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朝4時に起き甲武信岳に向った。登頂コースは、小海線の信濃川上駅からバスで梓山にゆき、梓山から高原野菜の生える農道を進んだ。バスは、4人で2人が甲武信岳へ、あとの2人は金峰山に向ったようだ。甲武信岳へ向うもう一人の人は、十文字峠から登るとのことだったが農道でずっと後ろにいたが見えなくなって山小屋にもこなかった。どうなったんだろう。自分は、千曲川源流の起点のあるコースから登り、翌日十文字峠コースで下山した。梓山バス停から毛木平(駐車場のある)まで1時間半。車で来た人はこの1時間半を省略できるので楽なコースだが。ものすごい暑さだ。 涼風や高原野菜の畑の道本当は、暑い俳句を作るのだが高原野菜の畑には涼風が似合う。行けども行けども暑い農道が続く。 高原の農道照らす炎帝かな駐車場のある毛木平までには、もうバテバテ。ここまで30分ほど短縮。ここからようやく森林地帯に。水音を聞きながら。下山してくる人はいるけど登る人は皆無だ。 千曲川源流の地に森林浴そしてナメ滝へ。若い人が4人ほど休んでいた。 滝の水打たれ打たれて世に出づるここで休憩し顔を洗おうと上のほうに行ったら若い一人の人が近づいてきた。何だろうかと思っていたらぶっきらぼうに「その茶色いところが滑るから気をつけたほうがいいよ」って。親切だなぁ~と思っていたら「さっき自分が滑り落ちたから」だって。忠告がなければいきっと滑り落ちてまた携帯電話を洗濯するところだった。感謝! 滝水のマイナスイオンを浴びにけりここからは下山する人とも出会わない。4時間ほど経っていた。あたりは薄暗くなってきた。 動くものみな恐ろしき木下闇前に作った句だがまた思い出してしまった。千曲川源流起点についた。3人の若者がいた。ここまで4時間半ほど。 塔の建つ源流起点に清水汲む冷たい。 山清水ペットボトルを潤して3人と別れを告げ山頂へ。一時間ほど掛かるといっていたが。山頂直下まで来た。 百名山またひとつ増え雲の峰しばらくすると反対側から西沢渓谷から登って来た人たちが登って来た。別れを告げて山小屋に向った。
2008年07月30日
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大菩薩峠まで来たけど脚が重く登るのが辛い。 尾根道にまた振り返る夏の富士脚は重いが尾根道を歩くのは快適だ。 ケルン積みさいの河原と名付けられちょうど避難小屋のあるあたりがさいの河原と名付けられている。福ちゃん荘が見える。今歩いてきた道だ。山頂ではないが2000m地点に。 山頂にへたり込み食ふ夏みかんかなり疲れてきたが帰りのバス時間があるので必須に歩いた。そうすると雲行きが怪しくなってきた。大菩薩は秩父山系にあるが秩父方面の雨雲が立ち込めてきた。 黒南風や雨雲山を越えられず 黒南風・・・くろはえ。梅雨の頃に吹く黒雲を伴った南風。前にも見たことがあるが雨雲がちょうど写真の山を越えられず片側は晴れて片側が雨の珍しい現象だ。山頂は林の中にあり見晴らしが利かないので今回はパスし唐松尾根をまっすぐらに福ちゃん荘、上日川峠を通り一気に下った。途中、雨になり雨具に着替えたりしながら。 闇に透けかの世の見ゆる銀竜草 銀竜草を見ながら。 夏草を払ひ除けきし下山かな登るのは足が上がらなくなっていたが下山は大丈夫だった。 武田信玄が戦いの前に祈願したという雲峰寺に寄り帰宅した。 峰雲や太古の寺の磴百段 夕立や停車の長き峡の汽車電車に乗ったらものすごい夕立が。 夕立止み富士は茜の空抱く夕立が止んだ跡の富士山はきっとこんな感じだったのではと思いながら。自分の友達がデザインした椅子です。☆今なら送料無料☆桐の子供椅子☆てるてるやさしい生活工房
2008年07月25日
