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「朱樺の地に戻る気ですか。」
神生は氷翠王が髪を切った理由に思い当たりその確信を突いた。
脳裏に二人の守人とという客人の姿を思い浮かべながら。
正しくは神生の言葉は間違いである。
実際、神生が思い浮かべた言葉は、『蒐家の追っ手の手がこちらに掛かる準備をしているのか』だった。
その言葉を自粛し、遠まわしにけれど的を得た応えを神生は返したのだ。
「ああ。」
氷翠王の返事は簡潔だった。
わざわざ何者かに追われている者たち・・・・・・・・(しかも二人とも守人である)を禁足地に連れて来たのだ、居場所を突き止められても不思議ではない。

それに、追っ手の手が伸びてきても此方には大した損害は無いのだ、実際。
追手の大本であるはずの蒐家の宗主が此方に加担しているのだから。
まあ、義兄と義兄に結託している蒐家の一派に見つかれば危ういが。
元々氷翠王が出奔したのはやむにやまれぬ事情もあったが、主に義兄に蒐家の心臓を握らせ朱樺家を取り戻しその結束を磐石のものにするという目的を達成するためにあった。
氷翠王が蒐家に人質になっていた十三年間にその基盤を立ててあったし、蒐家の内部のほとんどを氷翠王は既に掌握していたのだ。
一揆に傾いて滅びかけていた蒐家を救い、立て直したのも氷翠王なのだから。
蒐家と血の契りを交わしその政に関与する権利を九年掛けて得た後、氷翠王が一番にしたことは蒐家傘下の財閥の総入れ替えをし、事業の拡大を図ることだった。
この前代未聞の働きかけに蒐家の貴族連中は腰を抜かし、全員反対したが病床にあった宗主が氷翠王に賛同し有無を言わさず強行した。
皆あの明らかに氷翠王を軽んじていた宗主が何故、と目を見張ったが、それも無理のない事だった。
だが氷翠王は一年ほど前病床についた宗主と周りがおかしくは思わない程度に接触をしていたのだ。
平時ならばどんな思いやりに満ちた言葉でも気にも掛けず嘲笑で返すであろう宗主の傲慢さも、病床という自分の先への不安と心細さからすっかりなりを潜めていた。

絶妙のタイミングで与えられる奇跡の様な思いやりに満ちたまなざしと手、それから不安と自分が何もできぬというもどかしさを包んで否定してくれる温かくも優しく柔らかな物腰。
実の子供達が臣下の者に任せっきりにし碌な看病もしない事も拍車を掛けただろう。
毎日毎日、自分の看病に明け暮れてその白く繊細な綺麗な氷翠王の指が少しずつ荒れていくのを宗主は見ていたのだ。
これが宗主でなくとも誰でもほだされただろう。
氷翠王が自分を救いにきた自分だけの菩薩にでも見えたに違いない。

