ザビ神父の証言

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2019.01.05
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カテゴリ: 国際政治
クロニクル 「プラハの春」はじまる

1968(昭和43)年1月5日

51年前になりますね。「プラハの春」我々世代には懐かしい言葉です。この「プラハの春」を主導した中心人物が、チェコスロヴァキア共産党のドプチェク第一書記でした。

この日1月5日は、この日開かれたチェコスロヴァキア共産党中央委員会総会において、スロヴァキア共産党第一書記だったアレクサンデル・ドゥプチェクがノヴォトニーに代わって、チェコスロヴァキア共産党第一書記に就任した日なのです。

彼は、「人間の顔をした社会主義」を合言葉に、情報公開の徹底、自由な発言の奨励など、17年後にソ蓮共産党のゴルバチョフ書記長が推進したペレストロイカに近い政策をとったのです。

ドプチェクの存在とチェコの新方針が、広く世界に知れ渡るのは4月頃でしたが、「プラハの春」と称されたチェコスロヴァキアの試みが、始まったルーツを辿ると、51年前の今日に至るのです。

この「プラハの春」は、東欧社会主義の事実上の監督者であるソ連共産党の眼からすると、危険なものに写り、やがて8月20日からのワルシャワ条約機構軍の軍事介入によって踏み潰されて行きました。 ワルシャワ条約機構軍の中核は、言うまでもなくソ連軍でした。

ソ連軍介入の畏れは、6月はじめ頃から意識されており、6月27日に発表された有名な2千語宣言は、社会主義における自由な言論と複数政党制の必要を訴えた文章として、知られています。この宣言はまた、4年前の東京オリンピック女子体操で大活躍し、チェコの名花と歌われたチャスラフスカさんや、1956年のヘルシンキ五輪で、5,000m、10,000m,マラソンの長距離3種目の全てで優勝し、人間機関車の名をほしいままにしたザトペックさんが、署名者に名を連ねていたことで、大変な注目を集めたのでした。





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最終更新日  2019.01.05 22:01:06
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