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再録・世紀の大魔術失敗の思い出
昔から多趣味である。だから一つに固定した趣味領域で浅い付き合いを得ようとしても、まず無理である。私の非社交性もずいぶん原因しているだろうが、特にバイク趣味では失敗している。バイク好きの人は、多くメカにも通じている。私はこれが全くわからず、話に加われない。
バイク趣味の人を論難するわけではないが、私はメカがだめだ。高校時代、理系志望の多くの同期の生徒が工学部をめざす中で、私は「成らば」という願望はあったものの、例え万一合格しても、その先が生き地獄なのは目に見えていた。だから消去法で農学部を選んだに過ぎぬ。由来我が家系はどちらかというと文系である。これも自慢になるが、現に兄も私も古文の試験では 50
点満点の 40
点台が多く、上位者掲示の中にたびたび入った。
中学の技術科が嫌いだった。私は今模型工作用にハンダゴテを持っているが、これは中学の技術の時間中、設計図を見てもまるっきりわからずに困っているところを、クラスの生徒の一人がすべて作ってくれたおかげである。無論今でもしっかり役に立っている。ただしハンダは使わない。例えば氷山を作る時、発砲スチロールを溶かして成形するために使う。
ちなみにこのハンダゴテを作ってくれた生徒とはロケット趣味で一時期気が合い、中三の時、ペンテルサインペンの芯を抜いて実際にロケット実験をやっていた私とよく話し合った。だがある時、ロケット推進原理をこの生徒が間違って解釈していたことを私が正そうとしたことで気まずくなって、付き合わなくなった。
彼は噴射火炎の勢いが周囲の空気を押す反作用で飛ぶと言い張ってきかなかった。無論ロケットは真空中でも飛ぶ。ロケットの噴射は言わば燃焼室内での爆発である。この圧力がロケット本体をはじき飛ばす原理である。つまりロケットは究極の内燃機関である。
しかも、車やバイクと違って、私のような子供でも作れるのが魅力だから、いっぺんに飛びついて、天気の良い日曜日は、ほとんど燃焼実験か発射実験で半日つぶした。
高校受験の前年 11
月になってもまだロケットに夢中だった。さらに、高校にようやく受かるとすぐ新型ロケット開発にかかって、兄が最初の大学受験から帰った晩も、ロケット発射実験をやったほどだ。
孤独な趣味である。孤独な趣味といえば、小学二年ごろには、一番の趣味の特撮を離れて、手品に没頭したことがあった。結果を先に書くと、これはトランプ手品練習にかかった時、ひどい不器用に初めて気づき、すっかり意欲がなえて、あっさりやめている。
小学六年までは、新しい手品を習得するのが楽しく、覚えている限りでは 26
種類のやや複雑な手品をその場でやることができた。ズバリ「手品」というタイトルの本を小2の時に買ったが、結局ほとんど読解できずに終わった。なぜか今も紛失をまぬかれて、本棚のどこかに眠っている。
先日 TBS
系列の「花まるマーケット」という番組で Mr.
マリック氏がゲストの時、薬丸君と岡江久美子さんの目の前で、タバコを百円玉に突き通す手品をやって見せたのに驚嘆し、久しぶりに手品の番組でも見ようという気になって、四日土曜日のマリック氏の超魔術を見て楽しんだ。
マリック氏の話では、百円玉とタバコの手品は、無名時代よく通ったクラブみたいな所で、ある時、勝新太郎氏の目の前でやって見せたら、いたく気に入られ、無造作に取り出した一万円札何枚かを与えられ、あとで数えたら八万円だったという。
マリック氏は、中学時代に手品に興味を持ち、むつかしい手品の本を読んで独学して、次第に上達したという。月とスッポンどころではない才能の大差を痛感した。

光文社の月刊誌「少年」昭和35年1960年新年号付録「少年探偵手帳」
そこでさらに思い出したのが、小6の「卒業生を送る会」で、クラスの者と三人で手品ならぬ一大魔術を企画上演して、見事に失敗し、大爆笑を受けたことである。一番の出し物は「空中に浮く少年」である。購読誌「少年」の付録にたまについてきた「少年探偵手帳」記載の奇術で、一度やりたいと望んでいた。ただし、この時は、私の不器用ゆえの失敗ではない。実際司会進行を務めた仲間がドジで、タネがすっかりバレたのである。押しの強いこいつに任せたのが間違いだった。
図説の通りに運べば、多分成功していたと思うが、材料選びに困ったあげく、私の家の敷布団のシーツで代用することとした。ただし、シーツをそのまま演技者の少年の体に左右均等にかぶせると、いよいよ「浮く」という段になった時、シーツの丈が足りないゆえ、シーツの中のタネも一緒になって見えてしまう。だから私は客の側に向いたシーツを長めに垂らすよう、くどいほどそいつに指示しておいた。「シーツは会場側に長めにな !!
