ザビ神父の証言

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2009.06.26
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カテゴリ: 歴史の中の女性像
ヴィクトリア女王とウエディングドレス余話(5)

下の図は、1830年代末~1840年代初にかけて、1部特権階級の花嫁の間で好まれたウエディングドレスです。釣鐘型のスカートに胸が開いたボディスに特徴があります。

1840年頃のウエディングドレス

白い色が好まれるようになってきたのも、この頃です。お洒落な花嫁は、手織りレースのヴェールを被り、オレンジの花を髪に挿しました。ヴィクトリア女王のウエディングドレスも、この流れに沿ったものでした。女王のウエディングドレスは、決して奇を衒ったものではなく、当時の特権階級の良識の範囲のスタイルだったのです。違いは、衣装の全てが国産だったという点にありました。当時はホニトンのレースよりも、ブラッセルのレースのほうが明らかに良質だったからです。

もうひとつ、このスタイルはイギリス独自のものではなく、外国から入ってきたファッションとイギリス的なものが混じり合った、ごった煮的なファッションでした。オレンジの花を髪に挿す風習は、多産の象徴として地中海地方から、フランス経由で伝わったものでした。ヴェールを頭の後部に被る習慣も、ギリシア・ローマ時代の流行が復活したものでした。

白が、1部の特権階級の間で、特別の色として意識されるようになったのは、1820年代の末頃からと言われています。この頃正装用のドレスは、青や赤といった色物が流行していたのですが、そうだったからこそ、特権階級の女性たちは、ウエディングドレスには白を選ぶようになったとされています。

こうした点を総合すると、ヴィクトリア女王の結婚当時、白のウエディングドレスは、イギリス女性の花嫁衣裳としての確固とした地位を、まだ築いてはいなかったといえます。19世紀に入ってから大陸ヨーロッパから伝わってきたものや、流行のものが寄せ集められて、何となく出来ていたと言えましょう。

ヴィクトリア女王が、こうした衣装に身を包んで、公衆の面前に姿を現し、この衣装で新郎新婦が人々の祝福を受けたのです。この事実によって、有象無象の外国製ファッションが、イギリス王室のお墨付きを得たのです。少なくとも、外国から借り物ファッションは、イギリスの女王が身に纏って、公衆の面前に姿を現したことによって、イギリスの正当な花嫁衣裳、女王の花嫁衣裳として、認知されたのです。

しかもこの衣装は、1部特権階級の間では、流行の兆しを見せていましたし、アルバート公との結婚によって、女王の人気は急上昇を遂げつつあったのです。

もちろん、時代の動きにつれて、袖の形、ネックライン、ヴェールの長さといった細部は変化していきます。しかし、白のドレス、ヴェール、そしてオレンジの花の髪飾りという三つの基本は、長く受け継がれていったのです。





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最終更新日  2009.06.26 21:09:47
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