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大菩薩峠は、過去2回福ちゃん荘、上日川峠までタクシーで行って登ったことがあるがタクシー代が高くて一人では無理と諦めていた山だ。地図を眺めて時間を計算してみたら登山口からで6から7時間で上れるのが分かったので行ってみることにした。登山口から登る人たちがいるか不安だったが塩山駅に着いてほっと一安心。前の日、スーパーで食料を買い準備万端。 山行きにばら売りトマトひとつ買ふ当然、胡瓜もばら売りを一本買い味噌(山行きには必須)を持って。 百円の登山バス乗る甲斐路かなバス代が安い。駅から登山口まで30分ほど乗るが百円だった。登山口からは、舗装道路を30分ほど登る。 蟻地獄山の舗装の伸びつづけまさに日本列島を埋め尽くさんばかりに舗装道路が山の中まで伸びてきているのには閉口する。蟻地獄のように。 舗装伸び廃れし茶屋に蝉時雨仙石茶屋からは山道になり蝉の鳴き声が。蛙の鳴き声かなぁ~。そんなようにも聞こえる。河鹿かなぁ~。と思いながら。第一展望台、第二展望台も霞んで見晴らしが良くない。富士山は絶望か?過去二度とも富士山を見ていない。 木漏れ日の光とともに蝉時雨登り始めて2時間ほどで上日川峠へ。たくさんの車と大勢の人がいたのでそのまま福ちゃん荘へ直行。ここでベンチを探し昼食。そのときどこかで見たことのあるような人が目の前を通り下山していった。見たことがあるのではなくブログでよく拝見したpuffpuffさんだ。あっという間に通り過ぎていったので声を掛けられなかった。福ちゃん荘からは、二度も歩いているので気楽に。ところが脚が重い。何度も休憩しながら。富士山が大きく見えた。 夏富士の見放題てふ茶屋の椅子中里介山が大菩薩峠をこの家で書いたと言う勝縁荘だ。所々で富士を見ながら歩いた。 山滴る襖絵のごと富士映えて登り始めて3時間半弱で大菩薩峠に着いた。尾根道からも富士山が見える。 夏山の尾根道が好き富士見えて 文学碑遠富士見据ゑ山滴る中里介山の文学碑だ。つづく今度の連休は、秩父山系で色んな川の源流となっている甲武信岳の予定です。自分の友達がデザインした椅子です。☆今なら送料無料☆桐の子供椅子☆てるてるやさしい生活工房
2008年07月18日
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7月6日炎暑の中、金時山に向かった。通常は、乙女峠か仙石原から登るが小田急の新松田からバスで万葉公園まで行くもっとも楽なコースを行った。万葉公園は、金時山の反対に位置する矢倉岳を登ったときに何度か訪れているのでまっすぐ金時山に向かった。 炎昼や見知らぬ土地に道問われこの日は、特に暑かった。バスを降りたら車できている人が道路地図を広げ滝があるはずだけどと言って道を聞かれた。自分は山がないとどこか分からないのに道路地図には山がない。万葉公園も地図には載っていない。本人は、今はここらあたりのはずだがと言っても分からない。どうも違うようだがぜったいここはここら辺と言う。関わっていると時間がたっていくような気がしたのでバスの運転手に聞いてくださいと行って山に向った。万葉公園の先は、足柄の関所跡があった。 炎帝や関所仕立ての関所跡ちょっと小憎らしい顔の金太郎だ。 青嶺背におかっぱ頭の金時像まずは舗装道路が続く。 炎帝や山の舗装の伸びつづけ道の脇に蛍袋や蛇苺が。 蛇苺草葉の陰に実を熟し眺めていると車が通る。 色白き蛍袋に排気ガス山道も車の公害に悩まされ始めている。グミかな?本来は、写真の向こうに大富士が見えるはずだが。 炎昼や富士見てふ富士見えぬ道この日は、本当に暑かった。休んでも直射日光があたり脱水状況になる。水を飲んでものどの渇きが癒えない。金時山が見えてきた。 滴れる山の標に金時像ここからは梯子、梯子の連続だ。途中で脱水症状に近い状態になり休憩。胡瓜と味噌を持っていっていたのでボリボリ食べた。それで少し良くなりようやく頂上に着いた。食欲がないので金時アイス(小豆入り)を食べ喉を潤し下山。帰りは、万葉公園を通らないで地蔵堂まで下山。暑いので渓流の流れているところで顔や腕をじゃぶじゃぶ。 山清水ペットボトルを潤して川底を見たら銀色に輝く高価なものが沈んでいたので手を伸ばして拾った。がががんんんん!自分の携帯電話だ! 滝水に携帯落し世を隔つ電源がONにならない。 水の山携帯電話も涼の中半年ほど前には、登山服に携帯を入れたまま洗濯。今回は、川で洗濯。泣きたい~~!因みに、携帯電話の安心パックに入っていたので安心していたが帰りに電話会社に寄って説明を聞いたが「超不安パック」だった。地蔵堂前に夕日の滝があるのでそこに向った。向う山々に響く太鼓の音。不気味さを感じながら。滝開きだった。 滝開き太鼓の音に水たぎる 走り根の縦横走る滝の道 猪の皮五頭並びて干されけり地蔵堂ではおやきが焼いて売っていたが暑くて食欲が湧いてこなかった。私の学生時代の友人がデザインした子供用の桐の椅子を載せておきます。ちょっと高いかも!(所感をコメントしてください。値段やデザインなどなど。)幼稚園や保育園に良いかもしれません。☆今なら送料無料☆桐の子供椅子☆てるてるやさしい生活工房
2008年07月16日
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6月下旬、西武秩父線・芦ヶ久保から二子山・焼岳・武川岳を縦走した。低山ではあるがかなりのぼり応えのある山であった。2年ほど前は、逆コースでかなりきつい山の記憶がある。芦ヶ久保の駅を左に折れ道の駅の裏側の湿ったくらいトンネルを抜けて登山が始まる。 トンネルを抜けて広ごる白紫陽花急な坂道を水音を聞きながら登る。 梅雨の谷けもののごとく水奔る途中、小さな蛇2匹と出会う。 くちなは(蛇のこと)や縄のごとくに伸びきって暑いためか伸びきって動かない。一時間半ほどで二子山の雌岳に。見晴らしは何もない。少し危険な岩道を下り少し登って雄岳に着いた。ここもあまり見晴らしは良くない。唯一の見晴らしだ。 万緑を見下ろしにして双子の山軽い食事をして焼岳に向かう。上の写真のとんがった山。 ひと山越ゆ前途多難と落し文落とし文・・・カブトムシが広葉樹の葉に産卵し葉が丸まっているもの。二子山を振り返って。 山滴る乳房のごとき二子山焼岳山頂から武甲山が見事に見える。 頂の切り株に座し夏みかんここからは真っ暗な道を武川岳へ。時々、吹く風が心地よい。 涼風や真綿のごとく肌なでてしかし誰とも会わない暗い道。 動くものみな恐ろしき木下闇ここも霧が深く展望がない。誰もいない。ほとんどの人は焼岳から元に戻ったようだ。 夏霧や煙草の煙紛れゆき遅い食事(でっかい玄米おにぎり)をして、なんとなく薄気味悪いので天狗岩の方面に一目散に下山を始めた。 峰雲や頂点見えぬ天狗岩思ったより高低のある岩道だった。ここからは一目散にニワトリ歩きでバス停まで。脚の感覚がなくなって舗装道路に出たときは気力だけで歩いた。この次の週は金時山、その次の週は大菩薩を登ったが足が重く登るのがやっとだった。余談だが、大菩薩を登って福ちゃん荘で休みながら食事(でっかい玄米おにぎり)をしていたときPuffpuffさん夫婦(お会いしたことはないので100%そうかと言われると自信がないが100%そうだと思う)が通り過ぎていった。声を掛けようと思ったが掛ける閑もなく通り過ぎていったので声を掛けられなかった。
2008年07月15日
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5時間半掛けてようやく雲取山山頂に着いた。誰もいない。遅かったのか早かったのか、あれだけ登ってきた人たちがいたが山頂には誰もいなかった。山頂から登ってきたコースを振り返る。 百名山ひとつ増やして雲の峰先日、百名山をいくつ登ったか数えてみた。22山だった。残り78山。一年に一山登るとして78年。生きていないなぁ~!二山として、39年。生きているかなぁ~!生きていないなぁ~!いかんいかん!人生を逆算しはじめた!山頂から三峰口のほうに30分ほど降りたところに雲取山荘がある。うっそうとした山林を下る。 万緑に登頂の祖のレリーフかな雲取山を開拓した人のレリーフがあった。山荘の前には冷たい水が豊富に湧き出ておいしい。山小屋は6畳に6人。先に着いた人に挨拶し山の話をしながら炬燵に横になった。周りが騒々しいので何かあるのかなと起きてみたら夕日が沈んでゆく。残念!きれいに写らなかった。 シャッター切る夕焼け空を惜しみつつ夕食後、外へ出てみたら月が出ていた。写真には写らなかった。 雲取の雲に掠るる梅雨の月その後、部屋に帰って布団についた。 梅雨の月見し山小屋の大いびきすごいイビキ!眠れない!自分は、端にいたのでまだ良かったが、自分の隣と自分から3人目が大イビキ。何度も外へ出てようやく意識がなくなった。 山小舎の脚の疲れや明易し目が覚めたら(寝たかどうか良くわからなかった)2人目の人が「眠れなかったね」と話し掛けてきた。耳栓を忘れたのが失敗だった。朝食は、朝4時半から。 早暁の茜仄かに梅雨の山5時半、もと来た道を登り返す。眠れなかったのが効いたのか登りが辛い。山頂についたら同じ部屋の人がいたので撮ってもらった。 父の日や東京一の山の上 雲取の雲の中から小鹿かな朝霧に包まれた山道を一目散に下山した。 雲取の雲に掠れて山つつじ途中、七つ石山を登り鷹巣山経由で帰ろうと思ったが天候不順と寝不足で七つ石山を登って下山した。七つ石山の山頂で出会ったご夫婦もどうしようか迷ったようだが、分岐で分かれ鷹巣山に向かったようだった。自分はもと来た鴨沢への道をひた下った。 万緑やひとり佇む岩の上途中、休憩しながら。4時間で降りることが出来、ちょうどバスが来て奥多摩駅へ。
2008年07月07日
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段々暑くなってきて、いよいよ日帰りで行く山が無くなって来たので山小屋泊まりで雲取山に登ることにした。単独での山小屋泊まりは初めてであるがインターネットで雲取山荘に予約して出かけた。一番ポピュラーな奥多摩の鴨沢から登り始めた。当日はバス2台が満員となるほど雲取山を目指す人が多かった。左の湖が奥多摩湖である。 終点は四方八方若葉光山頂は、鴨沢からおおよそ5時間。朝9:15から登頂を開始した。最初は、コンクリートの道を、そして木の茂った緩やかな山道を延々と登る。 山に入り山見失ふ茂りかな 鳥声の深山に響き苔の花紅ドウダン?の紅の色が目を和ませてくれる。竹の花が咲いていた。 うつつ世に未練残して竹の花4時間ほどでようやく稜線にでた。 新調の夏帽子ゆく山の峰ずいぶん追い越されて登ってきたが、この辺に来てようやく追い抜かれた人に出会い始めた。 老鴬や樹影途切れしところから 老鴬・・・ろうおう。夏のうぐいすのこと。山頂はまだまだ見えない。遭難救助用のヘリポート(真中の白い線があるところ)があった。 夏嶽や遭難救助のヘリポート最初の山小屋に着いた。ここでテントを張っている人が数組あった。 山小屋の炊ぎの煙テント張る山頂は、まだまだ。目的の山小屋は、山頂を超えて30分下ったところにある。けっこうきつい山道を登れば山頂かと思いながら。まだまだだった。登ってから5時間ほどで小雲取山に着いた。 山彦の帰らぬを待つ梅雨の山小雲取山は山道から反れていて笹薮の中にあった。ようやく山頂が見えてきた。つづく。
2008年07月02日
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