Iターン to 宮城

Iターン to 宮城

March 6, 2005
XML
熊野古道を、海南から有田まで歩きました。
天気は晴れ、雲が多かったものの日が時折差していました。

JR海南駅から線路沿いに南に行き、祓戸王子の横に出て、藤白神社に行きました。ここからの山道の無事を祈って出発。

早速坂道です。日が差すと暑く感じられ、手袋、マフラーを取りました。高度を上げて振り返ると海南市の風景が目に入ります。

筆捨松に着きました。
平安時代の画家、巨勢金岡はが童子と出会い競画をしました。彼らは烏や鶯を描きました。手を叩くとそれらは絵から飛び出し飛んでいったのです。童子が呼ぶと童子の描いた烏が絵の中に収まりましたが、金岡の鶯は戻らなかったそうです。金岡は「無念!」と筆を投げ捨て、それがこの地に落ちたと伝えられています。
今植わっている松は若い木で、何代も植え替えられているのでしょう。

ここには丁石があります。17~18世紀の全長上人が置いたものだそうです。多くが失われ、最近復元されたとのことです。
十七丁地蔵の写真です。熊野古道はこんな雰囲気です。

17th mile stone

昼なお暗い竹林を抜けると藤白峠です。塔下王子があります(写真)。『とうげ』と読みます。
Toge Oji remains
Toge Oji remains

今日のコースは300メートルくらいの峠を2つ越えるという難所です。その1つを越えました。
下り道で、下津町の橘本地区が展望できました(写真)。
Kitsumoto Town
Kitsumoto

道の両側は一面ミカン畑です。ミカンの先祖が橘です。ここには橘の木があります。
加茂川まで下ると近くに橘本王子跡があります(写真)。阿弥陀寺というお寺の中です。
Kitsumoto Oji remains
Kitsumoto Oji Shrine remains

橘本は江戸時代には宿場町でした。大変に栄えたそうです。
橘本の町中(といっても、人通りは少ない)に、橘本神社があります。所坂王子跡はここです(写真)。
『ところ』という植物がこの先の坂に多く見られたことが名前の由来だそうです。

Tokorozaka Oji Remains

橘本から市坪地区に入りました。山道に入る手前に山路王子神社があります。ここが一壺王子跡です(写真)。
Ichitsubo Oji remains
Ichitsubo Oji remains

ここから再び上り坂です。
続きは明日の日記に書きます。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  March 7, 2005 06:37:07 PM
コメント(0) | コメントを書く
[熊野古道ウォーキング] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: