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チャリの入学用のスーツを買いに行った。兄キ・アッキーのおさがりがチョイ小さかったので仕方なく買うことになったのだ。 アッキーのときもそうだったが、今は大手紳士服チェーンでポッキリ価格ですべてが揃えられる。私とチャリが行ったお店も39000円で、スーツ、ワイシャツ、ネクタイ、ベルト、革靴までセットで買うことができる。(土日5着限定で21000円というのもあるそうだ)ハンカチはおまけ^^。私の青春時代の吊るしでスーツ5万円のみ、とは大きな違いだ。 このお店を選んだのは、スタッフSちゃんのママ友がパートをしていて、なんとしても来店してくれと懇願されたからだ。金額が超過した場合は、特別割引もあるという。^^(実際45000ほどになったのを5000円ほどカットしてくれた) そんな理由はともかく、Sちゃん曰くこのママ友タナカサンは本能のままに生きる女だそうで、若い美容師とついうっかり浮気して、しかもそれが旦那にバレてGPS機能付きのケータイを持たされている......ということの方に素早く反応した結果からなのであった。本能のままに生きてきたヤンパがアヤベーを差し置いて行ったのは言うまでもない。 すんごく期待して会ったタナカサンは、フツーのおねえさんであった。爆) ところで、このお店にははじめて行ったのであったが、社員はみなイケメン揃いである。どうやら、お子さんと一緒について来るお母さんを狙う布陣なのではないかと勘ぐりたくなった。私も近づいてきた美青年に「タナカサンを呼んでいただけますか?」と聞いてみると、この青レンジャーみたいな青年は「なんでタナカサンなのーーーーー」的な顔だ。 平日の昼下がりの客のいない時間帯に、パートに客を取られることにたいそう不満があるようだった。 タナカサンとひそひそ話しをすると、パートにも信じられないノルマがあって、月に80万円売れ!と言われたそうだ。「無理だっての」とはタナカサンの弁だ。 バカ息子チャリになんでこんなにいい物を買わなきゃいけないのか、内心「俺もジジーになったな」ではあったが、このあいだアッキーの弁当を作っているときに偶然チャリが通りかかり、「トーチャン、3年間弁当作りありがとう」と言ってくれたので、世の中の親と同様バカになりきって親子でネクタイなんかを物色した。 ネクタイなんてほぼ1年中することのない私なので、ネクタイを選ぶセンスは実はゼロなんだけどなー。
February 26, 2009
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横浜の妹から時々、中華街の名物やら旦那の故郷・北海道の名産物など届く。いずれも珍しいものが多く、我が家でも楽しみにしている。 妹の義母はやはり北海道の出身なのだが、北海道に住む息子ふたりの所を点々として、つまり激しく嫌われて追い出された過去がある。というか本人は「出て行ってやった」ぐらいに思っているのかもしれない。そのぐらい気性の激しい人で、やはり妹の旦那(自分の長男)とも相性が合わない。しかしもうどこにも行くあてがないので、妹夫婦と3人でマンション暮らしをしている。 義母は酒癖がはなはだしく悪く、毎日ワイン(1本です1本)を飲んでは時々荒れて大騒ぎになるらしい。息子(妹の旦那)が優しくしてくれないのを逆恨みにして暴れるらしい。ひどい時は包丁を持ち出すそうで、我が家でもとんでもないことが起こらないようにと願っていたりする。 妹の義母は「お兄さんのところは皆仲良く楽しそうで、お母さんもほんとうに幸せよね~」と我が家のことをいつも妬むのだが、自分の所業は300万光年ぐらい先に置いてきているので、私と比べてとてもおとなしい性格の妹はよけいなことは言わないように気をつける毎日なようだ。 さて本題だが、、、、、この横浜の酒乱ばあさんがウニの塩漬け3本(うまいです^^)と、北海道で食べていたというニシンの大根麹漬けを送ってきてくれた。この「ニシンのサラダ」のようなものは我が家でもはじめての料理だった。これはネットから取ってきた画像。 ほんとにこんな感じ ニシンは半生のものがゴロゴロ入っている。どうやら寒い海辺の地方の冬場の食べ物のようで、妹の義母の手作りだ。 で、結論から言ってこれはおいしかった!へ~、こんな味の料理があったんだーっと新鮮だった。味は新鮮だったのだが、アヤベーがニシンを食べた後なぜか吐きっぽくなった。さらに腹をかかえてトイレに直行。あ~酷い目にあった、と言っていた。 そんなバカなと笑っていた私も次第に吐きっぽくなり、下腹の痛みにこらえながらトイレでウンウン唸った。どうやら犯人はニシンそのものらしい。^^;) 妹の義母は、本気で我が家をねたんでいる。 ネタミドホスをたっぷり仕込んで送ってくれたらしい。 これはホラーか。
February 23, 2009
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先週はスタッフSちゃんちの姉妹、ココロともえぞーが我が家でご飯を食べてそのまま泊まっていった。翌日は冬の動物園でオデンをかじりながらぶらぶら。まったくもってジジの休日である。 もえぞー4歳。私ヤンパの帽子を奪いポーズ 私は小さい子どもとお年よりに好かれると前に書いたことがあるが、その中間層、若いオネーチャンとの接点は当たり前だが皆無だ。ヒジョーに残念なことだが事実である。 だから ネットでがまんしている。^^; 私はあなたオネーチャンが好きだーーーーー!!!! (by チャン・ドンゴン) この娘たちは韓国の歌手「少女時代」という9人編成のグループだ。日本のモーニング娘。はノッポあり、チビあり、デブあり、ブスあり、、、つまり多様な個性の集団だった。それは初期のモーニング娘から一貫して変わらない。いわゆる不揃いのリンゴたちである。 韓国の少女グループはそうではない。どちらかというと男心を激しくくすぐる集団だ。黒髪、ロングヘア、細くて足が長くてチャーミング。^^粒ぞろいのチャメたちなのだ。 以前このブログでも紹介したワンダーガールズもそうだった。韓国では髪が長くて細いというのはアイドルの絶対条件のようだ。 少女時代のメンバーの名前もすごい。ステファニーにジェシカにサニー!!!まるでヘキサゴンのスザンヌ(爆)のようだが、名前負けはしていないようだ。特技を見ると、英語、中国語などがずらりと並ぶ。才色兼備なのか!この娘たち? おまけに、ユーチューブでダンスナンバーを見たらアイゴ、踊りも抜群にうまかった。彼女たちの新曲「Gee」はノリのいい音楽だ。オッサン(私)はここのところ毎日ユーチューブで聞いている。^^;ジジ(私)はすっかりこの曲が気に入ってしまった。 詞の中にこんなフレーズがある。 私の息子チャリと、私(ジジ)を韓国少女たちが応援してくれているようには聞こえまいか。なわけはない。 ところでGeeの意味はなに?
February 19, 2009
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公民館の広報という大役 ^^; をもらって一年。あと少しで任期も終了となる。早いものだ。 日曜日はその広報の取材で公民館主催の「中国ぎょうざの教室」に行ってきた。講師はコウ・S先生。10数年前に北京から留学してこの地に住みついてしまったという中国人の先生だ。中国語教室を主宰もしているらしい。 右端がコウ先生 この日の参加者は子供も入れて40名ほど。中国餃子はもちろん「水餃子」が中心なのだが、今回は焼き餃子も取り入れてくれて具材作りからはじまった。中国では北のほうが味が濃く、南に下るにしたがって味が薄くなるのだそうだ。中身も野菜が好きな人は小松菜やセロリ、キクラゲなども入れるらしい。 コウ先生いわく、 「ニホンの醤油はおいしいですねー^^」ということで、具材の中にはあらかじめ醤油も入れてこねる。にんにくはタレの中に入れるので、中国では餃子の具には入れないそうだ。このへんがびみょうに違う。 なんといっても大変だったのは、、、、 やはり「皮」づくり。 丸く、薄く、均一に、素早く!!これは6チーム中、どこもできなかった。 いびつ、厚く、バラバラで、もたもた!どのチームも2時間バタバタともがいていた。 焼きぎょうざと水ぎょうざ コウ先生はお料理の先生ではなかったが、実にテキパキと美しく餃子を作っていく。料理は頭のスポーツでもあるようだ。 カメラマンさん(私のこと)も食べてください!と座らされたのは、コウ先生が「一番じょうずにできましたねー」と誉めたチームだった。さすがにおいしいですねー、とオベンチャラを垂れて人一倍たくさんいただいたヤンパであった。餃子はやはり熱々がおいしいね。 いちばんおいしかったチーム
February 16, 2009
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「20世紀少年」の第一章を観にいったときに、アヤベーの隣にふとん君がいたことを以前書いた。ふとん君は、そーだなー、、、2週間ぐらいお風呂に入ってない異様な匂いで周囲を圧倒していた。 アヤベーには申し訳なかったが席は変わらずにそのまま映画を観つづけた。 あれから5ヶ月。。。「20世紀少年」の第二章が、あの漫画チックな記憶を残したままやってきた。そして私たちもまたぞろ出かけたのであった。 あそびましょ...... いつものように最後部座席についてカップルで込み合う館内を見回していると、隣に30代後半ぐらいのオッサンが座った。アヤベーの横である。オッサンはまだ若いのにファッションにまったく気を使わないタイプで、ホームセンターで売っているような服とグレーのへなへななズボンをはいている。足元を見ると毛ばだったネズミ色の靴下をはいて、289円ぐらいの茶色のサンダルをつっかけている。 顔は赤ら顔。髪の毛はカペカペである。そう、 ふとん君2の登場であった。 でっかいでっかいでっかい映画館の、朝一番のスクリーン。しかもまたしても「20世紀少年」で、アヤベーの横。 これは神の試練なのであろうか。 いや、ともだちの謀略なのだろうか。(`Д´) ともだち 香ばしい匂いは私のほうにまで漂ってくる。 アヤベーは くっ せーんだよ!!! お怒りであった。 「20世紀少年」は第三章まである。次回が最終章となる。はたしてふとん君が三たび現われるか、映画そのものよりも待ち遠しい日々である。
February 14, 2009
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家に豚肉のブロックと、アッキーが持ち帰ったイカの輪切りの冷凍物があったので、きのうは韓国風ポッサムとオジンオポックンを作った。 オジンオポックン(イカの甘辛いため) それを食べていた息子2人が ん? アッキー 「これ、いつか喰ったことある味だぞ」 チャリ 「あれ?ほんとだ、なんの味だっけ」 アッキー 「あっ?!これ、給食のあれだよ、むかし食べた...」 チャリ 「そうそう!あれ!」 ふたり 「エビチリ!!」 つまり私の作ったオジンオポックンは給食のエビチリと同じだったんだ。^^私の世代は「クジラのころころ煮」がごちそうだった。時代は変わったものだ。 逆にぜいたくか。^^; さて、それから話しは昔の話しになってご飯を食べながら、アッキーが最初に連れてきた彼女の話しになった。アッキーいわく、いままでずっと彼女を連れてきたけど、このふたり(私とアヤベーのこと)は影でなに言うかわかんないから、お前(チャリ)は彼女連れてこない方がいいぞ......みたいなことを言っている。 アッキー 「だってさ、俺が連れてきた最初の娘のことなんて言ってたと思う?」 チャリ 「なに?」 アッキー 「マンデラさんだぜー」 一同 「わはははははははーーーーーーーー」 チャリ 「マンデラって誰?」 私 「だから、むかしの南アフリカの大統領だよ。モーガン・フリーマンみたいな人」 アヤベー 「色が黒い娘だったからねー。お父さんがマンデラさんみたいだって言ってたのよ」 マンデラさん (私ヤンパはりっぱなマンデラさんを悪く言う気はさらさらありません) アッキー 「ひどすぎね?確かに色黒だったけどさ」 チャリ 「だけどマンデラなんて、すごい名前だねー、その娘」 私 「だから、お前なに言ってんの。マンデラなんて名前、日本人にあるわけねーだろ。じゃあ兄ちゃんがカンデラで、妹がモンデラですってか!」 アッキー 「カンデラマンデラモンデラ」 一同 「ぎゃははははははーーーーーーーー!!!!」 どこまでもアホーな一家である。ちなみにアッキー元カノのマンデラさんはその後、優秀できれいなお嬢さんに成長して「アッキー君は元気にしてるかなー」と友人に語っていたそうである。 チャリはこの春から看護士をめざして大学に行くので、我が家のバカ笑い回数もぐっと減るだろう。それともモンデラさんを連れてきてまた笑いのタネになるのだろうか。
February 9, 2009
