ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2009.11.24
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カテゴリ: 民衆の歴史
デパートの誕生(43)

電気製品の普及には、家庭への電力の供給が不可欠です。この電力の普及は、先ずはガス灯よりも格段に明るい電球の発明にとって、意識されるようになりました。米国にやや遅れて、イギリスやフランスにも電力会社が誕生し、大都市中心に家庭にも電力が供給されるようになるのは、20世紀に入ってのことでした。

しかし、市内各所に1度に電柱を立て、電線を張り巡らせるには、長い時間が必要です。パリ市内の電線の張り込みがほぼ完了し、市内7割の家庭に電力が供給されるようになったのは、1925年頃のことでした。残りの家庭は、貧しさから電線の引き込みが出来ない家庭でした。

こうした状態でしたから、新タイプの商品で、最初にヒットした商品は、手回しの蓄音機(当時は、レコードが何枚かサービスでついていたそうです)とカメラでした。コダック社の箱型カメラ「ブローニー」が米国で売り出されたのは、1900年のことでした。このカメラは人気となり、すぐさまヨーロッパでも売り出されています。

米国で普及したシンガー社のミシンは、英仏ではさほど売り上げを伸ばしていません。それはミドルクラスの婦人たちにとって、裁縫仕事は召使の仕事でしたし体面上、繕いの痕がある衣服を家族に着せるる訳には行かなかったのです。そのため、家庭にミシンをおくことは、自己のステータスに関係しなかったからです。

しかし、家庭で電力が使えるようになると、先ず第一に普及したのがアイロンでした。よれたり皺の入ってしまった服などを、短時間でピンと伸ばすことに役立つアイロンは、価格が安いこともあって、最も急速に普及した電気製品でした。

1920年の秋に、米国ビッツバークに最初にラジオ放送局が誕生すると、そこからラジオ受信機も飛ぶように売れ始めました。その後の5年間で米国内だけで、約500の放送局が誕生しています。そして英仏は共に翌1921年に、米国を追いかけてラジオ放送局をスタートさせています。

24時間電力が自由に使える生活に慣れてしまうと、大風や雷に伴う停電でもあると、誰もが困ってしまいますが、当時は電力の生産が間に合わず、送電は朝晩の2回、2~3時づつのところが多く、ラジオ放送も朝夕に限られていたのですが、大変な人気でした。

世界恐慌が始まる時期で、電力が通じている家庭のラジオの普及率は、アメリカで80%、英・仏でも70%に達していたとされています。ちなみにアイロンの普及率は、米英仏揃って95%を超えていました。



最も普及が遅れたのは、電気冷蔵庫でした。数時間しか電力が提供されないのでは、これは止むをえないですね。

勿論、ボン・マルシェの売り上げにも、10年代半ばからは電気製品の貢献が目立つようになっていました。
                             続く






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最終更新日  2009.11.24 14:49:52
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