ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2009.10.24
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カテゴリ: 民衆の歴史
デパートの誕生(13)

ボン・マルシェの経営手法は、やがてプランタン、ギャルリ・ラファイエット、トロワ・カルティエといった同業者も取り入れる所となってゆきます。そうなると彼らは、互いにより安い工賃で、同品質を確保できないかという競争を始めます。

ここに工賃の安い地域を探して、全国各地の繊維工場を捜し歩き、さらには外国にまで足を伸ばすのです。安く仕入れが出来るなら、何処へでも出向くのが腕っこきの良い買い付け係のやり方でした。こうしてボン・マルシェに限って言えば、リヨン、ルーベ、サン・テチエンヌ、さらにはイギリスのロンドンにまで、買い付け事務所を置いていたのです。

そして、こうした薄利多売方式の当然の帰結でもある大量買付けは、商人と製造業者の関係そのものを変容させてしまいます。買い付け商人に対する生産者の優越は否定され、大規模店、とりわけパリなどの大型店が優位になってくるのです。

プシコーらは、こうした優位を最大限利用して、外国でしか作られていない製品を、輸送に便利な手近な所で確保できないかと考え、納入業者にかけあって国内、それも比較的パリに近いところに工場進出するよう要請したり、衰退していた地場産業の再興を図ったりもしたのです。

もうデパートと呼んでも良いでしょうか。こうしてデパートは、流行の品を単に買い付けるだけではなく、流行を自らの手で作り出す手段をも手に入れることになったのです。

時代が下って1900年のことですが、ボン・マルシェ社は、こう語っています。「当社の買い付け係と生産業者は、同じ利害を共有していますので、新しい商品を作り出すために一緒に考え、一緒に努力しています。商業も工業も、こうして絶えず新しさを求めて、成長してゆくのです。…… つまりわが社は、わが国の工業に仕事を提供すると同時に、大量の注文を出すことによって、有利な条件で製造業者の方々と取引できるようになるのです。その結果、消費者の皆様にも有利な形で、店頭に商品を並べることが出来るのです。」

しかし、ボン・マルシェは、ただの一度として自ら工場を経営しようとはしていません。それはなぜでしょうか。
                                 続く






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最終更新日  2009.10.24 21:25:07
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