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わたし自身もその傾向がありますが、時折、感受性の高い人たち、子どもたちに出会います。
その方たちは、その感受性の高さ、敏感さ故、
学校生活や社会生活で、少し苦労しているようです。
HSP、HSCという概念で社会認知されてきつつある、この敏感さんたちですが、
その敏感ゆえに、社会適応が困難になることもあり、人目を気にしてしまい、どうしてうまくいかないのか、なんで自分だけこうなのかと
自己否定的になってしまうこともあるようです。
そもそも、その敏感さは生まれ持った気質であることが多く、
決して、性格や人格的な問題ではありません。
ましてや、その人自体がわるいわけでも、
努力不足でも、劣っておるわけでもない。
むしろ、一種の能力であり、才能であり、
誇っていいものなのかもしれません。
HSPとカテゴライズされる敏感さんは、
その繊細さから、芸術性に富んでいる人もいるようで、
能力を生かし、そういった道で活躍している人も多いとか。
そういえば、芸術家、アーティスト、芸能人、お笑いタレントなども、
繊細にみえる方がいらっしゃいますね。
とはいえ、中には、
自己否定感に苛まれ、自身の特徴を肯定的に見れない人もいるでしょう。
わたしは、そういった方に出会った場合、
こんな話をすることがあります。
古代原始の時代から、ヒトにはふたつの気質があったとします。
ひとつは、直観的で、非常に行動的で積極的な人たち。
ここでは便宜上、「パリピ族」と呼びましょう。
もうひとつは、繊細で感受性が強く、慎重に行動する人たち。
ここでは便宜上、「せんさい族」と呼びましょう。
パリピ族は直観で行動し、野生の動物にも体当たり。
積極的になわばりを広げ、未知の環境や生物にも突っ込もうとしています。
せんさいさんは危機意識が高く、
家族や仲間を守るためのアンテナを張り巡らしています。
せんさい族の人たちは、村の周辺には高い策を立て、火の見やぐらを設置し、
交替で見張るように計画します。
未知の環境や生物は、よくリサーチしたうえで、
対策を練ってから対峙することを提唱します。
それが功を奏し、パリピ族とせんさい族から成る村の安全は保たれ、
無駄に命を落とすことなく発展します。
情報や経験的知識に乏しい、原始時代だったからこそ、
せんさいさんの危機意識や慎重さは、重要だったでしょうね。
そう考えると、原始の時代に、
度重なる災害や動物の襲来からみをまもることができ、
人類が現世まで発展してきたのは、
せんさいさんたちの能力のおかげかもしれません。
そういう話をすると、自身の繊細さを気にしていた方々は少し目を開き、
違った視点で自身の能力を意識することになります。
リフレーミングといわれる手法ですね。
ものごとにはプラス面とマイナス面、
ポジティブ面とネガティブ面があります。
視野が狭くなり、その一方しか見れなくなったとき、
少し距離を取って、違う視点から見てみるといいですね。
しかも、こういったたとえ話、ユニークな語り口で聞かされると、
すこし心が、軽くなるものかもしれませんね。
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