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カテゴリ: 山登りは楽しい



途中、如意輪寺が山の中腹に見えた。

谷の向こうの山にあるようだ。
一旦下って、また登るようだ。

坂を下る途中、正午の寺の鐘が山に響いた。

梵鐘に花千本の吹雪かな

だいぶお腹が空いて来て力が出なくなってきた。
又、時間的にどうか迷ったが何か惹かれるものがあって如意輪寺に向った。
下って、また登った。

途中の廃茶屋で昼食を摂っている人がいたが山門まで登った。
山門までの道に著峩の花が咲いていた。

山門を見上げて軽い驚きを持った。
これがこの寺に惹かれた理由だったと。

吉野山

左の方に’楠木正行(まさつら)’と書かれている。

楠木は河内の豪族で後醍醐天皇を助け南朝を興した一族で
楠木正成、その子正行(まさつら)が歴史に残る。

戦前は英雄扱いを受け戦前派は、誰でも知っている名前だ。

ところが戦後、教科書から消えほとんどの人が知らない武将の名前だ。

楠木正行(まさつら)は、正成亡き後、足利尊氏との戦いに負けると
解りながら戦いに挑み若くして(23歳)没した人だ。

吉野山

その楠木正行(まさつら)が祀られている寺だ。

登山靴の名前は、’正行(まさゆき)’で父(戦前派)によると、楠木正行公から
いただいた名前と聞いている。

小学校の頃は、父の同僚が担任の先生だったりでよく’まさつら’と呼ばれていた。
(当時は何のことか分からなかった。分かったのはだいぶ後になってからだ。)

この吉野の山に祀られているのを、この寺にきて初めて知った。

足利尊氏と戦って負けたと言うのも何か感じるものがある。

登山靴の家紋は、丸に二本の線があるいわゆる釜蓋(かまぶた)だ。
足利尊氏の家紋と同じだ。

家紋に名前が負けた!妙な気分だ。

吉野山

楠木正行公の植えた木槲(もっかい)の木だ。

吉野山

楠木正行公だ。

戦いに先立ち辞世の句を書き残している。

かゑらずとかねておもへば梓弓(あずさゆみ)

なき数に入る名をぞとどむる

吉野山

看板の梓弓の字が見えなく説明を見ていた年配の人に聞いて書きとめた。

若武者の辞世句に濡る著峩の花

又、もとどりを埋めた墳があった。

吉野山

若武者の埋髻の墳や花は葉に

いろんな思いを込め、時間を忘れ過ごした。

自分と同じように俳句手帳を持った女性の一団(5から6人)がいた。
吟行句会のようだ。

なぜかこの寺を去りがたくかなりの時間を費やした。

又、一人の悲劇の武将に出会った。
吉野山は、なぜか人を癒す力を持った山かもしれない。

如意輪寺を下って吉野の駅方面にある吉水神社に向った。
吉水神社は、如意輪寺と谷をはさんで向かいがわにある神社だ。
















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最終更新日  2006年05月01日 14時04分27秒
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