれば、橙火と一緒に始めから来たのに。」
注ぎ込まれた柔らかくて幸せな言葉は、とても思いがけなくて。
「周りのことなんか気にかけなくていい。橙火がしたいことはしたいっていつだって言っていい。」
「・・・・・・・・まだ、我慢なんて覚えなくていいんだよ。」
真剣な温かいその言葉の後に、それに橙火と一緒に来たかった、とからかうように優しい笑みをくれる。
涙が出そうになった。
いつだって、自分が欲しいと願っていても自覚できていないような奇跡のような夢をこの人は叶えてくれる。
こんな“かみさま”みたいな人を、橙火は他に知らない。
だから思う。
この人に少しの幸せでもあげたい、と。
だから祈る。
この人がいつも幸せであるように、と。
「あのね・・・・・・・・・・・。」
だから、橙火は口にした。
いつも、いつだって欲しいと思っていた“そのこと”を。
誰よりも大好きで、大切なその人に。
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最終更新日 2005年12月01日 19時17分05秒
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