ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.05.17
XML
カテゴリ: 外国史
19世紀のアメリカ(15) 序章 独立戦争と合衆国の誕生…15

ヨーロッパ大陸の国々は、北米植民地の「独立宣言」の発表を歓迎しました。これで、イギリスの内戦は、アメリカの独立戦争だとみなすことが出来るようになったからです。

とすれば、その気になればいつでも軍隊を派遣して、この戦争に介入することが出来るからです。なぜか。スペインも、オランダも、フランスも、海外植民地や海外貿易を巡って、いずれもイギリスに煮え湯を飲まされていたからです。

スペインはカリブ海植民地や、アフリカ沖の植民地や港をいくつも奪われていましたし、オランダもまた、イギリスに海上の覇権を奪われ、切歯扼腕していました。そしてフランスは、北米並びにインドを巡る覇権争いに敗れ、インドからも北米からも撤退知る仕儀となっていました。

いずれの国も、イギリスへの復讐の執念に燃え、そのチャンスの到来を待ち望んでいたのです。北米植民地での内戦が独立戦争となった今は、願ってもないチャンスが到来したように見えます。各国は欣喜雀躍しながら、効果的な介入のチャンスを待ったのです。

それは、喜びすぎてすぐに介入したとして、十分に勝算が立つのかどうかを、しっかり瀬踏みする必要があるからです。植民地軍の力量がいったいどのくらいのものなのか。しっかり見定めないと、またもやイギリスにしてやられるかも知れないからです。

こうした先ずは、政府が正面に立たず、ひそかに武器援助や資金援助を行い、民間の義勇軍の派遣に、密かに便宜を図る程度に留めたのです。

この点でも、独立宣言が啓蒙思想の精神に学んでいることはプラスに働きました。若き侯爵、後にフランス革命の初期に大活躍するラ・ファイエットは、自ら義勇軍を組織してアメリカにわたり、ワシントンと親交を結んで、活躍しています。

ポーランド軍の大尉だったコシューシコは、ベテランの工兵士官として、陣地戦に置ける堅牢な陣地の構築術を、植民地軍に惜し気もなく伝授しました。またプロイセンの陸軍大尉シュトイベンは、兵士訓練の腕をワシントンに見込まれ、遂には78年に大陸軍の教育総監を引き受け、大陸軍の勝利に貢献しています。


                                 続く





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010.05.17 13:39:39
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ザビ神父

ザビ神父

カレンダー

お気に入りブログ

嵐が去って嵐が来た… New! 歩世亜さん

求められているのは … New! kopanda06さん

「地方紙」 New! でぶじゅぺ理さん

福井県大野市  武… New! トンカツ1188さん

映画「きっと、いつ… New! naomin0203さん

コメント新着

でぶじゅぺ理 @ Re:石破辞任(09/09) 明けましておめでとうございます。 本年…
葉月 生 @ Re:ご無沙汰しました(08/15) 神父さま お帰りなさいませ。 1ヵ月に1回…
kopanda06 @ Re:石破辞任(09/09) お久しぶりです。 降雨の中、高見観音の…
吉祥天2260 @ Re:石破辞任(09/09) どの人見てもなんだかねぇ・・・ 国のこと…
わからんtin1951 @ Re:石破辞任(09/09) テレビを観ていると、総裁選のことばかり…

バックナンバー

・2026.06
・2026.05
・2026.04
・2026.03
・2026.02

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: