Nij

2007.04.05
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カテゴリ: 短編小説



僕はあまり、サクラが好きではない。というよりも、感動しない。ありふれた感のある風貌と、秋に咲くコスモスの柔らかい白とは違った無機質で冷たくて薄い白は、あまり僕の胸の奥にある扉をたたこうとしない。弱弱しくてステキだ、と彼女は言ったが、僕にはそれが理解できなかった。雨が降れば縮こまって、風が吹けばすぐに散る。そんな生き方が気に食わなかった。「それがいいのよ、儚くも散ってゆく姿が凛凛しいの」彼女は長い髪を風になびかせながら言った。




桜並木は長かった。
見あきた風景に目を閉じると、自転車がふらふらと不安定になって、また目を開けた。ハンドルを握る僕の右手に落ちた一枚の花びらは一瞬のうちに手の甲からはがされ、音もなく後ろに飛んでいった。そして道路に落ちた。そして車に踏まれる。





僕はあまり、世界が好きではない。というよりも、感動しない。個性を失った歩くロボットがひしめき合って擦れ合って、まるで陶器の食器にフォークを擦っているような、気持ちの悪い、やけに高い音を響かせる。人の手によって植えられ、人の手によって舗装された道路のわきで人の手によって描かれた景色としてみんなの目を引くサクラが、僕は好きになれなかった。そこにあるのは白いサクラの木々と、黒い道路と薄くぼやけた青空だけだった。道行く人はまるでそこにいないようで、しかし存在したいと叫ぶように、木々を見上げて笑っていた。僕は本当はこの景色にいないような気がしてきた。もしかすると夢を見ているんじゃないか?あるいはどこか別の世界にある大きなスクリーンの上からこの世界を見下ろしているみたいだった。


浮かんでいるような、ETになったような不思議な気分のまま、一定運動を繰り返して無意識に自転車を運転していると、やっと出口に近付いてきた。風がまた―さっきのものよりもっと強い風がまた吹いてきた。するとサクラの花びらが吹雪みたいに散りだした。まるでこの一本の並木道がひと春を描き出しているようだった。春の終わりにあたる出口付近にはなにやら孤独を噛みしめたくなるような趣があって、幹と幹の間から80年代の、欧米の悲しげなメロディーが聴こえてきそうだった。


僕には時間がないんだ。サドルから腰を上げて腹の筋肉に力を入れて、両足を強く蹴った。頬に張り付いたままはがれなくなったサクラの花びらが、並木道に覆われた止まった時間を、僕がこれから行くせわしなく流れる時間に連れて行った。





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最終更新日  2007.04.05 20:39:41
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