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2014年10月05日
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カテゴリ: オペラ
 新国立劇場  14:00〜
 3階正面

 パルジファル:クリスティアン・フランツ
 グルネマンツ:ジョン・トムリンソン
 アムフォルタス:エギルス・シリンス
 クンドリー:エヴェリン・ヘルリツィウス
 クリングゾル:ロバート・ボーク
 ティトゥレル:長谷川顕
 新国立劇場合唱団/二期会合唱団

 指揮:飯守泰次郎
 演出:ハリー・クプファー

 終演後、カーテンコールで飯守泰次郎に結構なブーイングが。大体ワーグナーを新国でやると多かれ少なかれブーイングは掛かるものですが、不思議なほど盛大なブーイング。オケに対してより遥かに盛大だったので、要は指揮者の音楽の作り方に対する不満が主だったと言いたいのでしょう。
 ふーーーん。

 新国の開幕がパルジファル。この数年日本じゃ結構パルジファルをやっている気がするなぁ、と思うのですが、プログラムによれば、2009年にあらかわバイロイト(笑:ネーミングがもう笑うしかない。大真面目なだけに尚更)、2010年に東京・春・音楽祭、2012年に二期会のアマチュア公演(え?二期会ってプロじゃないでしょ?)、と続いていたようで。
 とはいえ、よくもまぁみんなこんなもんマメに見る気がするよなぁ、と思うのも事実であります。今日の公演は公称第1幕115分、45分休憩、第2幕75分、35分休憩、第3幕75分。実際は2、3幕が各々5分くらい押したような気がします。が、ともあれ、これだけ長いとケツが痛い....ホント、ケツが痛い.....まだちょっと痛い.......

 で、どうだったか。
 正直に言いますと、面白かった。芝居として面白かった。実の処、音楽に関しては、あまりどうこう言えません。寝てた訳では無くて、いや実際殆ど寝る暇が無かった。ワーグナー、しかもパルジファルで殆ど寝ずに終わるとは正直思わなかった。いやまぁ理由の4割くらいはケツが痛くて寝るどころじゃなかったというのもあるけれど。(ちなみにZi持ちではありません。念の為)
 面白かったというのは、クプファーの演出。いや実の処まだ生きてたとは思わなかったし、生きててもまだ演出やってるとは思わなかった。で、今回の演出ですが、やはりクプファーはそこらへんのチンピラ演出家とは違いますねぇ....

 クプファーの演出は、シンプルです。
 舞台装置はシンプルなもので、舞台中央にジグザクに奥に向かって進んで行く道がある。ただそれだけ。そこと背景に映像を映し出して見せているのがちょっとした工夫だけれど、それだけ。いわゆる読み替えというものも、実は殆ど無い。登場人物達の衣装は、中世のスペインと思しき元のト書きとは違って、やや現代風の衣装だけれど、現代であることが意味を持つ風の衣装選択ではないし、舞台が現代だったりするという訳でもない。つまり、一昔前、いや二昔前の「どこでもないどこか、いつでもないいつか」を舞台にした演出。

 じゃぁそれは読み替えか?と言われると、決してそうはなっていない。本来の筋からするとちょっと変わっている部分が無いでは無いけれど、そもそもパルジファルとかはなんだかよく分からない所が結構あるし。少なくとも戦後のワーグナーの捉えられ方からすれば、むしろよっぽどオーソドックスと言っていいと思います。
 何よりさすがだな、と思うのは、多少「?」と思う所も皆無ではないにせよ、クプファーの演出はきちんと物語の落とし前を付けているのですね。思いつきで解釈してほったらかしにしていない。しかも説得力がある。

 個人的には、パルジファルを舞台で観るのはこれが4度目だと思います。昔、アバドが振ったのをエディンバラで観たのと、上野のは2幕から観て、一昨年のアマチュア公演。で、今回ですが、正直今回の公演が一番芝居として腑に落ちた気がします。エディンバラの時は、それはそれで納得した覚えはあるのだけれど、クプファーのような解釈ではなかった。で、今回のクプファーの解釈は、腑に落ちます。これが唯一絶対無二の解釈とは言わないけれど、今までどうにもよく分からんなぁ、と漠然と感じていたことが納得出来た気がします。
 一つ指摘しておきたいのは、「聖杯の騎士団は絶対善ではない」、というのは、一昨年のアマチュア公演での解釈とは全く違う、ということです。あれは、言って見れば「アンチ・パルジファル」なのだけれど、クプファーの解釈は、パルジファルに対してあくまで肯定的です。まぁ、その肯定の先にあるのが「仏教」なので、なんじゃこりゃぁ?と思う人も少なくはないのでしょうけれど、「聖杯の騎士団」に対する違和感を、外的な異質の価値観を持って来ることで表現するというのは、異論はあるでしょうが、演出家という表現者として、正直なんだなと思います。
 これを受け容れる、受け容れないという意見の相違はあるでしょうが、私はこれは一つの解釈としてはよく出来ていると思います。少なくとも、芝居としては、とてもよく出来ている。


 で、音楽の方ですが、正直言って舞台に注意力を持って行かれてしまって、あまり何がどうというのは憶えていない....(笑)
 飯守泰次郎へのブーイングですが、恐らくは、音楽に粘りが無かったことが主たる要因ではないかと推測します。実際、そもそも音量としてもかなりセーブしていたし、上からざっと見た感じでも、決してワーグナーとして大編成な方ではなかったように思います。演奏自体は、そんなわけで、非常にあっさりした感じだったように思います。金管がもう一つ安定しない、という、まぁいつもの東フィル的な面もあったとは思うけれど、それ以上に、うねりもない、あっさりな演奏。でも、これは、飯守泰次郎の狙ってやったことではないのかな。演出とも相俟って、神聖祝祭なんちゃらとかいうこのオペラの正式名称にはイメージが合わないのだろうとは思いますが、やたら大仰めかしたヴェールを取っ払ったという感じの公演ではあります。それでもまだいろいろアレなんですけども。
 これは想像ですけれど、ブーイングは、つまり、そういう行き方に対する不満の現れではあるのでしょう。でも、私は、これはこれでいいんじゃないかと思います。少なくとも、このクプファーの演出に、やたらとうねりを効かせた演奏を合わせても、悪くはないけれど、大して面白くもないでしょう。「これはワーグナーじゃない」? なら、クプファーの描くパルジファルの物語については?「これはパルジファルじゃない」って言うのかな?まぁ、よく分かりませんけれども。
 歌手も、あまり強く印象に残ってはいません。パルジファルが2幕、アムフォルタスの苦悩を知るところで、おお、こやつ結構でかい声も出るな、と思ったくらい。あとは、特に凄いとも思わず、さりとて「なにこれ?」とか不満に思うことも無く。それはそれで凄いことではないかと思うんですけどね。

 普通に観に行って芝居として「面白い」といったところ。その演目が「パルジファル」というのがまた面白いと思いますけどね。








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最終更新日  2014年10月06日 01時25分51秒
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