」とシーツのことばかり口が酸っぱくなるほど言った。 

「少年探偵手帳」より、『空中に浮く少年』の仕掛け。
シーツもシーツである、じゃなかった、先生も先生である。あとの出し物に必要な時間が詰まってきているから、急いでやってくれと言うのだ。幕の裏で、やや焦りながら準備が始まった。私は魔術師の衣装を着付けてもらうため、さらに楽屋裏へ引っ込んでいた。これがいけなかった。「出番 !!
」と告げられ、急いで壇上に駆け上がると、既に半ば幕が開きかかっている。そして、準備された光景にギョッとなった。このバカ、仮に猿彦としておくが、猿彦の奴、あれほど言っておいたシーツを左右ピッタリ半分ずつ演技者にかけているのだ。
演技者は実に手際よく段取り通りの作業をしてくれた。だが結果は目に見えていた。果たして、クライマックスになる場面で、ほうはいと大爆笑が起こって渦となり、長い間やまなかった。題して「タネあかし同時進行魔術」である。
もう一つ、私がかなり自信を持っていた奇術があったが、ともかく、私が世紀の魔術師の役をやるのがふさわしいと言って、俺がやるからと言った猿彦めが、ろくろく練習もしないままに、こちらもボロをあっけなく出して、又も大笑いされた。
当時、日曜日の寄席番組で時々手品師のアダチ龍光氏 (
昭和 57
年没 )
が出演して、必ず一つはタネあかしをしてくれる手品があった。これは土曜日にマリック氏がクイズとして出したような単純なものではなく、かなり凝ったものばかりだった。私はできそうなものをメモして、着々とレパートリーを増やしていった。このうちの一つを上演することにした。
題して「永遠に卵を産む不思議なハンカチ」である。
簡単に書くと、奇術師がかぶる帽子を逆さに机上に置き、その前で仕掛けを施した白いハンカチの裏表を観客に見せ、一旦帽子にかぶせる。そして、おもむろにハンカチの両端を持って持ち上げて帽子から離し、二つ折りにして、「コッコッコッ」と鶏の鳴き声を出しながらハンカチを傾けると、本物の卵がポロッと出て、帽子の中に落下するものである。この作業を数回繰り返せば、タネがわからぬ限り、何もないはずのハンカチから卵がその都度こぼれ落ちる。
私自身は練習用に卵の代わりに硬貨を使って、何十回となく繰り返して絶対の自信を持った。猿彦のバカは、本番用にわざわざ小さな穴を開けて中の黄身を抜き取って軽くした卵を何の手違いかつぶしてしまった。しかもこの手品のために着用の黒い服の保護色として、ハンカチには黒糸を取り付けてこの黒糸の端に卵を吊るしておいた。そして猿彦はごていねいに、ハンカチを持ち上げる時、つぶした卵も一緒に宙高々と上げてしまい、初めからタネを開かしてしまったというわけである。
失敗の最大の原因を一つ言えと問われたら、猿彦の出たがりである。
このバカ野郎め、後年反日思想の塊となり、私と大口論のあげく、義絶となった。
私に同窓の友人は一人もおらぬ。初めに書いたように私の性格にも大いに原因があろうが、私も余り恵まれぬ男である。ま、別に今となっては、なんてこたないが。
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