蒐家の人質である、という氷翠王の自分に対して弱い立場もそれに一役買っているだろう。
絶対的な信頼を向けている氷翠王の選択に宗主が否を言う筈もなかった。
そうして氷翠王は事業を選別して拡大していった。
それが着実に利益を上げ、段々と蒐家が立ち直り始め蒐家の臣下や他貴族の信頼を得るようになった頃、羊毛を主としている蒐家の紡績を氷翠王は他貴族に売却した。
この紡績はかなりの利益を上げていて、今後もその利益は伸びるだろうと思われていたので蒐家の者はかなりの反発をした。
が、氷翠王が『今でこそ羊毛を主とした紡績は行っている者が少なく利益も高いが、他の多くの財閥もそれに目をつけ始めている。もうすぐ嫌でも価格は驚くほど下がるだろう。ならばその前に他に高く売却した方が利益は比べ物にならないほど高い。』と説得すると、氷翠王の意見に傘下の財閥は誰も反対する者はいなかった。
これには蒐家の者は度肝を抜かれた。
ほとんど独断のような提案に傘下の財閥はもはや反論もしなかったのだ。
いつの間にこれ程の信頼を得たのか。
実際数ヵ月後には氷翠王の言うとおりになり、被害を受けなかったのは蒐家と朱樺家だけだった。
誰もが氷翠王に厚い信頼と情愛を向けた。
誰も氷翠王無しでは蒐家が立ち行かぬ事になっていると気づいた者はいない。
これで氷翠王が人質として責を逃れ、自分の臣民の待つ故郷に帰りその上で蒐家の政と財政を動かしても誰も文句など言えぬ程に。
蒐家の者は氷翠王の手によって蕩ける程に甘やかされた事に気づいていなかった。
自分達が何もしなくてもまるで神の手が蒐家の建て直しを図っている様に、どんどん氷翠王の手から与えられた。
気づいた時には誰もが氷翠王の指示なしには何もできない者になっていた。
逆に朱樺家の者は君主である氷翠王がいない間、領地を支えなければと鉄の団結を示し奮起していた故に、一人一人の才覚が尖るように際立ち磨かれ凄まじい団結力であった。
後に、恐らくこの人質時代があってこその朱樺衆と言われる程に。
朱樺家を取り込もうとして逆に取り込まれたのは蒐家の方だった。
五歳の頃から人質生活を送っていた氷翠王は猫の子ではなく、まさしく朱樺家の前宗主であった父と同じく猛々しい虎の子であったのだ。
とんだ薮蛇をつついたのだ、蒐家は。
唯一の誤算は、他国に追いやられていた色狂いの蒐家の長男が氷翠王の帰郷の時に戻り、『君のために俺は全てを捨てたんだ。』と迫りそれを氷翠王が断れば『お綺麗な顔をして俺の親父まで咥え込んだ淫乱のくせに、俺を拒む気かっ!?』と真も実もない言葉で氷翠王を貶め、挙句の果てには刃傷沙汰になり、それでも飽き足らずこの長男は氷翠王が蒐家に謀反を企てていると嘘ばかりの言葉を流したのだ。
氷翠王が十四の時に強姦して子供を生めない身体にしておいて、何が“全てを捨てたんだ”なのかは氷翠王にはさっぱり分からなかったが。
蒐家の者は誰も信じなかったが、氷翠王の腹違いの兄だけは違った。
氷翠王と兄にはかなりの因縁があった。
兄の拷問にも堪えながら氷翠王はそれでも出奔などするつもりはなかった。
こんな事がこのままにされて置く筈もないと分かっていたのだ。
すぐに、助けと蒐家からじかに手が入れられる事も分かりきっていた。
それ程までに蒐家は氷翠王の手を必要とし、無くては生き残る事すら危うい。
長男と引き換えにしても手放す筈が無かった。
そうでなくともこの男は蒐家の足を引っ張る事しかしていないのだ。
・・・・が、その前に朱樺家の古参の臣下が氷翠王のために反乱を起こした。
実際、後一歩遅れていれば氷翠王は兄に殺されていたかもしれない。
だが現実に起こしてしまった反乱は、はいそうですかと取り下げられる訳もない。
このままでは一族郎党が滅びてしまう危険があった。
だから氷翠王は反乱組に助け出された後、拷問で負わされた傷と痛みに立つこともままならない身体を駆使して陣頭で指揮をとり、わざと兄と敵対して見せた。
そうして反乱組にも兄の郎党にも被害を負わせない程度で引き下がり、反乱組を連れ出奔した。
こうすれば兄達だけは身内と敵対してでも蒐家に変わらぬ忠誠をたて、命を削る覚悟もあると言い訳もたつ。
朱樺家を半分に割ってしまうが、全滅はしない。
氷翠王を見つけて曳き立てるまでは目は向かない。
そうして禁足地に来た。
これらを指揮し実行したのは氷翠王とその腹心たちだったが、これには蒐家の宗主も手を貸していた。
義兄と結託をしていた蒐家の者たちの反対にあい、氷翠王への助けが間に合わぬと判断した蒐家の宗主が朱樺家古参の臣下が朱樺家の今の実権を握っている義兄に叛乱を起こしたと聞いて出奔の用意を整えたのだ。
宗主は実際、養子にした氷翠王を後継者にするつもりだった。
病床の宗主は長女が政に向かぬこと、才がないことを知っていたし、蒐家の名に泥をぬった長男は既に【貴】の名を返上させてあった。
後二人の息子はいたが、どちらも家名を継ぐ気はないと継承権を放棄していた。
氷翠王が居ない今、傘下の財閥を動かせる才を持つ者は蒐家にはなく朱樺家に在る義兄しかいないことを氷翠王は知っていた。
自分がそのように仕組んだのだ。
財閥の選抜と事業の拡大、立て直しに関しては蒐家の部下を育てず手を一切触れささなかった。
蒐家と朱樺家、領地と領民の細かい管理も少しずつ時間は掛かったが独裁するようになっていた。
蒐家の者は蒐の領地に関する書類すら何処にあるか分からないだろう。
権利書も氷翠王が手に入れていたのも知らなかったのだ。
そうしながら氷翠王は義兄にだけは情報を流していた。
財閥のほうも義兄の思う通りに動かせるまでになっていた。
最初から氷翠王は蒐家から朱樺家を取り戻した後は全て義兄に譲るつもりでいた。
その過程の進み方は考えていたものとは異なったが、実際、今義兄はその実権を全て握っていることだろう。
それが氷翠王が出奔して二年経った今、ひるがえされても困るのだ。
氷翠王が見つかって一番立場が危うくなるのは義兄である。
蒐家の宗主がいまだ亡くなっていないならば。
義兄の一派が先に氷翠王を見つけたならば氷翠王を殺せばいいだけだが、宗主が見つけてしまった場合は。
氷翠王とて今更義兄に譲ったものを脅かすつもりはない。
髪を短く切ったのはその表明だった。
長い髪は貴族の特権であったからだ。
実際的ではないその風習をどうと思ったことはないが、表明としては一番分かりやすいだろう。
この短い髪は。
朱樺の跡を継ぐ気はないが、死ぬ気はないのだ。
「あなたは本当に仕方がない人ですね。」
氷翠王の考えていることを察したらしい神生はやはり呆れたような声を漏らした。
それに氷翠王は瞳だけで微笑む。
「“アレ”はあなたが自分を犠牲にしてまでも守る価値があるものだとでも?」
冷ややかなその言葉の割りに、神生の声は暖かく優しかった。
「----------------------。」
その声に、氷翠王は悪戯を思いついた子供のように朗らかに笑った。





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最終更新日  2006年10月02日 20時02分47秒
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