PR
Keyword Search
Freepage List
New!
はんらさんComments
これは誰にもあることだし、誰でも考えたことが一度はあることだから、 特段わたしが声を大にして言うことでもないのだけれど。。。。。
人生って巡っているんじゃないかなあということ。
私の初恋らしきものは小5のときだった。
相手は隣県から転向してきたヤスコちゃん。背の高い(←小5の私にとって)色白の子。
私が抱いていた淡い恋のようなものは同級生にも伝わり、なんやかんやと囃し立てられたりもしたが、中学の進学にしたがってその声も聞かれなくなった。
ヤスコちゃんはバスケ部に入り、遠くから見守る程度だったが、私のキモチは続いていた。
ヤスコちゃんは中3になる前の雪のちらつく寒い朝に天国に行ってしまった。白血病だった。
成人して私がつきあい、やがてこの地に嫁いで来たのは背の高い色白のアヤベーだった。
アヤベーはヤスコちゃんと同じ隣県の子。
そのときは気がつかなかったが、よく考えるとシチュエーションは似ており不思議だなあ、縁があるのかなと思った。
私は4年前に肺がんの手術を受け、抗がん剤の治療で苦しんだ。
そのときは外に雪が吹き荒れるような季節だったので、同じく白血病で亡くなったヤスコちゃんのことを半世紀ぶりに思い出すきっかけにもなった。
たった数年の出会いだったがその声も歩き方も意外と覚えている自分にびっくりもした。
私が治療をうけた市民病院はさらにその数年前、チャリが突然「看護師になる」と言って、一緒に奨学金の申請に行ったところだ。
なぜチャリが突然そんなことを言い出したのかわからなかったが、奨学金は大学卒業後、市民病院に勤めれば返済しなくて済むというので、家族でその恩恵をうけた。
その後のまさかの私の病気発覚である。
チャリは卒業後、そして私の抗がん剤の治療後、そのガン病棟の看護師として勤務している。
私の主治医がチャリの直属の上司ということになる。
私が今の会社を興したとき社員にひとりの女の子がいた。
彼女はよく働いてくれたが、当時の私は会社をはじめたばかりで忙しく、朝から晩までせわしく働いていたので、彼女には大変なつらい場面がたくさんあったと思う。
彼女の妹はいまでいう知的障がい者(発達障害か。。。)で、施設に入っていた。
彼女のお父さんも話しに聞く限りでは、普通の父親とは違う?ときどき奇異な行動で、まわりを巻き込むような「困った人」ということも聞いていた。
しかし私はそんなことは興味の対象でなく、彼女の私生活での苦悩に寄り添うキモチなどとうてい持ち得なかった。
いまは嫁いでしまった彼女だが、3人のお子さんのうちのひとりに発達障害があることは、当時の友人仲間から聞いている。
私はここ2年ほど、知人に頼まれて知的障がいのあるお子さんたちのアテンダントをしているが、その大元の外郭団体は、私の会社の社員だった彼女の妹も面倒を見ている施設と深い関わりがある。
いつか彼女と顔を合わす場面が生じるかもしれない。
なんだか少しだけ歯車が噛み合ってる部分があるのかなあと感じている。
人生も後半に回って時間に余裕があるせいか、点と線を結びながら納得させている自分がいる。
誰しにも思い当たることだと思うのだが。
障がい者が描いた絵、アールブリュットという。