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先日 小学2年生のオトコのコが足を痛めた様子で診療所に入ってきた。一緒につきそってきたのは彼の祖母のようだがなにやら受付のスタッフがとまどっている様子。なんだ? なにかあったのか?事務所の奥にいたワタシには声だけが聞こえている。「・・・ですからそれは診察を受けていただいてからです。レントゲン撮影についてもそれからのお話になりますので。」どうやら受付窓口に来ていきなりここがこうなってるハズだとかレントゲン撮影しろだとかスタッフに指図しているようだ。何を言っても無駄な感じのババ おばあさんだったのでとりあえずカルテを作成するため問診表に記入してもらうことに。 保険証についての質問があったのだがちと複雑な事柄だったのでまだ慣れていないスタッフに代わりワタシが直接質問するため少年とおばあさん(やっぱり略称・ババ)に近づいた。「ほら!ココに名前を書くのよ!」え~ あのー 「ふりがなもちゃんと書くの!」○○さん、ちょっといいですか?「そこは誕生日!それに○をつけるの!」・・・・・。少年自身に問診表を書かせようとしているのは わからんでもないがそれにしては考える暇をあたえることなくものすごくイライラと横からクチを出しワタシが、確認の済んだ保険証をお返しするために声をかけてもこちらを向きもせずここに乗せろといわんばかりにババは黙って自分の手の平をワタシに向かって突き出した。あんたは 手術中の医師か 「ほら!明治・大正・昭和・平成!あんたはどれ?平成生まれでしょ?!」ババの荒々しい声に少年のペン先がオロオロと迷ったのでワタシはたまらず「いいのよ。自分で考えて書けば。」と彼にやさしく声をかけた。そしてワタシの顔を見上げたババにすかさず保険証について質問をはじめた。すると 少年年号の欄を無視して大きく『2001年』と書き込んだ。おっ やるやん。 小さな反抗だったのか天然少年なのかはわからないがなんだか気持ちよかった。「あれ!まぁ! 何よそれ!」 とペンを取り上げようとするババを制し「いいのよそれで。それも正解。」 と少年にオッケーサインを出しワタシはババに保険証の質問を続けた。彼の診察が始まってからは自分の席に戻ってPC作業をしていたので少年とババの様子はわからなかったが待合室から聞こえてくる声からして「学校の先生にこう言うのよ!わかった?!」セリフの練習までさせられていたようだ。少年がババと同居しているのか付き添われて来ただけなのかはわからんがおそらく彼は あのババに普段の生活でもこんな風にガミガミと怒鳴られていることだろう。自分で考えることを取り上げられなんでも先回りされて正解だけを教え込まれていると『間違うことのないイイ子』が育つ。しかし人生経験という意味での小さなケガをすることもできない少年の将来がたまらなく心配になった。 あのコの母親がお嫁さんだったらお気の毒とスタッフ一同意見一致。←賛同クリックはココ。
2010年01月31日
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昨日 シゴトの昼休みのあいだに 職場の近くのスーパーに出掛け夕食の買い物を済ませた。 そのまま いったん家に戻って食料品を冷蔵庫に入れるべく大きい道路沿いの幅広く舗装された歩道を自転車で家路に向かっていた。 遠くの方まで見通しの良い歩道には歩行者がいなかったのでのんびりした速度で走行していた。そして歩道がいったん途切れ 脇道が伸びる箇所に差し掛かったとき前から走ってきた車がその脇道に入ろうと思ったのだろう、ワタシが直進しようとしているところへいきなり左折で進入してきた。タイミング的には あきらかに車の方が減速か一時停止をして直進する自転車をやり過ごす状況だった。ところが その車は 減速するどころかコッチが先だといわんばかりにためらいのかけらもなく曲がってきた。ワタシはとっさにブレーキにチカラを込めちょっと油の切れている自転車がキキキキーッ!と悲鳴をあげた。