ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.11.21
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カテゴリ: 国際政治
尖閣問題を考える…(11)

1996年の尖閣危機は、中国側の自制で、やがて落ち着いてゆきます。ただその過程で、日中、日米、米中の3国間の関係が、かなりもつれたことも事実でした。日本でも良く知られる三国誌のような、微妙な外交関係がそこに派生したことは間違いのないところでした。

それは、冷戦終了後の対アジアの関係を、なお冷戦の枠組みを残す朝鮮半島情勢をも含めて、どのように構想するかという、米国のアジア政策の揺れと密接に関係していました。クリントン政権は、日本と中国を天秤にかけて、どちらとの関係をより重視するかで、間違いなく揺れていました。尖閣問題は、まさに、その揺れに翻弄されることになったのです。

そして、問題が終息に向かう過程で、おそらく米国の斡旋もあったのでしょう。日中は知恵を出し合い、日本が領海と主張する海域で操業する中国漁船を、日本の巡視船が追い払うことは認める。その代わり日本側は、逃げる中国漁船を拿捕、連行することはしないという、秘密協定を結んだのでしょう。その後の双方のやり取りを見ると、そうであろう事を推測することは、そう難しいことではありません。

状況は21世紀に入って変化しました。経済的な離陸期、高度成長期に入った中国経済は、13億人を超える人口を養うための、恒常的な資源不足に悩むことになったのです。とりわけ、生産財の大量供給のための、石油、石炭、鉄鉱石などの確保は焦眉の急でした。

尖閣諸島に連なる大陸棚での原油掘削を、一方的に始めたのもその1つでした。いわゆる「白樺」鉱区です。イラクとクウェートの紛争の原因もそうでしたが、国境地帯の油層は、国境を跨いで地下で繋がっていることが往々にしてあります。こうした場合、双方が同時に油井を建て、地下の油層の広がる割合によって、採掘すれば良いのですが(北海油田は、これがうまくいっているケースです)、この時、自民党政府は、対抗上、日本の領海での試掘を始めることをせず、中国側は着々と、既成事実を摘みあげていきました。

日本の外交のミスはここにもありました。
                                続く





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最終更新日  2010.11.21 20:40:51
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