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ここのところ私は観光地のパンフレットのデザインを依頼されている。すでに夏のバージョンを製作中なのだ。 ということでプレゼンと取材のために雪の山へ向かった。本来なら雪道を走るはずなのに春のような日差しだ。遠くに山々が見えてきた。 このあたりの村もすっかり雪が溶けてなくなっている。もうちょっと近づいてみると やっとスキー場が見えてくる。待ち合わせより少し早くついたのでゲレンデをうろうろしてたら、何やら賑やかだ。 雪上結婚式をやっていて、この日多く訪れていた学生のスキーヤーやボーダーたちの喝采を受けていた。といっても式が長いので盛り上がるだけ盛り上がって、若い彼らはすぐに飽きてゲレンデへと戻っていったというのが正直なところだ。ゲレンデサイドには今までここで結婚式をあげた方々のネームプレートがあるのだが、もちろんハングルのものもあった。ここはオーストラリア人と韓国人にも人気のスポットなのだ。(ことしは韓国経済悪化のために韓国人は皆無、インフォメーションにはちゃんと韓国人もいましたが) この高原のロケーションはおおまかに頭に入っているものの、自分の足で歩くのは初めてだったので高速ロープウェイに乗ってとりあえず山頂を目指した。これは登っていく景色。(前方の山頂まで7分で登る) ずいぶん登ってきた。高いでしょ。 ここまでくると雪質もかなりよくなってきて、滑り降りる音が気持ちいい。この日ここで遊べたスキーヤーは超ラッキーというような絶好の天気だった。 たいようーーーーーーーーー!!!!椎間板ヘルニアの手術から後、スポーツは怖くて何もやってなかったが、この日は心底スキーをやりたい気分になった。 目前にアルプスがせまる。この一帯は高山植物の山野草園として夏場はトレッキングのメッカとなる。コマクサだけでも50万株ほどある高山植物の宝庫だ。 炭焼き小屋の爺ぃさんがいたので写真に撮った。 というより、いつのまにか写真に撮られていたヤンパであった。("#-_-)
February 6, 2009
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韓国語の中の日本語を早くなくしてしまおうという運動はいままで何度か聞いたことがある。韓国語の中の特に漢字語は、その多くが日本語に由来しているからだ。こんな記事が目に付いてとても面白かった。カムサハムニダのカムサ(感謝)に対してのバッシングである。ヲタクさんのブログ。韓国人のウリマルに対するキョーレツな思い入れや、それを世界化しようとする運動は日本人にはなかなかわからない。そのへんを小倉紀蔵は「心で知る、韓国」 (2005年 岩波書店)の中でこう言っている。ハングルに「ハングル(偉大な文字、の意)」という名がつけられたのは日本による植民地時代に、民族の独自性を発揚するためにこの文字を「再発見」したときのことである。だから近代以降のこの文字の位置付けは、民族主義との関連において捉える必要がある。その時その時の政権によっても漢字語は廃止させられたり、重用させられたり、韓国人にとっても戸惑う政策の中で翻弄されてきたいきさつがある。小倉紀蔵はまたこうも続ける。韓国および北朝鮮の学校教育におけるこの言語の呼称は、日本と同じく「国語(クゴ)」である。植民地時代に「国語」としての日本語を強要されたという傷を癒すまもなく、南北分断という状況の中で近代的な国民国家の建設に邁進せざるをえなかった両国は、それぞれ「自国」の言語を「国語」として国民の統合を図った。「国語」という言葉自体が持つ歴史的な政治性・暴力性の痛々しい記憶を、「国民国家の建設」という悲願が超克したのである。もうひとつ韓国在住の日本語をじょうずに繰る韓国人パク・ジョンヒョさんのブログを読むと、ぐっとくだけて韓国語の中の若者言葉にも柔軟にアレンジされた日本語がたくさん入っていることがわかる。ビリヤードをやりながらこんな風に韓国語と日本語の“チャンポン”^^をやられては、韓国語学習者の私でもさっぱりわからない。 (ハングルは表示されないかな?^^)マックだと見れるんだけど…私の韓国語の勉強のねらいはリベンジ!だったが、すぐにその興味は韓国語の美しい響きへと移っていった。隣国に住んで隣国の言葉もさっぱりわからないで排他的なナショナリズムをさも論理的にかざすのはルール違反で島国日本にも多々見られる現象だけど、韓国語の中の日本語あるいは漢字語を排除していけば政治そのものまでも機能しなくなることを「韓国語の世界化」を標榜する文化人諸氏は肝に銘じるべきだろう。と、ここまで下書きして産経ニュースを見たら、黒田勝弘さんの「韓国人の漢字力」というコラムに目がとまった。黒田さんでもわからないことが多いのですね~^^
February 1, 2009
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