ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.05.22
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カテゴリ: 外国史
19世紀のアメリカ(20) 

序章 独立戦争と合衆国の誕生…20

ここから憲法の制定と合衆国の誕生に至るのですが、その前に現在の米国の姿からすると、容易には信じられないような米国の軍隊のことを記しておきたいと思います。本日だけの寄り道です。

独立戦争を戦った、ワシントンを総司令官とする大陸軍はどうなったのでしょう。パリ講和条約の結ばれる少し前、休戦協定下で和平交渉が行なわれていた1782年12月のことです。

和平近しで、13の邦の多くが軍隊の維持経費の支払いに不満を表明し、兵士への給料の支給が遅れていたのです。こうなると兵士の連想は悪い方へ悪い方へと流れます。噂は噂を呼び、将来に約束された年金の支払いも反故にされるのではないかと、真剣に懸念されたのです。

そこで、約1万人の将兵が駐屯していたニューヨックのハドソン河畔の駐屯地の全員が、年金を一時金に変更して支給して欲しいと、連判状を作成して、連合会議に代表を派遣したのです。

ところが財政事情のままならない連合会議は、将校や兵士を納得させるような回答を、用意することが出来ませんでした。不満の募った将兵は、平和条約が発効しても武装解除せず、大陸会議に圧力をかけることを考えました。軍が政に反旗を翻す可能性が高まったのです。

事態を察知したワシントンは、懸命に将兵をなだめます。それは必死の説得でした。ことの重大性を悟った大陸会議も、ワシントンの要請を入れ、3月中に年金の一部を一時金に変更する措置をとって、事態の収拾を図りました。

こうして事態は解決に向かったのですが、軍という武装機関は、不満があれば武装蜂起という手段で、政治を脅かす可能性のあることが、強く大陸会議のメンバー、即ち草創期のアメリカの政治指導者たちに、認識されたのです。



ですから、意外なことに米国の常備軍は、第二次世界大戦までの時期を見ると、国家の規模からして、極めて小さなものに過ぎなかったのです。

1945年以前の米国には、軍事大国の姿は露ほどになかったのです。
                                 続く






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最終更新日  2010.05.22 17:21:00
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