キイロの洞窟

2010.06.13
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カテゴリ: 小説



最後の大粒のダイヤをスポーツバックに詰め終えた。


「おい!何やっている!お前」と懐中電灯と警棒を持った、
警備員が非常口に現れた。


「俺も、だんだん腕が鈍ってきたのか・・・・・」
そう考えながら、おもちゃのカラー煙幕を警備員に投げつけた。


「うっ・・・」とうめく警備員を、まさに!? 煙に巻き、

宝石店の横の路地に、乗りつけた原付に飛び乗り、
何とか逃げ切った。


自分が所属している窃盗組織からの仕事だ、
組織が指定する宝石店に盗みに入り、
盗んだ宝石を組織に渡しギャラ貰う。


しかし、ギャラは盗んだ宝石の半分くらいの金だろう。
足元を見られているということになるのだが、組織は
下調べがしっかりしていて、盗むだけの仕事はやりやすかった。


男の名は「桜井洋二」
今年で26歳を向かえた。
身長は175cm、体重は56kgのひょろっとした、痩せ型の青年だった。
伏し目がちの、桜井の眼はやりきれない気持ちを物語っていた。



住民票はおろか、戸籍謄本もあるのかどうか?
施設で育ち、施設を飛び出した。
16歳の時から、盗みを繰り返し、各地を転々としてきた。

盗みの腕を組織に見初められ、仕事を貰うようになったが、
天涯孤独のひとりものだった。




平日の夜だというのに、この街のメインストリートは、
まるで週末を思わせる様にいつも賑わっている。
そんな賑やかさとは裏腹に、路地1本入ったコスモス通りは
ネズミが愛を囁くような湿っぽい、暗い通りで 普通の人は寄りつかない。
ほとんど廃墟に近いゴ-スト路地だった。
通りの両側は元飲み屋と思しき店がビッシリつまっていた。
各店、昔は営業していたと思わせるには十分な感じで、ほとんど居抜きのまま、
誰にも借りられることなく、古ぼけて残っている。

その路地のつきあたりにある店だけは、いまだ営業していた。
「500's BAR」という店だ、すすけたレンガの壁で店の入り口の扉に
「500」という看板が掛かっていた。

カウンターが横並で、5人が腰を掛ければ満席の小さな店である。
500という数字の名のとおり、500円ですべて注文を取れる店であった。

そしてこのコスモス通りに誰もがたどり着けるわけじゃない、
不幸や悲しみを背負った人だけが勝手に吸い寄せられていく、
どのレベル以上なら入店できるのかはわからない。

これは作り話であって、そんな店など本当は実際しないのかもしれない。
この店で、飲ませて貰えるのはスコッチでもなくビールでも、
気取ったカクテルでもない、 妄想に酔わせてくれる夢のカクテルを
出してくれるという店であった。

500'BARを経営しているのは年の頃は60代半ば、綺麗な真っ白の白髪を
後ろになでつけている。

客が店を訪れようと訪れまいが毎日クリーニングに出している。
マドラスチェックのカマ-ベストに黒い蝶ネクタイ
そして糊の利いたワイシャツに黒いスラックス。
彼はそんな井手達で35年も過ごしている。

そんな彼が作り出すカクテルは人々を酔わせるのだった。

今夜はまだお客さんの姿なく、バーテンの紳士は
黙々とグラスを磨いている。

いつも店内にはJAZZを流していて、今流れているのは
お気に入りのマイルスディビスだった。

トランペットの音色に酔いしれていた時、店の扉が開き、
男が1人入ってきた。

男はスツールに腰掛けると、
「申し訳ないが、ラジオに変えてくれないか」とバーテンに向かって言った。

バーテンはステレオを消し、ラジオのスイッチを入れた。

「ここで臨時ニュースです。今日午後9時20分頃、東京中央区銀座の宝石店、”STAR BEAM”に男が押し入り
30点の宝石類、被害総額約1500万円相当の品を奪って、バイクで逃走した模様です。
警察の調べによりますと、店内の赤外線が不審者を捕らえ、
現場に警備員が急行した時には、犯人の男が逃げる直前で、
警備員に対して、煙幕のようなもので、警備員を威嚇し、
原付バイクで逃げさった模様です。

駆けつけた警備員の方は煙幕で左眼に重傷を負い
救急病院へ搬送されました。
中央署では現場付近に厳戒体制をしき、至急犯人逮捕の為に
徹底捜査を行うとの事です。

それでは、また詳しい情報が入り次第、お伝えします。」

「さぁ、それでは次の曲は~」とDJの声とともに・・・

「ラジオもう結構です」と男はバーテンに言った。

バーテンはステレオの電源を入れなおしてJAZZを掛けると
「何に致しましょうか?」と男に聞いた。

「・・・・・・・・・・・・・」
「今のニュースの犯人は俺なんです。」と男はポツリと言った。

「そうですか」とバーテンは特に驚いた感じも無く答えた。

それから桜井は自分の過去を洗いざらいバーテンに話した。
バーテンは桜井が話す言葉に耳を傾け、
時々頷きながら黙って聞いていた。

桜井が話し終わるとバーテンは
 「それであなたはこれからどうしたいですか?」と言った。

「今までの自分を改めたい、これからまっとうに生きて行きたい。
だから今までの罪を償うようなカクテルをお願いします」と桜井は言った。
「後悔しませんか?このままのほうがいいのでは?私は警察が嫌いなので、
貴方を突き出すつもりもありませんよ。」
とバーテンは言った。

