過去を消せる消しゴム

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火柱ぐれんの高座　その１

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2002年07月25日

ここに消しゴムがあります。
これは何でも消せる消しゴムです。
辛かった過去の出来事。
言わなくてもよかったあの言葉。
思い返したくもない苦い思い出。
きれいさっぱり消しましょう。

新宿の歌舞伎町を毎晩のように徘徊していた。
多分、これ以上ない悲しくて辛い思いに一人で耐えていられるかどうか不安だったのだ。
とはいえ、いつもの飲み屋は事情を知っている人でいっぱいだったから、
同情を寄せられるのが辛かった。

一人暮らしのアパートでは、やかんを2度も焦がした。
風呂も朝まで沸かしっぱなしにして、もう少しで火事を出すところだった。
朝一の新聞配達の人がベルをしつこく鳴らして助けてくれた。
水蒸気が洗面台のそばに置いてあったトイレットペーパーの芯までも濡らしていた。

自分が社会に不適合な人物だと思った

何もかも自信を失っていた
これっぽちの出来事で
ヘロヘロになってしまうのも情けなかった。

地方に仕事で出張することがどんなに気が休まったか。
仕事に集中している時だけ
辛い出来事を忘れられた。
しかし
出張旅費は全部使い込んだ。
毎晩、毎晩飲んだくれていた。
飲んだくれて、酔っ払って、溶けて、なくなりたかった。
貰ったギャラの倍以上の金が飲み代に消えていた

この辛い思いを
本当はなかったことにできる
消しゴムがあれば・・

ちょうど１0年前の今ごろだ。

過去が消せる消しゴムは

どうやっても
見つからなかった

だけど
2ヶ月ぐらい経ったときに
死にたいぐらいに辛かった出来事を
ふと、自分が
思い出していることに気がついた

思い出す
思い出すということは
忘れている時間があった。
ということだ。

2ヶ月前は、思い出すことなどなかった。
始終そのことばかり考えていた。
始終そのことばかりにとらわれていた。

それを、その時
思い出していた。
たとえ数秒間でも数分間でも
忘れている時間が
いつの間にか自然に生まれてきていた。

あと数ヶ月たてば、数日間忘れていられるようになるかもしれない。
そして数年たてば、数ヶ月間は忘れていられるようになるかもしれない。
もしかして、そうやって、次第次第に忘れている時間のほうが長くなれば・・・

何の事はない
辛かった過去の出来事は
やがて遠くへ消えるのだ。

少し希望が湧いてきたような気がした。
絶望の淵から抜け出す
かすかな足がかりを見つけたような気がした。

そして10年・・・

その時の辛い出来事は
今
私の心の奥の引出しの隅っこに
本当に本当に小さくなって
しまわれている。

ここ数年は
めったにその引出しを開けることもなくなっている

時間というものは
実に偉大だ
そして人間には
忘れるという
もの凄く大きくて、強い力が
自然と備わっていることを知って
感謝したい気持ちになった。

ここに消しゴムがあります。
これは何でも消せる消しゴムです。
辛かった過去の出来事。
言わなくてもよかったあの言葉。
思い返したくもない苦い思い出。
きれいさっぱり消しましょう。

この消しゴムは、
探しても見つからないかもしれません。
おそらくどこにも
売ってないでしょう

でも、本当は
誰の心の中にだって
絶対にあるんです・・・。

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