一瞬 もうダメだと思って「ひやぁあああああ!」と声を上げてしまったほどギリギリのタイミングだった。相手の小型のワゴン車はなんとか止まったワタシの自転車の前輪をかすめるように通過しそこから数メートル進んでやっと止まった。ワタシが急ブレーキをかけなかったら完全に跳ね飛ばされていただろう。 運転席がチラっと見えた。女性ドライバーだった。窓が開いていたので「ちょっとー!なにやってんのよ!」 と叫んで 睨みつけたが 車の中からは 何の反応もなくやがて走り去ってしまった。『○○クリーニング店』という文字をしっかりとワタシの目に焼きつけて。うちの近所の店やないかい ワタシもよく利用する店である。たぶん 配達の途中なんやろう家に帰ってからも 興奮冷めやらずそのクリーニング店に電話をしてやろうかと思ったが相手側に電話番号を知られて後々面倒なことになると嫌やしなぁかといって 非通知でかけるなんてなんか男らしくない気がする(¬з¬)σ あんたオッサンやったんかなので やっぱり電話するのはやめることにした。その日 シゴトが終わってからお店に立ち寄ってきっちり報告させてもろた。 「別にケガをしたわけでもないしおせっかいなことかもしれないけど会社名の入った車に乗っているのだからもう少し慎重な運転をするよう徹底された方がいいと思いますよ。」運転していた本人はいなかったが小さなクリーニング店である。時間と場所からすぐに特定されるはずだ。きっと彼女は責任者から注意されて嫌な思いをするやろう。でもこれを機会に安全運転を心がけてくれたら交通事故が一件でも減るかもしれん。ただ店にいた他の店員さんたちに気の毒なほど平謝りされて今年の冬物が出しにくくなった。 そもそも社用車に乗って乱暴な運転ができるというのが信じられない。学校の制服を着て迷惑行為をしている学生と同じレベルだと思う。←一旦停止、そしてクリック。
2010年01月29日
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先日 午前中のシゴトを終えた後スーパーで買い物をしながら「う~ん 今夜は何にしよう」ふと 自分の首のあたりに手をやった。え?またシコリか何かに触ったのかって?それがね 首には何にもなかったのよ。なかったの。あるはずのダイヤのネックレスがぁああどこで落とした? なんで落とした?いったい いつ落としたんだ?あのときだ 今月の15日そう 乳腺外来を受診した日初めてだったので勝手がわからず専門医の問診を受けた後に触診されることはわかっていたが上半身が裸になるわけだから衣服を脱いで準備する部屋なんかがあるものと思っていたので医師にいきなり「じゃあ ここで脱いでください」と言われたときは焦ってしまいとにかく急いで服を脱いだ。そのとき 看護師にネックレスを外すように言われ慌てて外してスボンのポケットに。いつもワタシは検査等でネックレスを外した際には必ず財布の中に入れるようにしている。先生を待たしてはいけないと思い普段なら絶対しないコトをしたのだ。そして やっぱりというか 案の定というかそのまますっぽり忘れて帰宅あれから数日が経過している。どうかまだスボンのポケットに入っていますようにと神にも祈る想いでスーパーでの買い物を急いで済ませ自転車を飛ばして帰ると その日休みだったダンナが家にいた。ただいまの挨拶もそこそこにクローゼットのある部屋に飛び込みざっくりたたんで無造作に置いてあるあの日のズボンのポケットに手を入れる。やっぱり無い;;;どこかで落としたんだ・・・病院に電話をしてみたがその日 落し物は無かったと言う。帰りに入った飲食店で トイレを借りた覚えがあるのでレシートを探し出してその店にも連絡してみたがダメだった。ダイヤのネックレスは もちろん ワタシの身につけているものの中で一番高価なモノなのであるがそれだけではない。結婚10周年の記念にダンナが買ってくれたもので葬儀などで真珠をつけるとき以外10年間ずっと肌身離さなかった大切なワタシの宝物なのである。ああ なんということだろう乳がんでなかったのは良かったもののその検査を受けために大切なものを失くしてしまった。 「あ~あ こんなことなら検査なんて行かなきゃよかった」「だいたい、医者の前でいきなり服を全部脱ぐなんて思わなかったもの。あんなん焦るに決まってるやんなぁ。ゆっくり準備させてもらいたかったわ」ズボンのポケットに入れてそのまんま忘れたのは自分なのに大切なモノを無くしたことにイライラと腹が立つあまりそばにいるダンナにむかって無茶苦茶な愚痴をありったけ吐き出しひとしきり落ち込んだ。 ダンナは そんなワタシを見てただニコニコと笑うだけ。「失くしたって気にしなくていいよ」 という意味もモチロンあるがワタシが落ち込んでいる最中は何を言っても無駄だということを最近やっと学習してきたようだ。しばらくして思う存分落ち込むだけ落ち込みやがてそうすることにも飽きてきたワタシ。 まぁね。 考えてみるとコンタクトを無くしたり携帯を無くしたわけではないのでまた買いなおさなければ生活に支障をきたすというものでなくもともと宝石・貴金属のたぐいにはまったくもって興味が無いワタシは代わりのネックレスが欲しいというわけでもないのでお金を損したという感覚でもない。実際に首にネックレスは無いが無くなったからといってあのときのダンナの気持ちが変わるわけではなくまっ いいか。 幻のダイヤのネックレスは 永遠にワタシの首にある。 あるのよ。 ココにあったぁああああ! クローゼットの目の前の絨毯の上にポトリと落ちていた。一件落着 そしてダンナと読者の皆さんを巻き込んで大騒ぎしたおかげで毎日掃除機かけてないことがバレた。 だってフローリングはクイックルワイパーで済むからさ。毎日掃除機かけるのってめんどくさいねんもーん。←「わかる!」でも「喝!」でもクリック。
2010年01月26日
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長男チロというオトコは母親であるワタシと普通に会話をするのが罪だとでも思っているのかと思うときがある。ずいぶん前のことになるが夜遅くに「今から電車で帰宅する」とチロから連絡があり家で帰りを待っていたのだが最寄り駅の終電時間が近づいてきたのでどのあたりまで帰ってきたのかちょっと気になってきた。チロ宛てに メールを送る。「もうすぐ着く? いまどこ?」「電車の中」電車の中なのは さっきのメールでわかっているのに この返事。まったく ふざけたヤツである。 「そうじゃなくって どの辺?」「5両目の一番前」あらそうなのー降りたら改札に近くていいねー座席はどうでもええー 去年の冬至の翌日ワタシが風呂掃除をしていると「えー もうゆず湯入れ替えてしもたんか」とチロが残念そうに言うので「あら ゆず湯が気に入ったんやねぇ。」「いや べつに。」どー湯ーことー そして ゆうべ ブラッディマンディというドラマの第2シリーズが始まった。リビングにやってきたチロに「おととしの第1シリーズのときはあんた浪人生やったからこのドラマ観てなかったやろうけど結構オモシロかってんで。」解説してあげるから一緒に観ない?と声をかけた。 すると「いや、いい。それにこういうのって やっぱり原作の方が面白いよな。」コミックが原作だったというのをそのとき初めて知ったワタシ。「漫画の方は読んだことあるの?」「第1シリーズは読んだことない。今、第2シリーズ読んでるねん」「へ~え。 コミックやったら第1シリーズから読んでなくても登場人物やストーリーがわかるんか。」「いや 全然わからん」あんたが意味わからん ワタシが「キーッ!」となるのをニタニタと楽しんでいるドS息子チロ。成長したのかガキっぽいのかようわからんヤツである。←ランキングはクリックで成長。
2010年01月24日
