虚

虚

PR

×

コメント新着

虚乃剣 @ お久しぶりです 怖いですが、美しい詩ですね。 >嗚呼…
茜夜 @ Re:charberryさん コメント、有り難うございます。 自分の…
charberry @ 本当に放って置かれたら、それはそれで・・・ 繊細ゆえに傷つき、疲れ、虚になり、無に…
茜夜 @ Re:虚乃剣さん そう言って頂けるとほっとします。(●^_…
虚乃剣 @ ヤッハー(´Д`)y─~~~ 思わず笑ってしまいました(笑) こうい…

お気に入りブログ

何某の戯言 佐藤のかしさん
桜 シ オ ンさん
ボウキャクワスレ スリ鉢 胡麻さん
綴 砂葉さん
リセット zakkballanさん

プロフィール

茜夜

茜夜

バックナンバー

2026年10月
2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月
2005年12月10日
XML
凍りついた脆弱な月が、砕け散った自分の蒼い破片を果てしなく世界に散りばめている。
ああ、なんて浅ましく脆弱でどこまでも目障りな。
このようなものを。
雪灯【セツガ】は笑った。
よもや、このようなものを美しいと呼ぶか。
頬を伝う返り血が、今日はやけに沁みる。
もう使い物にならないであろう刀を地に捨て、赤黒く染まった利き腕を無造作に服で拭う。
噎せ返る様な血の匂いが鼻につく。
これが夜ではなく他の時間帯であったなら、地面を這い伝う血の流れが思うさま見る事ができただろう。

その場の状況を一端把握し直すと雪灯はすぐに興味を失い、視線を他に滑らせる。
最初に目に映ったのは、こちらに転びそうな様子で走ってくる男の姿だった。
その雪灯の視線に気づいたのか一瞬男はびくりと肩を揺らしたが、再び上げられた目には見苦しい光が宿っていた。
男はそのまま走って来、雪灯の前で勢い良く地面に這いつくばり擦り付けんばかりに叩頭する。
死体の上に自分の額や足が乗り上げるのもお構いなしに男はヒキガエルのような身体を擦り付けんばかりに許しを請うた。
「我らが護衛に就いていながらこのような体たらく!弁解のしようもございません・・・・・・・・申し訳ございませんでした!!」
放って置けば靴まで舐め回しそうな勢いだ。
だが男の口調には媚だけは溢れ返って張ち切れそうなほどに旺盛ではあるが、謝罪の心は針の先ほども有りはしなかった。
男は自分の不始末のために死んだ部下たちを想うでもなく、まして雪灯への心配や申し訳なさのためにこうして舞台役者も真っ青な寒々しい謝罪をしているのではない。
ただこの男は恐ろしいのだ。
雪灯の、引いては蒐【シュウ】家の不興を買う事が。

「御身にお怪我は御座いませんか。」
これだけの謝罪では足りないと思ったのか、ヒキガエルは更なる卑屈な媚を見せ付ける。
趣向を変えてきたようだ。
「中々に芸が細かいですね。」
独り言の最後に思わず「ヒキガエル(あなた)は」、と付けてしまいそうになり、その途中で「は?」という困惑したヒキガエルの声に止められる。

