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2006.07.08
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カテゴリ: 物語


 トムヤムクン・ラーメンを食べながらわたしは訊いた。気に入りのタイラーメンの店にいた。トムヤムクンの中にラーメンが入っていて、泣きそうになるほど辛い。でもうまい。えび入りか肉入りか太麺か細麺か選べて、わたしが「クン、細麺」で、みどりが「クン、太麺」だ。タイ語でえびはクンだ。この店で覚えた。
「日常の覗き見をテーマに」みどりが涙をにじませながら言った。
「のぞきみぃ?」同じく涙をにじませながら、わたしは答えた。その日のラーメンは特別に辛かった。
「普通の人の普通の暮らしをね、お客さんに覗いてもらうの。微妙なずれとか、ゆらゆらした気持ちとか、そういうのをね、見せたいのよ」
「ドラマ性を切り捨てたところに残るなにか、とかそういうやつ? あ、だめだって!」
 わたしは声を上げた。みどりが水を飲んだからだ。水を飲むと死にかけていた味蕾が生き返って辛さ倍増、本気涙が出る。
「そんな小難しいのじゃなくて、覗き見って言ったらホントに覗き見よ。くーっ」
 みどりの灰色の右目からぽたぽたと涙が落ちた。だから言ったのに。

「そういうんじゃなくて、んー、うまく言えないから、あたし、書いてくるわ」
「え、みどりが書くの?」
「うん、だめ?」
「わたしだって書きたいよ。あ、すいませーん、小ライス――」
「二つ」みどりがVサインを作ってカウンターの向こうに突き出した。麺を食べ終わったらご飯を入れて雑炊にする。それがこの店での作法だった。
「じゃあさ」みどりは言った。「それぞれ書いてみる、ということで」

 会計を済ませたわたしたちは、駅に向かってぷらぷらと歩いた。トムヤムクンの余韻で、口から火を噴きながら歩いているようだった。
 店は大通りに面していて、その二、三軒隣に激安カジュアル洋品店がある。どのくらい激安かというと、Tシャツ一枚が当時で百五十円だった。トムヤムクン・ラーメンが六百三十円だったから、Tシャツ四枚は買える計算になる。何の変哲もない無地の白Tシャツで、一度でも洗濯すると不思議なねじれが出る。左のわきの下の縫い目が腹に回り、右のわきの下の縫い目が背中に回る。前身ごろがぐるりと回転して、腹の辺りで後ろ身ごろになってしまうこともあった。
 わたしはこのTシャツを作業着として使っていた。釘をひっかけたりペンキが飛んだり、とにかく汚れることが多かったから。
 汚れるのは下手な証拠。当時の先輩達がよく言っていた。





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Last updated  2006.07.16 00:04:39
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