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次男ポチが入院した病室は術後の経過を観察しやすいようにナースセンター隣のふたり部屋だった。もうひとりの患者さんは同日に入院、手術の日も同じ腕のプレートとボルトを摘出する抜釘手術を受けるという境遇も同じの40歳前後のオジサン年下を オジサンと書き 肩落とすケセラセラ心の川柳ふたつのベッドの間はカーテンで仕切られていて世代も違うふたりは特に会話をすることもなくイヤホンで音楽やテレビを楽しんだりして過ごしていたそうだ。唯一会話をしたのが手術当日の朝のこと担当の看護師から短い浴衣のような手術着を渡され着替えておくように言われたそうだ。が しかし手術は午後なので点滴の針が刺さっている以外はまったく健康なふたりは午前中は顔を洗いに行ったりトイレに行ったりと病棟内をウロウロすることになる。ポチは素肌に手術着を羽織ったもののパジャマのズボンまで脱いでしまうと膝から下が丸出しの情けない格好になってしまうことに抵抗がありスボンを脱ごうかどうしようか迷っていたそうだ。すると そのときカーテンの向こうから オジサンの声がした。オジサン「これってパジャマも脱ぐのかなぁ」このときオジサンの言うパジャマとは パジャマの上着を指していたのだがポチは パジャマのズボンのことだと思い込みそしてそのまま会話は進む。ポチ「まだパジャマ(ズボン)は脱がなくてもいいんじゃないですか?手術は午後からなんだし、いま脱いだら(パンツ一丁になるから)寒いですよ。」オジサン「そうだよなぁ、まだ(パジャマの上着は)脱がなくていいよな。」この時点でカーテンをはさんでパジャマの上下と手術着を重ね着しているオジサンと手術着の下にパジャマのズボンを履いた高校生がベッドに横たわっていることになる。ちなみにお互いに 相手の姿は見えていない。やがて巡回してきた看護師さんが入り口に近いベッドのオジサンの姿を見て「あら! まだ脱いでなかったの?」手術着の下にパジャマの上着を着ていたので驚いたような声を出したそうだ。その声を聞いてやっぱり脱ぐんだったのかとベッドの上で慌ててパジャマのズボンを脱いだポチ。やがてカーテンが開き 入ってきた看護師さん スネ毛あらわなポチの姿を見て「あら!もう脱いじゃったの?」コントか マジで勘違いコントが売りのアンジャッシュにネタ売りに行こかと思た。←満点大笑い
2010年01月22日
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次男ポチがおととしの夏腕の骨折をした際にプレートをボルトで埋め込む手術を受けたのだが あれから1年半後の 昨日ようやく摘出手術を受けることになった。部活を引退まで完全燃焼したくて通常1年ほどで摘出するのを半年間も待ってもらっていたので骨や組織とプレートが癒着してしまっているかもしれず「そうなると ちょっとやっかいな手術になるかもしれません」と主治医のNセンセイに言われていたので普段はノーテンキなくせにいったん心配なことがおこると最悪の場合を想像したりしてしまうややこしい性格のワタシは手術を待つ間に案内された部屋でテレビドラマみたいに手術中にアクシデントが起こって心臓マッサージを受けるようなことになってたらどうしようとソワソワと気持ちが落ち着かず手術の時間が予定の1時間を超え2時間をすぎた頃にはもうヘトヘトなんですが::: そして手術室に入ってから2時間45分ポチは心臓マッサージを施されることもなく無事生還した。やはり 若いだけあって骨の再生がバッチリだったらしくそれだけにボルトが骨にガッツリ食い込んでおり丁寧に外すのにかなり苦労したそうだ。時期を遅らせたばっかりに・・・お世話をおかけしました;;;麻酔から覚めたポチは最初はぐったりとしていたが皮膚を切開した痛みはあるものの骨折のときの手術と比べ物にならないくらい楽らしくみるみる顔色も戻ってきた。担当の看護師さんに「翌日(20日)の午前中には退院できるよ」 と教えてもらったときに じゃあ午後から登校できますかと聞き「それは無茶!」と叱られていた。ぷぷぷ。それでも明日(21日)からは登校できるとのこと。キズ口がくっついて抜糸するまでおとなしく安静にしていればね。 どうせやったらペンより重いものを持たんように 言い渡してもらえばよかった。手術中、ポチの携帯には次々とメールが着信。「お大事に」でなく「生きてるかー?」なのは友情の証(笑)←「押してるかー」
2010年01月20日
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胸のしこりに気がついたのは去年のクリスマスの頃だった。お風呂に入ったときにふと右胸の小さなしこりに触れた。小豆粒ほどのコリコリとしたものであきらかにまわりとは違う感触「これは もしかして・・・」嫌な予感がするので すぐにでも受診したかったが医療事務員として最も忙しい月末に差し掛かっており休みがとれる状態ではなかった。やっと自分が休みになった頃にはどこの病院も年末年始の休診で年が明けたら義父の世話をするために大阪に行く予定も入っていたのでなかなか日程が合わずやっと 先日の15日に 「乳腺外来」の専門医のいる病院を予約することができた。 しこりに気がついて すでに3週間が過ぎていた。 手遅れにならなきゃいいがそして当日 問診・触診の後 エコーで丁寧にワタシの胸を調べた医師は胸のしこりが ひとつではなく両側にいくつも存在することワタシが触れていたのはその中のひとつで直径11ミリもある大きさのほんの一部だったことを淡々とした口調で 横たわるワタシに告げ「水がたまっているようですね。おそらく良性なので心配ないですよ」どぁあああ~ よかったぁああ~ 念のためにマンモグラフィーの精密検査も受けることにはなったがどうやら「乳腺のう胞」というものらしい。ネットで調べてみるとやはり40~50代の女性に多いそうだ。その言葉を聞くまでこの3週間というもの本当にいろんなことを考えていた。いま自分が乳がんの診断を受けたら大阪の義父のところへ通えなくなる実家の父が他界して1年半が経ち最近やっと元気になってきたのにまた母に心労を与えてしまうなぁダンナや長男にも心配かけるし次男は受験に集中できなくなるかも治療に専念するとなると職場にも迷惑をかけてしまうし医療費もどれだけかかるかわからない何より このブログが貧乳をネタにできなくなる やっぱりコーヒー吹き出しそうなくらい笑ってもらいたいものね。貧乳でも色黒でもチビでも健康がイチバン! だからそこで笑うなって。←ハラハラさせてごめーん
2010年01月18日
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暑い日も寒い日も 雨の日だって毎朝一番乗りで診療所に現れるAさん。もうすぐ90歳になるというのに「おはよーう」 と元気に手押し車でやって来る。朝当番で掃除をするワタシに何かと話しかけてくれそのたびに掃除機のスイッチを切らなければならないがこんな朝のちょっとした会話が楽しみだったりするんだろうなとちょっとの間 おつきあいする。Aさんは 去年 愛する奥さんを亡くされた。ときどき一緒に診察を受けて仲良くリハビリしていた奥さんは倒れて一週間後に 本当に突然Aさんを残して旅立った。「おカアちゃんがいないと淋しいなぁ。もう3ヶ月になるのにまだ慣れないよ。」カウンターの拭き掃除をするワタシにAさんは切ない声でそうつぶやいた。小柄なうえ 心配なくらい華奢で無口で控えめな奥さんはご主人の前でも口数が少なかったらしく「喜怒哀楽をあまり顔に表さない女だった」想い出に浸るように Aさんは待合室のソファにゆっくりと腰掛けた。若い頃は 遊びが上手だったらしくいまでも色気のある会話を好み口だけは達者なAさんも本当は奥さんのようなタイプの女性を心の底から愛してたんだなぁ なんだか奥さんが羨ましくなった。そこへ 「おはようございます」今月から新しく入った看護師さんが出勤してきた。実はこの日 ワタシも 彼女に会うのが初めてだったので「初めまして。よろしくお願いします。」とお互いに挨拶を交わした。ぽっちゃりとした白い肌と柔らかい笑顔がなんともいえない癒し系である。「新しい看護婦さんだねぇ。」待合室のAさんの声にそうなんですとワタシが振り返ると「ぽっちゃり型だねぇ。」満面の笑みで 看護師さんの後ろ姿を目で追っている。こころなしか 頬が赤いがAさんって もしかして「ぽっちゃりとした女性が・・・」「うん。好きだねぇ♪」 それはそれ これはこれさっきまで泣きそうな顔していたのに。奥さんと正反対なのに。←クリックはクリック。
2010年01月16日
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エグザイルというグループがいったい何人グループなのかどんな歌を唄っているのか最近まで まったく興味がなかった。がある日エグザイルが出演している番組で久しぶりにズキューンと胸が鳴り 瞳孔を全開させたのが このヒト。KEIJI濃厚な顔立ちのメンバーが多い中なんとも和風で柴犬系ええ そりゃあもうどストライクだわよ 先日 今年初めての新幹線訪問介護で 大阪の義父のお世話をした帰り久しぶりに実家の母の顔を見に行った。ひとしきり楽しくお喋りをする中でお正月に 大好きな「嵐」の番組を満喫したらしい母はお気に入りの相葉クンが載っている若者向けの雑誌を広げ「ほら。この写真かわいいでしょ?」と楽しそうにはしゃいだ。恋する白髪の少女である。 その雑誌の中にエグザイルを見つけたワタシ。「この中に めっちゃ好みのタイプがひとりおるねん。どのヒトかわかる?」と母に聞いてみた。「そうやねぇ。アンタの好みからいうと・・・このヒトかなぁ。」あー まぁ嫌いではないけど残念ながらちょっとちゃうなぁ。「あっ このヒト!」いや 違・・・「わたしの好みのタイプ♪ 」こらこら。 浮気もんか ごめんね 相葉クン 14人もメンバーがいるとなかなか当たらないので「じゃあ ヒントね。俳優のあのヒトに似てるねん。ええーっと ほら あの今夜のドラマにも出てくる・・・キイナ シッペイ!」ごめん 椎名桔平なんてったって「ロザとヒデンナ」の遺伝子ですから。(父が「ヒデとロザンナ」をこう呼んだ。過去記事が見つからない;;;)←ソンナシッパイに笑ってクリック。
2010年01月14日
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去年の末に 義父がとあるパンフレットをワタシたちに広げて見せた。介護つきの賃貸マンションだった。いわゆる「有料老人ホーム」の部類だが出入りや外泊、食事の時間など住人のペースで自由に過ごせるらしく賃貸マンションと同じような条件で家賃と光熱費のほかに 食費と介護スタッフが24時間常駐しているための管理費が別に必要ではあるが他の介護施設とは違い風呂・トイレもミニキッチンもついておりベッドを置いて過ごす部屋の広さもダンナが単身赴任で借りていたワンルームマンションとほぼ同じ。気になるお値段だが 施設によっては詐欺じゃないかと思うくらいバカ高い頭金が なんと無料 大金支払って入居したはいいが すぐに体調を崩して長期入院したり最悪の場合 帰らなかったりすると何してるんだかの頭金がネックになり躊躇するヒトが多いのだがそれが不要だなんてなんて良心的 もちろん 賃貸マンションと同じで入退去は住人の自由なのでお試しで数ヶ月だけ入居ということも可能である。今回 なにより 義父の気持ちを動かしたのは今のマンションよりもずっと義母の特別養護老人ホームに近い。逢いたいときに逢いに行ける。東京の我が家に来てもらうという案も一度は出たが今はまだ息子たちもいるので義父の使えるスペースが狭いうえ生活リズムが違いすぎるのはストレスになると義父自身が首を縦に振らなかった。義母に逢えなくなるということも義父には考えられないらしい。幸い義父には 無理せず施設に支払えるだけの年金とある程度のたくわえがある。 嫌になったらいつでも今のマンションに戻ればいい。とりあえず お試しで入ってみてどうしても合わなかったらそのときまた皆で考えればいい。というわけで クリスマスの頃ダンナと義弟が大阪を訪ね たくさん話し合い検討した結果賃貸マンションの契約をすることに。親を老人施設に入れるというのはとても複雑なことではあるがこれ以上 ひとり暮らしをさせておくわけにもいかずかと言って同居を考えるにももう少し時間が必要である。施設内に常駐している介護スタッフがベルひとつで駆けつけてくれ真夜中も含め一日何度も見回ってくれるのなら今は なにより安心が一番と親子で話し合ったベストな結果となった。それにしても義父にじゅうぶんな年金とまとまった額の蓄えがなかったらこの選択肢は無かったわけで自分の老後がちと不安になってしもた 【ねんきん定期便】の内容を見て愕然としたケセラセラ夫婦。ダンナの定年も近いし。頑張って働かなくっちゃ。←クリックするのがベストな選択
2010年01月12日
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お正月のお楽しみといえば古い友人からの年賀状 高校の仲良しグループも百貨店時代の仲間もみんな関西で暮らしているのでなかなか逢うことはできないが一年に一度近況を伝え合うだけでもなんだか心がつながっているようでやっぱり いいなぁ年賀状。 最近は「孫が生まれました」という知らせも ちらほら。子どもたちが成長してからはめっきり少なくなった 写真つき年賀状がまた増えそうである。正月も一週間を過ぎると年賀状の数がぐぐっと減るので昨日 次男ポチ宛てに来た可愛らしい文字の年賀状はとってもバッチリ 目を引いた。差出人の住所からするとどうやら高校の同級生のオンナのコ。『おめでとう 今年もよろしくね♪』の他に いまどきの小さな文字がなんだかぎっしり並んでいる。 うほほ♪ もしかして あかんとは思いつつ年賀状を顔から遠ざけて目を細めて読んでみる。 『去年は メルアド交換を拒否してホントにごめんなさい。断ったのは ポチ君が 人生2回目でした。』ドンマイ 息子 それにしても年の初めに書くことかいなそれも 家族も見る年賀状に ってネタにしてどうよみんなが見るブログに 最初は断られたけど今はメルアドも交換して仲良しなんだって。きっと最初は警戒したんだな。あの無駄ともいえる熱さを(笑)←クリックは拒否しないで~
2010年01月09日
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長男チロが浪人時代お世話になった予備校で講師のアルバイトを始めて9ヶ月。最初はひとりふたりだった生徒さんも日がたつにつれ 次第に増え今では 2つの校舎をかけもち生徒の数は7人にまでなった。チロが担当する個人指導ではマンツーマンで教えるコースと講師ひとりにつき ふたりの生徒をペアで指導するコースがあり場合によっては同じ時間帯に ふたりの生徒に対し物理と数学など別々の教科を教えるということもあるそうだ。「えー 同時になんか教えてたらさ数学のコに物理の公式教えてしもたりしてややこしいことにならないのー?」とビックリしたワタシは「どないしたら そんな間違いするねん。心配してる 意味がわからんわ。」とチロ先生に冷たくあしらわれた。ふーんだ (¬з¬)コンビニや飲食店のバイトに比べ移動時間や授業の準備などを考えると決して効率が良いとは言えない塾講師。おまけにチロの大学の工学部というのは学生の間でも忙しいコトで有名なのでそう何日もバイトの予定を入れられず最初は気の毒なくらい少なかったがそのうちに要領も良くなってきて最近はバイト代も安定してきたようだ。しかし なんといってもニンゲン相手のおシゴト。予備校に出勤したのに生徒さんの都合で来なくて授業がキャンセルになり帰ってくることもしばしばである。が「ふたりペアで教えてる生徒のひとりが急にキャンセルになった場合って結構オイシイねんな これが。」 通常はひとり教えてもふたり教えても一回の授業としてしかカウントされないのだがペアのうちのひとりがキャンセルした場合その日はもうひとりのために授業が行われるので一回分のバイト代が入り後日 キャンセルしたコの振り替え授業を別の日に行うのでその分のバイト代が丸々増えるのだそうだ。へぇ~ そうなんや 生徒さんだってペアで受けるはずの授業が振り替えではマンツーマンになるのでなんだかお得な感じがする。「ねぇねぇ そしたらさぁ生徒さんにドーナツでもおごって時々キャンセルしてもらったら・・・」「あほか。 そんなこと思いつく意味がわからんわ」 やっぱり 冷たく叱られた 今まで甘いと思いながらも支払っていた携帯電話の基本料金もバイト代で払えるからと自分から言い出してくれた。助かったぁ~;;;←反面教師なオカンにお叱りクリック。
2010年01月07日
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石川遼クンが18歳でゴルフの最年少賞金王だってさ。 すごいなぁ 西武入団が決まった菊池雄星クンもまだ 高校3年生。 自分の息子と同じ年代のコがさまざまな場面で活躍しているのを見ると同じ親として 羨ましいかぎりである。大晦日のテレビで 格闘技の高校生大会である【K-1甲子園・決勝戦】が放送されていたのだが高校1年生の選手が優勝候補の高校3年生相手に圧倒的な強さを見せつけ一緒に観ていた次男ポチとワタシは画面に釘付けとなった。 「このコ まだ高校1年生やで?スゴイ! 信じられへんわ!」ポチは何度も何度も そう言った。20代や30代での2歳差と違い高校での1年生と3年生の年齢差はとてつもなく大きいものだと部活で身をもって感じているポチ。どうやら 技術的にも精神的にも未熟だった高校1年生の自分を振り返っているようだ。「一年前なんて ボク郵便局で年賀状分けてた」大晦日の行動比較かいそこやないやろう今年はアルバイトにも行かず、英単語をひたすら暗記しているポチ。おかげで英語の学年順位はオカンのブログランキングより上。←どれだけ上がったかな?
2010年01月05日
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去年のお正月は喪中だったケセラセラ家。お屠蘇もおせちもしなかったので今年は 家族全員揃ってと思ったら長男チロが 年越しをカノジョのお家の近くの某有名なお寺でしたいからと前夜から泊りがけで出ていったので残りの3人での恒例行事となった。もうそういうお年頃になったのね。午前10時に お屠蘇を用意して「毎日コツコツとやってこそ本当のチカラがつくのだから真面目に地道に努力するように」という内容の長~いダンナの訓示に次男ポチは あらためて受験に向けて全力投球する意欲をメラメラと燃やしていた。 なにこの 熱い親子今年もケセラセラ家は温暖化の予感 午後はのんびりとお笑い番組を楽しんだり 近所の神社に初詣に行ったりして 夕方にはチロがカノジョを連れて帰宅 彼らの予定がギリギリまでわからなかったので夕食を用意しておくよりも融通がきくというというコトでみんなで回転寿司を食べに。 (要するに手抜きしたかった)若いカップルが仲良く並んで座りネタを選んだりしているのを向かい側で照れながらも嬉しそうに話題をふるダンナお題は『昨今の大学生の就職率について』おーい カタイぞー その隣には何を話していいかわからず黙々と皿を積み上げている次男ポチぷぷぷぎこちなくも微笑ましいテーブル席それでも帰りの車の中では ポチが携帯の占いサイトで それぞれの今年の運勢を占い全員でワイワイと盛り上がった。占いといえばワタシが初詣でひいたおみくじはなんと 「大吉」 『一時の不運があっても慌てず騒がず思い迷わず 心をかたくもって静かにときの来るのを待てば必ず運が開ける』今のワタシを取り巻く環境を言い当てられた気がしておかげでちょっと気が楽になった。そうやんね ワタシの人生 ケセラセラそして 今年もやっぱり笑うが勝ち 新年早々コケた去年と違い快調な滑り出しの今年。楽しいことが待っている予感がする♪←今年もポジティブシンキング!
2010年01月03日
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あけましておめでとうございます今年もよろしくお願いします。今年はワタシが主役(年女)です。2010年 寅年 ←今年もクリックよろしく。
2010年01月01日
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