「はい、後悔しません。」と強い口調でバーテンの目を見て言った。
「かしこまりました。」とバーテンはポツリと言い、
カウンターに背中を向けて酒棚を端から眺めて、橙色の液体の入った酒壜と、
ピンク色の酒壜を手に取った。

すばやくシェーカに二つの液体を入れると蓋をしめシェイクし始めた。
祈るように、願うように、桜井の目を見つめながら・・・・・・・・

「おまちどうさまです。」バーテンは不思議な色の液体の入った、
小さなカクテルグラスをコースターと共に桜井の前に差し出した。

桜井はカクテルグラスを握り締め、壁の注意書きを一瞥した。
「貴方が見る夢、そして妄想から覚めた後については一切責任をもてません。」

バーテンは客のリクエストするカクテルを作ってやる事は出来るが、
その人が覚醒されてる妄想の中で、どんなに楽しもうが、
妄想から醒めた後どんなに、がっかりしようが責任をとりません
という意味であった。

桜井は一瞬躊躇した。
ここへ来る客たちは、カクテルを飲み妄想の中で夢を見に来る。

桜井は妄想の中で苦しみを味わいに来ている。
しかし、ここへ来なければ今までの生活は何も変りはしない。
あえて苦しみにきたのだった。

バーテンがあまり進めなかったのも無理もない。
しかし、桜井は意を決したように、一気にカクテルグラスを呷った。

飲み終えてすぐに急に目の前がピンク色になってきたかと思うと、
体中が熱くなってきた。
胸がどきどきして 心臓は破裂しそうだった。

「ご馳走様」といってスツールから立ち上が、
500円硬貨をカウンターに置き、扉に手を掛けた。

「お気をつけて、頑張ってください。」とバーテンは
桜井の背中に声を掛けた。

さすがにバーテンも気に掛かったのだろう、今までと逆のパターンだから。

桜井洋二は変わった。

真っ当に生きたいと願った。
逃亡した施設を訪れ、自分は施設を飛び出し、
ちゃんと生きていた事と迷惑を掛けた事を謝罪した。
勿論盗みで生きてきたことは黙っていた。

そしてこれからは真面目に生きて行きたいと伝え、
住民票と戸籍謄本、自分の人間としての証を受け取り、
施設を後にした。

桜井はまず仕事を探さなければと思い、
新聞の求人広告欄で見た
「工場作業員募集 月給十八万以上、年齢不問、社会保険完備、寮あり」
と条件の書いてあった、東京蒲田にある小さな町工場に連絡をした。

面接では一生懸命な桜井の姿勢に社長は人手不足もあり快く、
採用したいと言ってくれた。
早速、面接の夜に工場の裏手にある寮に入寮し、
翌日から働くことになった。

工員は社長と、桜井と同世代の2人の工員と桜井を含めて計4人だった。
電子部品の細かな一部品を作る工場で仕事は主に流れ作業で、
桜井は盗みで覚えた器用な手つきで、小さな部品を組み上げるのは、
朝飯前だった。

しかし、零細企業の工場にとって本当は桜井を雇うほどの余裕は無かった。
この不況のご時世で、足元をみられ、安い見積もりで、
沢山の仕事をこなさなければ、工場が潰れてしまう為、
人を雇わない訳にはいかなかった。

そんな工場の経営を察した、桜井は懸命に働いた。
身元や過去も詮索せず、雇ってくれた社長に尊敬や
感謝の意味を込め

一生懸命な桜井に社長もまるで自分の息子のように可愛がった。
それが他の二人の工員には面白くなかった。


桜井よりも、前から働いてる自分達より、新入りの桜井を
社長が可愛がる為、彼らの気持ちが勤怠にも現れはじめた。
突然仕事の手を止め、煙草を吸い出したり
「腹を壊してトイレにいってました」と言っては、
工場を抜け出しサボっていた。

桜井はそんな彼らの分まで一生懸命働いた。
そんな行動が、二人の行員の気持ちを余計離れさせて
いくばかりで工場にとっては悪循環だった。

桜井が工場に勤めだして1ヶ月位経った頃、
「コン コン」部屋をノックする音が、

初めてだった、桜井の部屋を誰かが訪れることは、
「どうぞ」と桜井が言うと、
ドアが開き「こんばんは!入っていいかしら?」と明るい声で
社長の娘が、返事を聞く前に部屋に入ってきた。

「お父さんが持って行きなさいって」と言い、
桜井の前に「肉じゃが」の入った器を差し出した。
社長の一人娘の麻子は、幼い頃に母を病気で亡くし、
父親である社長が一人で育てた24歳の愛娘。
現在は短大を卒業後、蒲田の信金に勤めている。

女として、いい年頃だった。
麻子と顔を合わすのは、桜井が入社した時に、
社長に紹介されたのと、時々、父に用事がある麻子が工場に来た時に
会釈をする程度だった。

寮と工場と社長の家は同じ敷地にあるのだが、
顔を合わす機会は殆ど無いので、今夜はいきなりの訪問で
桜井は驚いた。

「お父さんから聞いているは、とっても一生懸命働いて下さってるんでしょ、
桜井さん」と麻子は屈託の無い笑顔で言った。

「いえ、それほどでもありません。」と桜井は答えると同時に下を向いた。

目が覚めるような美人ではないが、男心をくすぐる麻子の笑顔は、
桜井にはとても眩しかった。





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Last updated  2010.06.13 20:08:40
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