ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.01.17
XML
カテゴリ: 外国史
ハイチに贈る (3)

1492年のコロンブスの第1回航海は、成功裡に終りました。残念なのは、彼の旗艦としてスペインはカディスの港を出港したサンタ・マリア号の設計図や完成図が1枚も残されていないことです。随行したニーニャ号とピンタ号は設計図が残っていますので、現代でも正確な復元が可能なのですが…

写りが悪くて恐縮ですが、下に掲載した写真は、コロンブスがスペインのカトリック両王、イサベラとフェルナンドに提出した報告書の中に残されている、サンタ・マリア号のスケッチです。現在いくつものサンタ・マリア号の模型が、なかには実物大の模型も含めて残されていますが、それらは全て、この報告書を元に、作り上げられたものです。

サンタ・マリア号

帰国したコロンブスは、両王に謁見すると、短期間に報告書を書き上げ提出しています。提督として、彼は航海日誌を記していました(現存しています)し、帰路の航海の最終段階で、報告書の下書きも作っていましたから、この作業は素早く済んだのです。

報告書は4ページの小冊子にまとめられ、ただちにローマ教皇の下に届けられます。当時のヨーロッパの政治上の慣習(これが事実上の公法の意味を持っていました)では、新たに見出された土地は、それがヨーロッパにとって未知の土地であることを、ローマ教皇に認定してもらわないと、自領であることを主張できなかったからです。

ローマ教皇は同年(1493年)5月には、早くもスペイン両王の主張を認め、アゾレス諸島から西へ318海里離れた子午線に沿って境界線を設け、ここより東の未発見の島々の領有はポルトガルに、同じく西の未発見の島々はスペインに属することを、布告したのです。

しかし、この裁定にポルトガルは納得せず、再度の交渉の結果、境界線はヴェルデ岬諸島から西へ1,175海里移動させることで決着したのです。1494年のトルデシリャス条約です。この新しい分割線の悪戯で、ポルトガルはラテン・アメリカにブラジルという大きな地を得る結果となったのです。下図の1番左の線がそれです。見事にブラジルが東側に入っていますね。

トルデシリャス条約

この時代、大海を渡って海洋の冒険を試み、そうした冒険企業家に資金を提供したのは、スペイン、ポルトガルの両国しかなかったため、ローマ教皇も気楽にお墨付きを出せたのでしょう。そしてそれは、ムスリムの大国オスマン帝国の勢力拡大に対し、キリスト教徒の勢力を維持するために、新たな信者の獲得が不可避だとする、ローマ教会側の焦りとも、密接に関係していたことも事実でした。
                         続く





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010.01.17 15:22:27
コメント(6) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ザビ神父

ザビ神父

カレンダー

お気に入りブログ

ソフトバンクがトヨ… New! 歩世亜さん

求められているのは … New! kopanda06さん

「地方紙」 New! でぶじゅぺ理さん

福井県大野市  武… New! トンカツ1188さん

映画「きっと、いつ… New! naomin0203さん

コメント新着

でぶじゅぺ理 @ Re:石破辞任(09/09) 明けましておめでとうございます。 本年…
葉月 生 @ Re:ご無沙汰しました(08/15) 神父さま お帰りなさいませ。 1ヵ月に1回…
kopanda06 @ Re:石破辞任(09/09) お久しぶりです。 降雨の中、高見観音の…
吉祥天2260 @ Re:石破辞任(09/09) どの人見てもなんだかねぇ・・・ 国のこと…
わからんtin1951 @ Re:石破辞任(09/09) テレビを観ていると、総裁選のことばかり…

バックナンバー

・2026.06
・2026.05
・2026.04
・2026.03
・2026.02

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: