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2002年03月20日
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未だこの日も頭痛が残り、前夜下がった血圧は又高めになったが、前日の昼よりはマシである。姑は美容院にお出かけだ。友人宅に泊まっていた娘が帰宅して久し振りに楽しく談笑。少しほっとした気分でのんびりした。

午後、これも久し振りに義妹(次男の妻)から電話。姑が引っ越す旨の葉書を出したらしい。夫(義弟)に電話をする様促したが、しようとしないので代わりに自分がかけた、そうだ。彼女と私は仲が良い。彼女は姑の近くに住んでいた為、姑のきつい言葉も多く受け、義父の入院中には「あれして、これして。」の限りない姑の要求に自分の限界を超えて応えた結果身体を壊し、今でも身体の調子が良くないそうだ。更に「それでも満足はして貰えなかった。」と感じていた。彼女は私より優しくアサーションも出来ない性質だから、それは大変な思いをしたであろう。まして一緒に暮らしては、義妹の言葉通り「身が持たなかった」に違いない。その事は私も十分に承知していた。

だから、姑が車椅子の生活になると分った時の親族会議で、3人の息子達が皆母親の落ち着く先については結論を出せずにいた時、我が夫はカナダに転勤と決まってはいても、義母の近くに住む次男と義妹に頼む事はせず、私が日本に残って広島へ引き取ると決めたのだ。その時、私だけが引き取る事を口にしたのだとは知らないまま、姑が豆の煮方にまで「こんなんやったら、家のRちゃん(義母とそれまで一緒に暮らしていた末弟)なんか食べへんわ!」等と文句を付けつつ私達と暮らす生活が1年半続いた。その間に、夫の居ない家での姑の我儘に付き合う生活に疲れ果てた私は、帰国子女の為か高校で苛められ、家でも嫁姑の間に入ってリラックス出来ないでいた娘を連れて、結局カナダの夫の許へと旅立った。姑は言葉の通じない国へ行くのは嫌だと言ったので、独身の末弟に、家政婦さんを雇って一緒に暮らせないか、と私から頼んでみたが「それは、無理や。こっちが参ってしまうわ。」と断られた。そして姑も、嫁のいない末息子に面倒は掛けたくないと、自ら病院に頼み込んで療養棟に入ったのだった。

6年後帰国した時、今度は私から引き取るとは言わなかったが、姑は「(東京へ)付いて行くわ。」と夫に言った。だがその時、私達は自分を犠牲にしてまで彼女に尽くす子供夫婦ではなくなっていた。「夫々の人生を大切にしながら、出来る人が出来る時に、出来るだけの事をやる。」それが私達のライフ・スタイルになっていた。それは、以前の様に自分の為に皆が動いてくれる筈、と期待していた彼女にとって相当当て外れだっただろう。しかも、嫁は以前の様に黙って彼女の言う通りに動く嫁ではなく、カウンセリングの勉強で身に付けたアサーション(人権としての自己表現)を出来る人間になっていた。

頼みの息子は、嫁以上に自分の我儘を許してくれない。それどころか、他人の言う事を聴かなかったり、周りの状況や家族を思いやらない言動が見えたりする時手厳しく叱ったり、時には激怒して口をきかなかったりする息子に、大人しく言う事を聞いてくれた昔の息子の面影は無い。そういう生活を予想していなかった姑が、面食らったり、がっかりしたり、不満を持ったりするのは、想像に難くない。私達にとってと同様、彼女にとっても価値観の異なる息子家族との生活は楽ではないだろう。だから、彼女が不平不満や私の悪口を他に言うのは仕方が無いと思っている。私だって友達に嫁姑問題を愚痴ったりするのだからおあいこである。だが、それはお互いの耳に入らぬ様にすべし、と言うのが私の考えである。「知らぬが仏」の方が、お互いに傷付かないで済むからである。だが姑は、そんな私の気持を知ってか知らずか、またどんな時に私の血圧が高くなるかは承知の上で、私がエンストを起こしたら真っ先に自分が困る筈なのに、隙を見ては(夫や娘が居ず、何気ない話の時)、傷付く言葉を直接私に投げつける。

義妹は、私にそんな姑を任せっきりにしている事を気にしているらしい。だから時々長距離電話を掛けてくる。でも、彼女は私が出来ない時(シカゴ在住の時や息子の受験で義父の看病に駈け付けられない時)に十分やってくれた。今は、私を理解してくれているだけで十分である。そして、何かにつけ「お義姉さん、お義姉さん。」と私を慕ってくれ、「お義姉さんには、きっとそのうち良い報いがあるって信じてる。」と言ってくれる義妹を愛しいと思う。





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最終更新日  2002年03月22日 22時38分45秒
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