そのヒキガエルの反応に微笑を浮かべて返す。
「怪我があるように見えるかい。」
雪灯の応答にヒキガエルは歪んだ安堵に顔を綻ばせる。
それを雪灯は見逃さずに、月闇に瞳を隠して笑った。
その笑みは死神の笑みだったが愚かなことにヒキガエルは気づかない。
いや、幸福にも、か。
「さすが、蒐家の宗主となる御身であられる!心配は無用でしたな。」
声を立てて笑うヒキガエルに合わせて笑みを浮かべながら雪灯は言葉を紡ぐ。
「僕の一つの教訓を教えて差し上げましょう。」
笑み交じりの雪灯の声は穏やかで優しい。
けれど優しい声の人間が優しいとは限らない。
「成り上がりたいなら、その口を閉じて語らず、耳だけは網の目のようにそこかしこに広げて置くことをお勧めしますよ。」
その雪灯の言葉の途中、ヒキガエルの咽喉からくぐもったグフッという妙な音と勢い良く飛び散る水音が響く。
雪灯が腰から引き抜いた短刀でヒキガエルの首を真横に薙ぎ払ったのだ。
ヒキガエルの血がそのまま真上に撥ね上がって雪灯の耳朶を汚すのを捨て置き、ぐぐっと力を込めて自分の短刀をもう一度引く。
ヒキガエルの目は信じられないものを見た様に見開かれていたが、その目に光は無い。
「そうすれば情報が得られるばかりか、あなたはその馬鹿さ加減を周囲に披露しなくて済む。求められても口は閉じたままの方が重畳だ。特に成り上がりたいなら自分の情報は与えるべきではなく、その分耳を意識して使い、他人の情報を得る事に専念したほうが良い。・・・・・・・ただでさえあなたは醜すぎる。」
と言っても自分は美しいものなどこの世で一つしか知らないけれど。
月の令色が痛いほど照らしてくる。
ほろほろと金色の光を零して落ちる満月は、ただ一人のまなざしとなって癒しのように雪灯の身体を撫でる。
それを受け、当に忘れた幸福を少しでも瞬時に思い出せる僕はもうかなりのお手軽だ。
「・・・・・・何度生まれ変わっても僕を忘れてしまうお馬鹿さんな君には、僕に文句を言う資格は有りませんよ。」
空高くから見守る月を見ながら呟く。
本当は月なんかよりずっと君のほうが綺麗だと思うが。
鬼龍【キリュウ】として生まれ、六道輪廻を記憶を持ったまま巡り続けるようになって早何万回目、自分は地獄の鬼や亡者にも第六天魔王と化け物扱いされる始末。
今回も君の魂を追って生まれてきたが、やはり君は覚えてはいない。
けれど、君は何度生まれ堕ちてもその柔らかい瞳と華奢な指先は変わらない。
僕にはそれが嬉しい。
その瞳が僕を映しその華奢な指先が僕の体温に触れたことを、その魂のどこかで覚えていてくれている、とそう思いたいんだ。
今回の生で、初めて会った時を回想する。
出会うタイミングとしては最悪な機会だったと、今でも少し後悔する。
君は幼くして朱樺【シュカ】家の宗主で、蒐家に人質として囚われていた。
それから九年ほど経った頃。
蛹が蝶になるのを女性の成長に例えるのは美しい隠喩だが、その言葉を当て嵌めるが如き美しい氷翠王【シャナオウ】の成長に欲情したらしい、蒐家の長男、今生の雪灯の兄でもある男が氷翠王を強姦した。
その当初は兄も氷翠王も話さなかったので、誰にも知られていなかったが、その数ヵ月後、彼女が妊娠している事が分かり発覚した。
まだ彼女は十四だった。
兄は自分のしたことを棚上げし、周囲にばれたことで氷翠王に酷い暴力で当たった。
彼女は自分が蒐家に人質に捕られている手前反抗もせず、周囲も蒐家の次期宗主のする事に口を出せず傍観していた。
当然の如く彼女は流産し、二度と子供を生めない身体になった。
その時自分は海外の異国で生まれ育ち、蒐家の人間でありながらこの国に一度も来た事が無かった。
どころか、彼女が蒐家に居ることすら知らなかった。
らしくもない誤算だった。
いつもなら彼女(あるいは彼)と親しい関係になれる家柄の所に目をつけて転生するのだが、今回は前の転生の際に穢れた魂を癒すことで精一杯だったのだ。
突然父に呼び戻され、帰った家で見たものに愕然とし、自分の不覚に取り返しのつかない後悔に身を焼いた。
その時に始めて会ったのだ。

*

雪灯が其処を訪れたのは月も中天に差し掛かる頃。
つん、と新しい畳の香りのする部屋の端に白い布団が敷かれ、そこに少女が死んだように眠っている。
けれど月明かりに照らされるその顔はやはり空気が柔らかく、静かだった。
そこかしこに暴力を振るわれた痕が残り、肌が白い上に更に白く見せる包帯をいたるところに巻いているのが何とも痛ましい。
けれど、やはり幾年も探し続けたその魂だった。
その空気を柔らかい表情を思い浮かべる度に、縁の無いはずの幸福に似た何かを雪灯は得る。
雪灯は笑った。
その笑みの下に残酷な感情を押し殺す。
この相手に積もり積もった感情。
それは絶望という陳腐で滑稽な名が付く。
この殺意【愛】は根が深い。
此処に戻らなければ良かった。
この子もきっと、すぐに僕を忘れる。
ゆっくりと眠る少女に近づく。
月光さえ撥ね返すような潔く、冷たい視線をしばらく受け、少女は身じろぎをした。
『・・・・・・・・・あ・・・?』
うっすらと少女は瞳を開け、ゆるゆるとこちらを見上げる。
『・・・・・・・父、君・・・・・・?』
随分と懐かしい人の夢を見ていたようだ。
慕う声音に、それを紡ぐ唇はあどけない。
あまりにも残酷な返答に、それでも微笑の相槌を打ちながら答える。
『違いますよ。覚えていますか、雪灯と言います。』
『・・・・・雪、灯さん。・・・・・・はい、忘れません。覚えています。』
可愛いことを言う。
けれど君は必ず忘れてしまう、いつも。
それでも。
『どうして僕が兄から君を救ったのか、君には分かりますか。』
その雪灯の問いに思いがけず少女は花のようにふわり、と笑う。
『優しい、人だから。』
切った唇が痛いのか、声がとぎれとぎれに言葉を繋ぐ。
『意外なことを言いますね。実の母を殺して体よく海外に追い出された人間に言う言葉とは思えません。』
『あなたはたくさんの傷を負っているから。心の傷を負った人はその痛みが分かるから。・・・・・・あなたはきっとそれに気づいていなくて、人よりもっと痛いから。だからきっと忘れているだけ。温かい優しさを。』
少女はいつか雪灯が願ったように、真っ直ぐ雪灯だけに微笑む。
それだけで雪灯は報われる。
その今までのどの転生の時よりも少女が優しく微笑みかける。

誰が本当にこんな輪廻を巡り続けたいと思うものか。

本当は、叶うなら、ずっと・・・・・・・・・・・。

*

鎖にがんじがらめにされて堕ちた月を、ただ雪灯は無心に見上げる。
この地獄のような場所。
できるならあの愛おしい魂と永遠の眠りにつきたい。
健常な理性は当の昔に絵に描いた餅になっている。
君の傍ならたとえ地獄でも昇天ができるだろうに。
彼が願うのは、救われることではない。(そんなものは無駄だと知っている。)
ただひとつ。
本当にただ一つであったのに。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年12月10日 22時19分40秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: