ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2016.01.30
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カテゴリ: 国際関係
クロニクル 米兵至近距離で農婦を射殺

1957(昭和32)年1月30日

昨日と同じ59年前の出来事です。第1次南極観測隊が、南極大陸に上陸した翌日のことです。

事件は群馬県相馬ケ原の米軍射撃場内で起きました。日本がまだまだ貧しい時代でした。貧しさ故に、基地周辺に済む貧農たちは、立ち入りを許された基地内に立ち入り、空薬莢(からやっきょう)や砲弾の破片を拾い集め、生活の足しにしていたのです。

射殺された坂井なかさんも、そういう一人でした。坂井さんが射殺される瞬間を目撃した農婦達の証言によって、射殺犯W・ジラード三等技術兵は「ママさん、大丈夫ヨ」と、わざと坂井さんを近くに呼び寄せたうえで、至近距離から射殺したことが明らかにされました。

当然国内世論は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなりました。米兵に巣食う、日本人に対する極端な優越意識(この意識は今日でも、在沖縄米軍などに色濃く残り、それが婦女暴行事件や車輛による人身事故の多発に繋がっているように見えます)の存在を、これみよがしに見せつけられたのですから……。

世論の怒りに、米国に弱い日本政府も、ここは強気のポーズで米軍に当たらざるをえません。しかし、サンフランシスコ講和と同時に結ばれた日米安全保障条約によって(前年11月に調印されていました。発効は3ヶ月後の4月28日でしたが)、日本は米軍の日本駐留を認め、その駐留米軍には、日米行政協定(当時、現日米地位協定)によって、治外法権が認められていました。



ここに、いかに日本側が「ジラード陸士は故意の殺人犯なので、裁判権を日本側に委ねよ」と主張しても、駐留米軍はガンとして聞き入れず、ジラードは米軍機で密かに帰国、日本側はウヤムヤの内に押しきられてしまったのです。

米軍基地と日本の主権との関係が、ここに大きく問題化したのです。当時中学生だった、我々や少し上の世代には、いまだにこの事件は、心の底に熾りとなって残っており、いわば草の根の反米感情を消し去ることが出来ないでいます。







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最終更新日  2016.01.30 13:52:30
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