Words works

Words works

PR

×

Profile

Words works

Words works

Favorite Blog

まだ登録されていません
2006.07.06
XML
カテゴリ: 物語


 いま人に頼るのがどんなに危険なことか、みどりだってわかっていたはずだ。だからこそ誰の世話にもならずに、体を壊してまでひとりでがんばってきたんだから。
 なんで、ここでくじけちゃうかなあ。奥さんにばれて慰謝料とか請求されちゃったら、また借金が増えちゃうのになあ、あのばか女。
 ばか女、と思わず口に出てしまって、電話の向こうの男がけらけらと笑った。
「あなたはそう言うだろうって、あいつが言ってましたよ」
 こっちだって笑うしかない。心配してくれって頼まれたわけではないのである。生きていると確認できたではないか。自分の取り越し苦労を笑っておしまいだ。
「あいつ、また書いてるみたいですよ」ふいに男が言った。
「書いてる?」
「ええ。知りませんか? あいつ、脚本を書くんです」

「いえ、見ちゃっただけなんだけど」
 わたしは少し驚いた。みどりが書くということをこの人が知っていると思わなかったし、状況が状況だから、書くことはもうあきらめたのだと思っていた。
 みどりが舞台の脚本を書くようになって十五年になる。その間、メジャーになることはなかった。働きながら子どもを育てながらでは劇団の座付作家になることは難しい。細々とコンクールに応募し続けて、運がよければ最終選考までは残るものの、そこを突破することはなかった。それでも書き続けてきたものの強みで、全国区の演劇祭に作品が乗ったともあった。
「書くことは、辞めないでほしいんですよ」男は言った。「何があっても書きつづけてほしい」
「みどりの芝居を観たことがあるんですか?」
「ええ、何度か。山形の演劇祭からこっちは全部観ています」
 わたしは観ていない。山形の演劇祭にみどりの脚本がかかったのは三年くらい前だった。連絡をもらったものの、仕事が忙しくてどうにも休みが取れなかった。いや、それは言い訳だ。休みを取れなかったのではなく取らなかった。自分のことで手いっぱいだったから。
 そうか、この人は観てるんだ。電話の向こうの男に負けたような気がして、でもすぐに勝ち負けってなんだよと苦笑した。
 勝ち負けの問題じゃない。問題じゃないけれど、実際に足を運んで観てきたという事実は大きい。結婚している間、みどりの芝居は主に関西で上演されてきたはずだから、毎回仙台から出てくるのはかなりの労力だ。きっと、みどりの書くものが本当に好きなのだ。
 しゅるんと寂しくなって、自分が嫉妬していることに気がついた。なのに、嫉妬の矛先がみどりなのかこの人なのかが自分でもよくわからない。
「うちの会社、山形の演劇祭のスポンサーだったんです」男は言った。聞いて欲しくて仕方がないという感じだった。スポンサーっていっても一口十万とか、そういう世界っすよ。うちみたいなちんけな会社がなれるんだから。それで、招待券をもらって観にいったんです。そこに、みどりの芝居がかかってた。ショーゲキでした。

 あいつの世界観のようなものにはまってしまったんすねえ。行けると思うんですよ、あいつだったら。こんなところでつぶれてる場合じゃない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.07.16 00:00:37
[物語] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: